明け急ぐ夜

[Topへ]

短夜(みじかよ・たんや)

・「明け急ぐ夜」すなわち短い夜。日が延びるのが嬉しい春には「日永(ひなが)」の季語を、暑さをしばし忘れさせてくれる夜の短さを嘆く夏には「短夜」を。

ほろ酔にみじかき夜を過ごすかな

短夜はいとおしくってもの想い

[蕪村]
みじか夜や浅井(あさゐ)に柿の花を汲(くむ)

[蕪村]
みじか夜や毛むしの上に露の玉

[蕪村]
みじか夜やいとま給る白拍子

[蕪村]
みじか夜や枕にちかき銀屏風

[久保田万太郎]
短夜のあけゆく水の匂かな

[清原深養父(きよはらのふかやぶ)]
夏の夜は
  まだ宵ながら 明けぬるを
    雲のいづこに 月宿るらむ

明易(あけやす)

・「短い夜」=「明けやすい」という図式。「明易し(あけやすし)」「明早し(あけはやし)」「明急ぐ(あけいそぐ)」など。

明けやすく酔いのほろ間もなかりけり

明易の霧に頂き目差すかな

明けやすくまたもてあそぶ砂時計

[川崎展宏(かわさきてんこう)]
明け易くむらさきなせる戸の隙間

[久保田万太郎]
短夜のあけゆく水の匂かな

夏の月(なつのつき)

・夏に掛かる月は、一種の清涼感をもたらすため、「月涼し(つきすずし)」と表現したり、「夏の霜(なつのしも)」などという、空想に委ねることもある。銀に照らす地表を霜に見立てたものだが、ナチュラルな情緒から生まれたものではなく、白楽天の漢詩から持ち込んだもの。使用上に注意を要するアクロバットな表現ではある。

素足してまぼろし砂よ夏の霜

[凡兆(ぼんちょう)]
市中(いちなか)は物のにほひや夏の月

[芭蕉]
蛸壺やはかなき夢を夏の月

睡蓮(すいれん)

・スイレン科スイレン属の池や沼で浮かびながらの多年草。朝に開いて夕方には閉じることを幾度か繰り返して終わることから、「睡り」の字が当てられた。日本に自生するのは「未草(ひつじぐさ)」という種なので、これも季語として使用する。未(み・ひつじ)の刻(午後二時頃)に咲くという意味での名称だが、他の睡蓮同様、朝に開いて晩に花を閉ざす。

・似たもの同士として、見分け方が紹介される蓮華(れんげ)、つまりハス(ハチス)は別のハスである。したがって、スイレンの下にはレンコンは出来ない。

すいれん花印象派よりほのかなり

睡蓮を知らず顔なる和尚かな

睡蓮に首の所以を尋ねけり

[松本たかし]
睡蓮や鯉の分けゆく花二つ

青梅(あおうめ)

・まだ青い(つまり緑色した)若い梅のこと。もっと広く「梅の実(うめのみ)」も夏の季語。観賞用の花梅(はなうめ)に対して、食用にする梅を実梅(みうめ)と呼んだりもする。小粒の小梅(こうめ)の他、和歌山県の「南高梅」など、品種名も歳時記で使用できる。

青梅をもいではポチに放るかな

[蕪村]
青梅に眉(まゆ)あつめたる美人かな

[一茶]
青梅に手をかけて寝る蛙かな

[飯田蛇笏]
塩漬の梅実いよいよ青かりき

鯵・鰺(あじ)

・味がよいので「あじ」と呼ばれたとも言われるが、日本の食用では真鯵(まあじ)がメジャー。「魚」に「参」の漢字は、「味に参ってしまうほどの魚」とか「旧暦三月においしい魚」などの説があるようだ。小鰺(こあじ)、鰺釣(あじつり)といった季語もある。またシマアジ(縞鯵・島鯵)は最高級の鰺として楽しまれる。

・弘法大師、つまり空海の和歌に、
   阿字(あじ)の子が
     阿字の古里 立出でて
       又立返る 阿字の古里
というのがあって、これに「鰺」が掛け合わされていたら、面白かろうと思っていたが、そのような説はないようだ。

鰺釣りの機嫌も尽きて酒膾(さけなます)

[永井荷風]
夕河岸の鰺売る声や雨あがり

・河岸(かし)は川岸に立つ市場のことで、この場合は魚河岸(うおがし)のこと。

火取虫・灯取虫(ひとりむし)

・夏の夜に、灯火に集まって来る虫たち。昔は炎に釣られて寄ってきたが、現在は電灯に釣られ、あるいは殺虫用の誘蛾燈(ゆうがとう)に群がってくる。

・その代表的存在である蛾(が)には、火蛾(かが)という名称が特別に授与されている。他にも、火虫(ひむし)など。

己が粉を死にもてあそぶ灯取虫

灯取虫チキンレースが夢の跡

夏至(げし)

・太陽に対する地軸の傾きと、太陽を回る公転の影響から、一年周期に昼の最も長い日と、最も短い日がそれぞれ生まれる。四季のサイクルの要であるため、古代より人類に観察されてきたが、特に中国において観察され、定義された名称こそ、二十四節気(にじゅうしせっき)における夏至(げし)である。

 これによって、毎年6月21日前後に夏至がやってくるが、地球が太陽のまわりを楕円軌道で回っていることもあり、夏至や冬至は、太陽の南中時刻が遅くなる(正午を過ぎて南中する)時期に当たる。そのような関係もあって、日の出がもっとも早くなるのは、夏至よりも一週間あまり前だし、日の入りがもっとも遅いのは、夏至の一週間ほど後になる。

 だから夏至は、昼が長くなる時ではあるが、「日の出が最も早く、かつ日の入りが最も遅い日」ではないから注意が必要である。

飯もせず酔いどれ夏至の長さかな

手帳には隙間もなくて夏至を待つ

白夜(はくや・びゃくや)

・地軸の傾きから、夏至の頃は、北極圏まで行くと、太陽が沈まなくなってしまうという現象をさす。例え沈んでも、薄明るさが残る地域や、その現象のことも白夜という。

太古の像のなみだ閉ざして白夜かな

夏の山(なつのやま)

夏山(なつやま)、夏嶺(なつね)、青嶺(あおね)、夏山路(なつやまじ)、夏山家(なつやまが)、山滴る(やましたたる)、などが雑誌に掲載。「山滴る」は「山笑う」でお馴染みの北宋の郭煕(かくき)が「夏山、蒼翠(そうすい)として滴るごとし」と言ったことに由来。「蒼翠」の意味は、「青々と木々が覆い茂っている」くらい。

青嶺踏む獣の跡を逸れにけり

夏山に人のやすらふ地蔵かな

富士の雪解(ふじのゆきげ)

・富士山の高いところでは、雪解さえも夏にずれ込む。それで夏の季語。一方で「富士の初雪」は秋の季語に前倒しされる。「雪解富士(ふきげふじ)」という呼び方もある。

[一茶]
打ち解くる稀(ま)れの一夜や不二の雪

出水(でみず)

・雨が降りすぎて、河川氾濫など災害を引き起こすこと。洪水。秋になって台風のものは、「秋出水(あきでみず)」という。他にも、出水川(でみずがわ)、梅雨出水(つゆでみず)、夏出水(なつでみず)、水禍(すいか)、水害など。

犬小屋は鎖だけして出水かな

[原石鼎]
草花にあはれ日のさす出水かな

夏の川(なつのかわ)

「夏川(なつかわ)」「夏河原(なつかわら)」など。

夏河原闇を慕ふて鳥の唄

[蕪村]
夏河を超すうれしさよ手に草履

[山口誓子]
夏の河赤き鉄鎖のはし浸る

[高野素十(すじゅう)]
夏川の美しき村又訪はん

虹(にじ)

・特に夏の夕立に合わせて夏の季語。虹の橋(にじのはし)、虹立つ(にじたつ)、二重虹(ふたえにじ)、円虹(えんこう)など。他にも、霧のなかで白い虹の立つ現象である、白虹(しろにじ・はっこう・びゃっこう)なんてのもある。

ふるさとは夕日が岡の虹の果

[高浜虚子]
虹立ちて忽(たちま)ち君の在る如し

サイダー

・炭酸飲料には夏がよく似合うなら、コーラ、ジンジャーエールも夏の季語。

サイダーにはじける恋の予感かも

朝顔市(あさがおいち)

・東京入谷(いりや)の鬼子母(きしも)神をまつる真源寺(しんげんじ)で開かれる、7月の七夕を前後に挟む朝顔市が特に有名。

朝顔の市なかに蝶舞い上がる

[久保田万太郎]
朝顔を見にしのゝめの人通り

扇(おうぎ)

・団扇(うちわ)と共に夏の季語。扇子(せんす)もよく使う。

宿題を扇がわりに叱られて

[芭蕉]
富士の風や扇にのせて江戸土産

[日野草城]
一瀑(いちばく)をたたみ秘めたる扇かな

籠枕(かごまくら)

「藤枕(とうまくら)」、竹や藤で編んだ涼しげな枕。なかを空洞にしてむれないようにしてある。

竹取の別れなみだよ籠枕

[村越化石(むらこしかせき)]
おのが身を捨ててもおけず籠枕

水見舞(みずみまい)

・夏の台風や出水で水害を受けた方に、実際に出向くにせよ、はがきを送るにせよ、見舞いをすること。

泥掃きのとなりの人よ水見舞

汗(あせ)

・汗といえば夏。玉の汗(たまのあせ)、汗ばむ、汗みどろ、汗水(あせみず)など。

飛び込みのにく気に汗を拭きながら

汗疹(あせも)

・汗腺が皮脂や汚れでふさがったところに、汗がにじんでただれてしまうよう。それをかくと、さらに症状が悪化する。だから子供に多い。「あせぼ」「汗瘡(かんそう)」などという。

唐辛子切つてつい掻く汗疹かな

[吉岡禅寺洞(よしおかぜんじどう)]
はったいをなめて機嫌や汗疹の子

・「はったい」は本当は漢字書き。「はったい粉」のことで、大麦を炒ってから挽いた粉。大豆から作る「きな粉」のお友達くらいの立場か。砂糖とまぶして食べたり、飲料に溶かして飲んだり、落雁(らくがん)などの原料となったりする。

峰入(みねいり)

・広くは修験のために行者(ぎょうじゃ)が峰に入っていくこと。特に修験道発祥の立役者とされる役行者(えんのぎょうじゃ)にゆかりの大峰山(おおみねさん)に修行のために入ること。熊野側から入るのが「順の峰入」、吉野から入るのが「逆の峰入」だそうである。「大峰入(おおみねいり)」ともいう。また「入峰(にゅうぶ)」でもよい。

・季語としては却下。

衣紋竹(えもんだけ)

・着物用の、竹や木で真っ直ぐな横棒になったハンガーのこと。着物が案山子状態になるので、和服によろしいとか。。「衣紋竿(えもんざお)」とも。

[桂信子]
つるす衣の齢ふかれて衣紋竹

草木、花など

 水芭蕉(みずばしょう)。額の花(がくのはな)、額紫陽花(がくあじさい)。どくだみ、しぶき、十薬(じゅうやく)。海桐(とべら)の花。ガーベラ。野牡丹(のぼたん)。枇杷(びわ)、枇杷の実。

[水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)]
花と影ひとつに霧の水芭蕉

[小林康治(こうじ)]
水芭蕉水さかのぼるごとくなり

[高橋淡路女(あわじじょ)]
どくだみの花の白さに夜風あり

[稲畑汀子(いなはたていこ)]
十薬の匂ひに慣れて島の道

動物、魚、昆虫など

金亀子・黄金虫(こがねむし)、かなぶん、ぶんぶん。井守(いもり)、赤腹(あかはら)。蜻蛉生る(とんぼうまる)、やご、やまめ。鰺刺(あじさし)、鮎刺(あゆさし)、鮎鷹(あゆたか)。蚯蚓(みみず)。夏鶯(うぐいす)、老鶯(おいうぐいす・ろうおう)。鮑・鰒(あわび)、鮑取り。

[高浜虚子]
金亀子擲(なげう)つ闇の深さかな

[村上鬼城]
石の上にほむらをさます井守かな

[久保田万太郎]
蜻蛉生まれ水草水になびきけり

[富安風生(とみやすふうせい)]
鮎さしの鳴く音も雨の多摩河原

[大橋越央子(えつおうし)]
鮎鷹や枝川を出る屋形船

[一茶]
出るやいなや蚯蚓は蟻に引かれけり

[芭蕉]
鶯や竹の子藪に老いを鳴く

[富安風生]
老鶯や珠のごとくに一湖あり

[飯田蛇笏]
岩礁の瀬にながれもす鮑取

2011/1/11
2017/07/27改訂

[上層へ] [Topへ]