柚子湯(ゆずゆ)

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冬至(とうじ)

・昼が最も短く、夜が最も長い日。立冬から始まる冬の真ん中で、寒さの本格化し始める時期でもある。南瓜を食べる習慣があるので、「冬至南瓜(とうじかぼちゃ)」とか、また「冬至餅(とうじもち)」などの用法もある。中国の故事にちなんで、この日より陽の気の増えゆくことから「一陽来復(イチヨウライフク)」ともいう。ただし日の出が一番遅い日は冬至より半月ほど遅れ、日の入りがもっとも早いのは冬至の半月ほど前になる。

日だまりは猫っ足らずな冬至かも

軒先の笊(ざる)も冬至の早仕舞

[凡兆]
門前の小家も遊ぶ冬至哉(かな)

[飯田蛇笏]
山国の虚空(こくう)日わたる冬至かな

短日(たんじつ)

・冬は昼が短くて、一日がすぐ終わってしまうように思われることを呼ぶ。日短(ひみじか)、日つまる、暮早し、など。「短景(たんけい)」という表現もある。

日短く二三句だれて夕げかな

短景や猿も我が身をかこち顔

暮詰まり琥珀色した繁華街

[一茶]
日短かやかせぐに追ひつく貧乏神

柚子湯(ゆずゆ)

・「湯治」と「冬至」を掛けて、銭湯屋が生みだしたとの伝説もある「柚子湯」は、冬至に入るべきとされる風呂である。血行促進、皮膚荒れ、風邪対策などの効能もうたわれるが、柑橘類は肌への刺激も強いので、量には注意が必要。そのまま入れたり、切って入れるなど、やり方は様々。柚子の香り成分は皮の部分に多いので、皮だけを入れることもある。

柚子風呂、冬至風呂、冬至湯、などの用法もある。

冬至には満員御礼かんから湯

君の名をつゝいてみたり柚子の風呂

   「回文句」
キスもついこの柚子湯の子いつもすき

[時乃遥]
皮むいてしかられ坊やのゆず湯とか

[高浜虚子]
今日はしも柚湯なりける旅の宿

[前田普羅(まえだふら)]
冬至湯の煙あがるや家の内

[日野草城(ひのそうじょう)]
白々(しらじら)と女沈める柚子湯かな

山眠る(やまねむる)・眠る山

・北宋の画家で詩人の郭煕(かくき)(960-1127)の「郭煕画譜」より、四季の山の季語が取られたのであるが、その冬は「山眠る」であった。

「春山淡冶(たんや・つややかの意)にして笑うが如く
夏山蒼翠(そうすい)として滴るが如く
秋山明浄(めいじょう)にして装うが如く
冬山惨淡(さんたん・枯れ果ての意)として眠るが如し」

[郭煕の詩]
惨淡(さんたん)と眠るがごとき冬の山

しろがねの山は翁(おきな)が夢のうち

[高浜虚子]
山眠る如く机にもたれけり

[松本たかし]
炭竃(すみがま)に塗込めし火や山眠る

[石田波郷(いしだはきょう)]
浅間山空の左手(ゆんで)に眠りけり

[木下夕爾(きのしたゆうじ)(1914-1965)]
とぢし眼のうらにも山のねむりけり

煤払(すすはらい)

・年末の大掃除。年末に家中の煤(すす)を払い落とし清めること。煤掃(すすはき)、煤おろし、煤の日、煤見舞、煤竹、など。「煤竹」は建築素材ではなく、天井などの煤を払うために作られた竹のこと。江戸時代には、「煤竹売」が年末を闊歩したとか。

姑(しうと)来て払ふ煤さえ咎めけり

[芭蕉]
旅寝してみしやうき世の煤はらい

[許六(きょろく)]
煤掃きてしばしなじまぬ住居(すみか)かな

[迫間]
鬼遣らふ豆乾(から)びけりすゝ掃ひ

年の市(としのいち)

・新年を迎える準備品を並べた市のこと。暮市(くれいち)、暮の市、師走の市、などと呼ばれ、「押し合う」といった言葉を合わせて使うことがままあるそうだ。また新潟県十日町市の節季市(せっきいち)は「ちんころ市」とも呼ばれ、冬の名物になっている。

肝抜けて戻るに忙し歳の市

棚替につかの間迷う暮の市

湯豆腐(ゆどうふ)

・基本は、お湯に豆腐を泳がしたものだが、昆布を貼ったり、だし汁を使ったりして、煮ることもあるし、ネギなど若干の具材を伴うこともある。もっと具だくさんな豆腐鍋を「湯豆腐」と呼んでしまうことも。味付けも、醤油やポン酢から、だし汁に味の付いているものまで様々。

湯豆腐の湯気に抱かれてちびり酒

食い飽きて湯豆腐啜(すす)る陸奥の鬼

[久保田万太郎]
湯豆腐やいのちのはてのうすあかり

年の暮(としのくれ)

・昔ほど歳を改めるために、大々的に掃除や準備をする事も少なくなったとはいえ、普段よりは入念に掃除をしたり、年の内に終わらせるべきことにあくせくしたり、新年のために整いをつける傾向は、今でも変わらない。そうして、何かに急かされるように、町中の人々の雰囲気が、忙しなく感じられるのも、歳が迫ると感じられる現象ではある。

歳末(さいまつ)、歳晩(さいばん)、年末、年の瀬(としのせ)、年つまる、年暮(としく)る、年の湊(としのみなと)、年深し、暮(くれ)、など。

勇みして足指を撲つ年の暮

年の瀬の汐の港の騒がしさ

[芭蕉]
年暮ぬ笠(かさ)きて草鞋(わらじ)はきながら

[一茶]
ともかくもあなた任せのとしの暮

[村上鬼城(むらかみきじょう)(1865-1938)]
いささかの金欲しがりぬ年の暮

[木津柳芽(きづりゅうが)(1892-1970)]
銭湯のさらゆひとりに年の暮

[橋本花風(はしもとかふう)]
年の瀬の人にも話す美談かな

数え日(かぞえび)

・あと幾つ数えたら新年といった意味で、年末を表現してみた。

もういくつ寝て傷心もかつてかな

年惜しむ

・こちらは去り行く年を惜しむ表現。

ひと年の未練を縦に箇条書

[高浜虚子]
年惜しむ心うれひに変りけり

[松崎鉄之介(まつざきてつのすけ)(1918-)]
年惜しむ程のよきことなかりけり

冬の日

・「冬の一日」or「冬の太陽」のどちらの意味でも使用。冬日(ふゆひ)、冬日向(ふゆひなた)、冬日影(ふゆひかげ)、冬日射(ふゆひざし)、など。

冬の日を旅立つ靴のあざやかさ

冬日がな書いてさらわれ真砂(まなご)かな

[芭蕉]
冬の日や馬上に氷る影法師

[野沢節子(のざわせつこ)(1920-1995)]
冬の日や臥(ふ)して見あぐる琴の丈

[高浜虚子]
旗のごとくなびく冬日をふと見たり

[星野立子(ほしのたつこ)(1903-1984)]
大仏の冬日は山に移りけり

冬の朝

冬曙(ふゆあけぼの)、寒暁(かんぎょう)、冬暁(ふゆあかつき)など。

愛しくてふとんに抱かれ冬の朝

寒暁の鴉手水を荒しけり

[時乃遥]
トーストは冬のバターの朝が好き

冬の暮(ふゆのくれ)

・冬は日の入りが早く、しかも一段と寒さがつのってくる。年末ならずとも、人々の足並みも忙しなくなりがちで、眺める景色はむしろ変化に乏しいものの、風の冷たさや枯れた風景から、人の心ものどかであるよりは、切実になりがちではある。冬の夕(ゆう)、冬の宵(よい)、寒暮(かんぼ)、など。

冬暮に乱れて迫る靴の音

冬の宵根なしに軋むぶらんこよ

[山口誓子(やまぐちせいし)]
黒き帆のまぢかに帰る冬の暮

・「トリスタンの物語」を思い出す。白い手のイゾルデが、トリスタンに向かってこの句を詠むと、トリスタンはがくりとお亡くなりてしまうという……

[能村登四郎(1911-2001)]
鉄筆をしびれて放す冬の暮

・ガリ版原稿の仕事中。見たこともないのに妙に懐かしい心持ちのする句ではある。

冬の夜(ふゆのよ)

・秋が夜長と詠われるのは、まだしも過ごしやすい時節であるからで、冬ともなると寒さに閉ざされた印象で、物思いにふけるよりは、縮こまるように寐に掛るためか、あまり夜長とは感じられない。暖かい室内にいても、外が寒いという印象は残され、内にこもって談を楽しむような、内省的なイメージがつきまとうか。夜半(よわ)の冬、寒夜(かんや)、寒き夜、など。

カステラに魔力のこもる冬の夜

冬の夜君の名書いて答案紙

冬の夜はノスタルジアしたチェロの曲

[鈴木真砂女]
冬の夜の海眠らねば眠られず

新巻(あらまき)

・今日「新巻・荒巻(あらまき)」と呼ばれて売られている、古来の製法による「塩鮭(しおざけ)」は、内臓を除いた鮭を塩に漬け込んで、そのまま幾日もおいて熟成を重ねる、一種の漬物のようなもの。これによって独自の味わいが生まれて、生鮭とは異なった魅力がこもる。その代わり、塩分濃度は高くなる。

・今日スーパーなどで売られているものは、甘口・辛口に関わらず、そのような熟成を経ずに、生鮭を加工する際に塩分を加えたもので、塩水などを使用することもあるが、近頃はインジェクションといって、切り身に塩分を注入してしまう方法も一般的。

・だから、スーパーに売られている「塩鮭」をもって、季語と言い張る必要は、もはや無いように思われる。ただ昔の句を楽しむときの知識として覚えていて、季語として詠みたい場合はむしろ「新巻」などを使用した方がナチュラル。

新巻(あらまき)の巡り/\て我が家かな

おでん

・「おでん」の名称は、室町時代頃に田楽(でんがく)[焼くか煮るかした種に味噌味を加えるもの]のことをお優しく呼んだ女房詞(にょうぼうことば)に始まっているようだ。それが江戸時代に、今日風の種を味付きの汁で煮込んだものを「おでん」と呼ぶように変わっていった。「関東煮(かんとうだき・かんとに)」と呼ばれる事もあるが、これは江戸で醤油煮のおでんが流行った結果の名称だとか。

おでん顔おでんのくせにおでんかな

サッポーがおでんに恋の後始末

年忘(としわすれ)

・ようするに忘年会(ぼうねんかい)のこと。別歳(べっさい)、除夜の宴(じょやのえん)なんて用法もあるようだが、日常あまり使用しない。

忘年会あなたの愚痴のめずらしさ

椋鳥らのゝしり騒ぐ除夜の宴

[芭蕉]
魚鳥(うをとり)の心は知らず年忘れ

[太祇(たいぎ)]
大名に酒の友あり年忘

湯たんぽ

・もともとは中国は唐の時代に生まれた「湯婆(たんぽ)」のことである。人肌の代わりになる暖かいもの、くらいの意味で容器にお湯を入れた暖房器具。これが日本に伝わったときに、「たんぽ」という容器に「お湯」を入れるものと解釈され、「湯たんぽ」と呼ばれるようになったとか。

・戦後次第に電気式の毛布や行火(あんか)に取って代わられたが、エコブームとその効率性から、その利便性が再確認され、2008年には石油高騰もあって品切れになるほどの再ブームが到来し、現在でも堅調なニーズを誇っている。

湯たんぽを猫にからめ取られけり

[夏目漱石]
なき母の湯婆やさめて十二年

マスク

・かつては冬の乾燥時に風邪をひきやすく、また保湿のためにマスクをする機会が多かったので、冬の季語になっているが、今日ではむしろ、花粉症のシーズンが、マスクのピークではないだろうか。いずれあまり季節感を伴わない単語には過ぎなくて、季語の意義は薄いものである。

母は子にマスクの紐を福の耳

[久保田万太郎]
度外れの遅参(ちさん)のマスクはずしけり

・「度外れの遅参」は私のために作られた句か?

息白し

・吐く息に含まれる水蒸気が、温度差で急激に冷やされて、細かい水滴として白く見えること。よって大気の冷えた冬に見られるが、冷凍室などに入っても同じ現象が見られる。「白息(しらいき)」とも。

改札は待ち人白息吐息かな

スキー

・もともとは狩猟や移動の手段として生まれたが、19世紀にスポーツとして認められだしたもの。スキー場、ゲレンデなども。

ツンデレはスキーな恋の物語

ゆるキャラと見紛うゲレンデ太りかな

[大島民郎(おおしまたみろう)(1921-2007)]
春日巫女(かすがみこ)スキーの日焼けかくしけり

草木花

 冬枯(ふゆがれ)、枯(か)る。枯芝(かれしば)、芝枯(しばか)る。冬至梅(とうじばい)。欅枯(けやきか)る、枯欅(かれけやき)。クリスマスローズ。ポインセチア。

[太祇]
冬枯や雀のありく戸樋(とひ)の中

[正岡子規]
草山の奇麗に枯れてしまひけり

鳥獣魚虫

 平目・鮃・比目魚(ひらめ)、寒鮃(かんひらめ)。海豚(いるか)、真海豚(まいるか)、巨頭鯨(ごんどうくじら)。落鱚(おちぎす)。寒猿(かんえん)。鼬・鼬鼠(いたち)。海雀(うみすずめ)。冬の蜂、凍蜂(いてばち)。

[有馬朗人(ありまあきと)]
夕暮のはかりに重き寒鮃

[大野祟文(たかゆき)]
包丁に身のねばりつき寒鮃

[辻田克巳(つじたかつみ)]
落鱚と身もなりたげにいふ女

[村上鬼城]
冬蜂の死にどころなく歩きけり

2009/01/27
2018/03/28 改訂

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