雁渡る

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雁(かり・がん)

・カモ目カモ科ガン亜科の水鳥の総称(鴨より大きくて白鳥より小さいサイズとか)。灰褐色をベースに白黒のアクセントを付けた戦闘機のような姿か。狩猟のターゲットとしてお馴染みの鳥だったが、あまり狩られ過ぎて、現在は禁猟となっている。晩秋に北方より渡り来る冬鳥だが、歳時記には渡り来るその姿と声とをもって秋季と定める。

かりがね(元は、雁の音の意味)、雁渡る、雁行(がんこう)、雁の列、雁の竿、落雁(らくがん・隊列で地上に降下する雁)、など。

雁がねの月に迫りて褪せにけり

[芭蕉]
病雁(やむかり)の夜さむに落(おち)て旅ね哉(かな)

[其角(きかく)]
雁の腹見すかす空や船の上

[迫間(はざま)]
雲ゆきや雁が三歳月(みとせ)の墓参

[一茶]
けふからは日本の鴈(かり)ぞ楽ニ寝よ

[石田波郷(はきょう)]
雁(かりがね)や残るものみな美しき

[出征時の歌とか。独善と紙一重なるか。]

[よみ人知らず]
しら雲に
  羽うちかはし 飛ぶ鳥の
    かすさへ見ゆる 秋の夜の月
          (古今和歌集、秋)

渡り鳥(わたりどり)

・日本には鴨、鶴、雁、白鳥、鶫(つぐみ)などの鳥たちが、秋期に北方から渡って来て、列島で冬を過ごし、春になると北方へと帰っていく。それを総称して「渡り鳥」と呼ぶ。帰っていくのは「鳥帰る」と言って春の季語。

鳥渡る、鳥の渡り、候鳥(こうちょう)、漂鳥(ひょうちょう)、など。

沢跡の賑わう街よ渡り鳥

みちのくは霜の便りや渡り鳥

[芭蕉]
日にかゝる雲やしばしのわたりどり

[高浜虚子]
木曾川(きそがわ)の今こそ光れ渡り鳥

[宮沢賢治の銀河鉄道の夜の「今こそ渡れ渡り鳥」を想い出す一句]

小鳥(ことり)

・特に小ぶりな渡り鳥、鶸(ひわ)、連雀(れんじゃく)、鶲(ひたき)などを、歳時記では「小鳥」と呼んで、秋季と定めるのだそう。とは言っても、せめて「小鳥来る」「小鳥渡る」などの意図を込めて詠むのが上策。小鳥のみにては、四六時中の小鳥なり。

雁がねやあとを慕ふて小鳥かな

せぴあ野にあまたおかしく小鳥たち

[蕪村]
小鳥来る音嬉しさよ板びさし

鶏頭(けいとう)

・ヒユ科の一年生植物。熱帯アジアからアフリカ付近の熱帯地方が原産とされ、夏から秋にかけて、赤や黄色のもこもこした花を咲かせる。それが鶏の頭に似ているので、この名称が付いたという。日本にも古くから渡来し、初めは「韓藍(からあい)」「韓藍の花」と呼ばれていた。

アラビアンナイト
   からあいの花言葉

からあいの花もつれあい恋ごゝろ

[蕪村]
秋風の吹きのこしてや鶏頭花

[正岡子規]
鶏頭の十四五本もありぬべし

鵙・百舌鳥(もず)

・スズメ目モズ科モズ属の小さき鳥。日本では留鳥(りゅうちょう・渡らない鳥)もいて、北部から南部に渡る鳥もいる。特に秋に多く見られる行為として、捕らえた獲物を枝の間に挟んだり、枝に突き刺したりする。正確な理由は分かっていないが、「鵙の贄(もずのにえ)」「鵙の早贄(はやにえ)」と呼んで秋の季語になっている。

・いろいろな声を出して鳴くことから百の舌を持つ鳥、「百舌鳥」とも書かれる。また高鳴きすると晴れるというジンクスもある。初百舌鳥(はつもず)、鵙の高音(たかね)、鵙日和、鵙の晴、など。

こゝろ病んでもず懐かしき窓べかな

[凡兆(ぼんちょう)]
百舌鳥なくや入り日さし込む女松原(めまつばら)

[女松はアカマツのこと。]

霧(きり)

・大気は水蒸気を含む。急激に温度が下がると、水蒸気が細かな水滴となり空中に漂うのが、白いけむりのように認められる。それが霧である。空を行けば雲、地を這えば霧、どちらも同じ、愉快愉快(なんのこっちゃ)。歳時記には春のものを「靄(もや)」、秋のものを「霧」とする。

朝霧、夕霧、夜霧(よぎり)、薄霧(うすぎり)、濃霧(のうむ)、霧雨(きりさめ)、霧時雨(きりしぐれ)、など。

霧はれてにぎわいの街宵の街

さよならは霧へと消えるあなたかな

濃霧去って始発を告げる待合所

[芭蕉]
霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き

[蘭更(らんこう)]
傘さして霧分け行くや山法師

[蕪村]
朝霧や村千軒(せんげん)の市の音

[夏目漱石]
霧黄なる市に動くや影法師

[水原秋桜子]
白樺を幽(かす)かに霧のゆく音か

身に入む(みにしむ)

・「身にしみる」には秋の様相があるにはあるが、独立して「身に入む」を季語とするようなものなのかどうか。。。

やるせなに骨身に入(し)みる痛みかな

[芭蕉]
野ざらしを心に風のしむ身哉(かな)

[つまりこういうものは、一定の季語ではなく柔軟な季節表現なのであって、それを季語と定義して使い出すと、謎表現のオンパレードになってしまう。]

秋寒(あきさむ・あきざむ)

・「寒し」は冬の季語だが、立冬より前に感じる寒さは、「秋寒」とか「秋寒し」と詠んでみせる。

秋寒は地蔵の笠のもつれ糸

寒かりし秋の寝覚めや時の声

[時乃遥]
寒がりさん寝ざめの秋なら抱き枕

[一茶]
秋寒や行く先々は人の家

[夏目漱石]
秋寒し此頃あるる海の色

やや寒(さむ)

・または「やや寒し」など。冬の寒さの手前にして、ちょっとした秋の冷たさを表わす季語「冷(ひや)やか」では、もはや済まされないくらいの、けれどもまだ「本寒」とは呼べないくらいの、そんな肌寒さを表わすとか。

やゝ寒くこゝろほのかに暖かく

やゝ寒に賽(さい)を振るつて空祈

[正岡子規]
やゝ寒み襟を正して坐りけり

[大須賀乙字(おおすがおつじ)]
木拾ひに出てやゝ寒き夕かな

肌寒(はださむ・はだざむ)

・または「肌寒し」。皮膚感覚に基づく表現だが、それゆえ、人肌を恋しがるような恋の詩にも転用され、外も内も寒いようなわびしさにも利用される季語。

肌さむく想えばしづくこぼれ星

[発句風なら]
はだ寒み祈るよばひの想ひゞと

[加藤暁台(きょうたい)(1732-1792)]
影見えて肌寒き夜の柱かな

[高浜虚子]
肌寒や会する人のやゝ遅し

[中村汀女(なかむらていじょ)]
肌寒や生家といへど夕まぐれ

うそ寒

・本当の寒さでは無い、すなわち「嘘寒」かと思ってびっくりするが、これは「薄寒(うすさむ)」とか「薄ら寒い」から来ている言葉である。

遮断機を薄ら過(よ)ぎれば寒さかな

[高浜虚子]
うそ寒をかこち合ひつゝ話しゆく

[渡辺水巴(わたなべすいは)]
うそ寒の身をおしつける机かな

[富田木歩(とみたもっぽ)(1898-1923)]
うそ寒や障子の穴を覗く猫

冷(すさ)まじ

・興ざめするものや、時期はずれの意味から、荒涼としているさまをあらわすことのある「すさまじ」を、「冷まじ」と読み替えて、連歌時代から晩秋の季語と定められたものらしい。

   「すさまじ三句」
すさまじく眼光らせ猪(ちょ)ら畑

すさまじく編み込む蛇やブロンズ像

すさまじく木立の元を踏にけり

[蓼太]
すさまじき長月ごろの花火かな

[正岡子規]
すさまじや蝋燭走る風の中

[原石鼎(はらせきてい)]
山畑に月すさまじくなりにけり

[草間時彦(くさまときひこ)]
すさまじく人を愛せし昔かな

秋の潮(しお)

「春の潮」「春潮(しゅんちょう)」に対比される、秋の海の潮流や潮の干満を呼ぶ。

ビイドロさへこ丸くなりぬ汐の秋

[鷲谷七菜子(わしたにななこ)]
秋潮の音声(おんじやう)こもる窟(いはや)かな

秋の海

・類するに「秋の波」「秋の浜」さらに「秋濤(しゅうとう)」などという用法もある。

口びるは秋の浜べのものがたり

秋濤(しゅうとう)天狗は岩を折られけり

[高浜虚子]
みをつくし遙々(はるばる)つゞき秋の海

薬掘る(くすりほる)

「薬採る(くすりとる)」とも云うが、民間療法的な薬草採取を行うこと。葛や茜(あかね)や竜胆など、特に薬草を採取するシーズンとして秋とされている。

掘りたてゝ煎じ薬のあらたかな

秋の炉(あきのろ)

「秋炉(しゅうろ)」なんて言葉もある。「いろり」「炉」は、炭を利用した燃焼装置を指すだけでなく、広くは暖房くらいの意味で使用されたが、寒さに対する冬の季語とされている。けれども冠に「秋の」と付けてやれば秋の季語になることは、結局は秋が季語なのだろうが、いつもの手段である。

炭入れは秋の炉ばたのものろーぐ

[鷹羽狩行(たかはしゅぎょう)]
秋の炉の自在(じざい)かぐろき山廬(さんろ)かな

[高野素十]
煙るがまま燃ゆるがままの秋炉かな

松手入れ(まつていれ)

・庭木の枝などを整えることだが、とくに「松の木」に手を掛けるものだから、全体を「松手入れ」と呼んだりする。本格的には職人を呼ぶが、ちょっとした庭の手直しを、「松手入れ」と作ってみるのもまた一興。

蓮寺に手入の松をゆだねけり

べったら市

・日本橋にある宝田恵比寿神社(たからだえびすじんじゃ)から大伝馬町(おおでんまちょう)界隈で、毎年十月の十九日、二十日に行われる祭。恵比寿さまを奉るための祝いだが、とくに「べったら漬け」が有名となり、「浅漬市(あさづけいち)」とか「べったら市」とか呼ばれるようになった。

ゑびす来てべつたら求むゆうべかな

[横山白虹(よこやまはくこう)(1899-1983)]
あらぬ方にべつたら市の月ゆたか

菊膾(きくなます)

・食用菊を茹でて、三杯酢などで膾(なます)にしたもの。

米寿来て菊のなますも啜(すす)りけり

[平畑静塔(ひらやたせいとう)]
ただ二字で呼ぶ妻のあり菊膾

蘆火(あしび)

・ヨシまたはアシ(葦、芦、蘆、葭)は、温帯から熱帯にかけての湿地帯に分布する背の高いイネ科の草の一種である。(ここまでウィキペディアより引用)それを焚いて暖を取ること。刈りの最中に行うものという説と、ひもじい家で暖を取るという説があるとか。

ひもじさの蘆火の如くあらんかな

ひとだまの生まれいずる葦火の里ならん

[阿波野青畝(あわのせいほ)(1899-1992)]
うつくしき芦火一つや暮の原

[「空の一つ」の例。上策にはあらざれど、傷にはならず。]

鮭打(さけうち)

・秋になると川を上る鮭を捉えては、頭を叩いてぶち殺すという、いさぎよすぎて愛護団体が騒ぎかねない、立派な漁業がかつて行われていた。その為、「鮭小屋」とか「鮭番(さけばん)」なども季語になっている。

[岡田史乃(ふみの)]
鮭小屋へ鮭のにほひの靴を脱ぐ

蔓(つる)たぐり

・豆や瓜などを収穫した後、残された蔓の枯れた奴を、引き抜き、たぐり寄せして処分すること。これを乾燥させて野焼きに利用すれば、それもまた風物となるが、近頃は野焼きすら自由には行えない世の中。「蔓切(つるきり)」「蔓引(つるひき)」なども。

たぐり寄る蔓辺にみ珠哀れなり

草木花

 草紅葉、草の紅葉、草の錦(にしき)。水草紅葉、萍(うきくさ)紅葉、菱(ひし)紅葉。銀杏(ぎんなん)、銀杏(いちょう)の実。吾亦紅・吾木香(われもこう)。茱萸・胡頽子(ぐみ)、秋茱萸。柚子・柚(ゆず)、柚の実。落花生(らっかせい)、南京豆(なんきんまめ)、ピーナッツ。

[日野草城]
一雨に濡れたる草の紅葉かな

[加藤瑠璃子(るりこ)]
鬼ごつこ銀杏を踏みつかまりぬ

[高浜虚子]
吾(われ)も亦(また)紅(くれなゐ)なりとついと出で

[白雄]
いそ山や茱萸ひろふ子の袖袂(そでたもと)

[大井雅人(おおいがじん)]
柚子すべて取りたるあとの月夜かな

[高浜虚子]
落花生喰ひつゝ読むや罪と罰

鳥獣魚虫

 秋の金魚。紅葉鮒(もみじぶな)、篦鮒(へらぶな)、源五郎鮒(げんごろうぶな)。坂鳥(さかどり)。懸巣・懸巣鳥(かけす)、樫鳥(かしどり)。鶲(ひたき)、尉鶲(じょうびたき)、火焚鳥(ひたきどり)、馬鹿っちょ、団子背負(しょ)い。菜虫(なむし)、青虫(あおむし)。横這(よこばい)、よこぶよ。

[横山白虹(はくこう)]
夕暮の莨(たばこ)はあましかけす鳴く

[波多野爽波(はたのそうは)]
菜虫とる顔色悪き男出て

[ふけとしこ]
嫌はれて太つてみせる菜虫かな

[籾山梓月(もみやましげつ)]
燈火(ともしび)によこぶよ多し浪の音

2008/10/14
2012/04/14 改訂
2017/12/13 改訂

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