秋の夜長

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夜長(よなが)

 気温も下がって、涼しくなり増さるところへ、虫たちは淋しげに泣いているし、夕暮れは日々迫ってくる。そんな環境が心理に作用して、もの思いじみた秋の夜長を導き出す時、「夜長」は冬ではなく、秋の季語となった。

・また、江戸時代の不定時法で、実際に夜の一刻の時間が刻々と伸びていくのが、夜長という言葉の原動力であるという説もある。他に、「長き夜」「長夜(ちょうや)」などといった用法も。

ラブコメなポテチよながなメールかも

ながき夜は見はてぬ恋の物語

長き夜の夢さえ髪に触れられず

砂時計返し/\て夜長かな

[太祇]
戸をさして長き夜に入る庵かな

[蕪村]
山鳥の枝踏かゆる夜長哉

[柿本人麻呂]
あしひきの
  山鳥の尾の しだり尾の
    なが/”\し夜を ひとりかも寝む
          (万葉集・小倉百人一首)

虫(むし)

・伝統的に虫は鳴く虫、つまり秋の歳時記となる。もちろん虫と呼んだら秋としなければならない訳でもなく、句意から推し量って他の季節にわたるようなものには過ぎないが、鳴く虫のイメージで句を詠めば、虫だけでも通じるくらいのものである。

虫鳴く、虫の音(ね)、虫時雨(むししぐれ)、虫すだく(虫が鳴くの意味)、もちろん個々の虫の名称もまた季語となる。

しかられてひときわ虫のなみだ/しぐれかな

  or しかられてひと際しきる虫の声

ひび割れて土塀にすだく虫の声

[鬼貫(おにつら)]
行水の捨どころなきむしのこゑ

[園女(そのじょ)]
虫の音や夜更けてしづむ石の中

[高浜虚子]
其中に金鈴をふる蟲(むし)一つ

・金鈴(きんれい)とは金の鈴、または金属製の鈴のこと。

木の実(このみ)

・秋ともなると、団栗などの殻付きの実は樹木に実り、やがてはぽろりと落ちて来る。よって「木の実落つ」とか「木の実降る」とか言ってみたり、「木の実時(どき)」なんてちとばかり洒落てみたりする。しかし「木の実の雨」ともなると、大げさすぎて大抵は失敗する。「木の実とどろく」そんな季語はありませんぞなもし。

叩かれて振り向けばたゞ木の実かな

吐き出して木の実にむせぶにしき鯉

お好みの木の実この身とつゝき鳥

[芭蕉]
こもり居て木の実艸(くさ)のみひろはゞや

[富安風生(とみやすふうせい)]
よろこべばしきりに落つる木の実かな

秋刀魚(さんま)

[ウィキペディアより部分抜粋]
・サンマ(秋刀魚、学名:Cololabis saira) は、ダツ目-ダツ上科-サンマ科-サンマ属に分類される、海棲硬骨魚の1種。北太平洋に広く生息する。食材としても重宝されて、特に日本では秋の味覚を代表する大衆魚である。

・現代では使用されるほとんど唯一の漢字表記となっている「秋刀魚」の由来は、秋に旬を迎えよく獲れることと、細い柳葉形で銀色に輝くその魚体が刀を連想させることにあり、「秋に獲れる刀のような形をした魚」との含意があると考えられている。

・秋のサンマは脂肪分が多く美味であり、特に塩焼きは日本の「秋の味覚」の代表とも呼ばれる。日本では、塩焼きにしてカボスや、スダチ、ユズ、レモン、ライムなどの搾り汁やポン酢、醤油などをかけ、大根おろしを添えて食べることが多い。

競り揚げる銀の秋刀魚よなか湊(みなと)

[時乃遥]
黒焦げなさんまに困るあなたかな

[銅鑼右衛門之介]
秋深し今年も秋刀魚食べられず

・孤高の俳人銅鑼右衛門之介殿がエンディングに読まれたという傑作らしい。此を見て泣かなかったものはいなかったとされる。

[加藤楸邨(1905-1993)]
秋刀魚食ふ月夜の柚子をもいできて

[「もいで」の「も」は[手偏+宛]という漢字]

[佐藤春夫]
「秋刀魚の歌」があるいは自由詩の代表作か。

蚯蚓鳴く(みみずなく)

・一般に土の中で「ジージー」とオケラなどが鳴いているのをミミズの鳴き声だと勘違いしたとされている。まさか、絶対鳴かないものが鳴くという表現こそが、静けさの極致を表すなどというへりくつから、捏造された言葉ではなく、鳴き声が誤解されて、自然に発生した表現かと思われる。

・他にも、春の「亀鳴く」やら、秋の「蓑虫鳴く」のような、事実とは異なる鳴き声のシリーズが存在する。

なぐさめにめゞずの唄をベンチより

[一茶]
里の子や蚯蚓の唄に笛を吹(ふく)

[川端茅舎(かわばたぼうしゃ)]
蚯蚓鳴く六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)しんのやみ

柿(かき)

・柿の木とはカキノキ科の落葉樹で、東アジアを中心に自生する。その果実が秋の味覚を代表するばかりでなく、オレンジ色やダイダイ色とも違うその色は、柿色と呼ばれるくらい、木に成る姿も秋の情景に溶け合っている。

渋柿、甘柿、樽柿(酒気の残る樽で渋みを抜いたもの)、ころ柿(干し柿)、柿の秋、など。

積み荷より柿ころばして去りにけり

[芭蕉]
里ふりて柿の木もたぬ家もなし

[正岡子規]
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

[結核療養の松山で夏目漱石と俳諧三昧の日々を送った正岡子規が、東京への上京途中に奈良で詠んだ句。]

[正岡子規]
つり鐘の蔕(へた)のところが渋かりき

鹿(しか)

・シカ科の動物の総称だが、日本ではもちろんニホンジカの事を指す。雄が枝分かれした角を持っている。秋の季節には、求婚の鳴き声を上げるが、秋空に少し切なげに響き渡るその高い声が、あまりにも印象的なために、和歌の時代から、鳴く声が歌われることが多く、秋の風物詩とされている。

鹿鳴く、鹿の声、妻恋(こ)う鹿、鹿の妻、牡鹿、牝鹿、など。

奥嵯峨の妻さへ鹿は慕ふなり

[山口素堂(やまぐちそどう)(1672-1716)]
廻廊にしほみちくれば鹿ぞなく

[桃隣(とうりん)]
飛鹿(とぶしか)も寐て居る鹿もおもひ哉(かな)

[飯田蛇笏(いいだだこつ)]
老鹿の眼のたゞふくむ涙かな

秋の雨

秋雨(あきさめ)のこと。秋霖(しゅうりん)、秋黴雨(あきついり)(秋梅雨入り、の意味か?)などと呼ぶ。特に秋雨前線と呼ばれる停滞前線が居座り、秋の長雨となる頃を指すことも、ただ秋の雨を指すこともある。

秋雨にまみれて宵のはやり唄

[吉野左衛門(よしのさえもん)(1879-1920)]
寝つゞけて夕べとなりぬ秋の雨

秋曇(あきぐもり)

・秋にも長雨のシーズンがあるならば、秋にも曇りがちなひと頃は存在し、またそうでなくても肌寒さに、秋の曇りをさみしく感じるものである。春の「春陰(しゅんいん)」に対して、「秋陰(しゅういん・あきかげり)」、あるいは「秋の翳(あきのかげ)」、などとも言う。

かじられたトタンの錆よ秋ぐもり

ふとまにもくかたちもなく秋曇

十月

十月はかなしみの街夢の街

秋の夜(あきのよ)

秋夜(しゅうや)、秋の宵、宵の秋、夜半の秋、など。

秋の夜の灯しをめぐる影法師

[一茶]
秋の夜や旅の男の針仕事

[日野草城(ひのそうじょう)(1901-1956)]
秋の夜や紅茶をくぐる銀の匙

[能村登四郎(のむらとしろう)(1911-2001)]
子にみやげなき秋の夜の肩ぐるま

長月(ながつき)

・陰暦九月のこと。他にも、菊月(きくづき)、紅葉月(もみじづき)、寝覚月(ねざめづき)、稲刈月、小田刈月(おだかりづき)、など。

長月に財布の紐を弛めけり

くち笛に鹿つられけり紅葉月

[鈴木真砂女(すずきまさじょ)]
菊月や備後表の下駄買はむ

冷やか(ひややか)

・夏の季語である「涼し」が、いつしか「冷ややか」へと移り変わることこそ、秋の季語に相応しいとされている様子。さらに冬になると「冷たし(つめたし)」となる。他にも、秋冷(しゅうれい)などは、かえって使いやすいかも知れない。

冷やゝかなしずくを聞くやてうづ鉢

[荷兮(かけい)]
もたれゐる物冷やかになりにけり

[杉田久女(すぎたひさじょ)]
紫陽花に秋冷いたる信濃かな

そぞろ寒(さむ)

・「そぞろ」は何とはなしにの意味で、何気なき寒さを覚えることを「そぞろ寒」と言う。うすら寒いの意味の「うそ寒(さむ)」という表現も秋の季語。

そゞろ寒さに脱ぎたるものを羽織りけり

[寺田寅彦(てらだとらひこ)(1878-1935)]
そぞろ寒鶏の骨打つ台所

赤い羽根

[雑誌より引用]
・1947年にアメリカのエドワード・ジョゼフ・フラナガン神父のすすめで始まった共同募金のひとつ。社会福祉法に基づき、十月一日から三ヶ月間、街頭や町内会、企業などで募金を集める。

火の鳥の羽根に迫るや募金箱

新藁(しんわら)

・「藁(わら)」は、稲や麦など、イネ科の植物の収穫の後、茎を乾燥させたもの。今年藁(ことしわら)ともいう。かつては、縄やわらじなど種々の藁製品を生み出す重要な副産物だったが、今日ではコンバインの稲刈りにより、普通は裁断されて、田んぼに供されるのみ。

新藁に取り付く子さへ失にけり

蛇笏忌(だこつき)

・飯田蛇笏の忌日である十月十三日を指す。「ホトトギス」で活躍し、「雲母(うんも)」を主宰した彼の句は、近代において子規と並ぶものである。「雲母」は後に息子の俳人である飯田龍太(りゅうた)に引き継がれたが、1992年に終刊となった。

「山廬忌(さんろき)」ともいう。処女句集が「山廬集」であり、また故郷の山梨県旧境川村(さかいがわむら)[現在、笛吹市]で句を作り続けたからである。

蛇笏忌に委ねる句さへまがひ物

[福田甲子雄(ふくだきねお)(1927-2005)]
蛇笏忌の田に出て月のしづくあび

秋耕(しゅうこう)

・稲の裏作や、秋まきの野菜を作るために、田畑を耕すこと。「春耕(しゅんこう)」に対比。

秋耕に掘りたる岩を拝みけり

綿取(わたとり)

・アオイ科のワタと言えば、「木綿(もめん)(cotton)」を作るために知られた植物だが、花が咲いた後の実、続に「綿の桃」と呼ばれるものが割れると、種子を覆っている真っ白な「綿花(めんか)」が現れる。これを「桃吹く(ももふく)」と表現する。

・さらにこのワタを採取する作業が、「綿取(わたとり)」となる。また「綿摘(わたつみ)」ともいう。「綿干す(わたほす)」という季語もある。

綿取っておまゝごとに逢うおとこの子

[三浦樗良(みうらちょら)(1729-1781)]
門畑(もんばた)や下駄はきながら木わた取

[正岡子規]
洪水のあとに取るべき綿もなし

高きに登る

・あるいは「登高(とうこう)」。中国の伝統で、陰暦九月九日の「重陽(ちょうよう)(菊の節句)」にまつわる風習。小高い山に登り、山椒だとか菊の酒を飲むとかどうとか。

高きまで登りて酒たてまつらんか

新渋(しんしぶ)

・取れた柿の果汁を発酵熟成させて得られたものを、「柿渋(かきしぶ)」といって、古くから防腐剤や塗料などに使用してきた。それで、秋になって作りたての柿渋のことを、「新渋(しんしぶ)」という。

・初めに絞った渋が「一番渋」、残り滓を利用した「二番渋」などあるそう。他にも「今年渋(ことししぶ)」「生渋(きしぶ)」など。

新渋の張り出しよれて無人駅

葡萄酒醸す(ぶどうしゅかもす)

・変な季語作るな蛸。ボジュレヌーボーのようなワインの新酒のこと。生まれたときからねつ造季語。

ホイリゲにシュランメルを聞くヴィオラかな

草木花

 紫苑(しおん・しおに)、鬼の醜草(しこぐさ)、思草(おもいぐさ)。秋茄子(あきなす・あきなすび)。自然薯(じねんじょ)、自然生(じねんじょう)、山芋、山の芋。蔦(つた)、蔦紅葉(つたもみじ)、蔦の葉、蔦葛(つたかずら)。葡萄(ぶどう)、葡萄棚。零余子(むかご・ぬかご)。天狗茸(てんぐだけ)。

[一茶]
栖(すみか)より四五寸高きしをにかな

[折笠美秋(おりかさびしゅう)]
ゆうぐれに摘んで紫苑を栞(しおり)とす

[千代女(ちよじょ)]
紅葉して蔦と見る日や竹の奥

[古賀まり子]
馬車道に瓦斯灯(がすとう)ともる蔦紅葉

[蕪村(ぶそん)]
枯れなんとせしをぶだうの盛りかな

[高野素十(たかのすじゅう)]
触れてこぼれひとりこぼれて零余子かな

[季治(すえはる)]
鞍馬山にはえなん物や天狗茸

鳥獣魚虫

 鷹渡る、秋の鷹、鷹柱(たかばしら)。連雀(れんじゃく)、黄連雀、緋連雀(ひれんじゃく)、寄生鳥(ほやどり)。残る虫、すがる虫。蜂の子・蜂の仔(はちのこ)、地蜂焼(じばちやき)、蜂の子飯。秋鰹(あきがつお)、戻り鰹(がつお)。花咲蟹(はなさきがに)。

[鷹羽狩行(たかはしゅぎょう)]
噴煙を風見代りに鷹渡る

[手塚茂夫]
無理強ひに蜂の子飯をもてなされ

[才麿(さいまろ)]
はねるほど哀れなりけり秋鰹

2008/10/04
改訂 2012/03/01
改訂 2017/11/20

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