・積乱雲を峰に例えたもの。「顧がい之(こがいし・本当はすべて漢字)」が「神情詩」のなかで「夏雲奇峰多し(かうんきほうおおし)」と歌ったところから来ているとか。
・この雲は、積乱雲の他に、入道雲、雷雲(らいうん)、夕立雲、峰雲(みねぐも)、坂東太郎(ばんどうたろう)、丹波太郎(たんばたろう)などと呼ぶ。坂東太郎は江戸っ子の用法。坂東太郎と言えば本来は利根川を指すのに用いられた。河川由来の積乱雲の呼び名は、ほかに九州の筑後川の「筑紫二郎」、四国の吉野川の「四国三郎」といった呼び名もある。一方、京都では入道雲の発生の位置によって、丹波太郎、山城次郎、比叡三郎と呼んだりした。
・ちなみに、「神情詩」は、陶淵明の作とする説もある。
春水満四澤(しゅんすいしたくにみち)
夏雲多奇峯(かうんきほうおおし)
秋月揚明輝(しゅうげつめいきをあげ)
冬嶺秀寒松(とうれいこしゅうひいづ)
陽の守(かみ)を斎奉(いつきまつ)るや雲の峰
[芭蕉作]
雲の峰幾(いく)つ崩(くづれ)て月の山
[一茶]
しづかさや湖水の底の雲のみね
[藤原定家]
立ちのぼり
みなみの果に 雲はあれど
照る日くまなき ころの大空
(玉葉和歌集417)
・暑さ、暑(しょ)、暑苦(あつくる)し、暑気(しょき)、暑熱(しょねつ)などなど用法がある。雑誌に依るところ、
春暑し ………立夏までの暑さ
薄暑(はくしょ) ………初夏の薄い暑さ
極暑(ごくしょ) ………真夏の極めて暑い様子
炎暑(えんしょ) ………ほのうの燃えるような暑さ
溽暑(じょくしょ)………じっとりべっとりの暑さ
秋暑(しゅうしょ)、残暑(ざんしょ)………立秋以降の暑さ
茫然と床に転がる暑さかな
長居する炎暑の売りやゐの薬
[一茶]
大空の見事に暮る暑哉(あつさかな)
「答ふ」
向日葵の見事を誇る暑哉(あつさかな)
[士朗(しろう)]
大蟻のたゝみをありくあつさ哉
・涼(りょう)、涼気(りょうき)、涼味(りょうみ)、朝涼(あさすず)、涼夜(りょうや)などなど。立秋を過ぎると、改めて新涼(しんりょう)と呼ぶ。雑誌を見ると時間帯によって、
夕涼(ゆうすず) ………夕べ(日の入り前)の涼しさ
宵涼し(よいすずし)………日の入り直後頃の涼しさ
晩涼(ばんりょう) ………晩(真夜中までの夜)の涼しさ
夜涼(やりょう) ………全体の夜(宵から暁の間)の涼しさ
涼しさにでぶもほころぶ恵みかも
小橋折れて涼味の宿や三味の音
[芭蕉]
此あたり目に見ゆるものは皆涼し
[去来]
涼しくも野山にみつる念仏哉(ねぶつかな)
[蕪村]
涼しさや鐘をはなるゝかねの声
[一茶]
下々(げげ)も下々下々の下国(げこく)の涼しさよ
[日野草城]
鼻の穴涼しく睡る女かな
[武藤紀子(むとうのりこ)]
住吉の松の下こそ涼しけれ
・夜になると葉の中心線を区切りにして、左右の葉が合わさるように閉じて、眠る様子なので、「眠りの木」という意味から「ネムノキ」と呼ばれるようになったそう。漢字表記は、中国の「合歓(ごうかん)」を当てたもの。互いに寄り添って、あるいは共に眠り歓びあうことを指す。ねぶの花、ねむり木、花合歓(はなねむ)などとも。
君にそっと口づけしましょかねむりの木
触れながら君を想えば合歓の花
[芭蕉]
象潟(さきがた)や雨に西施(せいし)がねぶの花
・奥の細道最北端。今日の秋田県由利郡象潟町。意味は、象潟の雨中の合歓の花は、故事に知られる中国絶世の美女、西施が雨の中で眠っているようではありませんか。
[松瀬青々(まつせせいせい)]
うつくしき蛇が纏(まと)ひぬ合歓の花
・水打つ、水撒き、など。最近ではヒートアイランド現象の抑制にもなると、皆で打ち水をやる地域もあるとか。手桶は風流だが、ホースで撒いたほうが効率的。
客去つて水打ちつける老舗(しにせ)かな
[飯田蛇笏]
打水のころがる玉を見て通る
・「洗いなます」がいつしか「あらい」と呼ばれるようになったもの。「なます」とは「生のしし(肉)」から来るという説もあるが、もともとは肉や魚の生肉を細切りにした料理を指した。
・それが次第に、新鮮な魚を切り分け、酢を利用した酢の物のように捉えられ、また野菜などの酢の物も「なます」と呼ばれるようになった。
・それに対して「洗鱠(あらいなます・あらい)」の方は、新鮮な魚の身を、薄く削いで冷水に冷やして並べた、鮮度の高い刺身のことを指すようになった。「洗鱸(あらいすずき)」「洗鯛(あらいたい)「」洗鯉(あらいごい)などが、特に知られるもの。
手際よく洗鱠(あらい)出されて呑もうかな
[正岡子規]
ビードロに洗ひ鱸を並べけり
・薄衣(うすぎぬ)、薄衣(うすごろも)、軽羅(けいら)、綾羅(りょうら)など。絽(ろ・糸目をすかして織った夏用の絹織物)、紗(しゃ・折り目の極めて粗い夏織物)といった、夏用の薄地着物を指す。
雑誌に書いてあった着物の一年
袷(あわせ) ………5月まで
単衣(ひとえ)………6月の更衣(ころもがえ)
羅(うすもの)………7月8月
単衣 ………9月
袷(あわせ) ………10月の「後の更衣」「秋の更衣」から
羅をたたむか仕草四十年
薄衣に寄り添ふ風のしおらしさ
[鈴木真砂女(まさじょ)]
羅や人かなします恋をして
七月の窓をひらけばわらい鳥
七月あそびして風邪引く馬鹿となりにけり
[山口誓子]
七月の青嶺まぢかく溶鉱炉
[宇多喜代子(うだきよこ)]
七月も十日過ぎたる雨の音
・旧暦六月。したがって七月の、梅雨明け前後にあたる。意味は「水の月」の意味とされるが、「水の無くなる月」という説もある。ほかにも、青水無月(あおみなづき)、風待月(かぜまちづき)、常夏月(とこなつづき)などなど。
水無月のこゝろも朽ちて引きこもり
風待ちの月雲黒く帆掛船
[一茶]
戸口から青(あを)水な月の月夜哉(かな)
・山登りや飛行機の窓から、雲が海原のように広がる景色。登山が夏の季語であることから、釣られて夏の季語となす。それなら「雲の原」などいかがかと思う。
雲の原ゆき尽くしては巴里(パリイ)の灯
・登山俳句において、高山植物が夏に一斉に開くような場所を指すもので、日常感覚の表現と、歳時記の季語がかみ合わない一例とも言える。もっとも実際の俳句は、山の花畑であることが分るように詠まれるもので、単独の季語とは言えないかも知れない。
片足を崩してしゃがむ御花畑
[島村茂雄]
山にはぐれお花畑にめぐり合ふ
・登山俳句において、夏にも雪の溶けずに残っている斜面や渓谷などの部分。
雪渓にまぎれて滑る獣かな
・日の出に際して、数十分、富士山が赤く染まって見えることが希(まれ)にある。晩夏から初秋にかけて、特に山梨県側から認められるとか。
[富安風生(とみやすふうせい)(1885-1979)]
赤富士に露滂沱(ぼうだ)たる四辺かな
[滂沱とは、雨・涙・汗などが激しく流れる様子。「流汗滂沱(りゅうかんぼうだ)」といった四字熟語もある。]
[富安風生]
赤富士を見よともろ鳥告げわたる
・ブロッケン現象。まだ水平線近くに太陽があり、眺める自分の反対側に雲や霧がある時、人影が雲や霧に映し出されることを、御来迎と呼ぶ。影のまわりに虹の輪のような後光が射し、まるで仏が自分を迎えに来たように見えるからだそうだ。一方西洋では「ブロッケンの妖怪」ともよばれ、むしろ気味の悪い印象を抱いてたことをうかがわせる。滅多に見る機会はない。
[大谷碧雲居(おおたに へきうんきょ)(1885-1952)]
御来迎涼しきまでに燃ゆるかな
・こちらは山の上から見た日の出のことで、晴れてさえいれば見ることが出来る。
禿に射す孫の笑いや御来光
・大自然の中、海でも山でも野原でも、テントを張ったり小屋で野営をすること。その火はキャンプファイアだし、施設ならキャンプ小屋。宵に楽しむのはバーベキュー。
キャンプして浮き世の肉を焼きにけり
・水合戦(みずがっせん)、水試合(みずじあい)、水戦(みずいくさ)などの対戦ものから、水を使った遊びまで、すべてを込めて「水遊び」。肌感覚を忘れて育った人形には、ついに情緒は宿らないのでした。
御仏も水を掛け合う遊びかな
誰(た)を蛇口にのぞき込みます水あそび
[石塚友二(いしづかともじ)]
街の子や雨後の溜(たま)りの水遊び
・かちわり氷、欠き氷(かきごおり)など、特に関西地方で、氷を小さく砕いたもので、「かき氷」のように薄刃で削るものとはちょっと違う。「ぶっかき」なんて言われることもある。特に小さなポリ袋に入れられて、ストローなどが付いて売られている、甲子園の「かちわり」は有名。また屋台などでは、シロップなどの甘味を加えることもある。
かちわりの二塁越して一点差
・強烈な紫外線から目を保護するための、色つきレンズのメガネのこと。もちろん度数が入っている場合もある。時に「グラサン」とも呼ばれる。
旅好きの祖母の形見やサングラス
・日光には紫外線が含まれていて、皮膚にメラニン色素が沈着してしまうと、肌の色が黒ずんでくる。ようするに軽い火傷みたいなもんだが、詳しくはネットで御調べ下さるべく候。
日に焼けた妻にそなわるやさ男
・夏になると、体調不良や、日射病や、食中毒や、冷たい物を食べ過ぎの下痢やら、様々な病気になったあげく、暑さとけだるさに打ちのめされて、回復が遅れたりする。そんなさまざまな病気を指して呼んだ。「鬼の霍乱」という言葉もここから来ている。
霍乱の目眩(めまい)と掛けて答案紙
中国の陰陽五行説において、五行は「火水木金土」だが、これを季節に当てはめて春に木、夏は火で、秋には金の、冬に水とすると、土が除け者になってしまう。
そこで次の季節に入る立夏・立秋・立冬・立春の前に、いったん土のシーズンである「土用」(土を用いる)に入って、18日間(19のこともある)を過ごした後に、始めて「土用」が開けて、次の季節に移り変わるという考えが生まれた。つまり各季節の最期に土に返るというわけだ。
さらに昔は、十二支を12日ごとに、順に割り振っていたので、夏の土用の18日間のなかに、1回か2回の土用の丑(うし)の日がやってくることになる。
一説によると、これに目を付けた平賀玄内が、友人のウナギ屋に通っていたのだが、あまりにも儲からないと困っているので、「うなぎ」とおなじ「う」の付いた、丑の日をうなぎの日として、売り込みを掛けたのが、土用鰻の始まりともされる。もっとも逸話には過ぎず、正当性は不明であるが。
源内を煙で寄せる鰻かな
・帰省といえば、お正月か、お盆がもっとも多いが、特に断りがなければ、夏の季語というのが、歳時記の主張である。帰省子(きせいし)という言葉もあるが、これは、帰省した人のことをさすが、いずれも季語とは認めがたい。
・暑さを逃れて、どこか涼しいところへ出ること。例えば湖とか、池とか、河原とか、林とか、縁側とか。雑誌より類語を記すと、「夕涼み」「朝涼み」「夜涼み(よすずみ)」「涼む」「門涼み(かどすずみ)」「土手涼み」「縁涼み」「納涼船(すずみぶね)」など、いろいろある。
納涼に浜木が波のねむり猫
[去来]
更くる夜を隣にならふ涼みかな
日光黄菅(にっこうきすげ)。百日草(ひゃくにちそう)。鷺草(さぎそう)。沙羅(しゃら)の花、さらの花、夏椿(なつつばき)。虎杖(いたどり)の花、明月草(めいげつそう)。病葉(わくらば)。紫蘇(しそ)、赤紫蘇。
[本井英(もといえい)]
百日草洗ひ晒(ざら)しの色となり
[高浜虚子]
風が吹き鷺草の皆飛ぶが如
[細川加賀(かが)]
ひとごゑも夕べとなりぬ沙羅の花
[佳兆(かちょう)]
虎杖の花やわびしき水の音
[秋元不死男(ふじお)]
地におちてひびきいとどのわくらばよ
山女魚(やまめ)、あまご。蛸・章魚(たこ)、蛸壺。紙魚(しみ)、きらら虫。蜈蚣・百足(むかで)。蟻、蟻の道。四十雀(しじゅうから)。天牛虫・紙切虫・髪切虫(かみきりむし)。
[高浜虚子]
紙魚のあとひさしのひの字しの字かな
[芭蕉]
老いの名のありとも知らで四十雀
[加藤楸邨]
きりきりと紙切虫の昼ふかし
2008/7/11
2012/1/14改訂
2017/07/30改訂