・夏の暑さの中にも、夜になると秋の気配が感じられる頃、人は「夜の秋」という言葉を無性に使いたくなるという。もともとは「秋の夜」と同じ意味だったが、近代になって、特に夜だけ感じられる秋というので、夏の季語となった。
レコードの針先飛んで秋は夜
・罪を清め穢れを除く行事として、六月の夏越の祓(なごしのはらえ)と、十二月の年越の祓(としこしのはらえ)がある。701年、大宝律令にも定められた公式行事でもあり、多くの神社で行われることとなった。正月と盆、祖先の御霊を迎え入れる前に、物忌みする意味もあった。
・茅の輪を潜ることによって祓えを行う行事は、「備後風土記」の中の逸話に、由来を見いだすことが出来るという。それはスサノヲが巨旦将来(こたんしょうらい)に宿を求めれば、金満家の彼はすげなく断り、その兄弟の蘇民将来(そみんしょうらい)に宿を頼めば、貧しい宿ではあるが招き入れてくれた。スサノヲはその一家に、茅の輪のお守りを腰に付けさせて去って行くと、その荒ぶる神を追うようにして、村に疫病が押し寄せてきた。巨旦将来を初め、ことごとく死に絶えた中に、蘇民将来の家族だけは、茅の輪の守りによって救われたという。
・これにより
「水無月のなごしの祓する人は、
千年(ちとせ)の命延(のぶ)というなり」
(拾遺和歌集、賀)
と唱えながら、茅萱(ちがや)を束ねた巨大な輪っかを、潜る行事が始まったという。歌は他にも、
「思ふことみなつきねとて麻の葉を
切りに切りても祓へつるかな」
(「後拾遺和歌集」の和泉式部の歌)
「宮川の清き流れにみそぎせば
祈れることの叶はぬはなし」
などがある。一般的なくぐり方は、検索してください。
盗まれて猿の逃げゆく茅の輪かな
[一茶(小林一茶)(1763-1828)]
母の分ンも一ッ潜るちのわ哉
・江戸時代には、男性にも流行ったとの説明あり。紫外線を避ける夏のアイテム。
・白日傘、絵日傘、パラソルなど。
パラソルをまわして誰を待ちぼうけ
[嘯山(しょうざん)(三宅嘯山)]
降るものは松の古葉や日傘(ひからかさ)
[飯田蛇笏(いいだだこつ)(1885-1962)]
鈴の音のかすかにひゞく日傘かな
[(19歳の時の作品だそう)]
[阿部みどり女(じょ)(1886-1980)]
たゝまれて日傘も草に憩(いこ)ふかな
・元は、素肌の上に直に着る、木綿地の簡単な和服。その由来は、平安時代の湯帷子(ゆかたびら)にさかのぼるという。これは水で体を洗うときに、裸を隠すものだったらしいが、やがて湯上がりに着るものとなり、江戸時代に夏の普段着の一つとなった。
・今日は下着の上に使用し、特に女性が祭りの時に着るものとして、非日常的なアイテムとなっているようだ。季語としては、湯帷子(ゆかたびら)、藍浴衣(あいゆかた)、染浴衣、初浴衣、浴衣掛(ゆかたがけ)など。
そっと手をつなげばゆかた祭かな
あなたにきっとお気にゆかたで逢えるかな
・「汗しらず」と呼ばれ、天瓜(黄烏瓜・きからすうり)の根の澱粉を、汗取り・汗疹対策として使用したもの。
舐め猫の灰のくさめや天瓜粉
・鮨(すし)、寿司、飯鮓(いいずし)、熟れ鮓(なれずし)、早鮓(はやずし)、一夜鮓(いちやずし)、など。新鮮なネタを握って出す、早鮓(はやずし)と呼ばれる今日のスタイルになる前、乳酸菌発酵の「熟れ鮓(なれずし)」が夏の料理だったことによるそうだ。
光ものもとなく握る暖簾かな
ふる里は磯のかおりやちらし鮓
[宝井其角(たからいきかく)(1661-1707)]
飯鮓(いいずし)の鱧(はも)なつかしき都哉(かな)
[蕪村]
鮒(ふな)ずしや彦根の城に雲かかる
[蕪村]
寂寞(じゃくまく)と昼間を鮨のなれ加減
[谷活東(たにかつとう)]
押鮨に借らばや汝(なれ)が石頭
[坂本四方太(さかもとしほうた)]
起きいでゝ宵の鮓くふ男かな
・中国南部原産で江戸時代には日本に渡来していたという。夏の間、紅色または白の花を咲かせる。他に「紫薇(しび)」、「くすぎりの木」とも。
・夏を「初夏」「仲夏」「晩夏」と三分して、それぞれが季語になるが、夏の終わりの頃とは言っても、歳時記上の夏は立秋をもって終わるので、むしろ夏の盛りにさしかかる頃。
・「晩夏光(ばんかこう)」という季語もある。晩夏の頃の日差しのことだが、別に秋への衰えのかすかな気配を込めても、暑さのつのる太陽を差しても、別に差し支えはない。
いつ人の夢よ晩夏の昼さがり
高原に黒みきざして晩夏光
[中村草田男]
晩夏光バットの函(はこ)に詩を誌(しる)す
・古代中国の五行思想によると、すべての物は「木・火・土・金・水」の五つから成り立っている。これを季節に当てはめ、春を木気、夏を火気、秋を金気、冬を水気とする。土はそれぞれの季節へと移行させるために必要なものとされ、次の季節に移る前に、一定期間の「土気」が設けられた。それによって、「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の、それぞれ十八日前から土用に入る。
・特に夏の終わりの土用は、「夏の土用」という。季語としては、土用入(いり)、土用明(あけ)、土用太郎、土用次郎、土用三郎など。太郎次郎とは、ようするに土用の入りが太郎で、翌日が次郎で、三日目が三郎である。
次郎三郎痩せに痩せたる土用かな
攻め際を土用に逃す家碁かな
・夏の土用頃の太平洋の高波は、南方の低気圧からの贈り物だとか。サーファーの待ち望む乗り波でもある。
削り岩を蟹も飛びけり土用波
・斜めに暑く差し込んで、しかもなかなか下らないので、宵を待ちわびる思いも込めて、西日は夏の季語とされている。「大西日(おおにしび)」という誇大表現もあり、字数あわせにも利用される。
空調に逝かれて呻く西日かな
[石橋秀野(いしばしひでの)(1909-1947)女性]
西日照りいのち無惨にありにけり
・暑さの中に吹く、ほんの涼しい風を、喜びを込めて称えた季語。だから、秋の季語ではない。涼風(りょうふう)、風涼し。
飯を炊く涼風の香のけぶりかな
詰め菓子のふくろも風のすゞしさよ
蹲踞(つくばい)に涼しき風を濯(すす)ぎけり
[蹲踞とは、しゃがんで這いつくばるような姿勢のことで、そのような姿勢で手を洗う茶道具として、手水鉢(ちょうずばち)を低くして石で組織する風流が発達した。石庭の龍安寺(りょうあんじ)のものが有名。]
[凡河内躬恒]
夏と秋
ゆきかふ空の かよひ路は
かたへ涼しき 風や吹くらむ
(古今和歌集、夏)
・岡は熱しやすくて冷めやすい。海は熱しにくくて冷めにくい。太陽の運行が昼と夜を渡らせるとき、陸と海との温度差から、上昇気流の差が生まれ、それが引き金となって、昼は海から岡への風が、夜は岡から海への風が吹く。その風向きの変わる時、風の失われる時間帯が、朝夕に生じる。これを「朝凪(あさなぎ)」「夕凪(ゆうなぎ)」という。風がなければ暑さがつのる思いも込めて夏の季語とされている。
夕凪を鉄板に焼く漁師たち
[今井つる女(じょ)(1897-1992)]
どの家もいま夕凪の伊予簾(いよすだれ)
[「いえ」「いま」「いよ」のリズムにも注目。]
・立秋直前の、夏の終わりを差す。したがって夏の終わりといっても、今日一般的には六月七月八月を夏と定義するので、むしろ夏の真っ盛りの時期に当たる。 夏の終わりと言えど、まさしく夏の盛りなり。夏果(なつはて)、夏終る(なつおわる)、ゆく夏、夏惜しむ、など。
ラッパ高くやおや八百屋も夏の果
ゆく夏のこゝろの終(おへ)や文庫本
[遠藤若狭男(わかさお)]
夏惜しむ岬の先に火を焚きて
・まだまだ暑い中にも、ふとした瞬間に、秋の気配のようなものが、それとなく割り込んでくる。秋も近づいたこと悟るという訳。「春近し」「夏近し」「秋近し」「冬近し」とそれぞれの季節に存在する季語。他にも、「秋を待つ」「秋隣(あきどなり)」など。
鯉の背の班(ふ)のふと太り秋近し
鉄塔に蔦伸びきって秋隣
[芭蕉]
秋近き心の寄(より)や四畳半
[飯田蛇笏(いいだだこつ)(1885-1962)]
草庵(そうあん)の壁に利鎌(とがま)や秋隣
・「夏ばて」「夏負け」など。暑さにまいって食欲が無くなるうちに、痩せてしまうという現象。
夏痩て悪目立ちしてアイライン
[田畑三千女(たばたみちじょ)]
夏痩のかひなをだして襷がけ
・学生の夏休みの自由課題に絡んで夏の季語。虫を捕らえる「捕虫網(ほちゅうあみ)」などもあるが、「虫取(むしとり)」くらいのほうが句にはなりやすい。
取つてきて空きの小箱が虫の宿
・初夏、松明を掲げて練り歩き、害虫や悪霊に見立てた人形などを川に流したりする、豊作祈願の祭り。害虫を送って無くすという意味合いがある。「虫流し(むしながし)」ともいう。
・源氏方から平家方に移っていた斎藤実盛(さいとうさねもり)(1111-1183)が、木曾義仲軍に破れて死んだ後、つまずいた稲への恨みから害虫を発生させるという伝承があり、実盛の人形を流すという「実盛送り(さねもりおくり)」をする地方もある。
仰ぎ見れば天の河原よ虫送
絵はがきの墨絵に残る虫送
[正岡子規]
虫送る松明森にかくれけり
[三村純也(みむらじゅんや)]
虫送すみたる稲のそよぎかな
・こういう季語は、着てから作ってくれろ。白地に紺や黒のかすり模様をつけた夏向きの薄手の軽装着物。
・蓮(はす)を見るために出かけること。花見の一種。早朝にひらいて昼には閉じてしまうので、朝のうち出かける。また特に、蓮を見るための船を「蓮見舟(はすみぶね)」と呼んだりもするようだ。
虹の蝶のまとひつきけり蓮見舟
[召波(しょうは)]
麻頭巾蓮見にまかる小船かな
[青木存義(ながよし)]
もしやとの傘を蓮見の日傘かな
・夏の期間の芝居興行のこと。納涼にあったもの、怪談などが好まれた。江戸時代頃、夏の芝居小屋の出し物として、「夏芝居」「夏狂言(なつきょうげん)」などが一般的になったらしい。冷暖房完備の今の世でも、夏向きの怪談ものなどは、このように呼ばれたりする。
夏芝居化け猫にすらなりきれず
・氷柱(こおりばしら)といって、夏に柱状に氷を演出することがある。特にその中に花を凍らせて、視覚的にも演出を高めたもの。またそうでなくても、花を凍らせて封じ込めた、涼味の演出を呼ぶ。
はかなさをもてあそびたる花氷
[田村木国(たむらもっこく)]
花氷人のいのちのかたはらに
・「手花火(てはなび)」など、自宅で催すちょっとした花火のこと。
ポチに火をかけて驚く花火かな
パパだけが庭の花火のあと始末
・小さな玉の紅にはじけては、はかなく落ちる線香花火は、楽しさを終える余韻のようにして、最後にそっと楽しまれることも多いようです。
唄い止めて〆ます線香花火かな
[黒田杏子(くろたももこ)]
手花火も連絡船の荷のひとつ
月下美人(げっかびじん)、女王花(じょおうか)。月見草、大待宵草(おおまつよいぐさ)、待宵草、宵待草(よいまちぐさ)。松葉牡丹(まつばぼたん)、日照草(ひでりそう)。向日葵(ひまわり)、日車(ひぐるま)、日輪草(にちりんそう)、天蓋花(てんがいばな)。サルビア、緋衣草(ひごろもそう)。胡麻(ごま)の花。太藺(ふとい)、太藺の花、青藺(あおい)、唐藺(からい)。
[中嶋秀子(ひでこ)]
この村の溜息に似て胡麻の花
[高浜虚子]
放牧の馬あり沢に太藺あり
軽鳬(かる)の子、軽鴨(かるがも)の子。糸蜻蛉(いととんぼ)、燈心蜻蛉(とうしんとんぼ)。蚤(のみ)。鱚(きす)、白鱚、青鱚、鱚釣。羽蟻(はあり)。三光鳥(さんこうちょう)、月日星鳥。蚰蜒(げじげじ)、げじ。
[暁台(きょうたい)(加藤暁台)]
かるの子のひとり出て行く小浪かな
[丈草(じょうそう)(内藤丈草)]
痩せ蚤の這ひ出る肩や旅枕
[波多野爽波(はたのそうは)]
手に軽く握りて鱚といふ魚
[山口誓子(やまぐちせいし)]
鱚釣りや青垣なせる陸(くが)の山
2008/7/31
2012/1/18改訂
2017/08/11改訂