・田の神(サガミ)の水がしたたる意味で「さみだれ」なんだとか。旧暦五月の長雨のこと。すなわち梅雨(つゆ・ばいう)。「五月雨(さつきあめ)」とも。
誰(た)が鐘か五月雨に逢ふ婚礼日
さみだれてあそぶ蛙(かわず)の用水路
五月雨や倶利伽羅峠の勝ち戦
[芭蕉]
五月雨の降りのこしてや光堂(ひかりどう)
[芭蕉]
五月雨を集めて早し最上川
[蕪村]
五月雨や大河を前に家二軒
[蕪村]
床(ゆか)低き旅のやどりや五月雨
[蕪村]
五月雨や御豆(みづ)の小家の寝覚めがち
[去来(きょらい)]
湖(みづうみ)の水まさりけり五月雨(さつきあめ)
[凡兆(ぼんちょう)]
髪剃(かみそり)や一夜に錆びて五月雨(さつきあめ)
・食べてはいけない紫陽花は、人さえ死ぬことのある毒を盛った花。そのファムファタルぶりは、ころころと色を変える、魅惑の姿にも表れる。そんな花だから、「七変化(しちへんげ・ななへんげ)」なんて呼ばれもするが、それ以外にも名称がある。「手鞠花(てまりばな)」「方白草(かたしろぐさ)」「刺繍花(ししゅうばな)」などなど。
・日本在来の植物だが、今日では、日本原産のガクアジサイが、西欧へ輸出され改良された、セイヨウアジサイの系譜が一般的。学術名はハイドランジアという。土壌のpHで色彩が変化し、また葉緑素が分解されるなどして、次第に色を変えていく。
紫陽花も照れくさそうに雲間かな
夕べより渡りとなりぬ七変化
[暁台(きょうたい)]
あぢさゐやよれば蚊の鳴く花のうら
[迫間]
あぢさゐや問はゞさゝらかさゝめごと
[鈴木花蓑(すずきはなみの)]
紫陽花の浅黄のまゝの月夜かな
・浅黄色(あさぎいろ)は淡い黄色。浅葱色(あさぎいろ)は薄い藍色で、少し緑がかっている。同じ読み名の別の色だが、しばしば混同されるとか。ここでは浅葱色の意か。その色合いは、新撰組の羽織ものの色だそう。
[岩井英雅(いわいえいが)]
あぢさゐのどの花となく雫かな
・梅雨時の湿地に紫の花を開くアヤメ科アヤメ属の植物。カキツバタ、アヤメ、ハナショウブの見分けが、初学脱却の第一歩ともされるが、別にプレートを見ても構わない。どれもアヤメ科アヤメ属で、同じ頃花を咲かせる。またハナショウブは、アヤメと呼ばれることも多く、ますます混沌としてくる。ただハナショウブと混同される事のある、ショウブだけはまったく別のものであるから注意が必要である。
うっそうと茂みに浮かぶ杜若
端末にしらべ当たれば燕子花
[蓼太(りょうた)]
人々の扇あたらし杜若
・キュウリウオ目の魚で、川と海とを回遊(かいゆう)する。仔魚(しぎょ)から稚魚(ちぎょ)に掛けての幼い頃は海で生活。やがて春になると「若鮎(わかあゆ)」として川を遡り、夏は上流で暮しているが、美味しそうに泳いでいるため、釣られまくり、食べられまくる魚である。
・それによって夏の季語になっているが、秋になると「落ち鮎(おちあゆ)」といって産卵のために川を下っていく。また冬には鮎の稚魚が「氷魚(ひうお)」と呼ばれて、佃煮にされたりもする。だから四季それぞれに季語があるのだが、ただ鮎と言えば、食欲をそそる、またもっとも目につく夏である。
・いろいろな地方名、派生名があるが、「年魚(ねんぎょ)」「香魚(こうぎょ)」あたりを記しておく。後は自習しる。あと、鮎を釣るときの方法である、「友釣り(ともづり)」も夏の季語。
やすらへば鮎のやすろふ小橋かな
鮎食べて老舗旅館の心意気
[蕪村(ぶそん)]
鮎くれてよらで過行(すぎゆく)夜半(よは)の門(もん)
[渡辺水巴(すいは)]
新月の光めく鮎寂びしけれ
・季語を見ていたら、「黴の宿(かびのやど)」とか「黴拭う(かびぬぐう)」なんて表現がある。「黴の香(かびのか)」なんて風流を気取ったものまである。「黴煙(かびげむり)」なんて恐ろしいものまで並んでいる。けれども、ものを食べようとして、実物にあったときの恐怖には敵わない。
・雑誌には「茸(きのこ)以外の菌類」と書いてあったが、ウィキペディアを部分引用しておく。
カビという言葉は、狭い意味で用いれば、子実体を形成しない、糸状菌の姿を持つ、つまり菌糸からなる体を持つ菌類のことである。これに相当するのは、接合菌類、それに子嚢菌と担子菌の分生子世代(不完全菌とも)のものである。これらはきれいに培養すれば綿毛状の菌糸からなる円形のコロニーを形成し、その表面に多量の胞子を形成する。(以上)
退治ても退治ても退治てもなほ黴の勝
パンに塗るもの真似してはカビの面(つら)
かび臭く夜ごとに動く気配あり
[吉岡禅寺洞(よしおかぜんじどう)]
黴の香のそこはかとなくある日かな
[松本たかし]
徐(おもむ)ろに黴がはびこるけはひあり
・こらたかし、そんな気配はいらんぞなもし。
・いわゆる「ニホンヒキガエル」と呼ばれるもので、ウィキペディアによると
「別名ヒキ、ガマガエル、ガマ、イボガエル、ゴトビキ、ゴロタ等」
と説明がある。焦げ茶っぽくって、大きめで背中にイボがある。実は皮膚から有毒物質を出すので、素手で触らない方がいいそう。
ひき逃げを熨斗(のし)に証して蟇蛙
蝦蟇(がま)を手にかつては投げ合う子らの声
・雑誌によると「梅雨の花が紫陽花なら、梅雨の虫は蝸牛」だとか。ウィキペディアによると
『「カタツムリ」という語は日常語であって特定の分類群を指してはおらず、生物学的な分類では多くの科にまたがるため厳密な定義はない。陸貝(陸に生息する腹足類)のうち、殻のないものを大雑把に「ナメクジ」、殻を持つものを「カタツムリ」「デンデンムシ」などと呼ぶ。』
という。「かたつぶり」「でんでん虫」「ででむし」「まいまい」など。
かたつむり踏んで泣き出すおんなの子
追うものも追われるものよかたつぶり
通夜の間の木魚に付くや蝸牛
[一茶]
夕月や大肌(おおはだ)ぬいでかたつぶり
[山口誓子]
殻の渦しだいにはやき蝸牛
・ようするに「梅雨入り(つゆいり、ついり)」のこと。「梅雨めく」なんて表現もある。陰暦の時代には、暦が定められていたが、今日では気象庁の宣言をもってする。
梅雨の入下り列車の忘傘
「次の句による」
ふる寺の重きけぶりや梅雨の入
[迫間]
ふる寺のけぶり這ひよるついりかな
[白雄(しらお)]
焚火してもてなされたるついりかな
・または「梅雨冷(つゆびえ)」。梅雨の時期はぐっと気温が下がることがしばしばある。
梅雨冷にわびしく葱を切る身かな
・「梅雨(ばいう)」「梅の雨(うめのあめ)」「青梅雨(あおつゆ)」「荒梅雨(あらづゆ)」など北のオホーツク海気団と南の小笠原気団がせめぎ合いながら、低気圧と高気圧が移動してくるような状況で、梅雨前線が停滞するという。
・その語源は、梅の実が熟す頃で「梅雨(ばいう)」と呼ばれたとか、カビの生えやすい雨で「黴雨(ばいう)」と呼ばれたものが、「梅の雨」に掛け合わされたなど、諸説ある。このほかに「梅霖(ばいりん)」、陰暦で五月頃であることに由来する「五月雨(さみだれ)」、麦の実る頃であることに由来する「麦雨(ばくう)」などの別名がある。
沼沢の梅雨に朽ちたる小舟(おぶね)かな
握り銭梅雨のたまりに落としけり
[桂信子]
ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき
・梅雨なのに雨が降らないことだが、この頃は珍しいことではない。むしろ梅雨の末期に集中豪雨が重なるような気候へと、列島は変化しつつあるらしい。「旱梅雨(ひでりづゆ)」なんて言葉も。それにしても、気候変動が進むと、ある年を境に劇的に農作物の収穫に変化を来すようなターニングポイントが、やがて訪れはしないか。そんな心配もしてみるのだった。
空つゆにらめつけたるはぐれ雲
・陰暦五月を「さつき」と呼ぶと、すなわち梅雨のシーズンの晴れの日を意味する「五月晴」だが、今日では新暦の五月に掛け合わせて、梅雨の前の晴れ渡るシーズンを指す事が多い。
一方で「梅雨晴(つゆばれ)」「梅雨の晴」は明確に梅雨のさなかの晴れを指す。
つばめの子あこがれわたる晴れ間かな
さつき晴街ゆく人よカフェテラス
[蝶夢(ちょうむ)]
抱きおこす葵(あおい)の花やさ月ばれ
・梅雨の時期ならばこそ、月さえ見えれば、そう呼びたくなるもの。
から傘の笑ひものしてつゆの月
・日本書紀の記述に、西暦で言うところの671年6月10日に、初めて日本で時計が鐘を告げたとある。それで6月10日は時の記念日。
孫に諭す時の記念の物語
・平安時代すでに源俊頼(1055-1129)が、
「世の中をあくたにくゆる蚊遣火の
思ひむせびて過ぐすころかな」
と詠んでいるが、江戸時代頃までは焚き火の煙でもって虫を追い払うようなものだった。薬物で蚊を撃退するのは、明治時代に入って、アメリカからもたらされた除虫菊の栽培が始まって、その有効成分(ピレトリン)を取りだして、蚊取り線香が生み出されて以後のことである。
・だから「蚊取線香(かとりせんこう)」「蚊取豚(かとりぶた)」なども季語だが、あえて「蚊遣(かやり)」とか「蚊火(かび)」なんて表現してみるのも、いにしえ満たしたみやびである。
「諸平(もろひら)への答」
蚊遣火の庵(いお)に水鶏(くいな)の響在(あり)
[去来(きょらい)]
旅寝して香わろき草の蚊遣りかな
・「蛍見(ほたるみ)」「蛍見る」「蛍船(ほたるぶね)」「蛍籠(ほたるかご)」など。蛍を眺めるだけのこともあるし、捕まえて家まで楽しむこともある。
ほたる狩りかすかに白む街あかり
ほたる追う振りしてあなたに寄り添えば……
[芭蕉]
ほたる見や船頭酔(よう)ておぼつかな
・あるいは「餡蜜(あんみつ)」。赤エンドウ豆を茹でた餡(あん)に、寒天やら白玉団子やら、フルーツを添えて、黒蜜、シロップなどを掛けて提供する。お茶とセットになって楽しむことも多いが、もともとは夏の風物詩だったそう。
・もっとも今日では年中ある上に、むしろアイスや氷ものをデザートとしない、冬向きのデザートの気配もする。季語としては死んだものかも知れない。
あずきしらたまかんてん黒みつさくらんぼ
[草間時彦(くさまときひこ)]
あんみつの餡たっぷりの場末かな
・六月の第三日曜日。スーパーなどが「母の日」並にメジャーにして金を巻き上げようと企んでいるが、母親にプレゼントを渡すのは、女はプレゼントを喜びがちな本質と、直接的に生みなされた感謝が重なるもので、父親へのプレゼントなどは、それよりは劣るものなのかも知れません。
父の日の庭に遣られてたばこの火
[安澤静尾(あんざわしずお)]
父の日の顔にかぶさる新聞紙
・ビタミンB1欠乏症により心不全、末梢神経障害などを起こす。江戸時代には富裕層から武士に掛けて白米ばかり食べていると症状が多発。大正時代には結核と並ぶ二大国民病になったという。森鴎外を脚気将軍としてののしる声もあるようだが、その問題には冷静な対処が望まれる今日この頃である。
軍医偉うして見込みあやまる脚気かな
[西村和子(かずこ)]
こいさんの我がまま募る脚気かな
・こんなものは季語でも何でもない。「洗い髪(あらいがみ)」はちょっと使ってみたい気もする。全体から季節感が出ていればそれで良いが、単語を季語に命名する必要はない。
貝に乗るおとめ金髪を洗うかな
[岡本眸(ひとみ)]
洗ひ髪母に女の匂ひして
・夏めいた想いの宿る料理ならよろしかろう。個々の夏のレシピではなく、全体を述べたいときに使用するとよい。
滝しぶきほのかに受けて夏料理
[黛執(まゆずみしゅう)]
山を褒め川を称へて夏料理
・中国の旧暦五月十三日に植えた竹はよく根付くとか、枯れないとかいう言い伝えに基づくもの。「竹移す(たけうつす)」の他に、「竹酔日(ちくすいじつ)」「竹迷日(ちくめいじつ)」とかいう言葉もある。「竹誕日(ちくたんじつ)」は筍を採ってきて食べる行事だそうだ。由来はおのおの調べ直した方がいいだろう。
竹酔(ちくすい)植ゑずて酔へる宵あらむ
花菖蒲(はなしょうぶ)。釣鐘草(つりがねそう)、蛍袋(ほたるぶくろ)、提灯花(ちょうちんばな)、風鈴草(ふうりんそう)。さつき、皐月躑躅(さつきつつじ)。南天(なんてん)の花、花南天(はななんてん)。鴨足草・雪の下(ゆきのした)。さくらんぼ、桜桃(おうとう)の実、桜桃、チェリー。辣韮・薤(らっきょう)、らつきよ。
[能村登四郎(のむらとしろう)]
蛍袋に指入れて人悼みけり
[嘯山(しょうざん)]
庭石を抱てさつきの盛りかな
[日野草城]
舌に載せてさくらんぼうを愛しけり
[右城墓石(うしろぼせき)]
一つづつ灯を受け止めてさくらんぼ
[文挟夫佐恵(ふばさみふさえ)]
辣薤(らっきょう)の無垢の白より立つにほひ
鯖(さば)、鯖火(さばび)、鯖船。海月・水母(くらげ)。まくなぎ、めまとい。青葉木菟(あおばずく)。雨蛙(あまがえる)、青蛙(あおがえる)、枝蛙(えだかわず)。葭切・葦切(よしきり)、行行子(ぎょうぎょうし)。毛虫、毛虫焼く。
[三村純也(じゅんや)]
皆食うて一人が鯖に中りたる
[山口青邨(せいそん)]
沈みゆく海月みづいろとなりて消ゆ
[能村登四郎(のむらとしろう)]
裏返るさびしさ海月くり返す
[芥川龍之介]
青蛙おのれもペンキぬりたてか
秀句にはあらざるべし
[几董(きとう)]
よしきりや汐さす川の水遅し
[言水(ごんすい)]
毛虫落ちてままごと破る木陰かな
[中西碧秋(へきしゅう)]
だぶだぶの身をだぶつかせ毛虫這ふ
2011/1/11
2017/07/26改訂