蛙(かわず)の歌

(朗読ファイル)

蛙(かわず)の歌

入り日の蛙(かわず)さげこげこ鳴くなら
掛け合うたびごと愛やら願いの
籠もるも知らずにあぜ道歩こう
げこげこ響くはみなもか風か

さりとて君には知られやしまい
どんなに鳴いても答えを知らぬ
名もなき蛙さ悲しみこらえて
げこげこ鳴きます夕焼け小焼けを
奴とていのちは歌うかぎりの
惜しまず田んぼさ駆けずりまわり
どれほど友をば探してげこげこ
あこがれ満たして跳ねてはみたけど
さりとて答えのあろうはずなく
誰しも離れてげこげこ盛るを

蛙の嘆きは夕月みてます
けれども夕月みているばかり
あなたの不幸を分かろうはずなく
ほほえむ口もとくちびる灯すを
あなたは非情と歎いてみるけど
それはわずかの尺度の違いと
愛の指標の隔たりなのです

やさしきひかりの月は孤独を
群れなす星とは違うばかりに
黙然(もくねん)すべてを眺めることのみ
喜びなのだと信じるご様子
恋に焦がれる日射しばかりを
慕いて追ったり愁いてそっと
隠れて見せるが彼女のすべてで
群れなす蛙の稲田のなかの
答えの返らぬなみだの仕草や
恋人つくれぬさみしさくらいの
小さなこころの歌声ばかりを
どうして彼女が知り得ようものか

稲田のなかのさいころ転がし
ぞろ目ぞろぞろ並んだからとて
幸せ不幸の偏差(へんさ)のきわに
極端ばかりはあるがしごくを
蛙はさりとて知ろうはずなく
毎日げこげこなみだを流して
やがては水面(みなも)に腹さ浮かべて
ぷかぷか揺られて流れてゆきます
それな蛙の総体世界を
月がやさしく照らしたからとて
さにあらばこそなにゆえ奴を
特定のあなたを愛しうるであろう
かざしたひかりは波紋を描き
あなたを救わばまだ見ぬ不幸を
生みなさんには違(たが)わぬものを
いかな月とて分からぬものかと
僕はそっとあなたに諭そう
けれども蛙は苦しいばかりで
げこげこげこげこ鳴いていたっけ

日は暮れ蛙(かわず)さげこげこ鳴くなら
掛け合うたびごと深紅(しんく)の筋も
風にさらわれ紺と染めゆく
あぜ道もうすぐ色を無くすよ

さりとて僕らは助けはすまい
どんなに鳴いても答えを知らぬ
名もなき蛙さ悲しみまかせて
げこげこ鳴きますすがたも見せず
逢魔(おうま)が時には魔物もあったが
真黒きペンキを塗りますばかり
踏みなす足までか黒きピエロの
闇へと帰るか一羽のからす
灯ともし頃とて灯す家なく
灯して明るは割られし黄身か
はたまたまたたく星のワルツか
げこげこげこげこ蛙さ鳴いて
やっぱり耳には小さき悲鳴
混じって聞こえる気配はするけど
げこげこ鳴きますすがたも見せず

僕はそっと天上の
大三角の十字のあたり
かりそめお祈りはして見ましょう
紺青のまたたきくらいに忙しなく
水面(みなも)からは今なおげこげこ盛るし
いかな奴らとて一晩鳴きしきるわけもなく
それな合唱のゆたかや静まりさえもなお
時の隔てとともに移りゆくものなのに
今宵はまたどうしてこんなにもげこげこと
げこげことばかりに鳴きしきるものか
それはいったいにひとつの蛙の埋葬を
あらかじめ予告するようにもありながら
あるいはその嫌われものの死をばかり
待ちわびる鎮魂歌(ちんこんか)を歌い巡るくらいの
つめたき夕げの宴じみた気配にさえも
僕には思われるものでした

星降る蛙(かわず)さげこげこ鳴くなら
掛け合うたびごと愛やら願いの
夜空も知らずて仰ぎ見したとて
げこげこ響くは下界ばかりか

さて、月ばかりか星もまたすげなくて
それな蛙やらあなたのすがたやらを
眺めてはまたシャンパンを高らかに
オリンポスの神々などと戯れるみたいにして
地上の哀しみなど端(はな)からうわの空
ポーカーなどに興じているありさまです

そして、銀河の蛙(かわず)さげこげこ鳴くなら
掛け合うたびごとの愛やら願いとやらも
籠もるもかまわず僕はあぜ道をばゆくのです
げこげこ響くはいかなるよろこびかそれともかなしみか
げこげこげこげこそれはもう騒々しいくらいです

さて、僕は家(うち)へと帰ろうか
そして静かに目覚まし時計を回すと
ふとんにもぐってもはや寝ちまおうか
あの蛙のことだけは思い出してやろう
あるいは僕もまもなく腹を返して
おぼれ死ぬことばかりを夢見るがゆえに

2009/07/06

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