・夏の茂る樹木。木々。または一本の木。特に一本のものを「夏木(なつき)」ともいう。ただし林や森のような様相には、[「夏の林」などと叙するので、ある程度狭い領域の木々がクローズアップされてくることになるかもしれない。
城跡はのどかな鳩よ夏木立
おもかげを埋めて久しき夏木かな
[蕪村]
酒十駄(さけじふだ)ゆりもて行(ゆく)や夏こだち
[蕪村]
動く葉もなくておそろし夏木立
[芭蕉]
先(まづ)たのむ椎(しひ)の木も有(あり)夏木立
[殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ)]
おしなべて
ふかみどりなる 夏木立
それもこゝろに そまずやはなき
(殷富門院大輔集)
・夏の樹木の影により陽を逃れるところを緑陰という。ならば緑影(りょくえい)も良かろうと思う。翠蔭(すいいん)も同義。ついでに、鬱蒼と暗い緑陰を下闇(したやみ)とか木下闇(このしたやみ)という。
緑陰に旅客(りょかく)たゝずむ地蔵かな
大穴牟遅(おほなむぢ)木下闇に逃れけり
・鳥綱カッコウ目カッコウ科に分類され、日本には渡り鳥として5月頃南方より飛んでくる。そして秋には帰って行く。雄の鳴き声から「カッコウ」と呼ばれ、別名を「閑古鳥(かんこどり)」という。山里の高い木で鳴くその声が、孤独な寂しさを感じさせるものとして、ホトトギスと共に好んで俳句にされた。
・一方で郭公は、托卵(たくらん)によって他の鳥の巣に卵を産み落とし、育てて貰うだけでなく、その鳥の卵や雛を巣の外に叩き出すという、呪わしいような宿業を負うて生きる、逞(たくま)しい鳥でもある。
郭公やいなかのバスの降り心地
[下に答ふ]
浮き雲を寂しがらせよかんこどり
[芭蕉]
憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥
・フナの突然変異であるヒブナが、中国で観賞用に交配され続けたのが、現在の金魚に繋がっているとか。日本には室町時代頃に伝えられ、江戸時代に養殖が大規模化し、江戸時代中期には庶民の飼育する魚として、メダカと共に一般化していった。
・江戸庶民には、金魚玉(きんぎょだま)といってガラスボールのような容器に入れて、高いところに吊す器(下に置くのは金魚鉢)が売られていた。幕末頃には大ブームが起きたそうだが、昔は金魚屋が道行く姿もあった。
・種類名としての季語は、和金(わきん)、蘭鋳(らんちゅう)、琉金(りゅうきん)、出目金(でめきん)、獅子頭(ししがしら)、丸子(まるこ)、銀魚(ぎんぎょ)などが雑誌に紹介されているが、実際はものすごい種類がある。
浴衣より色香の勝る金魚かな
金魚鉢爪研ぐ三毛の棚柱
[中村汀女(なかむらていじょ)]
やはらかに金魚は網にさからひぬ
[高浜虚子]
いつ死ぬる金魚と知らず美しき
・ツバメは、スズメ目ツバメ科に属し、かつてはツバクラメと呼ばれた。足が弱く、飛行に適した翼によって、空中の昆虫などを捕らえては餌とするので、いつも空を飛んでいるような印象を受ける。春先に飛来して、秋には去っていく渡り鳥で、5~7月頃に卵を産み、それから1ヶ月ちょっとで雛は成長し旅立っていく。続けて2回目の子作りをする場合も多い。穀物を啄まず、害虫を駆除してくれるので、昔から益鳥(えきちょう)として慕われている。人の多いところで巣作りすることから、商売繁盛の鳥とも見なされる。
・「子燕(こつばめ)」ともいい、乳のみ子に見立てて「乳燕(ちちつばめ)」という言葉もある。対して「親燕(おやつばめ)」も夏の季語。
小夜(さよ)更けてつばめの子らも夢見がち
[麦水(ばくすい)]
飛び習ふ青田の上や燕の子
[阿部みどり女(じょ)]
つばめの子ひるがへること覚えけり
・カキノキ科の落葉樹である柿の木の花は、5月頃に葉っぱの色した大きな萼(がく)に飾られて白い小さな花を咲かせる。萼の方が大きく、さらに緑色の萼であるために、葉っぱの中に埋没して、目立たないようなその花は、清楚とか控えめという言葉よりも、「地味」という言葉が相応しい。
・「柿の薹(とう)」という言い方もある。薹(とう)は花を付ける茎、軸、つまり花茎のこと。蕗の薹(ふきのとう)ならよく知られている。これが固くなるとフキや菜の花などは、食べ頃を過ぎてしまうことから、「薹が立つ」といえば、最適の年齢を超えること。しばしば女性の最適結婚年齢を超えることを指す………柿から脱線した。
犬のふと足を止めけり柿の花
[蕪村]
渋柿の花ちる里と成(なり)にけり
[三好達治(たつじ)]
十ばかり拾ひてみたり柿の花
・キク科ベニバナ属の「紅花(べにばな)」は、エジプト原産でシルコロード……ではなく、シルクロードをつたって5世紀頃に伝来したという。「末摘花(すえつむはな)」とも呼ばれ、 食用油の原料にもなるが、何より紅色染料として知られてきた。
・6月から7月にかけて黄色の花を咲かせ、花は徐々に赤く変わるとはいえ、なぜ摘んだ花から紅色が取れるのか、黄色や、オレンジ色の花畑を見ても不思議なくらい。ところが、水にさらして乾燥させる工程を繰り返していると、色素のほとんどを占める水溶性の黄色が洗い流され、僅かな紅色色素が残されるのだ。
摘まれては紅を悩ます花となり
[芭蕉]
まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花
・寒暖の差が大気の水分を滴らせる露は「秋の季語」であるが、夏にも草草に印象的に露を滴らせることを、特に「夏の露」「露涼(つゆすず)し」などと呼ぶ。
軒先に忘れ去られて夏のつゆ
[千代女(ちよじょ)]
朝の間のあづかりものや夏の露
[石井露月(ろげつ)]
露涼し木末に消ゆるはゝき星
・夏の海・夏海
・夏の波・夏濤(なつなみ)・夏怒濤(なつどとう)
・夏の潮・夏潮
・暑き日・暑き夜・熱帯夜
・夏の雨・夏雨(なつさめ)・緑雨(りょくう)
・夏の雲・夏雲(なつぐも)
・積乱雲・積雲(せきうん)=綿雲(わたぐも)
夏の海あまた/\の肌の色
夏の砂寄せかふまゝの踏みごゝち
綿雲にしたなめずりするうちの子よ
波乗りの男パラソルの女かな
ひと夏のあなた欲しくてビキニかな
[芭蕉]
暑き日を海に入れたり最上川
[山口誓子(せいし)]
夏浪の寄せ来る浜に恋もなし
[石橋秀野(ひでの)]
あつき夜をのヽしりいそぐ女かな
[飯田蛇笏(だこつ)]
夏雲群るるこの峡中に死ぬるかな
・夏の冷たいお菓子。アイスクリーム、シャーベット、フラッペ、かき氷、などお好きなのをどうぞ。
少しだけ君のことよりシャーベット
なじられてなみだを浮かべかき氷
彼よりもアイスクリームな十五歳
・要するにカラフルな造花をコップなどの水の中に入れた物。オモチャとしてはコップに入れて水を入れると、あら不思議と花開くようなもの。盃の中に開かせるのが酒中花(しゅちゅうか)。
明日はまたつれなき人よ水中花
いつわりの花に光をカクテール
・和服を着る人には、今でも夏用の足袋を「夏足袋」と詠む権利があるという。そうでないひとには嘘の季語。
・動物愛護協会から、虐待として訴えられかねない修羅場に、金魚を追いやる近代装置……でもなかろうが、透明のガラスの玉に水と金魚を入れて、軒などに吊して楽しむという風流。
金魚玉眺めて一季過ごしけり
・元々は、旧暦の六月と十二月の晦日(みそか・末日)に行われていた祭りで、冬の方は「年越の祓」「大祓(おおはらえ)」と呼ばれていたそうである。旧暦六月は夏の終わりなので、「夏越(なごし)の祓」、または単に「夏越」ともいう。
・他にも、「夏祓(なつはらえ)」とか、「水無月の祓(みなづきのはらえ)」とか、「六月祓」とも呼んだ。701年、大宝律令にも定められた公式行事でもあり、多くの神社でも行われる事となった。正月と盆、祖先の御霊を迎え入れる前に、物忌みする意味もあるようだ。
・「茅の輪(ちのわ)」のところも参照。茅(ちがや)で作った大きな輪っかを、寺院などでくぐり抜けて、疫病や災いを逃れようとする行事がよく知られている。
人真似て神も名越の祓かな
・茶道では、五月から十月まで、夏向きの「風炉(ふろ・ふうろ)」を使用してお茶をたてる。これは鉄や土製の焜炉(こんろ)のことで、その上に湯釜を置いて、それに合わせて夏向きの茶室を演出するのが、風流の定めとか。一方で冬には、囲炉裏みたいな「炉(ろ)」を使用する。「風炉手前(ふろてまえ)」、「初風炉(はつふろ・しょぶろ)」「風炉(ふろ)」など。
やわらかな訛り言葉よ風炉の主
[松根東洋城(まつねとうようじょう)]
二三人老の清らや風炉茶釜
・単に「鴫焼(しぎやき)」とも。厚切りの輪切りに切った茄子を、おおいに焼いてやり、味噌ベースのたれをつけた料理。もともとは串に刺したらしい。「茄子田楽(なすでんがく)」とか、「雉焼(きじやき)」といった言葉もある。これまた昔は、くり抜いた茄子の中に、鴫や雉子の肉を入れていたので、この名称があるようだ。
しぎ焼の串を焦がして苦みかな
鴫焼と心太とで済ませけり
・麻や木綿など、涼しさ良品な夏用暖簾のこと。だから「麻暖簾(あさのれん)」など相応しい。
悪態に塩を打ちけり夏暖簾
[大場白水郎(おおばはくすいろう)]
座敷より厨(くりや)を見せず夏のれん
・何、扇風機の説明を聞きたいだと。甘ったれるな、歯を食いしばれ。
扇風機ひと頃旨きはやり歌
楝の花・樗の花(おうちのはな)、栴檀(せんだん)の花。石榴(ざくろ)の花、花石榴(はなざくろ)。桑の実、桑苺(くわいちご)。河骨(こうほね)、川骨(かわほね)。蓴菜(じゅんさい)、蓴(ぬなわ)。梅雨茸(つゆだけ・つゆきのこ)。
[芭蕉]
どむみりと樗や雨の花曇り
[白雄(しらお)]
むら雨や見かけて遠き花樗
[三村純也]
花石榴風が灯してゆきにけり
[蕪村]
河骨の二(ふた)もとさくや雨の中
[川端茅舎(ぼうしゃ)]
河骨(こうほね)の金鈴ふるふ流れかな
[尚白(しょうはく)]
引ほどに江の底しれぬ蓴かな
落し文(おとしぶみ)、鶯の落し文、時鳥の落し文。兜虫・甲虫(かぶとむし)。夜鷹(よたか)。大蚊(ががんぼ)、蚊蜻蛉(かとんぼ)、蚊の姥(うば)。熱帯魚、天使魚(てんしうお)。河鹿(かじか)、河鹿蛙(かじかがえる)。蟹、沢蟹、川蟹、磯蟹。
[高野素十(すじゅう)]
ひつぱれる糸まつすぐや甲虫
[高浜虚子]
ががんぼの脚の一つが悲しけれ
元2008/6/27
2012/1/12改訂
2017/07/28改訂