・日本に自生し万葉集の頃から詠まれる椿は、もっとも目にするヤブツバキを代表とし、花の頃を春の季語として詠まれる、常緑の照葉樹である。花の落ち方が桜のような儚さではなく、萼(がく)のところからがくっと首ごと落ちるので、入院などのお見舞いにもっていくと、委員長先生から平手打ちを食らうこともしばしばである。(?)またこれから取られる椿油も、古くから日本で広範に使用されてきた。
・中国では「山茶」と書く。季語としては、山茶(つばき・さんちゃ)、紅椿(べにつばき)、白椿(しろつばき)、乙女椿(おとめつばき)、山椿(やまつばき)、藪椿(やぶつばき)、落椿(おちつばき)、散椿(ちりつばき)などなど。ギロチン花とは呼ばない。ついでに「椿散り敷く(ちりしく)」は椿が散って一面に敷かれていることを表す。
落椿はかなくアントワネットかも
切つ先の散りにごりたるつばきかな
初恋のはじめて君と/もつれあいして白椿
山姥(やまんば)つばき刻んで唄ひけり
落ちて知る空をうらやむ椿かな
[蕪村]
椿落ちてきのふの雨をこぼしけり
[飯田蛇笏]
はなびらの肉やはらかに落椿
・ユーラシア大陸に広く分布し、西洋でも東洋でも春告げの鳥として親しまれる小鳥であるヒバリは、スズメ目ヒバリ科の小学一年生である。(最後に嘘を付けるな。)
・初雲雀(はつひばり)、揚雲雀(あげひばり)、落雲雀(おちひばり)、雲雀野(ひばりの)、雲雀籠(ひばりかご・ひばりを飼うための籠のこと)、告天子(ひばり、こくてんし)、叫天子(きょうてんし)など。リトルロックンローラーとは言わない。
わが空のひばりらひばりの歌ばかり
ガリレオを意に沿ふものか落雲雀
[芭蕉]
雲雀より空にやるらふ峠哉(たうげかな)
[芭蕉]
永き日も囀(さへづり)たらぬひばり哉
・もともとは中国で宮女の艶やかな遊びもので、清明の前日である寒食の日に関係した行事遊びだったとか、あるいはもっと前に子ども遊びとして存在していたとも言われる。さらに遡るとオリエント方面から中国に入ったとも考えられ、なんだかようわからんのであります。(というかちょっと調べて分からないことを探求するだけの気力が足りないのであります。)そんな由来もあって季語は春、乗るべき者は女性こそさまになるべし。他にも半仙戯(はんせんぎ)とかいう言葉もあるが、大和風発音だと「ふらここ」ほかに「ふらんど」「ゆさわり」などとも呼ばれるようだ。
ふらここアルプスよりも遙かなり
ふらこゝ止めて幼なじみは kiss の味
鞦韆におさな子揺れて玉音日
[嘯山(しょうざん)→三宅嘯山(1718-1801)]
ふらここや花を洩れ来るわらひ声
・蝶と言えば春。春と言えば蝶々。というくらいに春の花々に相応しいひらひらと舞い踊る蝶は、なぜに類似の形して、憎たらしい蛾とはまるで異なる艶やかさかと、ほほえましくも思われるほどだ。色によって白蝶(しろちょう)、黄蝶(きちょう)と言ってみたり、紋白蝶(もんしろちょう)などと種別に詠んでみたり、眠る蝶、とか狂う蝶、などと状態を表現するのもまたおかし。
とおり雨傘かたむけて蝶の花
枝道に惑ひて戻る胡蝶かな
[芭蕉]
蝶(てふ)の飛(とぶ)ばかり野中の日かげ哉
[蕪村]
釣鐘(つりがね)にとまりて眠る胡(こ)てふかな
[蕪村]
うつゝなきつまみごゝろの胡蝶(こてふ)かな
・「たまや」と呼ぶこともあるようだ。石けん水を付けたストローを吹いたら膨らんだ石けん水が壊れずに風船玉となってしばらく漂ってから、はじけて消えた。かぜかぜ吹くな、しゃぼん玉飛ばそ。なんとなく春の季語。
井戸ばたの影絵もあそぶしゃぼん玉
「狂句」
吸い込んで泣き出す鼻にしゃぼん玉
・凧がお正月だと思ったらとんだアマチュアだぜ。竹ひごと和紙でもって髭を垂らして大空舞い上がる遊びは、もともとは中国から伝わったとされ、今日でも春に揚げる行事を持つところも多いので、季語としては春になっている。
・凧揚げ(たこあげ)、凧合戦(たこがっせん)、絵凧(えだこ)、字凧(じだこ)、奴凧(やっこだこ)、洋凧(ようだこ)、凧日和(たこびより)、など。また関西の方では、「たこ」ではなく「いか」「いかのぼり」というし、長崎では「はた」「はたあげ」などという呼び方をする。「空中につながれたポチ」とは呼ばない。(最近こればっかりだな。)
凧切れてなおさら高く舞い上がり
[蕪村]
凧(いかのぼり)きのふの空のありどころ
・春塵(しゅんじん)、春埃(はるぼこり)、砂あらし、など。草木や作物に覆われない大地が乾いて強風に煽られてご覧なさい、見るも無惨な有様でございますことよ。また中国からの黄砂(こうさ)などもある。日本でも被害が出るが、朝鮮半島あたりだと、想像を絶する禍となって、人々に降り注いでいるようだ。句など詠んでいる場合ではない。
花の塵あくたの春のほこりかな
掃き溜めに坊主悟りぬ春埃
・春の浜、春の渚、春の磯、春の沖、または言葉を逆にして海の春、などなど、ひっくるめて。
春の海窓辺のカフェのきらびやか
しわ枯れのわらべ唄して春の海
指ふれて春の渚の物語
[蕪村]
春の海終日(ひねもす)のたり/\哉
・いろんな春の波の姿があろう。春濤(しゅんとう)ともいう。また川のものを春の川波と呼んだりもする。
から瓶は異国の絵して春の波
春の浪歌も唄わず老漁師
・ただの「時雨」は冬だが、頭に季節を付けちまえばこっちのもん。春だってにわか雨はあるのだから。
春さきのしぐれひと駅バスのうち
[富安風生(とみやすふうせい)]
母の忌やその日のごとく春時雨
・つまり「土降る」ということである。他にも「つちかぜ」「つちぐもり」「よなぼこり」など。春の砂埃が降るの意味でも使用されるが、特に黄砂が押し寄せて日本までいじめにさいなまれる現象を指すようだ。もっと率直に黄砂(こうさ)とか、黄塵万丈(こうじんばんじょう)なんて言葉を使う場合もある。九州などでは、霾曇(よなぐもり)といって日射量が減るほどの黄砂の飛来がある。季語としては他にも単独で霾(ばい)、と詠んだり、霾天(ばいてん)という言葉もある。つちのこ、とは何の関係もない。
つちふるの街いにしへのみやこかな
離れゆく博多の街よよなぐもり
騎馬兵の略奪止んで黄砂塵
・疾風(はやて・はやち)は強風、疾風(しっぷう)のことである。「竹取物語」にも見られるほど古いお言葉だそうだが、ここでは春の強風がやはり砂埃などを舞い上げて、我が物顔に町中を穢しまくるたちの悪さを、季語として表現してみたようだ。春疾風は昭和になって使われ出したと書いてある。むろん疾風のあんちゃんも昭和である。
・他に、春嵐(はるあらし)、春荒(はるあれ)、春はやち、など。
宵になお
唸りみせるや
春疾風
春疾風
濁りも無残の
壁絵かな
夢魔とても
外へ出たあない
春疾風
・説明不用。
春の雲
食べたくなるほど
遊ぶかな
姿など
あって無きがごと
春の雲
ときどきは
答えておくれよ
春の雲
春の雲
逃れてきたのは
いずこかな
しっぽより
吠える仕草や
春の雲
・春と言えば暖か、暖かと言えば春。他にも「暖かし」「ぬくし」「ぬくぬくと」などなど。
暖かを
安宅の関の
雲雀かな
真昼から
君ともたれる
暖かさ
あたたかや
あたたかやのうと
おきなかな
・「あたたかや?」そんな言葉本当に使われていたのかしら。このおきなはただの訛りです。
暖かく
私もありたい
ものですな
挨拶も
暖かばかりが
今宵かな
[星野立子(たつこ)]
暖かに
かへしくれたる
言葉かな
[正岡子規]
あたたかな
雨がふるなり
枯葎(かれむぐら)
・葎は、荒れ地や野原に茂る雑草の総称的言い方。母音の「a」の多用、冒頭五連に合わせるように最後まで優位。また「o」の無いことなどにも注目。
・特に植物めく春に相応しい季語となっている。もっと春らしいのは、「苗木市(なえぎいち)」とか、育て方を記した札である「苗札(なえふだ)」とか、「苗売り」という言葉である。
めだからも
覗けるくらいの
植木市
鳥がいま
天の高くを
植木市
苗木市
娘ひとりを
肩車
苗札を
読め得ぬ目をして
選びかな
奴らとて
人定めせよ
植木市
・桜ごっつ美味しいねんという人もあまりなかろうが、桜の花びらの塩漬けは、お湯で戻して「桜湯(さくらゆ)」などにしたり、吸い物に浮かせたり、小さな添え物にしたりして、春のかおりを演出する。塩桜(しおざくら)ともいう。だからといってザルツブルク産の岩塩で漬けても、「ザルツ塩桜」とは命名しない。また京都の「桜漬け大根」と混同しないように注意が必要?である。
舌でなく
味わうこころよ
桜漬
ほころびは
笑みにも似せたり
桜の湯
桜湯を
むねのうちまで
満たすかな
焼酎を
薄め解かしや
桜漬
[友岡子郷(ともおかしきょう)]
桜湯の
かなたは風の
雲となる
・一九五九年四月八日は高浜虚子の忌日。お墓は神奈川県鎌倉市の寿福寺。椿を愛しそのため椿寿忌(ちんじゅき)、また惜春忌(せきしゅんき)などともいうそうだ。
それほどの
たいしたもんでも
虚子忌かな
弟子などは
乏しき句などを
惜春忌
・干満の激しい春の大潮の頃を中心として、アサリやらハマグリやらを取りまくってしまう潮干狩りもまた、春の歳時である。他にも汐干(しおひ)、潮干貝(しおひがい)、などの用法があるようだ。
貝よりも
ビーチグラスが
潮干狩
恐るべし
犬の悟りや
潮干狩
・「あな嬉し」でもいいかな?
修羅の道
知らずに眠れ
潮干貝
海風や
潮干の狩りの
菓子袋
[正岡子規]
汐干より
今帰りたる
隣かな
・もともとは花を演出して楽しむための篝火のことだが、今節は電灯でライトアップすることが多い。かといって花電灯とか花ライトじゃ、全然様にならんぞ君。
陣中は
つかのま興や
花篝
病み終えて
ようやく今宵の
花篝
花篝
僕はあなたを
照らします
・「菜の花漬(なのはなづけ)」のこと。花の咲く前の菜の花のつぼみを茎もろともに塩漬けにする。絶妙な味わいかどうかはともかく、こころに春めく味わいではある。
花菜漬
妻に去られて
早二年
朝されば
こころときめく
花菜漬
菜の花も
ゆうべ盛りや
花菜漬
備前小皿
花菜で漬けたる
眺めかな
[後藤比奈夫(ごとうひなお)]
人の世を
やさしと思ふ
花菜漬
・花に着せる衣じゃあない。花見の時の着物を指すのである。江戸時代には、桜の花見ようの色彩の衣もあって、「桜衣(さくらごろも)」なんて呼ぶらしいが、今日ではまあ、ちょいと着飾って花衣を歌ってみるのが関の山だ?
いきかたの
けじめひとつや
花衣
・面倒だからこれ一個でいいか。
[杉田久女(すぎたひさじょ)]
花衣
ぬぐやまつはる
紐いろいろ
・正しくは、二回目の「いろ」は長い「く」の繰り返し記号。
2009/06/19