(朗読ファイル)

沈黙じみたうつろの心よ
刮(こそ)げた底辺に去来する
一片のくすんだスナップよ
涙のゆえにかこそばゆきもの
ひかりのどけき春の憂鬱

埋もれし広場に鉄棒は錆び
失ひし褐色(かちいろ)の名残と
干からびて蔦(つた)の絡みよ
幾重の垢(あか)は蟻の足蹴(あしげ)に朽ちて
あかしも今宵は土塊(つちくれ)なりしを

あびし血潮よ、どす黒き焼けつく雲よ
じれつたいほど遊びざかりの
一片のくすんだ俤(おもかげ)よ
鳴くは烏か、仰向く弟は均衡棒の
向かうで指さすひときわ黄金(こがね)の星よ

燃える不気味の空さえ、爛漫(らんまん)の高笑よ
今宵変わらぬ空を、背筋寒くするわたしの心よ
はす向かい、語らふべき想いは褪(あ)せて
演繹されえぬ、過去をいつそ埋め尽くして
他人めかした弟、うつろな煙を吐いている

かの空はいずこの空なるか
あの日の血潮は錆びに朽ちるのか
ふるさと少しく色を忘れて
かなたの空へと連なるばかりを
気づかぬ二人はしやぎ続けて
夕暮れ遊んでいたつけが

わたくしの弟はもういなくつて
弟やわたくしはもういなくなつて
平皿に盛りよせた豆と御猪口(おちょく)と
同調されえぬ不整脈気取りの
からつきし駄目な今宵の宴よ

沈黙じみたうつろの心よ
刮(こそ)げた底辺に去来する
一片のくすんだスナップよ
涙のゆえにかこそばゆきもの
ひかりのどけき春の憂鬱

2009/3/26
2009/07/06改訂掲載

[上層へ] [Topへ]