桜咲く

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桜(さくら)

・バラ科サクラ属から梅や桃などを除いたものだそう。もともとは吉野に咲き乱れるようなヤマザクラや、ヤエザクラなどが一般的だったが、江戸末期に品種改良されて誕生した染井吉野がその後に広まって、今日のサクラの代表選手となってしまった。

・季語としては、「朝桜」「夕桜」とか「若桜」「老桜」、他にも品種や場所などに結びつけていろいろに用いる。

口づけと
君の肩から
桜かな

跳ね起きて
朝に桜の
散歩道

自転車も
今日は置き去り
桜道

高台の
時計を隠して
桜かな

病棟の
桜日和が
手術の日

さくらさくら
呼ばれた気がして
たちつくす

嫁ぐ日の
さくらに誇れる
むすめかな

ポチ見るや
花咲爺が
桜かな

[惟然(いぜん)]
どんみりと
桜に午時(ひる)の
日影かな

・「どんみりと」はつまり「どんよりと」の意味。

[鈴木真砂女]
生涯を
恋にかけたる
桜かな

花(はな)

・花といえばもっぱら桜を指すが、もちろん花である以上、そうでないこともある。雑誌には「花盛り(はなざかり)」「花明り(はなあかり)」「花影(かえい)」「花房(はなぶさ)」「花片(はなびら)」「花の露」「花の雲」「花便り(はなだより)」などが紹介されている。

花に聞く
ひとかど者の
便りかな

舟は揺れ
今宵は花の
一盛り

影踏みを
花影逃れの
童かな

花房の
しっとり息づく
朝の露

花片は
わたしの恋の
あとしまつ

蟻が喉
うるおすばかりの
花しずく

どんよりと
花に焦がれる
雲一途(いっと)

[芭蕉]
何の木の
花とはしらず
匂哉(にほひかな)

[高浜虚子]
吹き満ちて
こぼるゝ花も
なかりけり

山桜(やまざくら)

・古来自生の野生種の桜は染井吉野ではなくヤマザクラである。吉野のものが有名なため、「吉野桜」という季語もある。花と一緒に枯れ草じみた葉っぱが出てくるのが特徴。しかも花の期間も長く、今日の大和魂のはかなさが染井吉野以後作られたものであることを知るとき、我々はもっと図太くなれるのである。(またわけの分からん落ちを。)

助手席の
眠気覚ましや
山桜

近寄らず
夢見心地や
山桜

吉野には
もどる寒さや
山桜

山桜
屋台を寄せぬ
勝ち気あり

[阿波野青畝(あわのせいほ)(1899-1992)]
山又山
山桜又
山桜

・この微妙な冗談とも付かない句をひとかどの作品に仕立て上げている肝は、母音の「aaaaaa,aaauaaa,aaaua」というリズムにこそ在るべし。また同音反復の心地よさにあるは言うまでも無し。

[蕪村]
みよしのの
ちか道寒し
山ざくら

落花(らっか)

・花が特に桜を表現するなら、落花もまた、桜の散りゆくすがたを特に象徴することの多い季語である。「花散る(はなちる)」「散る桜」「花吹雪(はなふぶき)」「桜吹雪(さくらふぶき)」「花の塵(はなのちり)」など。

散るために
舞い上がるよな
桜かな

漱石を
落花眺めに
読もうかな

墓のうえ
舞い散る花の
おもさかな

駅前は
街灯ばかりを
花吹雪

別れあう
桜吹雪と
僕らです

古戦場
桜も塵と
なりにけり

[中村汀女]
中空(なかぞら)に
とまらんとする
落花かな

桜鯛(さくらだい)

・サクラダイという種類の鯛もあるが、真鯛のもっともおいしく脂ののるのが桜の咲く頃に重なるので、それを桜鯛と詠んだものである。ちょうどほの赤く色づくのも花見めいているとか。ついでに花見に料理を持ち込めばこれまたよろしいが、もちろん酒も必要であることは言うまでもない。そんな鯛を「花見鯛(はなみだい)」といったり、海峡から乗り込んでくる鯛を瀬戸内海で「乗込鯛(のっこみだい)」と呼んだりもする。

しかばねの
何の睨みや
桜鯛

かわいくって
焼いてあげます
桜鯛

重箱の
三段重ねや
花見鯛

花見鯛
白きをひとひら
染めるかな

[正岡子規]
俎板(まないた)に
鱗ちりしく
桜鯛

仏生会(ぶっしょうえ)

・伝統的には「灌仏会(かんぶつえ)」、またそのまんまに「降誕会(ごうたんえ)」「誕生会(たんじょうえ)」「仏誕会(ぶったんえ)」などとも呼ぶ、旧暦四月八日の釈迦の誕生日の仏教行事、また祭。しかし今日は新暦で行うことが多い。花で作った花御堂に仏の誕生を祝うことから、「花祭(はなまつり)」という季語もある。仏像に甘茶を掛けるなどしてお祝いするのである。

五日ぶり
祝う日ざしや
灌仏会

[芭蕉]
灌仏の
日に生れあふ
鹿(か)の子哉(かな)

猫の子

・春に欲情し、春に子を生むがごとき猫の子もまた春の季語である。当然「猫の親」「孕猫(はらみねこ)」などもみんな春の季語。ただしドラエモンは春の季語ではない。

猫の子と
我が子と並べ
勝りけり

猫の子を
縁より親は
落とすかな

咥えられ
猫の子他力(たりき)を
学ぶかな

・なんでもヒンズー教から由来するインドの仏教の教えでは、自力の猿と他力の猫の逸話があるようだ。詳しくはお調べ下さい。

慌ただし
挙式もせねば
孕猫

かじられし
耳は無くとも
太り猫

・だから春の季語じゃないって。

四月

・春らしき季節でもあり、新たなる季節でもある。

こつこつと
四月はじめの
靴の音

四月には
教師と単位を
探るかな

朝起きに
温(ぬく)さ勝りも
四月かな

風呂の湯を
ぬるめ加減や
四月かな

[渡辺水巴(わたなべすいは)]
山葵田(わさびだ)の
水音しげき
四月かな

清明(せいめい)

・二十四節気のひとつで、春分後一五日目にあたる。続く「啓蟄(けいちつ)」までの期間全体を指す場合もある。新暦では四月はじめになるので、桜の花見頃とも重なったり、様々な花咲くシーズンでもあり、中国では墓参りと墓掃除などの時期とされている。

清明の
立ちのぼるような
希望あり

とこしえの
清明のままに
君を愛す

清明を
鉄条網の
すきま風

・「の」と「を」が故意にひっくり返っている例。

[大嶽青児(おおたけせいじ)]
清明の
波打ちのべし
上総(かずさ)かな

田鼠(でんそ)化して鶉(うずら)となる

・チャレンジ心をくすぐる難題季語の一つ。中国伝来の例の七十二候(しちじゅうにこう)の一つで、清明の中にあって、新暦だと四月十日から十四日ごろにあたるそうだ。到るところで暴れ回っていたデンソ、すなわち土竜(もぐら)どもが、何だか急になりを潜めてしまった頃、鶉の姿を目にする機会が増える。これを見て、「なんてこったい、もぐらの奴、鶉に化けちまいやがった」という想像……というかお茶目な誇大妄想である。丸っこくて色も大きさも似ているためもあろう。

田鼠化して
鶉となって
逃げるかな

鶉には
幼く遊んだ
土の色

田鼠化し
鶉と呼ばぬが
科学かな

春や今宵
田鼠鶉へ
いたるべし

花冷え

・桜の花の頃に急に寒さが戻ること。京都盆地の独特な花冷えが特に有名だそうだ。

花冷えの
じっとこらえて
しのぎかな

冷え冷えと
花のまどろむ
今宵かな

あやまちは
桜冷えには
辛きかな

麗か(うららか)

・春の光りの陽気にして暖かくすべてがうつくしいような様。「うらら」「うららけし」「うらうら」「麗日(れいじつ)」など。

麗かや
石鹸包みし
香り紙

子はひとり
うらうらのどかや
観覧車

午後もまた
猫の麗日(れいじつ)
君思う

[日野草城]
うららかや
猫にものいふ
妻のこゑ

花の雨(はなのあめ)

・桜の咲く頃には雨もよく降るが、それが花見を邪魔したり、咲いた花を散らせたりするので、こころ穏やかならず、といった思いも込めて「花の雨」と呼んでみたりする。

花の雨
ひとつぶごとの
ひらりかな

てる坊主
花の雨あし
おとろえず

[成瀬桜桃子(なるせおうとうし)]
花の雨
やがて音たて
そめにけり

[高浜虚子]
おもひ川
渡れば又も
花の雨

花曇(はなぐもり)

・こちらは雨は降っていないがくもり。雨の予感や、寒さの戻りやで、桜だけでなく春をも戸惑わせるようなくもりに思えてくる。曇天が桜を養って咲かせるという「養花天(ようかてん)」という季語もある。

父さんに
撲たれて駆け出す
花曇

ずたぼろの
乞食見たない
花曇

朝犬の
眠たき目尻を
花曇

[中村汀女]
ゆで玉子
むけばかがやく
花曇

曲水(きょくすい)

・「曲水の宴」(きょくすいのうたげ・ごくすいのえん・など)の略。奈良時代には三月三日の行事として盛んに行われていた宮中行事で、穏やかな流れの庭園の川のそばに皆さん着飾って腰を下ろし、上流から盃を流す。流れ着く前に一首詠んで詠めればそのまま、詠みきらなければ罰として盃の酒を飲むという、酒飲みにとってはまるで苦にならない行事であるが、実際は詠めないことそのものを恥ずかしむ貴族のプライドが渦巻いて、酒を呑むために詠まないなどいう発想は起こらないのだろう。気品のある行事であるから、今日の愚かもの的発想で激辛を入れて罰ゲームにしたりはしない。

曲水も
こころは渓流の
ごときかな

曲水の
良心咎める
歌もあり

曲水の
宴の酒に
酔いにけり

炉塞(ろふさぎ)

・「炉の名残(ろのなごり)」という言葉もあるが、冬の炉や炬燵などの暖房を塞ぐこと。掘り炬燵のうえに畳を入れるような場合も使用できるが、「炬燵塞ぐ」という言い方もある。

炉塞に
ようやく見いだす
ビスケット

炉塞を
何でか隣も
してるなり

摘草(つみくさ)

・春の草花を摘むこと。花に活けることもあるし、食べるための草の場合もあるだろう。野遊行楽の親類である。「草摘む(くさつむ)」

野にわらう
罪なし草を
摘まんかな

摘草の
誘うかおりの
眠りかな

小川には
摘草洗いの
泥の影

[大祇(たいぎ)]
摘草や
よそにも見ゆる
母娘

若布刈る(わかめかる)

・三月頃の新芽の頃に多い若布狩り。「めかり」「若布刈舟(めかりぶね)」とか「若布干す(わかめほす)」など。

鳥どもの
ヘリに遊ぶや
若布刈舟

魚(うお)ひとつ
釣れぬ竿にも
若布かな

花疲れ(はなづかれ)

・花見であんまり遊びすぎて疲れちまうことさ。

花疲れ
運転席の
辛さかな

胃袋の
まずへこたれる
花疲れ

陣取りの
早き朝あり
花疲れ

[久保より江]
土手につく
花見疲れの
片手かな

花筏(はないかだ)

・筏に散りゆく花片が掛かることだったのだが、今日ではむしろ水面を筏みたいに流れる寄せ合った花片の流れなどを表現する。

寄り添って
眺めてましょうか
花筏

踊り手を
替えて連なる
花筏

花筏
小さき精霊
乗せてゆく

耕(たがやし)

・田畑を耕すこと。昔は大仕事だったが、今日は耕耘機などを用いるのが普通。「春耕(しゅんこう)」「耕人(こうじん)」「耕馬(こうば)」「耕牛(こうぎゅう)」など。

耕して
虫けら殺めし
咎をおう

・なんか前に同じような句が……。

つつがなく
耕頃を
わらべ歌

耕しを
終えし夕べの
妻の声

春耕も
犬じゃ役には
たたんがな

雲厚く
耕人ひとりを
大井川

水口祭(みなくちまつり)

・今日にもところどころに残されているが、田んぼに水を引き込む水口で田植を祈願するという田祭(たまつり)。田の神の依代(よりしろ)を作って供え物を供えたりする。「苗代祭(なわしろまつり)」「みと祭(まつり)」など。

水口を
八十年も
奉るかな

石関の
苔も水口
奉るかな

苗代の
祭の笛も
孫となり

[正岡子規]
蛙みな
うたふ水口
まつりかな

雁瘡癒ゆ(がんがさいゆ)

・雁瘡は秋の季語。雁の渡ってくる頃の痒くなってただれるような皮膚病をそう呼んだ。それがちょうど春の雁の帰る頃に治ってくるという季語。

道ばたの
地蔵の雁瘡
癒えにけり

・そういう時代がかった季語には、それ相応の好い加減さで対応?

よどみ沼
雁瘡癒えずに
苔深し

海女(あま)

・素潜りで海産物を取る職業の女性の皆さんを指す。男性は海士(あま)と書くのだそうだ。他にも「磯人(いそど)」「かつぎ」「もぐり」などと呼び、呼吸のため海水から顔を出して息をする様を「磯笛(いそぶえ)」「磯なげき」などと呼んだりするそうだ。

船べりを
囲みて海女の
だべりかな

獲物より
ごっつき海女の
ボスの顔

磯笛の
二つ三つが
凪の頃

2009/07/15

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