鬼やらい(おにやらい)

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鬼やらい

・節分はもともと立春だけでなく、立夏、立秋、立冬の前日も、季節の節目として節分と読んでいた。暦上の新年と共に、立春も新たなるサイクルの開始とみなされていたために、次第に節分と呼べば、特に立春前を指すようになっていった。

・二十四節気に基づく立春という概念は、中国から伝来したものだが、大晦日(旧暦12月30日)に「追儺(ついな)の節会(せちえ)」を行う宮中行事も、平安時代には行われていた。

・この「追儺」が節分にうつされ、やがて民間に出回って、豆を撒いて鬼を追い払うような行事となっていった。年の神がいらっしゃる交代にまじって、鬼が入り込むのを追い払うような行事。「鬼やらい」「なやらい」「厄払い」など。

祓はれぬつひの病や鬼やらい

[山口波津女(やまぐちはつじょ)]
硝子戸(がらすど)を開きて海へ鬼やらふ

[才麿(さいまろ)]
むつまじや追儺の宵の人の声

[高浜虚子]
あたたかく炒られて嬉し年の豆

豆撒(まめまき)

・地方によって異なるが例えば「福は内、鬼は外」といって豆を撒いて、その後自分の年の数だけ豆を食べてみたりする行事。豆打(まめうち)、鬼の豆、年の豆(もともと大晦日と関係したため)、福豆など。

鬼の母豆撒くことを禁じけり

鬼の子ら豆さへ撒かず食らひけり

豆まきの鬼籠もりけり古時計

[一茶]
三つ子さえかりりかりりや年の豆

[飴山實(あめやまみのる)(1926-2000)]
福豆の升(しょう)をこぼれしひゞきかな

立春(りっしゅん)

・二十四節気の一つ。春の始まる日で、2月の始めに来る。春立つ、春来る、春さる(さる、は去るではなく、春めくの意味)、などなど。

立春は風のこゝろとたわむれて

春立てばすゞめも恋のうす化粧

[芭蕉]
春たちてまだ九日(ここのか)の山野かな

[飯田龍太]
立春の甲斐駒ヶ嶽(かいこまがたけ)畦(あぜ)の上

余寒(よかん)

・立春後に残る寒さのこと。残る寒さ、春寒(はるさむ)、など。

ひき際の風邪ともなくて余寒かな

[几董(きとう)]
水に落ちし椿の氷る余寒かな

冴返る(さえかえる)

・立春は寒の終わりだが、その後にも寒さが襲い来ることもしばしば。これを「冴返る」と呼んだりする。他に、しみ返る、寒返る、寒戻り、など。

冴え返る港はかなた街あかり

[丈草(じょうそう)]
柊にさえかへりたる月夜かな

白魚(しらうお)

・汽水域周辺に住む透き通ったようなひょろ長い小魚。死ぬと白くなり、煮たり蒸して真っ白く調理する。天ぷらやお吸い物、また白魚飯(しらうおめし)などになる。「おどり食い」でお馴染みの「シロウオ」とはまた別の魚である。

しらお、白魚取り(しらおとり)、白魚火(しらおび)、など。

ビードロにおどる白魚なめらかさ

[来山(らいざん)=小西来山(1654-1716)]
白魚やさながら動く水の色

[芭蕉]
明けぼのやしら魚しろきこと一寸

[一茶]
白魚のどつと生(うま)るゝおぼろ哉

白魚飯(しらうおめし・しらおめし)

・白魚をのせた味付けご飯。他にも白魚汁(しらおじる)、白魚鍋(しらおなべ)など。

[沖あき]
漢籍に倦みし夕や白魚汁

春の炉(はるのろ)

・寒くて春になってから炉を焚くこと。したがって、あまり今日的な歳時記とは言えないが、春の炬燵やらストーブを代替的にこう読んでも構わない。もちろん春炬燵としてもよい。春炉(はると)とも。

雉子鍋や春炉の端のモノローグ

注いだ茶の覚め際揺らぐ春炉(しゅんろ)かな

春火鉢(はるひばち)

・春に入ってからも使用する火鉢や、火桶のことを、春火鉢、春火桶などと言った。

おこたりて欠けたる角や春火鉢

[松本たけし]
手をあてし春の火桶に蒔絵(まきえ)あり

・二十四節気の立春(二月四日頃)から立夏の前日(五月五日ごろ)までを歳時記上の春と呼び、おおよそ一月ごとに初春・仲春・晩春と呼び、会わせて三春(さんしゅん)となす。また約九十日のことを九春(きゅうしゅん)とも呼ぶ。

・ほかにも青春(せいしゅん)、芳春(ほうしゅん)、陽春(ようしゅん)など。

春にさえ死にゆくものの哀れかな
   (当時のまま残し置くものなり)

青春を夢見てあやす子猫かな

さみしげな春なゆうべのてまり歌

[石田波郷(いしだはきょう)]
バスを待ち大路の春をうたがわず

春の霙(はるのみぞれ)

・「雪ともなく、雨ともつかぬ、霙は春こそおかしけれ」とは随筆には書かれてはいないが、春に降る雪は霙がちになることも多いので、それをこのように呼ぶ。冷え切った寒さより、どことなく温かみを感じる表現。春霙(はるみぞれ)とも。

だらしない老はなみだの春みぞれ

[奇淵(きえん)]
人恋し春の霙の桐火桶(きりひおけ)

[原石鼎(はらせきてい)]
もろ/\の木に降る春の霙かな

春の霰(はるのあられ)

春霰(しゅんさん・はるあられ)とも。上と同様、春にも霰は降ることはある。

咲きかけて春の霰にうたれつつ

灯す火の春のあられとなりにけり

早春(そうしゅん)

・「まだ寒い、寒いが春よ、寒ければ、来たるか春よ、まだ来ぬか」くらいの春の初め。「春さき」と詠むこともある。

春先は郵便ポストひらく時

あこがれに春さき描くえんぴつで

[稲畑汀子(いなはたていこ)]
早春の光返して風の梢(うれ)

二月

・いわゆる旧暦二月は春であるが、新暦二月は気象学的分類で冬とされている。このような暦は、別に旧暦で詠まれたものを観賞するときは春として、自分たちが読むときは冬の気持ちで詠んで、別に構わないもの。

月過ぎて二月半ばよ小休暇

待ちすさぶ二月は犬の遊歩道

ノイズ消えて二月を告げる短波かな

[鈴木真砂女(すずきまさじょ)]
波の穂の風に揃わぬ二月かな

春寒(はるさむ)

・春なのに寒いこと。春寒し、春寒(しゅんかん)、料峭(りょうしょう)など。料峭は春寒の漢語バージョンみたいなもので、「春寒料峭」と続けることもある。ただし知識で詠むと、きわめて殺風景な落書きになりやすい。意味が同じと言うことは、表現がおなじということにはつながらないものだから。

誰待つのベンチは春のまだ寒さ

料峭と空(から)に唱えてパパの真似

[大橋有美子(おおはしゆみこ)]
料峭や波のあはひのしじら波

[しじら波は、しじら織りのような波のこと。]

寒明(かんあけ)

・立春と共に寒が明ける。これを寒明ける、寒過ぐる、などという。

念仏や寒明け踏んで古畳

うたゝ寝の神のお告げや寒の明

針供養(はりくよう)

・一年使用した針を休ませて、豆腐や蒟蒻など柔らかいものに刺したり、折れた針を供養したりする。主に淡島神(あわしまのかみ)を奉っている神社で行われ、和歌山県和歌山市加太の淡嶋神社がその中心である。12月8日の「事納め」か、2月8日の「事始め」(合わせて事八日という)に行う行事。

ごろ寝する夫の背にも針供養

祈年祭(きねんさい)

「年祈いの祭(としごいのまつり)」ともいう。もともと、今年の収穫を祈願する祭があった所に、中国の祭儀を取り込んで、7世紀末頃に宮中行事化された。11月の新嘗祭と対をなし、2月に行われた。この国家行事としての祈年祭は、第二次大戦後の国家神道解体で消滅したが、神社ごとの行事としては現在も行われている。

御曹司巫女定めしに祈年祭

初午(はつうま)

二月の初めての午(うま)の日(もとは陰暦だが今日は新暦で行うことが多い)に、京都府伏見稲荷大社を総本山とする各地の稲荷神社が、もともと農耕の神であるウカノミタマの神を祭る祭事があり、参詣者で賑わう。稲荷山にウカノミタマの神が降りたのが、午の日だったからという。さらに二の午、三の午にも祭りを行う所がある。

初午に空の財布を失(なく)しけり

[芥川竜之介]
初午の祠ともりぬ雨の中

[石田郷子(いしだきょうこ)]
撥(は)ね強き枝をくぐりて一の午

海苔掻(のりかき)

海苔取(のりとり)、海苔干(のりほす)など。海苔を取って乾かす作業。岩に自生している海苔を採取するもので、冬の寒い時期に行われた。海苔は、江戸時代頃から養殖も始まり、現在は養殖によるものが一般だが、天然物ということで、かえって高級品として売られている。天然にせよ、養殖にせよ、海苔の採取は冬のシーズンに行われるが、歳時記としては新春の扱いとされている。

海苔掻や遠き浜辺の貝の夢

麦踏(むぎふみ)

・稲作の裏作である麦の根を踏み込んで、必要以上の茎の成長を抑制し、根の張りを好くし、さらに霜柱などの寒害に対処する作業。晩秋から初春に掛けて行われるが、歳時記では初春の季語とされている。

麦踏のか細き声やみやこの子

草木花

 金縷梅・満作・万作(まんさく)、金縷梅(きんろばい)。節分草(せつぶんそう)。ヒヤシンス。下萌(したもえ)、草萌(くさもえ)、萠(もえ)。水菜、京菜。青麦、麦青む。

[橋閒石(はしかんせき)]
銀河系のとある酒場のヒヤシンス

[太祇]
下萌や土の裂け目のものの色

[きくちつねこ]
夕空の晴れて京菜の洗ひたて

[鬼貫]
青麦や雲雀があがるありやさがる

[星野立子]
青麦に沿うて歩けばなつかしき

鳥獣魚虫

 春の鹿。山鳥(やまどり)。巣箱(すばこ)。川原鶸(かわらひわ)。公魚(わかさぎ)、桜魚(さくらうお)、ちか。寄居虫・宿借(やどかり)、ごうな。月日貝(つきひがい)。

[藤田湘子(しょうし)]
春の鹿幻を見て立ちにけり

[那須乙郎(なすいつろう)]
雪原を来てやまどりの尾をひらふ

[「ひらふ」は「ひらり」と掛けてわざとか]

[中村草田男]
梢(こずえ)に巣函幹に末子の牛乳函

[高浜虚子]
やどかりや覚束なくかくれ顔

2009/03/19
2018/08/20 改訂

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