・ある時ふいと春めく水の温さを感ずることを指して、人は「温む水」「温む沼」「温む池」「温む川」などといったりするもの。
洗いものすこし温んで朝キャベツ
隠(おん)の湯の差し水きざす温みかな
[一茶]
鷲烏雀が水もぬるみけり
[蕪村]
水ぬるむ頃や女のわたし守(もり)
・あまり小さいので「縮み」と馬鹿にされてか「しじみ」となったという伝説も残る?二枚貝。日本ではアサリと並び味噌汁などよく食用にされる。コハク酸という旨み成分を持っていて、味噌汁などは出汁はとらずに、シジミの旨み自体を出汁として使用する。太宰先生によれば、高貴なるご身分の邸宅でうっかりしじみ汁のシジミの身を食べたりして、「えっ。そんなもの、食べて大丈夫なのですか」と驚かれ、赤っ恥を掻いて、周章狼狽(しゅうしょうろうばい)のあまり酒などこぼし、ほとんど泣き寝入りの体で、家に逃げ帰るという、救いがたき悪徳を身にまとった貝なのである。(そんなことは書いていなかった気もするが。)江戸っ子たちの頃から肝臓によいとされてきた。住処は大海などに出ては「縮み上がっていけねえや」とて、淡水域や、得に汽水域におわす。
・蜆貝(しじみがい)、大蜆(おおしじみ)、大和蜆(やまとしじみ)[もっとも普通に出回っている物]、瀬田蜆(せたしじみ)[蜆と言えば琵琶湖の瀬田蜆]、蜆売(しじみうり)、など。実は春が本当の旬な蜆は瀬田蜆で、種類が違うと旬も違うようだが、にわか調べではようわからん。
なれ舟の踏み場の冴えや蜆貝
貝塚はいつの夕げの蜆かな
[蕪村]
むき蜆石山のさくら散(ちり)にけり
[石山は滋賀県大津市にある石山寺のことで、瀬田同様琵琶湖の南にある。]
[正岡子規]
すり鉢に薄紫の蜆かな
住吉(すみのえ)の
粉浜(こはま)のしゞみ 開けもみず
隠(こも)りてのみや 恋ひわたりなむ
よみ人知らず 万葉集997
・特に蜆の味噌汁など。
いやしさにまた身をほじるしゞみ汁
・万葉集にも和海藻(にぎめ)とて多くの歌を残すワカメは、日本人の代表的食用海藻として、海苔と共に君臨する磯野カツオの妹である。(こら。)古くから春先から若布刈船(めかりぶね)に乗った海人達が竿で刈り取る姿は、春の風物詩でもあったのだ。ほかにも「めのは」とか、昔は「若布売」なんかも居たようだ。まあ居ると言えば、ネット直販の若布取れたてなんかも若布売か。
波しぶきゆらりゆらりと若布かな
船べりに文字差し替えるめのはかも
[召波(しょうは)]
春深く和布の塩を払ひけり
・鰯(いわし)の小魚めを塩漬けして目から顎のあたりに串や藁(わら)を通し、数匹束ねて乾燥させた干物(ひもの)。焼いて食べる。
・目刺鰯(めざしいわし)、頬射(ほほざし)、ほざし、など。
行く末の目刺にされて肴(さかな)かな
ほざしには酒の愛嬌よく似合う (当時のまま)
[川端茅舎(かわばたぼうしゃ)]
殺生の目刺の藁を抜きにけり
[丸谷才一(まるやさいいち)(1925-)]
藁しべで契るあはれの目刺かな
・コイ科の淡水魚で、琵琶湖の本諸子(ほんもろこ)や、田諸子(たもろこ)などの種類がある。特に本諸子は鯉科の中でも特に美味しい魚として知られ、塩焼き・天ぷら・佃煮などいろいろ調理されてきたが、最近は大いに減少して、値段高騰中。
[嘯山⇒三宅嘯山(みやけしょうざん)(1718-1801)]
門川や諸子釣る子のみだれ髪
・水辺に蘆(あし)の燃え出でる芽のさながら角のごとし。これまさに春の象徴なり。蘆の芽(あしのめ)、蘆牙(あしかび)、角組む蘆(つのぐむあし)、蘆の錐(あしのきり)、など。
せゝらぎは角ぐむ/み葦のやわらかさ
蘆牙やおろがむ朝日浴びながら
[水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)]
やゝありて汽艇(きてい)の波や芦の角
・梅といっても大きく野梅系、紅梅系、豊後系があって、さらに細かく分かれる中にあって、白梅でなく紅梅を歌うときには、梅とは詠まずに紅梅と読んだりする。薄紅梅などの用法もあり、白梅より若干遅咲きなのだとか。
紅梅に端末あさる人の影
いにしへのよすがなくして柵紅梅
[一茶]
紅梅にほしておく也(なり)洗ひ猫
・旧暦の二月を表す言葉。漢字はそのまま中国のものを流用しつつ、「きさらぎ」という言葉自体は、寒さの残るためさらに衣(きぬ)を着ることから「衣更着(きさらぎ)」と呼ばれるようになったともされる。
・他にも、梅見月(うめみづき)、雪解月(ゆきげづき)、小草生月(おぐさおいづき)、初花月(はつはなづき)、など。
如月のどぶ間にきざす鼠かな
如月の蝋人形の如くなり
[日野草城(ひのそうじょう)]
きさらぎの藪(やぶ)にひゞける早瀬かな
[鈴木真砂女]
如月や身を切る風に身を切らせ
三月はもどる坊やのあまえかな
ポスターのよれも構わず三の月
[宮田正和(みやたまさかず)]
三月や寝足りてけぶる楢林(ならばやし)
[正しくは「なら」の漢字が異なる]
・雪氷の解けて水量溢れた生命力と清涼と温かみとすがすがしさを指す。他に「春水(しゅんすい)」「水の春」など。
土手伝いぽかぽかしてた春の水
撒きかけてそゞろの人や春の水
[蕪村]
春の水すみれつばなをぬらしゆく
[高浜虚子]
一つ根に離れ浮く葉や春の水
[漢字とひらがなの交替という目の楽しみが意識されている。即ち光る葉の離れ浮く如き様を瞳に込め心も喜ぶ也。]
[星野立子]
昃(ひかげ)れば春水の心あともどり
・立春後吹き荒れる南風の猛威を、西からの低気圧の移動が演出。疾風怒濤の驚異に為す術もなき人民のありさまは、さながら糸の切れたる凧の如し。すなわちこれ、なんのこっちゃか。
・しかし一番で済まず、「春二番」「春三番」など続くこともある。略して「春一(はるいち)」とか呼ぶこともある。
なに割れて春いち番の寝起きかな
ワイシャツを雲に取られて春一番
・焼野原、焼原(やけはら)、末黒(すぐろ)、末黒野(すぐろの)、みなみな野焼き終えたる野原の意味なり。灰燼の哀しみなく、新たの生命を呼び来る焼野の思いこそ、ここに知るべし。
焼野原誰そ彼まぜてシルエット
末黒野の遠くの橋や夕列車
[蕪村]
しのゝめに小雨降出す焼野哉
・すなわち「春の暁(はるのあかつき)」、暁は「あかとき」すなわち「夜明け前のすこしあかりて紫だちたる雲の細くたなびきたる」ぐらいのところを指す。ほかに「春の曙(はるのあけぼの)」「春曙(はるあけぼの)」、「春の夜明」など。
北十字あかとき春の星語
語らふて短き春の夜明かな
[日野草城]
春暁や人こそ知らね木々の雨
・春空(はるぞら)、春天(しゅんてん)など。秋の突くような澄み渡りよりも、ぼんやりのほほんの空と見る。しかも、移り変わりの多い気まぐれものの空よ。
春の空パンのかたちな雲ばかり
春天に貝殻開く乙女かな
[清崎敏郎(きよさきとしお)]
春天のとり落したる島一つ
・ようするに雛祭りのための市で、江戸時代頃にはよく行われていたという。「雛の市」。
雛市のひよこも早土のうち
雛市の雛に並べて子の自慢
・田返し(たがえし)、田を鋤く(すく)、田越し(たごし)など。冬の田の土を起こして、田植えのできる田にするのは、むかしはなかなかの重労働だった。畑の場合は、「畑打(はたうち)」という。
体験の乙女か細き田打かな
田を鋤けばめゝずのたくる予祝かな
[芝不器男(しばふきお)]
汽車見えてやがて失せたる田打かな
[村上鬼城(むらかみきじょう)]
生きかはり死にかはりして打つ田かな
・放牧地を牛馬のために開放すること。
馬どのに子ら明け渡し牧びらき
牧びらきかおりは詠まずおきましょう (当時のまま)
[相馬遷子(そうませんし)]
朝霧に寄り添う牛や牧びらき
・種芋をおろし植えることから、「種おろし(たねおろし)」ともいう。「じゃが植え」「おじゃが植え」でも通じるだろう。
種芋を帰りの道に蹴りあそび
ジャガイモの埋葬照らす夕日かも
・旧暦二月は仏教の生まれたインドでは正月なのでお祭りがあったのが影響を受けて、旧暦2月はじめの法会(ほうえ)が始まったとも、そうでないとも不明瞭な修二会。平安時代の文献に登場し、天下泰安や五穀豊穣を祈る祭として、今日に伝わっている。「お水取り」の名で知られる、東大寺修二会がもっとも有名で、特に走り回る坊さんの姿が有名だが、各地の仏寺で行われている。
廃村に数人戻る修二会かな
・塩漬け蒸し陰干し鰈は保存食として知られ焼いていただくのである。生ではあまり食べない柳虫鰈(やなぎむしがれい)、代用品の柳鰈(やなぎがれい)という種類の鰈が、特に蒸鰈となる品種だそうだ。
風車絵の古きワインや蒸鰈
2009/04/20