・苗代(なわしろ)に育てた早苗(さなえ)を、あらためて代田(しろた)に植え替える作業。今日なら田植機で済ませるもの。かつては「田植唄(たうえうた)」なんて季語も生きていたが、今は観光のイベントに成り果てた。
ひと処早る植田の薫りして
[芭蕉]
田一枚植て立去る柳かな
[蕪村]
鯰(なまず)得て帰る田植の男かな
[几董(きとう)]
湖の水かたぶけて田植かな
[中村草田男]
田を植えるしづかな音へ出でにけり
・代田(しろた)に植えるために下準備した稲の苗が早苗(さなえ)。早苗の「さ」は田神(さがみ)の「さ」だとか。「玉苗(たまなえ)」なんて雅な呼び名も。「余り苗」はまとめて隅に置かれた苗のこと。
捨て置かれ風をうらやむ早苗かな
・早乙女の「さ」も「田神(さがみ)」の「さ」。それで年配だろうと、既婚だろうと田植えさえしていれば早乙女だそう。他にも「田植女(たうえめ)」とか、「五月女(さつきめ)」という表現もある。
里は荒れて早乙女もはや亡くなりぬ
[来山(らいざん)]
早乙女やよごれぬものは歌ばかり
[太祇(たいぎ)]
早乙女の下り立つあの田この田かな
・つまり「柚子の花(ゆずのはな)」のこと。柚子(ゆず)(特にホンユズ)はミカン科の常緑樹で、成長ののろのろしたる様から、「ユズの大馬鹿十六年」と罵られることもある。他にも「花柚(はなゆ)」など。柚子(ゆず)とはもともと「柚(ゆ)の実」の意味であったようだ。
引き寄せて君のかをりを柚子の花
[芭蕉]
柚の花や昔しのばん料理の間
[飯田龍太]
柚の花はいづれの世の香ともわかず
・「今年竹(ことしだけ)」「竹の若葉(たけのわかば)」など。その年の竹の子が生長して竹になった若々しい竹。忍者でさえもやがては飛び越えきれないというその成長力は、一日で一メートルも伸びることもあるという。
廃道に若竹伸びて波の音
[一茶]
陽炎(かげろう)の真盛なりことし竹
[川端茅舎(かわばたぼうしゃ)]
若竹や鞭の如くに五六本
・蚊より寝所を守るため、ネットで張り巡らせたもの。知らない人がわざわざ詠じるまでもない。「蚊帳初(かやはじめ)」などいろんな表現があるが、それとて知ったことやない。
せゝらぎを蚊帳に夢見るほたるかな
[言水(ごんすい)]
釣りそめて蚊屋面白き月夜かな
[飯田蛇笏]
つりそめて水草の香の蚊帳かな
・カイツブリ、つまり古名ニオ(鳰)という鳥の、水に浮かんでいる巣のこと。ここに卵を産む。「鳰の巣(におのす)」などとも。
仮ねする旅の浮巣や鳰の宿
[芭蕉]
五月雨(さみだれ)に鳰の浮巣を身に行(ゆか)む
・「芒(のぎ)」というのはイネ科の植物の穂に見られる、トゲのように突き出た細い針状のものを指す。丁度、イネ、アワ、ヒエなど、芒のある植物を植える時期というので、おおよそ六月五日頃が、二十四節気の一つである芒種(ぼうしゅ)の時期に当たる。
蜘蛛糸に水のきらめく芒種かな
[高羽狩行(たかはしゅぎょう)]
芒種はや人の肌さす山の草
さよならは六月頬はなみだ色
⇒さよならは六月散るはなみだかな
[後藤夜半(ごとうやはん)]
六月や川音高き思川
・陰暦五月なので、大いに変動するが、おおよそ今日の六月頃。「早苗月(さなえづき)」「五月雨月(さみだれづき)」「橘月(たちばなづき)」「月見ず月(つきみずつき)」などなど。
皐月まで続く恋愛募集かな
染め色の花を濁して皐月かな
ほがらかな鐘鳴り渡るさつきかな
[去来]
たまたまに三日月拝む五月かな
[芥川竜之介]
庭土に皐月の蠅の親しさよ
・「苗を植えたから植田ってか」なんておやじの口吻が響いてきそうな、田植えされた田んぼのこと。「早苗田(さなえだ)」とも。
ゆく雲に石投げあそぶさなえの田
・梅雨時、あるいは梅雨入り頃に吹く、湿った風のこと。梅雨明け頃の風は「白南風(しろはえ・しらはえ)」と呼ぶ。特に荒れた風を「荒南風(あらはえ)」と呼ぶこともある。
黒南風やひとっ子居らぬ紙芝居
[高浜虚子]
黒南風や島山かけてうち暗み
[青木月斗(あおきげっと)]
黒はえにうろくづ匂ふ漁村かな
・「うろくづ」は魚の古語。
・「梅雨闇(つゆやみ)」とも。昼の薄暗いよりも、梅雨に閉ざされた闇夜を指すことが多いそうだ。
靴の音不意にぬかるむ五月闇
[村上鬼城(むらかみきじょう)]
はらはらと椎の雫や五月闇
・旧暦五月五日、端午の節句の午の刻(お昼頃)に雨が降ったら、その雨は「神水(しんすい)」であり、これで薬を作ると凄まじい効力を発揮するという摩訶不思議な迷信。つまりはその日が「薬の日」であり、雨が降ればこれを「薬降る」と表現する。
山の井の古るき云はれやくすり雨
・キュウリなどの瓜類を薄切りにして塩もみした、塩や酢漬けなどの一品料理。「揉瓜(もみうり)」「胡瓜揉(きゅうりもみ)」など。
揉み瓜の塩をなじられふて腐れ
揉み味の瓜もなますも京の宿
[鈴木真砂女(すずきまさじょ)]
瓜揉んでさしていのちの惜しからず
・葛粉より作られた半透明の皮の涼しげなるに、餡などを包み込んだお菓子。「葛桜(くずざくら)」なんていう呼び名もある。
恋ごゝろ
なか指伸びて葛ざくら
葛饅頭はかりもせずにいたしけり
[森澄雄(もりすみお)]
宵は灯の美しきとき葛桜
・ようするに畑に豆をまくこと。「豆蒔く(まめまく)」「大豆蒔く」「小豆蒔く」などなど。また「畦豆(あぜまめ)」といって、田んぼの畦に大豆などの豆を蒔いて、畦の補強を兼ねる場合もある。もっともこれは、収穫される方の豆の名称として、秋の季語とされているようだ。
豆植えてひと歳もはや折り返し
・ビールとは何だと聞かれたら、麦の酒さと帰ってきた。製法はともかく、シュメール文化にさかのぼる人類の英知である。主に大麦を使用し、発芽させた麦芽(がくば)を酵素によって糖化させ、これをビール酵母がアルコールと炭酸に分解する。「缶ビール」「生ビール」「中生」「ビヤホール」「ビヤガーデン」などなど。
ビールの泡に君と語らう未来かな
[佐々木与次郎]
乾杯今宵ただのビールにはあらざるべし
・白癬菌(はくせんきん)というカビの一種による感染症で、そいつが足に寄生していらっしゃると水虫と呼ばれる。湿度の高い梅雨から夏の時期に症状が悪化しやすい。もっとも、水虫でないものが句を作ると感染するという都市伝説に基づき、私は決して歌わない。
水虫に小さな夢を奪われて
[皆吉爽雨(みなよしそうう)]
足投げて水虫ひそかなるを病む
・くよくよ悩まず、夏にちょっと掛ける布団のことくらいで十分だが、この手の季節に付いた複合語は、ただ夏の季語で十分な気がしなくもない。かえって夏掛(なつがけ)のような表現が、レトロ調には心地よいか。
夏掛に溺れて起きて部屋の隅
[日野草城(ひのそうじょう)]
夏布団ふわりとかかる骨の上
・中国において、端午の節句などに使用する魔除け。それが日本に伝わって、平安時代頃には端午の節句のアイテムとなったらしい。香料や薬となる草などを袋に入れて、花で飾って玉を作り、下に五色の糸を垂らしたもの。お祝いの時にぱかっと割れる割玉(わりだま)もこの一種。「続命縷(しょくめいる)」「長命縷(ちょうめいる)」なんて呼び名も。
くす玉色を違(たが)えパレードに会うアーケード
小土産のストラップとして薬玉(くすりだま)
・「素足(すあし)」もあるっちゃ。
素足の君をつかまえて転ばせてキスの味
・暑し暑しと油断し、毛布もなくて眠る晩、忍び寄り来る腹冷えや風邪。やがては夏の悲劇となりにけるかも。
寝冷えして野獣の唸る厠かな
狂句
しもつけの花。梔子(くちなし)の花。栗の花、花栗(はなぐり)。昼顔(ひるがお)。鉄線花(てっせんか)、クレマチス。アマリリス。さくらの実、実桜(みざくら)。
[正岡子規]
薄月夜(うすづきよ)花くちなしの匂ひけり
[芭蕉]
世の人の見付けぬ花や軒の栗
[几董(きとう)]
昼顔や行く人絶えし野のいきれ
[石田波郷(はきょう)]
昼顔のほとりによべの渚あり
[樋笠文(ひかさふみ]
あまりりす妬みごころは男にも
[蕪村]
来て見れば夕(ゆふべ)の桜実(み)となりぬ
亀の子(かめのこ)、銭亀(ぜにがめ)。飛魚(とびうお)、あご。夜光虫(やこうちゅう)。十一(じゅういち)、慈悲心鳥(じひしんちょう)。蚊、藪蚊(やぶか)、蚊柱(かばしら)。夏燕(なつつばめ)。船虫(ふなむし)。
[中村汀女(ていじょ)]
亀の子の歩むを待つてひきもどし
[有馬朗人(ありまあきと)]
亀の子のその渾身の一歩かな
[山口草堂(やまぐちそうどう)]
夜光虫波の秀(ほ)に燃え秀にちりぬ
[前田普羅(ふら)]
慈悲心鳥おのが木魂に隠れけり
[其角(きかく)]
蚊柱に夢の浮橋かかるなり
[高浜虚子]
草抜けばよるべなき蚊のさしにけり
[夏目漱石]
叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉(かな)
[飯田蛇笏]
むらさきのこゑを山辺に夏燕
[高屋窓秋(たかやそうしゅう)]
舟虫のちれば渚の夜もふけぬ
2010/1/11
2012/05/14改訂
2017/07/25改訂