蛍飛ぶ

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蛍(ほたる)

・成虫になると飛び交って発光する昆虫。日本では特に5月から6月の頃活動するゲンジボタルが有名で、昼は葉影に隠れていて、夕暮れから光りを放って人々の心を和ませる。(当事者たる蛍はもちろん和ませるために光っているわけではないが)また幼虫はカワニナを捕食することもよく知られた話しである。

「蛍火(ほたるび)」「初蛍(はつほたる)」「蛍狩(ほたるがり)」「蛍見(ほたるみ)」「蛍籠(ほたるかご)」「ほうたる」などなど。

・おまけ、ウィキペディアより部分引用
→ホタルの発光物質はルシフェリンと呼ばれ、ルシフェラーゼという酵素とATPがはたらくことで発光する。発光は表皮近くの発光層でおこなわれ、発光層の下には光を反射する反射層もある。ホタルに限らず、生物の発光は電気による光源と比較すると効率が非常に高く、熱をほとんど出さない。このため「冷光」とよばれる。

触れたくて君に寄り添うほたるかな

叱られてほたるに滲むまぶたかな

真間の井を忘れほうたる夕べかな

[芭蕉]
艸(くさ)の葉を落るより飛(とぶ)蛍哉

[去来]
蛍火や吹(ふき)とばされて鳰(にほ)のやみ

[嵐雪]
簔干して朝々ふるふ蛍かな

[許六(きょりく)]
暗闇の筧(かけひ)をつたふ蛍かな

[桂信子(かつらのぶこ)]
ゆるやかに着てひとと逢ふ螢の夜

[山口誓子]
蛍獲(え)て少年の指みどりなり

[和泉式部]
もの思へば
  沢のほたるも 我が身より
    あくがれいづる 魂(たま)かとぞみる

衣更・更衣(ころもがえ)

・古いことはおいといて、ゴールデンウィーク頃から徐々に夏服に変わりゆくこと。六月一日は「衣更の日」なんだそうだ。旧暦では江戸時代には四月一日、十月一日が更衣の日だった。

ころも更袖してやめる朝かな

[芭蕉]
一ツぬひで後(うしろ)に負(おひ)ぬ衣がへ

[其角]
越後屋に衣(きぬ)さく音や更衣

[三越および三井住友銀行の開始とされる、「越後屋」は1673年に江戸で創業された呉服店および両替屋。店前現銀売り(たなさきげんきんうり)、現銀(げんきん)掛値無し、切り売り、という新しい商売方法で、呉服を庶民へと行き渡らせたとか。]

鹿の子(かのこ)

・交尾期の鳴き声から、鹿は秋の季語になっている。しかし鹿の子は五月頃に出産期を迎えるので、「鹿の子」は夏の季語となる。背中の白い斑点がはっきりしているから、斑点模様を「鹿の子(模様)」ということもある。「子鹿(こじか)」でもいいが、「aoo」の母音リズムから「かのこ」が愛されている。

お辞儀する鹿の子も共に二月堂

[蝶夢(ちょうむ)]
うれしげに回廊はしる鹿の子かな

[一茶]
萩の葉を咥(くわ)へて寝たる鹿子哉

繭(まゆ)

・蚕の繭のこと。初夏から秋に掛けて何度も取れるが、初めの繭こそ俳諧には相応しいそうだ。よって初夏の季語。そもそも繭は、蚕が一本の糸で築き上げる芸術作品であるが、真っ白なからを築いている間に、蚕は人様に煮られて死んでしまう。その繭を解いて生糸(きいと)を作る。その際、蚕は回顧されない。

・繭を煮た後に干すことを「繭干す(まゆほす)」と云う。他の呼び名としては、「白繭(しらまゆ)」「玉繭(たままゆ)」「新繭(しんまゆ)」など。

真つ白なまゆ転ばして君のこと

[許六]
道ばたにまゆ干すかざのあつさ哉

・「かざ(香気)」で匂いを指すそう。

麦の秋(むぎのあき)

・冬蒔きの麦は、初夏の五月六月ごろに収穫を向かえる。それを「麦の秋」と呼ぶ。だから夏の季語である。麦の姿も秋らしく色づいている。「麦秋(ばくしゅう)」「麦秋(むぎあき)」など。

蝶の夢蜘蛛に取られて麦の秋

麦秋を吹き抜け空の青さかな

[村上鬼城(むらかみきじょう)]
麦秋や蛇と戦ふ寺の猫

万緑(ばんりょく)

 宋の王安石の詩であるとも、違うともされる「柘榴(ざくろ)」を歌った漢詩に、「万緑叢中一点紅」というのがあって、「万緑」とはいい響きやないかと、中田草田男が俳句を読んでしまった頃から季語になったという。もっとも彼の句はグレートな駄句なり。余談であるが同じ漢詩から、「紅一点」という言葉が生まれたらしい。

万緑をつかもうとして坊やかな

[中村草田男(なかむらくさたお)(1901-1983)]
万緑の中や吾子(あこ)の歯生え初(そ)むる

[情の籠もらない言葉遊びの駄句。説明的な「中や」の堕落が「吾子の歯生え初むる」の不自然な言いまわしと調和して、詩情を蔑ろにした陳腐な切り貼り遊びに終始する。果てなくもくどくどした説明過剰も注目に値する。彼の名句はむしろ「降る雪や明治は遠くなりにけり」などにあるようだ。]

青嵐(あおあらし・せいらん)

・夏の緑葉をなびかせるような強い風。

ふる寺の荒巣(あらす)を落とす青嵐

[素堂]
長雨の空吹き出だせ青嵐

[正岡子規]
其の中に楠(くすのき)高し青嵐

夏の星(なつのほし)

・ぶ厚い銀河に大三角やら、サソリやら、賑やかなはずの夏の星だが、都会にあってはぽつりぽつりが関の山。「星涼し(ほしすずし)」という季語もある。

肩寄せてあなたと夏の星の下

星は涼しく少しさみしく子守歌

[星野麥丘人(ほしのばくきゅうじん)(1925-)]
星涼しアンデルセンの童話など

夏の霧(なつのきり)

「夏霧(なつぎり)」とも。ただの霧は秋だが、季節を付ければ夏にも冬にもなるのは当然のこと。避暑地の山地などでもよく見られる。やがて晴れれば暑くもなろうものを、しばらくの憩いを感じさせてくれる。

背伸びする夏の毛虫も霧のうち

[秋本不死男]
夏霧や巣箱のあはき廂影(ひさしかげ)

[飯田龍太(いいだりゅうた)]
夏霧に薄日さしたる深山草(みやまぐさ)

夏霞(なつがすみ)

・霞は春だが、夏が付けば夏。それだけのこと。書籍には、「文学上は霧は濃く流れ、霞はうすくたなびく」とある。

下田より汽笛を聞くや夏霞

かすみしてつかの間夏も忘らるゝ

[松根東洋城(まつねとうようじょう)]
一坊や比枝(ひえ)から湖(うみ)を夏霞

[青木月斗(あおきげっと)]
夏霞却下に碧き吉野川

海霧(じり)

・北海道などで太平洋岸を中心に夏発生する濃い海霧(うみぎり)。だからもちろん「うみぎり」の読みでもよいが、季語としては「じり」と読ませたいのだそうだ。他の読み方として、「かいむ」という表現もまた皆無ではない。なんちてな……

夕海霧(ゆうじり)の舳先(へっさき)に憑く髑髏(どくろ)かな

[村上冬燕(むらかみとうえん)]
海霧の村夜警の鈴の還り来ず

走り梅雨(はしりづゆ)

「迎え梅雨」とか「梅雨の走り」とも言うが、梅雨入り前の時期に梅雨らしい天候が数日続いたり、そうかと思うと晴天に戻ってしまったりするような日和のこと。

坊やには迎えの梅雨かじゃのめ傘

[市村究一郎(いちむらきゅういちろう)]
五位鷺(ごいさぎ)の声したたるや走梅雨

[太田鴻村(おおたこうそん)]
こもりくの初瀬も梅雨のはしりかな

代田(しろた)

・田んぼに水を張って、田面(たづら)をならす「代掻き(しろかき)」まで終えて、田植えを待つばかりの田んぼを指す言葉。

[迫間]
おもしろや代田に映ゆるさかさ不二

[篠田悌二郎(しのだていじろう)]
幣(ぬさ)たれてよき雨のふる代田かな

夏野(なつの)

・夏草の覆い茂った野原。「青野(あおの)」とも言う。また「卯月野(うづきの)」「五月野(さつきの)」などシーズン名で呼ぶこともある。

武者修行なつ野の切を致しけり

[芭蕉]
馬ぼく/\我をゑに見る夏野哉

[蕪村]
実方(さねかた)の長櫃(ながびつ)通るなつ野かな

[子規]
絶えず人いこふ夏野の石一つ

噴水(ふんすい)

噴井(ふきい)が夏なら噴水だって夏の季語。吹き出る泉などを表す「噴泉(ふんせん)」だって類語として夏の季語。

噴水は風のしもべとなりにけり

噴水は風のしもべか魔方陣

冷蔵庫(れいぞうこ)

・怪しげな季語だが、夏には必需品と言うことで、他にも「冷凍庫」もある。黎明期は、夏の腐敗を防ぐ救世主の心情から、夏の感慨もひとしおだったかと思われるが、今となっては季節感を伴わない、殺風景な製品描写の傾向にまさるか。それでも四季に分けろと言われたら、夏に分類する人が多いなら、まだしも夏の季語とは言えるかもしれない。

冷凍の扉のもので済ませけり

水中り(みずあたり)

・実際に水に当たった訳でなくても、冷たいものばかりしてお腹を壊しがちな夏の、体調不良をひっくるめてこう呼ぶ。しかし暑さのためにだるいのは「暑気中り(しょきあたり)」と呼ぶそうだ。

宵に剪る花のうらみか水あたり

[高浜虚子]
へこみたる腹に臍(へそ)あり水中り

[「へこまなくってもヘソくらいあるだろう」という浅読みと、ヘソの隠れるほどのデブが、痩せに痩せてヘソを表わしたのかという深読みと、その程よいカクテールが含み笑いとなって、「He-Ha-He」のリズムと戯れている。もちろん「たる、あり、あたり」の語調は言うまでもないが、だからといって大したものでもない。]

船遊(ふなあそび)

・ひっくり返して「遊船(ゆうせん)」あるいは「遊び船」という言葉もある。納涼や花火大会の見物を兼ねて、船の中で涼みながら、飲食や眺めを楽しんだりする。もちろん純粋に酒宴をしたって構わない。

ひとしきりとなりの舟のあそび声

[迫間]
あそび子らつゞまふ舞やふな遊

夏炉(なつろ)

「夏火鉢(なつひばち)」なんて言葉もある。北方や山岳地帯では、夏だって活躍することがあるではないか。「夏カイロ」なんか、冷房対策で隠れたブームだ。老人どもには「夏炬燵(なつごたつ)」もある。

夏の炉に凍えて嘆く老婆かな

死にそうな小鳥ねむらせ夏あんか

麦飯(むぎめし)

・大麦のみより、様々な米と大麦の配合に至るまで、炊きあげたる「麦飯」は、さらに雑穀を加えることさえあるほどの、水増し御飯の王道だったが、近頃は健康ブームにより、進んで食されるのが一般である。「麦御飯(むぎごはん)」「すむぎ(麦だけの場合)」など。

ビール呑んで麦の飯して茶漬けかな

麦刈(むぎかり)

「麦の秋」が夏の季語なら、それをいよいよ刈り取る「麦刈」もまた夏である。しかし、かつては裏作の華だった麦も、近頃はあまり作られなくなりつつある。「麦刈る」など。

刈る麦に隠れて走る三輪車

夏の灯(なつのひ)

「夏灯(なつともし)」「灯涼し(ひすずし)」など。春夏秋冬さえ付けとけばいいという、いつものパターンやね。

夏の灯もようやく軒に無駄話

[飯田蛇笏]
とゞめたる男のなみだ夏燈

薪能(たきぎのう)

[ウィキペディアより引用で済ませませう]
・薪能(たきぎのう)は、主として夏場の夜間、能楽堂、もしくは野外に臨時に設置された能舞台の周囲にかがり火を焚いて、その中で特に選ばれた演目を演じる能。「薪の宴の能」の意。起源は平安時代中期にまで遡り、奈良の興福寺で催されたものが最初だという。興福寺では、現在5月の11日、12日に薪能が行われている。ただし興福寺では薪御能(たきぎおのう)と呼ぶ。また、薪御能の源流はあくまで神事・仏事の神聖な儀式であり、野外で薪を燃やせば薪能になるのではないとしている。

・なお、春の季語とすることも多いそう。

[渡辺和弘(かずひろ)]
薪能闇に移りしおもてかな

草木など

 アカシアの花。石楠花(しゃくなげ)。百合(ゆり)、カサブランカ。マーガレット。瓜の花(うりのはな)。茄子の花。蓮の浮葉(うきは)、銭葉(ぜには)。

[水原秋桜子]
石楠花に踊りゆく瀬や室生川

[闌更(らんこう)]
星の夜も月夜も百合の姿かな

[支考(しこう)]
美濃を出て知る人まれや瓜の花

[上村占魚(うえむらせんぎょ)]
舟小屋のうしろ日蔭の花南瓜(かぼちゃ)

[蕪村]
飛石も三つ四つ蓮のうき葉かな

[千葉皓史(ちばこうし)]
いつぺんに水のふえたる浮葉かな

動物、魚、昆虫など

鱧(はも)、小鱧。鵜(う)、海鵜、川鵜。鮴(ごり)、石伏魚(いしぶし)。斑猫(はんみょう)、道おしえ。蜥蜴(とかげ)。蛇衣(きぬ)を脱ぐ、蛇の衣(きぬ)、蛇の殻。孑孑(ぼうふら)、ぼうふり。

[松瀬青々(まつせせいせい)]
竹の宿昼水鱧をきざみけり

[水原秋桜子]
わだなかや鵜の鳥群るる島二つ

[山口誓子]
波にのり波にのり鵜のさびしさは

[石橋秀野(ひでの)]
斑猫や松美しく京の終(はて)

[波多野爽波(はたのそうは)]
大寺や孑孑雨をよろこびて

[野中亮介(りょうすけ)]
孑孑の礼を尽くせる泳ぎぶり

2009/11/4
2012/6/19改訂
2017/7/24改訂

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