春の隣(はるのとなり)

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春隣(はるとなり)

・春に接した冬の終わり頃。「もうすぐ春ですね」の気持ち。「春近し」「春待つ」などと類似の意味であるが、春らしい気配が大きくなって、一歩踏み出せばもう春になりそうな表現。

鶴を折り手のひら乗せて春隣

葛城(かつらぎ)の梺(ふもと)の雨や春隣

[前田普羅]
一吹雪春の隣となりにけり

[中村汀女(なかむらていじょ)]
産科とふ名札はたのし春隣

[飯田龍太]
銀鼠(ぎんねず)色の夜空も春隣り

水仙(すいせん)

・ヒガンバナ科スイセン属の花々のこと。晩冬から春先に白や黄色の花を咲かせる。地中海地方が原産で、「日本水仙(にほんずいせん)」は室町以前に中国を通して日本に帰化したものらしい。英語のNarcissus(ナーシサス)は、ギリシア神話のナルキッソスの話しに由来。呪いによって自分自身の映す姿に恋い焦がれて死んでしまったナルシストの由来の話し。有毒なので間違って摂食してはいけない。

水仙花(すいせんか)、野水仙(のずいせん)、ナルシサス、など。

水仙のそばで誰かにささやかれ

射す月に揺られ揺られて水仙花

[蒼きゅう(そうきゅう)]
水仙や背戸は月夜の水たまり

蝋梅・臘梅(ろうばい)

・ロウバイ科ロウバイ属の落葉低木で、梅とは科属が違う。真冬から晩冬にかけて香り高い花を咲かせるが、季語としては晩冬の扱い。よく見かけるのは黄色い花を、ちょっとうつむき加減に咲かせるソシンロウバイ。唐梅(からうめ)、南京梅(なんきんうめ)などとも。

三味止んでちら見ゆ紅や古蝋梅

[芥川龍之介]
臘梅や雪うち透かす枝のたけ

侘助(わびすけ)

・ツバキ科ツバキ属の園芸用品種のグループの一つで、小ぶりの一重の花を咲かせることが多い。ウラクツバキ(有楽椿)を含めることもある。特に茶人に好まれ、飾られたり庭木にされたりするようだ。椿より早咲きの傾向があるため、冬の季語とされる。

侘助をわびに一輪挿しにけり

探梅(たんばい)

・春を告げるような、晩冬の椿を探して眺めるという「春探し」の一種。閉じこもりがちだったシーズンから、活動的なシーズンに移り変わる、事始めの意味もあるのかも知れません。「梅探る」とか、「春の便り(の花)」なんて表現も。

探梅と称していつしか君の家

春告げの花をもとめて旅支度

炭(すみ)

・木や竹などを蒸し焼きにして不完全燃焼させて炭化させると炭が出来る。炭素を主成分として、純度が高かれば煙を出さないで燃える。昔は火鉢(ひばち)に入れて、暖を取るためにも使用されていた。

木炭(もくたん)、竹炭(ちくたん)、堅炭(かたすみ)、炭の香(か)など。

木炭をなぐさみに聞く歳(よわい)かな

[樗堂(ちょどう)]
ものおもひ居れば崩るる炭火かな

[召波(しょうは)=黒柳召波(1727~1771)]
うき人の顔にもかかれはしり炭

[「はしり炭」は「跳ね炭」、つまり爆(は)ぜて跳ね飛んで来る炭の欠片こと]

埋火(うずみび)

・埋火とは、火鉢などで灰に埋めた炭火。仄かに燃え続け長らく消えないので、種火や余熱として灰に埋めたのだという。「いけ火」「いけ炭」などとも。

埋火の秘めたることも埋ずめけり

[蕪村]
うづみ火や終(つひ)には煮(にゆ)る鍋のもの

春待つ(はるまつ)

・時節を待つ表現としては、寒さから逃れ、暖かさを得たい切実さと、植物の再びよみがえるような喜びから、もっとも強く心に刻まれ、使用されるのが「春待つ」。来年を待つなどは、過ぎ去る年を惜しむ気持ちもこもりがちで、逆に「冬惜しむ」などは、「寒い冬だけど」のような条件付けの気配が漂いがち。「春待つ」は無条件に誰もが待つものと、比較的捉えられがちな違いがある。ほかにも、「春を待つ」「待春(たいしゅん)」など。

停車場に春待ちつけてふたり旅

[時乃遥]
いま友の春待ちさきは恋心

[桂信子(かつらのぶこ)]
春を待つおなじこころに鳥けもの

冬深し(ふゆふかし)

・闇が深くなるのは夜が明ける直前という言葉があるが、冬も年明けの後半からがもっとも寒い時期になる。「枯れる」という表現が、実際はもっとも深く感じられる時期でもある。「冬深む」「真冬」など。

子狐ら蹴まろぶ冬の深さかな

吟醸の深まる冬のビードロで

冬深みなにか焼く火や庭の陰

日脚伸ぶ(ひあしのぶ)

・日ごとに日暮が遅くなり、日脚の延びたことを実感すること。日の入りは実際には冬至の前、12月初め頃にはもっとも早くなり、その後は次第に遅くなってゆくが、それが実感できるくらい伸びてくるのと、季節が春へと回復していくような喜びが重なって、晩冬の歳時記と捉えられている。

日脚伸びて補助輪外すとなりの子

親ばかも日脚をともに伸びにけり

[綾部仁喜(あやべじんき)]
こころまづ動きて日脚伸びにけり

三寒四温(さんかんしおん)

・もともとは、大陸の中国北部や朝鮮半島で、寒い数日と暖かい数日が周期的に繰り返しつつ春を迎える、という現象を現していた言葉。この表現が日本に渡り、寒い日と暖かい日が複雑かつ大胆に移り変わりながら、ようやく春を迎えることも、三寒四温と呼ぶようになった。歳時記では「三寒」「四温」だけでも通用し、「四温日和(しおんびより)」といった使い方もする。

水揚げの三寒四温競りにけり

[石川桂郎(いしかわけいろう)]
三寒の四温を待てる机かな

冬の月(ふゆのつき)

・月の大きさは幾つもの原因で変化する。まずは月が地球に対して、中心のずれた楕円軌道を描いているのと、太陽の引力の影響を受けるので、もっとも地球から遠い時と近い時の、見た目の大きさは14%も変化するという。それにより、光度もまたわずかに異なってくる。

・ただそれよりも大きな変化は、人間の目の錯覚(ポンゾ錯視)に基づいていて、見上げる角度や一緒に視界に入るものなどの条件によって、月や太陽の大きさが変わって見えてしまうことを、「天体錯視」と呼ぶこともある。地平線や水平線に近い月や太陽が、大きく見えるのはその錯覚のせいである。

・さらに地軸の傾きによって、夏と冬とでは太陽の高さが異なるが、月は太陽と反対に、夏に南に傾いて通過し、冬には夏の太陽がいたあたり(おなじではない)を通過する。(太陽の運行ラインを黄道、月の運行ラインを白道と呼ぶ。)

・また、大気の澄み具合や、冬に目立つ星が多い印象なども関係するのだろうし、もっといい加減なところで、人々の冬に対する印象そのものが反映され、寒気で冴える冷たくも遠い月の姿のような、類似の観念が植え付けられているとするならば、その印象をあるいは、「冬の月」と定義したものを、私たちは歳時記と呼んでいるに過ぎないのかも知れませんね……ってなんの話でしたっけ。

・「月氷る(つきこおる)」「寒月(かんげつ)」「冬月(とうげつ、ふゆつき)」など。

昇らずに鳥居に拝む冬の月

冬月に吸われて消えてながれ星

狐火(きつねび)

・不思議な青白い光が、墓地などの異界を漂うような、鬼火の一種とされる事もあるが、より多くは、いくつもの火が行列のように連なり、けれども近くに寄ると消えてしまうような現象を呼ぶ場合が多い。

・それが場合によっては、狐の嫁入りの提灯行列のようであるから「狐の提灯(きつねのちょうちん)」と呼ばれることもある。かならずしも冬だけの出現ではなく、夏の方が多いという説もあるが、歳時記では冬の季語とされている。

・また「燐火(りんか)」は、墓地や湿地、荒れ地で発生する怪しい光の総称。「鬼火(おにび)」もさまざまな「浮遊怪火(かいか)」を表わすが、一般には季語には含まないようだ。

雨宿る石切奥やきつねの火

[蕪村]
狐火や髑髏(どくろ)に雨のたまる夜に

[山本洋子]
狐火や老いて声よき子守唄

水涸る(みずかる)

・太平洋側では雨が少なく、日本海側では雪として溶けずに残るなど、河川などの水量が減少することは、特に冬に典型的に現れることから、冬の歳時記とされている。池涸る(いけかる)、川涸る(かわかる)、滝涸る(たきかる)、など。

水枯の眺めにバスを待ちぼうけ

海鼠腸(このわた)

・寒中にもっとも味が良くなるとされる、海鼠(なまこ)の内蔵の塩辛(しおから)、つまり魚介類を塩漬けにして発酵熟成させたものである。酒飲みの好物として知られ、「うに」「からすみ」(ボラの卵巣)「このわた」で日本の三大珍味とも呼ばれる。

   「このわた」
海鼠腸と月とグラスとこの私

[大串章(おおぐしあきら)(1937-)]
海鼠腸に無頼(ぶらい)のこころ制しけり

ちゃんちゃんこ

・綿入れの羽織のうち袖のないものを言う。大人用には「猿子(さるこ)」とも呼ばれるそうだ。

捕鯨(ほげい)

勇魚取(いさなとり)とも。「いさなとり」という枕詞があるように、古くから鯨を捕ってきた我が国だが、特に江戸時代からは大規模に行われるようになった。その後、西洋式捕鯨法や捕鯨砲を使い規模が拡大するが、戦前は鯨油を輸出するための捕鯨が商業捕鯨の中心にあり、大量に食用にされるのは実は第二次大戦後の食糧難の時代、代用食としての意味合いが強かったようだ。

・戦後になってから世界一の捕鯨大国になった日本は、それまでに乱獲をして鯨を減らした反省に直面した世界規模の、反捕鯨の波を被る形になり、非難を浴びながら、1982年の条約で、調査捕鯨と一部の例外を除き禁止と相成った。

廃港(はいこう)の勇魚写真も観光地

[蕪村]
突き留めた鯨や眠る峰の月

炭焼(すみやき)

・木材を機密性の高いところで焼き木炭を作ること。またその仕事、仕事人も指す。原料は「ナラ、ブナ、カシ、クヌギ」など。もちろん竹炭もある。出来上がった木炭は炭酸カリウムを含むので灰の中でもよく燃えるのだそうだ。

・近代までは、調理にも暖房にも重要な役割を担ってきたが、石油や石炭へと移り変わることになる。もっとも、バーベキューやこだわりの料理店の炭火焼き、脱臭剤としての利用など、今でも見る機会は多い。

炭を焼く細き煙を便りにて

[内藤鳴雪]
炭焼の顔洗ひ居る流れかな

寒中水泳(かんちゅうすいえい)

・古式泳法など日本伝統水泳の寒中鍛錬。寒泳(かんえい)とも。

寒泳も廃れて籠もる里の子ら

黒川能(くろかわのう)

・山形県櫛引町(くしびきまち)大字黒川の春日神社で行われる王祗祭(おうぎさい)は、2月1日の夜に王祗様を迎えて能を奉納するものだが、その能のことを黒川能という。

[岡田史乃(おかだしの)]
装束に雪の力を黒川能

春日万灯籠(かすがまんとうろう)

・奈良の春日大社で節分と中元の夜に一斉に灯火ともす灯籠行事。

祈り事夕べに尽きて万灯籠

草木花

 冬菫(すみれ)、冬の菫、寒菫。冬蒲公英(たんぽぽ)。枯蔦(かれつた・かれづた)、蔦枯(つたか)る。枯銀杏(かれいちょう)、銀杏枯る。冬芽(ふゆめ)、冬木の芽(ふゆきのめ)。宿木・寄生木(やどりぎ)。寒芹(かんぜり)、冬芹(ふゆぜり)。

[川端茅舎]
雲割れて朴(ほお)の冬芽に日をこぼす

鳥獣魚虫

 狐(きつね)、赤狐、黒狐、北狐。羚羊(かもしか)、かもしし。冬の蠅(はえ)、凍蠅(いてばえ)。寒鴉(かんがらす・かんあ)。鳰(かいつぶり・にお)。潤目鰯(うるめいわし)。寒蜆(かんしじみ)、真蜆、大和蜆。

[高浜虚子]
冬の蠅仁王の面を飛びさらず

[阿波野青畝]
冬蜆店の雨だれひゞきけり

[柴田白葉女(はくようじょ)]
寒蜆街の夕日の隅に買ふ

2009/03/12
2018/07/17 改訂

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