享楽の都を夕闇が慕う頃、
穏やかな笑みにも魔物は宿り、
溢れ出る自我をのみ拠り所として、
僕らは神を捨て去った。
愚かなるかな、人の子よ、
それは幽遠の神秘ではなく、
僕らの小さな胸の一部であり、
ささやかに歩き続ける灯火(ともしび)と、
我(われ)を保つための道しるべであったのに。
主よ、エゴが満ちるほどに僕らは、
どんどん干からびてゆきました。
もはや、まことの創造物も見極つかなくって、
ものに打ち勝つくらいの小っちゃな思想すら、
健全に果たせなくなってゆきました。
いつしか僕らは河原に溢れてる、
丸石みたいにしてうずくまりながら、
それでも己を人と信じ切って、
気味の悪い声を立てるでしょう。
悪魔は勝利に歓喜して、
あなたの優しいこころには、
敗北の哀しみが宿るでしょう。
そしてあなたは知るでしょう、
いつしか本当の信者がどこにも、
もうどこにも居ないことを知るでしょう。
そうして涙を流すでしょう、
善意が悪魔に破れることを、
あなたは始めて知るでしょう。
願わくは我、最後の信者となりて、
永遠(とわ)に孤独の戦いを、
勝利を得せずて戦い抜かんとき、
せめて我の倒れる刹那にはきっと、
暖かき温もりの我に伝わらんことを、
魂に安らぎの訪れんことを、
初めに在りしごとく、せめて我(わ)が炎尽きん日に、
主よ、あなたにすべてを委ねます
Amen.
Kyrie eleison.
Christe eleison.
Kyrie eleison.
(主よ憐れみたまえ)
神さまよ、僕はお前を呪うぞ
お前のことなんか、わずかばかりもだ
宿願均衡の鐘の音が脅かしたって
お前のことなんか、誰が当てにするものか
愛とか経文(きょうもん)とやらはとっくに廃れて
僕らはもはや悪魔っ足らずの下っ端に挨拶だ
鯰(なまず)の地響きで聖堂なんか滅茶苦茶だ
みんなでフレスコ画なんぞ崩(くず)しちまえ、崩しちまえ
そしたら遺産管財人なんかの怯えた叫びだ
リナシタの灰燼ならすや宵のほどだとは笑っちまうわ
そんなお遊びしてっからが文化もおつむも退廃だ
巷の絵描きなんか五万分の一人で手一杯だ
いっそ開き直って、ほどこしだほどこしだ
昨日こさえたばかりのレプリカやら贋作(がんさく)でもって
山車(だし)の三十も引き連れて己(おの)が市場の開幕だ
儲けだって場代の五倍はあるんだからおかしいや
聖堂に投げ込んだら祭壇なんか陳腐な賽銭箱だ
Gloria in excelsis Deo.
Et in terra pax hominibus bonae voluntatis.
(主の栄光は高き御空に宿りし
大地を照らされし善意の人々よ安らかなれ)
神さまよ、何とかしてみろ
お前のことなんか、ちっとも不信任だ
祈願混迷の罠の音(ね)がガチャリとか鳴っても
僕はちっともお前のことなんか怖れてやるものか
罰だなんて眠気覚ましにしたってとんだペテン師だ
昨今(さっこん)信者どもの流し目ばかりか
気概欠落だってみんなお見通しじゃないか
御影石ばかり有り難がって並べてみせたって
お布施の十字架なんかてんで木づくりじゃないか
弱ったところをメフィストフェレスの行軍だ、行軍だ
市場は繁盛いのりは廃れてぞかし
見ろ見ろ、こないな垢抜けた信者どものなれの果てを
お馬(んま)でさえ神託するには釣り銭が足りないという
ならもう聖堂に入るのは止めだ、止めだ
そうだカロールだ、いっそカロールだ、手を取り合って、
悪魔の讃歌だ、祭りの宴だ!
Credo in unum deum, patrem omnipotentem.
factorem caeli et terrae,
visibilium omnium et invisibilium.
(我は信ずる、唯一の神を
天と地、見えるもの見えざるもの、
すべてを築きし全能の父を。)
精舎(しょうじゃ)精魂の気概もあらざりき
玩具(おもちゃ)めかした悔悛(かいしゅん)めさるな
ああ、愚の愚の愚の骨頂の極みの峠のまた上から
ほら見ろ、見下しの黒鳥(こくちょう)が僕らを阿呆扱いする気配じゃないか
発光弾だ、発光弾だ、夜来奇襲だ弾込めろ
青銅暗旗(あんき)の悪魔どもめ、砕けて空の果ての果てまで
昇って氷気(ひょうき)に取り憑かれろ
夜までとぼけてすっこんでいろ
御心の説教にかしずきうな垂れて
御身のおやすみなさるまで控えてみせろ
のほほん眠りに付いてから立ち上がれ
それから星屑に化けて、世の中を謳歌だ
後から後から、絶え間なく降り注いで見せろ
そしたらまるで流星の宴のたけなわだ
三十三間の群がる信者どもに降り注げ
きらきらきらきら、まるで神の代理者だ
Sanctus, sanctus, sanctus, dominus deus sabaoth.
(万感の極みの主よ、まことに聖なるかな。)
だから神さまよ、僕はお前を呪うぞ
就寝咎(とが)なしとはとんだ失態だ
今節の堕落はもはや取り戻せないぞ
だから神さまよ、僕はお前を呪うぞ
けれど神さまよ、僕はお前を守るぞ
宵の番人にだって、そういい面はさせないぞ
負け戦にだって、ひとりで出向いてみせるぞ
もういつまでだって、僕はお前と歩むぞ
マリアの像にだってすがり付いてみせるぞ
お前の間抜けた面を呪いながら
それでも支えながら一緒に歩んでみせるぞ
お前の信者どもはあんな遠くて干からびて
だから誰も昨今(さっこん)お前と共には歩まんぞ
だから僕だけがお前のとなりにあって一緒に歩んでみせるぞ
だから僕だけがお前のことを呪っても許されるんだ
そうして僕だけがお前のことを一番愛しているんだ
Agnus dei, qui tollis peccata mundi
miserere nobis.
miserere nobis.
(神の子羊、罪を除きし主の御心よ、我らを憐れみたまえ。)
やがてお前と僕とがたった二人
よろよろ歩きながらゴルゴダの
丘の途中につまづくだろう
その時、お前の偽の信者どもは笑うだろう
偽の信者どもはよだれを垂れ流して
悪魔に教わった娯楽の糧とせんがため
僕らの背負う棘(とげ)の十字架を
もっと重くしろと罵るだろう
十字架には砂袋が下げられて
棘には釘が植えられるだろう
醜い火花が肌を焼き焦がすみたいに
体中から血が吹き出すから僕は
僕はとうとう地べたにうずくまって
堪えきれずに涙を流すだろう
「お前は誰のために泣いているのか」
優しい声が隣から響くだろう
誇りをさえ忘れた僕は苦しくて
「ただ苦しくて泣いているのです」と叫ぶだろう
その時、そうあなたは、あなたはやはり主であり
僕の苦しみを一人で背負い直してそれから
「それでよい人の子よ」と優しくほほ笑むだろう
僕はこんなにだらしない手で涙を拭(ぬぐ)って
もう一度あなたの十字架を半分引き受けて
僕たちはふたたびのろのろ歩き出すだろう
偽の信者の嘲笑をもうまるで気にも留めず
体のはち切れそうになればなるほどこころには
安らかな平穏が戻り来たるのを知るだろう
それから僕はあなたの隣で磔刑(たっけい)に処され
はじめて幸福の本当の意味を知るだろう
誰もが己が身を愛している中にぽつねんと
わたしだけがあなたのことを信任せずにいて
付かず離れず歩みを同じゅうしながら、
そうしてあなただけをひたすらに愛しているのです
そう、わたしだけが最後の砦
地上に残された十四番目の
あなたの最後の信者なのですから
主よ、あなたのみこころのままに
ただそうありますように、Amen.
2009/3/22
2009/07/06改訂掲載