秋の暮

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秋の暮(あきのくれ)

「秋の夕暮」「秋の夕(ゆうべ)」といった意味の他に、秋が大分更けて冬に近付いたこと、すなわち「暮の秋」も指す。そのため、初秋よりは晩秋を思わせがちな言葉である。

辻占に待ちひと数え秋の暮

⇒まち辻に占びと数え秋の暮

むら鳥の羽振りの声や秋の暮

[芭蕉]
枯枝に烏のとまりたるや秋の暮

[後にみずから「とまりけり」と改変]

[芭蕉]
此道(このみち)や行人(ゆくひと)なしに秋の暮

[蕪村]
門を出(いづ)れば我も行人(ゆくひと)秋のくれ

秋深し

・もっとも秋の深まったところで、秋より冬を感じさせる「冬近し」や、秋の気配すら消されゆく「行く秋」とは異なった情緒。「秋更ける」「秋深まる」「秋闌(あきたけなわ)」「深秋(しんしゅう)」など。

とびの声足場遠くて秋深し

[芭蕉]
秋深き隣(となり)は何をする人ぞ

[高浜虚子]
彼一語我一語秋深みかも

紅葉(もみじ・こうよう)

・「春は桜、秋は紅葉」というくらい、色づく落葉樹の葉々は彩色豊かにして紅葉狩りへといざなう。生まれ来る花の陽気さに対して、移ろいゆくはかなさ、消えゆく淋しさも込められ、それでいて色彩は美しい。

・奈良時代の頃までは「黄葉」と書いてモミジと詠んでいた例が多いそうだが、今日ではあえて、黄色に色ずく葉を「黄葉」と記す場合もある。

・特に代表的なものは楓(かえで)であり、紅葉だけで「楓」の紅葉を指し得るほどだとか。他にも「下紅葉(したもみじ)」「庭紅葉(にわもみじ)」「紅葉川」「紅葉山」「色葉(いろは)」「竜田草(たつたぐさ)」などなど。

切れ間より陽の差し渡す紅葉かな

ノアの待つ船に紅葉の贈物

[大江丸(おおえまる)(1722-1805)]
かざす手のうら透き通るもみぢかな

[蕪村]
山くれて紅葉(もみじ)の朱(あけ)をうばひけり

[正岡子規]
   「愚哉(ぐさい)が持てる鹿の睾丸(こうがん)の袋に」
ひとり寐の紅葉に冷えし夜もあらん

末枯(うらがれ)

・晩秋に葉先から枯れて行く様を表現。「うら」は先端のことで、葉の後ろのことではない。色づいた紅葉が、さらに褪せて枯れていくの印象。

うら枯のあぶら絵の具よ筆のさき

[太祇(たいぎ)]
うら枯れていよいよ赤し烏瓜(からすうり)

夜寒(よさむ)

「夜寒」にしろ「朝寒(あささむ)」にしろ、一日中寒い冬ではなく、特に夜や朝に、冬のような寒さを感じさせるようになった感慨を、晩秋の季語として定めたもの。「夜寒さ」「夜を寒み」など。

夜を寒(さむ)みあなたは/の夢のことばかり

星降つて尾根に吸われる夜寒かな

[北枝(ほくし)]
夜寒さや舟の底する砂の音

[蓼太(りょうた)]
四十から酒のみ習ふ夜寒かな

[蕪村]
欠/\て月もなくなる夜寒哉(かな)

火恋し(ひこいし)

「炉火(ろび)恋し」「火鉢欲し」「炬燵(こたつ)欲し」「囲炉裏欲し」など、火の暖かさを待ちこがれる言葉。

胸に秘めた火の恋しさに震えても

蓑虫(みのむし)

・ミノガ科のガの幼虫。特にオオミノガの幼虫。秋から冬に入る頃にぶらんとぶら下がるこそ長閑なり。

指で突いてうらやんでみる蓑の虫

[芭蕉]
蓑虫の音(ね)を聞(きき)に来(こ)よ草の庵(いほ)

[星野立子]
蓑虫や朝は機嫌に糸長し

行く秋(ゆくあき)

秋行(ゆ)く、秋過ぎる、秋の名残、秋の別れ、秋の果(はて)、秋の別(わかれ)、秋の限(かぎり)、秋の行方(ゆくえ)、など。「秋の湊(みなと)」なんて表現もあるようだ。

ゆく秋や棹傾けてくだり舟

街の灯を名残の秋の華やかさ

誰(た)がためかゝぎりの秋の鐘は鳴る

ゆく秋のゆくへ知れずとなりにけり

[太祇(たいぎ)]
行秋や抱(だ)けば身に添ふ膝頭(ひざがしら)

[白雄(しらお)]
行秋の草にかくるゝ流(ながれ)かな

[芭蕉]
蛤(はまぐり)のふたみに別(わかれ)行(ゆく)秋ぞ

[「奥の細道」最後の一句。伊勢の二見が浦に向かうという意味と、蛤のフタと実の別れるは辛き思いを重ね合わせたもの。]

晩秋(ばんしゅう)

・初秋、仲秋、晩秋という秋三ヶ月の最後の一ヶ月。ただし、厳密な暦としてよりも、むしろ肌感覚において、次第に寒さがつのり、秋の去りゆく気配が濃厚な秋の終わり頃を、漠然と表現するような季語。

・晩秋と書いて「おそあき」と読ませたり、「末の秋(すえのあき)」「季秋(きしゅう)」などとも表現する。ただし「季秋」は、晩秋の意味の他に、陰暦九月の異称でもあるが、聞き慣れない表現は、あまり使用をおすすめしない。

褪せ痩せに犬とぼ/”\と秋の末

すゑのあき聖歌は雲に溶けにけり

晩秋のベル高らかに無人駅/始発駅

[山口青邨(せいそん)]
晩秋の園燃ゆるものみな余燼(よじん)

[余燼とは火事などの後の残り火、燻(くすぶ)り、転じて事件などの結果残る影響。]

釣瓶落し(つるべおとし)

・井戸水をくみ上げる釣瓶を落とすほどの早さを、秋の暮れやすさの例えとしたもの。釣瓶落しとは、もともとは垂直下降の形容詞のように使用されていたものが、さらに秋の落日の早さに応用されたものだそうだ。

病棟に釣瓶落して赤き窓

露寒(つゆさむ)

・あるいは「露寒し」。晩秋の露は凍るが如く、息さえ白むほどの寒さを呼ぶ。

朝露の寒さを踏や石畳

[富安風生(とみやすふうせい)(1885-1979)]
露寒のこの淋しさのゆゑ知らず

[伊丹三樹彦(いたみみきひこ)]
露寒し縷々(るる)とラジオの「尋ねびと」

冬隣(ふゆどなり)

「冬近し」「冬を待つ」など。

三日寐て湯あみの朝や冬どなり

[正岡子規]
冬待つや寂然(せきぜん)として四畳半

秋惜しむ

 去りゆく秋を惜しいという思いに、極寒の冬にならないで欲しいという願いも込められているのは、「春惜しむ」に暑くならないで欲しいという願いのこもるより、より切実なものがある。

高台に秋を惜しんで描きかけ

[蕪村]
秋をしむ戸に音づるゝ狸かな

[大橋桜坡子(おうはし)]
光悦が惜みし秋を惜みけり

[楠本憲吉(くすもとけんきち)]
秋惜しみをれば遥かに町の音

九月尽(くがつじん)

・陰暦九月が尽きるの意味で、「九月尽きる」「秋尽きる」といった様相をそのまま名詞化したもの。秋の過ぎゆく感慨と、冬の来る感慨を、凝縮した響きを持つ。

茶の割れて小指染めるや九月尽

[暁台(きょうたい)]
九月尽はるかに能登の岬かな

新蕎麦(しんそば)

・タデ科ソバ属の一年草で、中国原産である蕎麦(そば)。そのソバの実を粉末(蕎麦粉)にして、それをさらに麺(蕎麦)にする。蕎麦粉だけで麺にすれば十割蕎麦。二割ほど小麦をつなぎとして入れれば、二八蕎麦となる。

・ソバの実は、大体3ヶ月で収穫できるが、夏収穫、秋収穫が一般的で、どちらもその年の初物という意味では新蕎麦なのだが、秋収穫のものが風味も味もよいとされるので、秋のものを高らかに「新蕎麦」と呼ぶ。夏収穫のものは、「夏新」とか呼ぶそうだ。

走り蕎麦、秋蕎麦、初蕎麦など。

新蕎麦のかをり染みこむ暖簾かな

[正岡子規]
酒のあらたならんよりは蕎麦のあらたなれ

芋煮会(いもにかい)

・山形や宮城など、特に東北地方で盛んな、河原などの野外での鍋煮行事で、サトイモを加えることを特徴としている(場合が多い)。特に秋に取れた旬の食材を使用して、今日は観光客用のイベントになっている場合も多い。

子らの声久しくなりぬ芋煮会

籾(もみ)

・稲の実は外の籾殻(もみがら)とその内の玄米からなる。さらに玄米の胚芽や種皮などを「糠(ぬか)」として取り除き、精米すると白米になる。その籾殻のまだ付いた状態を、「籾(もみ)」「籾干す」など晩秋の季語としたもの。

・籾干すは、籾のまま保存する方が持ちが良いので、昔は籾を天日干し(てんぴぼし)にしていたもの。籾干す(もみほす)、籾筵(もみむしろ)、籾殻焼く(もみがらやく・出た籾殻を焼いて灰にする行為)、など。

干し籾にさえずる籠の小鳥かな

[百合山羽公(ゆりやまうこう)(1904-1991)]
ふるさとや地ごと引きずる籾筵

俵編(たわらあみ)

・稲刈りの後、籾を取り分けた後の藁(わら)を用い、俵(たわら)を編み作ること。米は一俵に四斗(約72リットル)だそうだ。

俵編もつれあそびに観光地

[今瀬剛一(いませごういち)(1936-)]
生涯に編みし俵の百たらず

夜庭(よにわ)

・夜の訪れが早くなれば、農家などで土間へ降りては、籾すりなどの農作業をすること。使われなくなった今日に聞くと、単なる夜の庭の様相が濃くなるのは避けられない。

[松瀬青々(まつせせいせい)]
夜庭するあたりの月のしづか也

からすみ

・魚、特にボラ(鯔)の卵巣を塩漬けにして、塩抜きをした後に乾燥させたもの。日本三大珍味、ウニ、コノワタ、カラスミとして知られる。そのかたちが唐(中国もの)の墨(すみ)に似ているので「からすみ」と呼ばれる。長崎の特産物。

からすみと騙されて喰う我が子かな

橡餅(とちもち)

・縄文時代より食用とされ、そのアク抜きが最重要課題であった橡の実(とちのみ)。これを見事にアク抜きし、米に混ぜては餅としたもの。橡団子、橡麺(とちめん)、橡粥、など。

   [狂句]
酩酊の橡麺棒を喰ひにけり

[「橡麺棒を食らう」とは大層慌て狼狽えること。橡麺(とちめん)という「トチの実」の粉から作る麺があるが、作る際に麺棒を忙しなくこね回す意味から生まれ、「面食らう」という表現になったともされる。(あるいは「とちめく」(うろたえる)の意味から来ているとも。)句意は「我輩は猫である」より。]

鰯(いわし)引く

「鰯網(いわしあみ)」のこと。地引き網で群れなす鰯を丸ごとつかみ取るという漁法。

[鈴木真砂女(すずきまさじょ)]
鰯引く腰にねばりのあるかぎり

草木花

 色変えぬ松。破芭蕉(やればしょう)。名の木散る。金柑(きんかん)。椿の実。万年青(おもと)の実。黄落(こうらく)。

[正岡子規]
色かへぬ松や主は知らぬ人

[加藤楸邨]
破芭蕉月光顔に来てゐたり

鳥獣魚虫

鵯・白頭鳥(ひよどり・ひよ)、ひえどり。鶉(うずら)、片鶉(かたうずら)、諸鶉(もろうずら)。鴫・鷸(しぎ)、青鷸(あおしぎ)、田鴫(たしぎ)、山鴫(やましぎ)、磯鴫(いそしぎ)。放屁虫(へひりむし)、へこき虫、へっぴり虫、亀虫(かめむし)。

[蕪村]
鵯のこぼし去りぬる実のあかき

[千代女]
縫物に針のこぼるる鶉かな

[其角]
泥亀の鴫に這ひよる夕かな

[友岡子郷]
棟上げのあと磯鴫のあそびをり

2008/11/7
2012/5/6 改訂
2018/01/12 改訂

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