・中国で占風鐸とか風鐸(ふうたく)と呼ばれ、家の四隅に付けて魔除けや吉凶を判断したものが、いつも通り日本に伝えられ、鎌倉時代に浄土宗を起こした法然(ほうねん)上人が「風鈴(ふうれい)」と呼び変えたのが風鈴の始まりだとされる。
・室町時代頃から広まり、江戸時代中期にはガラス製のものが登場。これは庶民には高値の花だったが、江戸末期から明治にいたって広まり、今日ではこのガラス風鈴を江戸風鈴と呼んだりする。その頃には、「風鈴売(ふうりんうり)」もいたようだ。
風鈴のあこがれ流す銀河かな
風鈴を小指ではねて憂さ晴らし
風のうた唄う悲しみ軒風鈴
[中村汀女(なかむらていじょ)(1900-1988)]
風鈴のもつるるほどに涼しけれ
[芝不器男(しばふきお)]
風鈴の空は荒星ばかりかな
・夏の暑さをごまかしては昼寝をし、熱帯夜に眠れなくては昼寝をし、夏は昼寝の季節という。それで歳時記には夏の季語。「春眠暁を覚えず」という孟浩然の絶句が思い浮かぶ「朝寝」は、春の季語となる。
・昼寝以外にも、「午睡(ごすい)」という漢語的表現もある。他に、「昼寝覚(ひるねざめ)」「昼寝起(ひるねおき)」「昼寝人(ひるねびと)」など。
すいかの皮に歯形残して昼寝坊(ひるねぼう)
癇癪(かんしゃく)も窶(やつ)れた皺(しわ)を午睡かな
[西島麦南(ばくなん)]
昼寝ざめ剃刀研(かみそりと)ぎの通りけり
・季語としては、縁側に出て夏の暑さをしのぐことを指す。家の中はまだ熱気がこもるとして、いち早く涼しい風を感じられるような場所に、夕涼みをするような風情である。五文字の季語としては、夕端居(ゆうはしい)。
お隣の娘(こ)を見て過ごす端居かな
入れ立ての抹茶こぼして夕端居
[鬼貫(おにつら)(上島鬼貫)(1661-1738]
後に飽く蚊にもなぐさむ端居かな
・籐(とう)とはヤシ科トウ族の植物の総称で、これを隙間の大きな編み目に編んだ調度品は、涼しさに憧れる夏の共として知られる。籐寝椅子(とうねいす)という言葉もある。
古家の猫の機嫌や籐寝椅子(とうねいす)
籐椅子を逆さしては秘密基地
[富安風生(とみやすふうせい)]
籐椅子にならびて掛けて恋ならず
[日野草城(ひのそうじょう)]
籐椅子の清閑(せいかん)に得し句一つ
・そんな季語はないっす。
龍の寝る生簀(いけす)をあやす亜麻乙女
・冷蔵庫のような近代装置のない時代には、山の陰に氷の貯蔵庫を設け、夏まで氷を貯め続けては、はじめはもっぱら貴族や富裕者を楽しませるために、都に夏の氷を運び入れた。それが氷の貯蔵庫である、「氷室(ひむろ)」である。
・すでに奈良時代、長屋王(ながやおう)が氷室から氷を取り寄せた証拠が残されている。氷室のある山を「氷室山(ひむろやま)」、そこの守りを「氷室守(ひむろもり)」と呼ぶ。
ほろ酔いにいつ降る雪の氷室かな
[芭蕉]
水の奥氷室尋(たづぬ)る柳哉(やなぎかな)
[千代女・加賀千代女(かがのちよじょ)(1703-1775)]
涼しさや氷室の雫しずくより
[阿波野青畝(あわのせいほ)]
鉄扉して大岩がねの氷室かな
・ウナギ目・アナゴ科の総称。日本では特に真穴子(まあなご)を指す。ウナギじみたひょろ長の海水魚で、食用や観賞用として、夜行性のところを夜釣りで捕らえる。これを「穴子釣(あなごつり)」という。季語としては「焼穴子(やきあなご)」とか、「穴子鮨(あなごずし)」も使用される。
穴子裂く仕草あやしき小店かな
[川崎展宏(かわさきてんこう)(1927-2009)]
床屋から出て来た貌の穴子かな
・冷酒(ひやざけ・れいしゅ)とは、熱燗でなく冷めたままの酒から、積極的に冷やした酒までさまざまだが、一般的には日本酒の冷たいもの。日本酒は常温でこそ味わうと言うが、夏は味覚よりも喉越しの爽快さが優先され、冷やし気味の酒もまた、美味しいものである。
旅寝してつとめて旨き冷やし酒
冷や酒を恐れては呑む直治かな
・梅雨明け近くの豪雨を「送り梅雨」と呼ぶ。梅雨明けかと思わせてまた降る雨を「戻り梅雨(もどりづゆ)」「返り梅雨(かえりづゆ)」という。
泥はねてバスをうらやむ梅雨送り
・12世紀前半に作られたという「曽我物語(そがものがたり)」では、五郎と十郎の曾我兄弟が、父の敵討ちを果たす宿命を生きる中、たとえ結婚をしても、やがて死ぬべき定めであることから、十郎は遊女を選んで婚礼を果たそうと願う。しかし大磯の遊女である虎(虎御前・とらのごぜん)と出会って、激しい恋に落ちてしまった。それでも、ついに頼朝の主宰する狩りに乗じて、父の敵討ちを成し遂げた。
・時に1193年、これによって五郎も十郎も死んでしまい、虎御前だけがぽつねん残されるというストーリーである。そこから旧暦五月二十八日に降る雨を、残された虎の涙として哀れむ風習が生まれたそう。その雨を「虎が雨」という。決して虎が降ってくる獰猛(どうもう)な雨ではない。「曽我の雨」ともいう。
寅さんの腹の当たりや虎が雨
刻まれた石碑も割れて虎が雨
[阿波野青畝・あわのせいほ(1899-1992)]
ひとたびの虹のあとより虎が雨
・二十四節気(にじゅうしせっき)をさらに細分化したような七十二候(しちじゅうにこう)もまた、中国で生まれ日本に伝わってきた。しかし日本流に改変され、今日はもっぱら明治初めに作られたものが使用されるとか。
・しかし、その中にも「半夏生」は、中国のものが変わらず使用されている。「半夏(はんげ)」とはサトイモ科の烏柄杓(からすびしゃく)のことで、この薬草が生える頃(現在の7月2日頃)を指した表現。
f・この烏柄杓は緑色の花が、筒から舌を出しているような、ちょっと生物じみた姿をしていて、小さいながらも、ジョン・ウィンダム「トリフィド時代」を思い起こすような植物である。
・この日は、天より毒の滴る日とされ、井戸に蓋をしたり、取ってきた野菜を食べないなどの風習がある。所によってはハンゲなる妖怪まで出没するという伝説だ。この日の雨を「半夏雨(はんげあめ)」と呼ぶ。
踏み惑(まど)ふいはれの沢や半夏生
[言水(ごんすい)・池西言水(1650-1722)]
汲(く)まぬ井を娘のぞくな半夏生
・「梅雨あがる」とか「梅雨の後(あと)」なども。別に気象庁の発表とは関わらず、梅雨明けの心持ちをこそ大切にすべき。
梅雨明けに腐(くた)して匂う野菜たち
鶏に夜更けの梅雨は去りにけり
[小川素風郎]
陋巷(ろうこう)やどやらかうやら梅雨の明け
(陋巷=狭くるしいような町)
・梅雨のために、呆けきってしまうこと。「五月呆(さつきぼけ)」という言葉もある……なんて嘘です。そんな季語ありませんです。
梅雨呆けに無くなる法人登記かな
晴れ間より忘れの勝る季節かな
・夏なのに気温の上がらないこと。曇りがちになって、夏らしくない天候が続く。「夏寒し」とか「夏寒(なつさむ)」などとも詠まれる。
一夏の寒さにかさむ食費かな
[室生犀星(むろうさいせい)]
夏寒や煤(すす)によごるる碓氷村(うすいむら)
・梅雨の南、南東の風を「黒南風(くろはえ)」と呼ぶのに対して、梅雨明けの南、南東の風を「白南風」と呼ぶ。喜ばしく、あかるくて、煌びやかなイメージ。同時に暑い風である。
[瀧 春一(たきしゅんいち)]
白南風や樽に犇(ひし)めく鰹(かつお)の尾
・「日の盛り」のこと。夏の晴れた真昼過ぎの、つまりもっとも暑い時間帯。
日盛に頭もだれる大工かな
[松瀬青々(まつせせいせい)(1869-1937)}
日盛りに蝶のふれ合ふ音すなり
[芥川龍之介]
日盛や松脂匂ふ松林
・俳諧や連歌の影響から、「祭」だけでも京都の賀茂祭(かものまつり)、つまり葵祭(あおいまつり)を指す事になり、夏の季語とされる。もちろん夏は、祭りの多いシーズンなので、違和感は生じない。
策略にあなた落として夏祭
[中村草田男(なかむらくさたお)]
家を出て手をひかれたる祭かな
[橋本多佳子(たかこ)]
祭笛吹くとき男佳かりける
・別に「素麺(そうめん)」だけで夏の季語としても構わないか。日本農林規格(JAS規格)によると、「うどん」→「ひやむぎ」→「そうめん」とだんだん細くなる分類があるが、他にも様々な違いがあるようだ。暖かい掛け汁による素麺は「煮麺(にゅうめん)」と呼ばれるが、夏の季語にはならない。
ビードロにひね素麺の細りかな
[村上鬼城(むらかみきじょう)]
ざぶ/\と索麺さます小桶かな
・すだれを掛けたり、床の掛け軸を夏むけにしたり、夏らしい演出をほどかした座敷。
恐ろしさにむしる話や夏座敷
[芭蕉]
山も庭にうごきいるゝや夏座敷
・人手で田植えを行っていた頃、作業完了の祝いの席を設けたそうである。「さのぼり」「さなぼり」「田植仕舞(たうえじまい)」
[成田千空(なりたせんくう)]
早苗饗のあいやあいやと津軽唄
[若井新一]
さなぶりや足の先まで酒気を帯び
・霊山などへ、その年の初めての登山を許すこと。「開山式(かいざんしき)」「御戸開(みとびらき)」。むしろ今は、山の事故を防ぐための意味合いが濃いかもしれない。今日では七月一日にすることが多いようだ。
・また、釈迦の誕生日を祝う灌仏会(かんぶつえ)の行われる卯月八日(うづきようか)(つまり旧暦四月八日)に高い山に登って神を崇めるような伝統もある。
神のみの渡りとなりぬ山開
・あるいは「甚兵衛(じんべえ)」。木綿や麻などの涼しい布で、元々は膝のあたりまでの、袖無しか、袖の短い、単衣(ひとえ)の室内着。家庭的着物を差した。今では同じ素材の半ズボンをはく。最近はオシャレじみたものも登場。もともとは男性用だが、女性用もある。
甚平に運ばれて喰ふ刺身かな
[草間時彦(くさまときひこ)]
甚平や一誌持たねば仰がれず
・竹や葦(あし・よし)を糸で結び合わせつつ面を持たせたもので、「葦簀・葭簀(よしず)」などの用法もある。また立て掛けて使用する「立て簾(たてず)」、軒などに引っかけて吊す「掛け簾(かけず)・掛簾(かけすだれ)」がある。古いものなら、古簾(ふるすだれ)とか。カビにくいポリエチレン製も便利。
お屋敷の簾のうちや猫の里
[上野泰(やすし)]
世の中を美しと見し簾かな
・平安時代の頃は、乾飯・干飯(ほしいい・炊いた米を乾かしたもの)を水で戻して、食べるという保存食じみたものだった。これをお湯で戻すと、「湯漬け(ゆづけ)」であるが、当時から、いろいろ美味しく食べる技術があったらしい。
・今日では特に山形県の郷土料理として知られるものだが、いずれ冷えた飯に冷えた水を掛けていただくもので、別に梅干しが入っていようと、佃煮が添えられていようと水飯でよい。「水漬(みずづけ)」「冷やし茶漬」など。
酢醤油と麦茶にひやし茶漬けかな
・サーフボードに乗って、波を捕まえる男のロマン。ついでにあいつのハートもゲットだぜ。なんて口にしないが、やっている奴らはサーファー、つまり波乗り(なみのり)野郎だ。出来の悪い奴は「波転げ(なみころげ)」なんてな。
硬派かなサーフィーンする男たち
夾竹桃(きょうちくとう)。山法師・山帽子(やまぼうし)。ジギタリス、きつねのてぶくろ。立葵(たちあおい)、葵、花葵。藜(あかざ)、藜の杖(あかざのつえ)。虎の尾(とらのお)。パセリ。
[加藤楸邨(しゅうそん)]
夾竹桃しんかんたるに人をにくむ
[松本陽平]
山法師妻籠(つまご)は雨に変りけり
[友岡子郷(ともおかしきょう)]
夕刊のあとにゆふぐれ立葵
[高野素十]
立葵咲き終りたる高さかな
[芭蕉]
やどりせむ藜の杖になる日まで
[今井千鶴子(ちづこ)]
虎の尾のさゆらぎもせぬ湖(うみ)ほとり
水馬(あめんぼ・あめんぼう)、水澄し(みずすまし)。雷鳥(らいちょう)、雷鶏(らいけい)。優曇華(うどんげ)。蟻地獄、あとずさり。鯰(なまず)、梅雨鯰(つゆなまず)。黒鯛(くろだい)、茅渟鯛(ちぬだい)、茅渟(ちぬ)。羽抜鳥(はぬけどり)。
[上田五千石(ごせんごく)]
水馬水ひつぱつて歩きけり
[藤田湘子(しょうし)]
あめんぼと雨とあめんぼと雨と
[佐藤鬼房(おにふさ)]
優曇華や壷中(こちゅう)は夜の棲むところ
[亀田虎童子(かめだこどうし)]
優曇華や悪友はみな生きのこり
[桂信子]
待つものの静けさにゐて蟻地獄
2008/7月初
2012/1/12改訂
2017/07/29改訂