・二十四節気のうち、夏に入ってはじめの節気。五月五日、六日頃にあたる。二十四節気では「初候」「次候」「末候」と分類するが、歳時記では、おおよそ一ヶ月ごとに「初夏(しょか)」「仲夏(ちゅうか)」「晩夏(ばんか)」が五月、六月、七月頃にあたると捉える。
・「夏立つ(なつたつ)」「夏は来ぬ(なつはきぬ)」「夏来る」「夏来たる」「今朝(けさ)の夏」などなど。
古き世のみ歌/歌ひともなく夏は来ぬ
しろたへの風に衣が立夏かな
石畳立夏に涸れる蚯蚓(めめず)かな
[飯田龍太]
渓川の身を揺すりて夏来たるなり
・中国の故事に基づき、急流の滝を登り切った鯉のみが竜になる、という意味あいで、鯉の滝登りをあしらったものとか。それが江戸時代も半ばに、武家の風習として始まり、庶民に広まったものらしい。今日では、端午の節句(五月五日)まで飾る。
・「五月鯉(さつきごい)」他に鯉ではなくひらひら流れる「吹流し(ふきながし)」「吹貫(ふきぬけ)」とか、「矢車(やぐるま)」などが類題か。
ひげさゝる猫のなみだや鯉幟
喰われた烏の悲鳴を聞くや吹ながし
[高浜虚子]
風吹けば来るや隣の鯉幟
[矢島渚男(なぎさお)]
力ある風出てきたり鯉幟
・端午の節句に菖蒲を軒に葺くこと。菖蒲は中国で薬効が期待される植物とされ、端午の節句とも関わりのあった伝統が、島国に伝えられたもの。この菖蒲はアヤメ科のハナショウブではなく、ショウブ科のショウブを指す。もともとはこちらが「あやめ」とも呼ばれていたようで、「あやめ葺く」とも呼ばれる。決して花のアヤメを葺くわけではない。
・古来中国で、邪気を払い、刀の様子に似ているので、男の子のお守り的な要素のあったのを、日本でも奈良時代の頃から端午の節句に使用。さらに「菖蒲」が「尚武(しょうぶ)(いっそうの武を願う言葉)」と読まれて、武家でも端午の節句が重要な祭事となっていく。
・「菖蒲挿す(しょうぶさす)」「軒菖蒲(のきしょうぶ)」「あやめ葺く」「蓬葺く(よもぎふく)」などなど。
葺きあまる菖蒲に消えてしゃぼん玉
[鬼貫]
鶏が塒(ねぐら)も菖蒲葺きにけり
[加藤三七子(かとうみなこ)]
一の字に投げて葺かるるあやめぐさ
・ 「菖蒲風呂(しょうぶぶろ)」ともいい、菖蒲を入れた風呂に入ると、さっぱり爽やか、邪気も遠のくという、端午の節句の風習。もとは中国より伝えられた「蘭湯(らんとう)」という、「蘭の湯」が、端午の節句のお湯としては古来のものらしい。一方で薬効が期待される菖蒲も、単語の節句と関わりがあり、やがて菖蒲湯として定着。江戸時代頃には庶民にまで普及したとか。
・ちなみに、菖蒲(しょうぶ)はショウブ科ショウブ属の、花にきらびやかな魅力の無い植物で、華のある花を咲かせるハナショウブやアヤメとは、異なる植物である。
菖蒲湯のシャボンにはしゃぐ姉妹かな
[白雄(しらお)]
さうぶ湯やさうぶ寄(より)くる乳(ち)のあたり
[籾山梓月(もみやましげつ)]
菖蒲湯に浮くや五尺のあやめ草
[金子いづみ]
菖蒲湯の天井高き真昼かな
上新粉を使用した餅で、餡を包み込んだものを、柏の葉(かしわのは)やサルトリイバラの葉、場合によっては葉に見立てた包装で包んだ和菓子。粒あんやこしあんの他、甘味噌味の物も知られる。新芽の育つまで古い葉を落とさない柏の葉を、「子孫繁栄」という縁起に掛けて、端午の節句に柏餅を食べるようになったのは、江戸時代に入ってからと言う。
君のほおつまんでみたり柏餅
[渡辺水巴(すいは)]
柏餅古葉を出づる白さかな
・中国原産の茶の木(ちゃのき)、その日本種から、一ヶ月ぐらい伸びた新芽を摘むこと。最盛期は八十八夜頃。「茶摘み」「八十八夜」は晩春の季語であるが、この摘んだ茶葉からつくる「新茶(しんちゃ)」は夏の季語。
・「茶摘み歌・唄」「茶摘み籠(かご)」「茶摘女(ちゃつみめ)」など。また「手始(てはじめ)」「一番茶(いちばんちゃ)」など新芽を摘む季語と共に、一番茶を取り終えてしばらくしてから、再び新芽が伸びてきたところを摘むものを、「二番茶(にばんちゃ)」と呼んだりする。
・他にも「茶園」「茶畑」など。一方「聞茶(ききちゃ)」はかなり違って、元来は茶の味を当てるゲーム。室町時代には闘茶(とうちゃ)ブームが沸き起こっていたともいう。歳時記としては、取れた茶の味を確かめる季語として、晩春の季語とされる。
夕影や風に遠のく茶摘み歌
うんちくの披露に飽きて聞茶かな
・取れたての、あるいは少し経ってからでも、今年取れたお茶のことを「新茶」、または「走り茶(はしりちゃ)」という。これは香り高い瑞々しいお茶である。それに対して一年おきの茶葉で入れたお茶を「古茶(こちゃ)」といい、こちらは「コク」において勝っている。取れたお茶を梱包することを「茶詰(ちゃつめ)」と読んだりもする。
酔ざめに走り茶づけのさわやかさ
新たなるお茶の香りを聞きながら
鉛筆の疲れやすめて新茶かも
[支考(しこう)]
宇治に似て山なつかしき新茶かな
[鈴鹿野風呂(すずかのぶろ)]
しぼり出すみどりつめたき新茶かな
・二十四節気を補うように、農事などに関連して設けられた特定の日のことを、雑節(ざっせつ)という。その雑節の一つで立春から八十八日目。五月初めにあたる。「八十八日」ではなく「八十八夜」なのは、おおよそ29.5日で満ち欠けを繰り返す月に基づいて、それが三回繰り返されて「八十八夜」になるという意味合いからとか。
・特に茶摘みと結びつけられた暦で、「八十八夜の別れ霜」といって、おおよそこの日を境に、忘れた頃に襲ってくる霜も立たなくなり、茶摘みのピークを迎えるという。「夏も近づく八十八夜」と歌われるように、夏を目前に控えた「晩春」の季語とされる。
星がたり〆ては九九七夜かな
[保田ゆり女(やすだゆりじょ)]
ふるさとのあすは八十八夜かな
・夏っぽくなるくらいの意味で、夏の気配を感じる言葉としては「夏兆す(なつきざす)」もある。
ビー玉の月夏めいてすかしかな
夏きざす浪はかゝとの踏心地
・「初夏・仲夏・晩夏」と夏を区分した最初の時期でもあるが、単に「初夏(はつなつ)」のさわやかさを漠然と述べる場合もある。夏の初めを表す言葉としては「首夏(しゅか)」というのもある。
はつ夏の靴紐に夢を結びつけ
森に生えたキリンの夢よ首夏来たる
[高田正子(たかだまさこ)]
はつなつのおほきな雲の翼かな
[川上澄生(かわかみすみお)(1895-1972)]
「初夏の風」
かぜとなりたや
はつなつのかぜとなりたや
かのひとのまへにはだかり
かのひとのうしろよりふく
はつなつの はつなつの
かぜとなりたや
・初夏の頃の、さわやかさの残るような暑さ。「軽暖(けいだん)」なんて表現もあるが、これは却下。
川に手を差して驚く薄暑かな
[日野草城]
あぶらとり一枚もらふ薄暑かな
・陰暦四月の名称で、今日の五月頃にあたる。卯の花の咲く頃であることから命名。他にも「卯の花月(うのはなづき)」「花残月(はなのこりづき)」などの名称がある。花残月の花は桜の花で、北方などの遅桜の残りが掛かるためだとか。
卯の花の暮れ残り月よ待ちぼうけ
[北枝(ほくし)]
はやり来る羽織みじかき卯月かな
[富田木歩(とみたもっぽ)]
たそがれの草花売りも卯月かな
・立夏から立秋の前日までが夏である。五行説では朱色が夏を表す色なので「朱夏(しゅか)」と呼んだりする。また夏を「初夏、仲夏、晩夏」に区切ったひとまとめとして「三夏(さんか)」と呼んだりもする。灼熱の神が鎮座する意味から「炎帝(えんてい)」という表現もあるが、使い方を誤ると間の抜けた俳句になる。
それぞれが夏を描いて戯曲(ドラマ)かな
筆書きの夏一文字(いちもんじ)伸びやかさ
炎帝の箸差す頃や屋根瓦
[飯田蛇笏]
夏真昼死は半眼に人を見る
・草むらなどに群生する、イネ科の多年草である茅萱 (ちがや)。初夏に穂(花穂・かすい)を出すが、これを「茅花(つばな)」と呼ぶ。甘くて食べることも出来るそうだが、茅花自身は春の季語。それが終わると、もこもこした綿を付け、ススキみたいな気がしてくるが、これがなびく頃の「湿気を含んだ南風」のことを、「茅花流し」と呼んで、初夏の季語とする。もともと「流し」で湿気を含んだ南風を表現して、それに茅花が被さったもののようだ。
鈍行のきしみと茅花流しかな
・戦後に企業主体で生みなされた表現だが、4月末から五月初めの、連続的な休日期間を差す言葉として定着した。対する言葉として、秋の「シルバーウィーク」も存在する。「黄金週間」なんて表現もあるが幾分嘘くさい。
ゴールデンウィークポイント寝てばかり
・昔は陰暦の四月一日を衣替えの日と定め、綿入れの綿を抜いて袷にしたものだが、今では過去の伝統へと朽ち果てた。その年初めて着る袷を「初袷(はつあわせ)」と呼んだり、綿抜きの作業をそのまま「綿抜(わたぬき)」と呼んだりする。
初袷さいふは風の軽やかさ
綿抜を惑はす露の付きにけり
洋服にせめておでぶの綿抜日
[千代女(ちよじょ)]
二日三日身の添ひかぬる袷かな
[中村汀女]
男より高き背丈や初袷
・オランダ語の「セルジ」から由来する、初夏頃に相応しい薄手の和服用毛織物。およびそれから作られた着物。明治から昭和前半頃の表現か。
・河の瀬を堰き止め、あるいは一部を誘導して、水が流れ込むようにして、魚をスノコ板のような梁簀(やなす)に導き、とっ捕まえるという漁法。木や石を駆使して梁を作ることを「梁を打つ」、梁を仕掛けた川瀬を「簗瀬(やなせ)」と呼ぶ。鮭やマス、アユなどの川魚を捕らえるもの。
・また瀬を下る魚を捕る季語として「下り簗(くだりやな)」(秋の季語)、上る魚を捕る季語として「「上り簗(のぼりやな)」(春の季語)もある。
やなせ川遠く折れきてゆふ煙
魚跳ねて簗瀬を渡るはぐれ雲
・草葉をくちびるに当てて、うまく息を吐くと笛になるというもの。麦の茎を利用する、「麦笛」というのもある。一方「葦笛(あしぶえ)」は季語にはなっていないようだ。
草笛の河原も舗装道路かな
草笛の魔女っ子もはや妻となり
[馬場移公子(ばばいくこ)]
草笛を子に吹く息の短かさよ
・大麦を煎ってから引いて粉にしたものを「はったい」とか「はったい粉」と言う。「麦こがし」「麦香煎(むぎこうせん)」は、その別名である。落雁(らくがん)の原料にも使用され、大豆から出来る黄粉の親類ぐらいのところか。砂糖を加え、少量の水や麦茶で練り上げて、餅のようにしたものは、一昔前のおやつ。もっと緩くして、ドリンクとしても。
咳がてにはったい舐めて九度七分
[友岡子郷(ともおかしきょう)]
遠くよりさみしさのくる麦こがし
・長い棒に、布や紙をかかげたものが幟だが、ここでは端午の節句に男子の成長を祝ってかかげる、「五月幟(さつきのぼり)」「紙幟(かみのぼり)」「初幟(はつのぼり)」と言われるものを差す。家紋や武将など様々な柄があったが、江戸時代中期頃流行した鯉を描いた幟が、後に一般的になり、現在の鯉幟(こいのぼり)にいたるという。
さび鉄の館とふときはつ幟
[芭蕉]
笈(おひ)も太刀も五月にかざれ紙幟
・「笈」とは背中に背負う箱のリュックサックみたいなもの。全国行脚(あんぎゃ)の僧侶や修行者などが背負って歩いた。
・そのまま夏にかぶる帽子。略して「夏帽(なつぼう)」としたり、子供らの大好きな「麦藁帽(むぎわらぼう)」があったり、迷亭のかぶる「パナマ帽」や、「カンカン帽」なども夏の帽子。
迷亭のまやかしにするパナマ帽
初恋は麦わら帽子な kiss の味
[泉鏡花(いずみきょうか)]
手にとれば月の雫や夏帽子
・さや付きで買ったグリンピースを剥いて、剥きたてを御飯と一緒に炊く炊き込み御飯。酒、塩などを一緒に入れるが、昆布などで出汁を加える場合もある。「豆の飯」「豆ご飯」など。
グリンピースご飯はお化けと泣く子かな
[池上不二子(いけがみふじこ)]
お替りをする子せぬ子や豆の飯
新樹(しんじゅ)。薔薇(ばら・そうび)。桐の花(きりのはな)、花桐(はなぎり)。鈴蘭(すずらん)、君影草(きみかげそう)。馬鈴薯(じゃがいも・ばれいしょ・じゃがたら)の花。青蔦(あおつた)、蔦茂る(つたしげる)。苺(いちご)[本来は五六月頃が旬]。萍・浮草(うきくさ)、根無草、かがみぐさ、浮草の花。
[才麿=椎本才麿(しいのもとさいまろ)(1656-1738)]
白雲を吹尽したる新樹かな
[原田青児(せいじ)]
薔薇よりも濡れつつ薔薇を剪りにけり
[西村和子(かずこ)]
桐の花らしき高さに咲きにけり
[稲畑汀子(いなはたていこ)]
鈴蘭とわかる蕾に育ちたる
[日野草城(ひのそうじょう)]
すずらんのりりりりりりと風に在り
[右城墓石(うしろぼせき)]
咲かずともよき馬鈴薯の花咲きぬ
[池内友次郎(いけのうちともじろう)]
蔦茂り壁の時計の恐しや
[うまくなけれど、音楽家の親近感に乗せるものなり]
[森賀(もりが)まり]
ねむる手に苺の匂ふ子供かな
[大橋櫻坡子(おおはしおうはし)]
船着くや萍の葉のもりあがり
山椒魚(さんしょううお)、はんざき。エイ、赤エイ[本来漢字]。岩魚(いわな)。仏法僧(ぶっぽうそう)、三宝鳥(さんぽうちょう)。木葉木菟(このはずく)。虎鶫(とらつぐみ)、ぬえつぐみ、鵺(ぬえ)。ごきぶり、御器噛(ごきかぶ)り、油虫(あぶらむし)。尺取虫(しゃくとりむし)、寸取虫(すんとりむし)、土瓶割(どびんわり)。
[黒田桜の園(くろださくらのその)]
天近き水赫(あか)く澄み山椒魚
[鈴鹿野風呂(すずかのぶろ)]
木曾宿や岩魚を活かす筧水(かけひみづ)
[飯田蛇笏]
二三顆(つぶ)のあけびさげたる岩魚釣
[野見山(のみやま)ひふみ]
鵺鳴くや人より怖きもののなし
[野村登四郎(としろう)]
ごきぶりを打ち損じたる余力かな
[一茶]
虫に迄(まで)尺とられけり此のはしら
2009/09/12
2017/09/07 改訂