・キク科キク属の植物。もともとの野生種ではなく、六世紀頃中国で交配により生み出された栽培菊・家菊から始まっている。日本では古今和歌集の頃から歌われ出すが、さまざまな野菊とは異なる園芸品種の菊は、江戸時代の菊作りブームによる品種改良の結果生み出されたようだ。
・一日の日の長さが、一定以上短くなると花を咲かせる、短日性の植物であるが、花芽の形成される前、夏のうちに夜間電照を行い開花時期を遅らせる「電照菊」は、恐らくは夏の季語には違いない。ちなみに天皇家の紋章としては、後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)(1180-1239)が好んで使用したのが契機とされている。
・白菊(しらぎく)、黄菊(きぎく)、大菊(おおぎく)、中菊(ちゅうぎく)、小菊(こぎく)、厚物咲(あつものざき・咲かせ方の名称は多々ある)、など。
菊の華をいとわしく吹く花は何
一輪の菊挿しかけて風の墓
[芭蕉]
起あがる菊ほのか也(なり)水のあと
[芭蕉]
菊の香やならには古き仏達
[芭蕉]
白菊の目に立てゝ見る塵もなし
[嵐雪]
黄菊白菊其外(そのほか)の名は無くも哉(がな)
[去来]
秋はまづ目にたつ菊のつぼみかな
[江涯(江戸時代)]
白菊やしづかに時のうつり行(ゆく)
陰暦九月九日は、中国生まれの行事である「重陽(ちょうよう)の節句」。陽(陰陽道)を代表する奇数の九が、二つ重なるという陽の極大日。それを宥(なだ)めるため、又祝うための行事である。
・日本でも「菊酒・菊の酒」を飲むなどの風習があったが、現在は忘れ去られた歳時のようだ。太陰暦であれば、ちょうど菊の咲く時期であるため、「菊の節句」とも呼ばれる。もちろん新暦では菊の盛りにはそぐわない。
九々の日に掬(きく)して乞ふる湖水かな
[掬(きく)するは、手に掬(すく)う、汲み取る、手にして味わう、といった意味。]
重陽の節句に菊を浮かべた酒を飲むと、健康長寿を得るといういわれは、中国から日本に伝わり、平安時代には「重陽の節句」と共に宮中行事にも取り入れられた。今日では、高級料亭や旅館などで、重陽とは関わりなく出されることがあるくらいか……
一献ごとしわぶく宛(あて)や菊の味
[「あて」は酒の肴の意。室町時代頃に武家の酒宴作法で、一の膳、二の膳、と料理と酒の載った膳を、交替しながらもてなす方法が定められ、その「酒と料理」のワンセット(つまり一膳)を一献(いっこん)と呼んだそうだ。もてなされた客は、肴を食いながら、お猪口に三杯の酒を飲む。次の膳が出て、同じことを繰り返す。この膳のコースメニューが「献立(こんだて)」と呼ばれ、これは三献(さんこん)を規準とするので、この酒宴形式を「式三献(しきさんこん)」とか「三献の儀(さんこんのぎ)」とか呼ぶものらしい。また「駆けつけ三杯」とは、遅刻者に儀式上必要な三杯一献をただちに行わせるような意味が、ノンベイどもに悪用されて、酒を強いる行為に取って変わられたらようだ。(この項目の調べものは甚だ曖昧です。)]
・重陽には温めた酒を飲んで、病気の無い冬を迎えるという風習もあったようだ。もちろん菊を浮かべてもよい。
温かく白髪浮かべて酒祝(さかほがい)
・菊の同属、異属を含めて、菊に似た花々を、ざっくばらんに「野菊」と呼んだもの。薄紫の細身の花びらに真ん中の黄色いアクセントが印象的な「嫁菜(よめな)」や、「野紺菊(のこんぎく)」は、その代表的存在か。「紫苑(しおん)」もキク科だが、野生種ではなく栽培種として分類されるので、普段は野菊とは呼ばれない。
のこんの月のこんの菊よ末の里
[山口素堂(1642-1716)]
名もしらぬ小草花咲(おぐさばなさく)野菊哉(かな)
[原石鼎]
頂上や殊に野菊の吹かれをり
・旧暦九月十三夜の月で、太陽暦なら十月半ば頃、これを十五夜同様に祭るのが、「後の月」である。あるいは「十三夜」「名残の月」「二夜(ふたよ)の月」「女名月」と呼んだり、食べ物の旬に合わせて「豆名月」とか「栗名月」と呼んだりする。「豆名月」の豆は未成熟な大豆であるところの「枝豆」の事。肌寒の名月であり、日本のみの風習のようだ。
蒼ゝと雲吹く茅やのちの月
[時乃遥]
待たされてすねた振りして十三夜
[三浦樗良(みらうちょら)]
後の月水より青き雲井かな
・毬栗(いがぐり)、落栗(おちぐり)、山栗(やまぐり)、栗山(くりやま)、など。他にも「笑栗(えみぐり)」とは落ちて毬(いが)の割れた栗の様子をあらわしたものであるし、「一つ栗(ひとつぐり)」とは、毬の中に一つだけ残っている栗の様子をあらわしたものである。関係ないが、フランス革命時の亡命貴族はエミグリではなくエミグレであるから注意が必要である。
栗投て追いかけられた夕べ哉
雲を見てはきびす返して栗袋
[芭蕉]
行あきや手をひろげたる栗のいが
[白雄]
毬栗(いがぐり)の簔にとゞまるあらしかな
[夏目漱石]
栗を焼く伊太利人や道の傍
・柿の紅葉なれば、紅の色整はず、色違へして付たる様、いとおかしけれ。
占いに柿の葉選ぶ紅葉かな
[一茶]
渋柿も紅葉しにけり朝寝坊
・秋を想わせるよな様々な音風景。それを名付けて「秋の声」とか「秋声(しゅうせい)」「秋の音」などと呼んでみる。
だあれかさん小さな秋の唄歌う
・秋らしい色彩を感じる時だけでなく、秋の気配や秋めく情景にあってささやく場合もある。秋色(しゅうしょく)、秋光(しゅうこう)という言葉もある。
紅茶して秋の色香よ午後の街
[芭蕉]
秋のいろぬかみそつぼもなかりけり
[支考(しこう)]
裏門に秋の色あり山畠
[芭蕉のと対比して秀句とそうでないものの比較に使うべし]
・「秋の日」や「秋日(あきひ)」は言わずもがな、朝日、夕日、日向、日影などに秋を加えれば、たちまち季語の誕生だ。
猫と寝る秋の日のらりくらりかな
逃れつゝ入りつゝ富士の秋日かな
[飯田蛇笏]
戦死報秋の日くれてきたりけり
[高橋淡路女(あわじじょ)(1900-1955)]
水底の草にも秋の日ざしかな
・菊の最盛期の晴れの日を指すようだ。「秋日和」のうち、菊の開花にターゲットを定めた季語。
お留守居のポチに崩され菊日和
[高浜虚子]
我のみの菊日和とはゆめ思はじ
・二十四節気のひとつ。急に冷たくなる大気、寒さはつのり露さえ凍りそうな頃。燕は南に帰り、雁は北より来たる頃だそうだ。新暦だと10月の前半で、紅葉の見頃ともなる。
埋ずめられ寒露に土砂を晒しけり
[飯田蛇笏]
茶の木咲きいしぶみ古ぶ寒露かな
[極めて人工的な俳句を、極めて自然の口調に、淀みなく流し去る俳人を飯田蛇笏と呼ぶ。]
[手塚美佐]
目に見えぬ塵を掃きたる寒露かな
・秋の晴、秋日和(あきびより)など。
秋晴に嫁ぐまねしておんなの子
お土産をもらう仕草も秋日和
[相生垣瓜人(あいおいがきかじん)(1898-1985)]
秋晴の日記も簡(かん)を極めけり
[野村泊月(はくげつ)]
落柿舎の門に俥(くるま)や秋日和
・秋雲(しゅううん・あきぐも)とも。
球投げてつかみ損ねて秋の雲
しっぽ振り仰向く犬や秋の雲
[久保田万太郎(1889-1963)]
秋の雲みづひきぐさにとほきかな
[ウィキペディアより抜粋]
・巻積雲(けんせきうん、ラテン語学術名cirrocumulus、略号Cc、シーロキュムラス)とは、高度5~13km程度に浮かぶ、白い小さな塊がうろこのように並ぶ雲。基本雲形(十種雲形)の一つで、上層雲に分類される。氷の結晶からできている。絹積雲とも書く。また、うろこ雲、鰯(いわし)雲、さば雲などとも呼ばれる。巻積雲の雲形は、高積雲のそれとよく似ており、判別が難しい。
しかられて仰むく犬よいわし雲
かくれんぼ忘れさられていわし雲
・1964年10月10日、東京オリンピック開催。それを記念するのが体育の日。しかし、2000年に十月第二月曜に移させられてしまったので、記念日ともならない、名目的な祝日に成り果てた。
高らかな体育日よりか遠花火
・菊花を干してそれを詰めて枕とすると、邪気を払ったり、頭痛や眼病に効くとされた。
ふた歳(とせ)の里の夕べや菊まくら
[無意味な句の見本なるべし。見せしめに残しおくものなり。]
[杉田久女(ひさじょ)]
白妙の菊の枕を縫ひ上げし
・古くからある保存食で、柚子の中をくり抜いて、味噌やら胡桃やらを詰めて、上から蓋をして、藁などに巻いて一ヶ月から半年も保存したもの。現在では、これにあやかって、柚子の中に、柚子の実、砂糖、餅米など、様々なものを蒸し混ぜにした和菓子を指す。もっとも、実際はさまざまなバリエーションがあり、東北のものは柚子すら使用されず、代わりにクルミが使用されていたりする。
[茨木和生(いばらきかずお)]
藁苞(わらづと)の藁つややかな柚餅子かな
・むかご(零余子)とは、山芋や長芋のような根っこではなく、葉の付け根にできる、小さな実のようなもの。ただしこれは、葉や根が変化したもので、実ではない。地上に落ちると、そこから根を張りだして成長する。ムカゴ飯のムカゴは、特にヤマノイモのムカゴを、皮付きのままで炊き込みご飯にするもの。
酔狂な飯はむかごか老夫婦
本来は春に抜け落ちる牡鹿の角。「落し角(おとしづの)」という春の季語にされているくらいだが、奈良県は春日大社では、人や樹木に危害を加えないように、角が完成され、行動が荒々しくなってくる十月頃、角を切り落とす行事が行われる。
[江川虹村(こうそん)]
角切られ夢から醒めし如くをり
日蓮宗の開祖である日蓮の忌日は、陰暦十月十三日である。前日の通夜から忌日に掛けて、宗派寺院では法要を行う。今日ではこれを新暦として行っている。御影供(みえいく)が御影講(みえいこう)と呼ばれ、御命講(おめいこう)と訛ったが、今日では御会式(おえしき)がよく使用されるとか。
・前日十二日には、信者が万灯をかざして太鼓を叩くので、万灯(まんどう)などと呼ばれることもある。ようするに、結論を述べれば日蓮忌(にちれんき)である。
「狂句」
お前(めえ)こうして拝めと諭されて
[芭蕉]
御命講や油のような酒五升
林檎(りんご)、林檎園。無花果(いちじく)。紫式部(むらさきしきぶ)、紫式部の実、実紫(みむらさき)。朝顔の実、朝顔の種。種取(たねとり)。酢橘(すだち)、木酢(きず)。花梨・花櫚(かりん)の実。
[高浜虚子]
無花果をもぐ手に伝ふ雨雫
[山口誓子]
無花果のゆたかに実る水の上
[吉野嘉子(よしこ)]
実むらさき老いて見えくるものあまた
[太祇]
朝顔も実勝ちになりぬ破れ垣
[百合山羽公(ゆりやまうこう)]
包丁のまへに玉置く酢橘かな
[池上樵人(しょうじん)]
花梨の実高きにあれば高き風
[橋本多佳子]
くらがりに傷つき匂ふくわりんの実
稲雀(いなすずめ)、秋雀(あきすずめ)。鶴来(つるきた)る、鶴渡る、田鶴(たづ)渡る。花鶏(あとり)、あつとり。猪・猪(いのしし・しし)、猪肉(ししにく)、瓜坊(うりぼう)、山鯨(やまくじら)。菊吸虫(きくすいむし)。茶立虫・茶柱虫(ちゃたてむし)、小豆洗(あずきあらい)。義義(ぎぎ)、きばち、ぎぎゅう。
[万葉集4339より]
国めぐるあとりかまけり行きめぐる
[堀口星眠(せいみん)]
ちりぢりになる楽しさの花鶏かな
[其角]
山畑の芋ほるあとに伏す猪(ゐ)かな
[森田智子(ともこ)]
吊るされて地面に近き猪の鼻
[一茶]
有明や虫も寝あきて茶を立てる
2008/10/8
2012/4/11 改訂
2017/11/26 改訂