野分吹く

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野分(のわき・のわけ)

・秋の野を分け吹くような強風や暴風を野分といった。特に二百十日前後に強風が吹き荒れることが多いことから、「二百十日(にひゃくとうか」)、さらに「二百二十日(にひゃくはつか)」と結びつけられることもある。二百十日は立春から数えての日数なので、現代の暦ではおおよそ九月一日頃。

・今日の気象庁の定義など存在しないが、特にこの時期訪れる、台風の大荒れの天候に代表される暴風を連想させる季語。

野わけ、野分だつ、野分雲、野分跡(のわきあと)、野分晴、など。

廃鉄のレールにうなる野分かな

捨て猫の土管にあえぐ野分かな

野分去って青空抜けてsymphony

[芭蕉]
芭蕉野分して盥(たらい)に雨を聞夜哉

[蕪村]
鳥羽殿(とばどの)へ五六騎いそぐ野分哉

[星野立子(ほしのたつこ)(1903-1984)]
(高浜虚子の次女である)
吹かれ来し野分の蜂にさゝれけり

稲の花(いねのはな)

・「稲の花」といっても花びらはなく、将来「籾殻(もみがら)」になるべき「エイ」と呼ばれる部分が左右に分かれて、そこから「雌(め)しべ」と幾つもの「雄(お)しべ」が表れる。おしべはにょきりと出て花粉を飛ばして、もっぱら自家受粉(じかじゅふん)するのだが、稲一粒分の稲の花は、二時間にも満たずその「エイ」を閉ざしてしまう。おしべは外に押し出されたまま。穂先から下へ向かって五日くらい掛けて、順番に開花していくそうだ。稲の花の開花した田は、ちょっと黄金がかって、稔りの準備を迎える心持ちがする。

「富草(とみくさ)の花」とも言う。

金色(こんじき)の伊勢御迎えや稲の花

[士朗(しろう)]
湖のみづのひくさよ稲のはな

蝗・螽・稲子(いなご)

・直翅目・バッタ亜目・イナゴ科に属するバッタ類の総称。稲を食べる害虫であり、田んぼや草原などにのさばっている。同時に、一昔前には、昆虫食によるタンパク補給に欠かせない秋の食料でもあった。今日でも佃煮などにして食べる所も、少なからず存在する。味は不味くはないが、イナゴでなければ我慢できないほど、美味であるとも限らない。

・なお、大量発生して稲作地域ごと食い荒らして飛び去っていく害虫は、イナゴの仕業にされるが、あれはトノサマバッタやサバクトビバッタが、ある条件下で突然変異して長距離飛べるようになった荒くれ集団で、決してイナゴではないそうだ。

蝗取・蝗採(いなごとり)、蝗串(いなごぐし)(串に刺して調理)など。また「冬」の下に「虫」をふたつ書いた漢字一文字も「いなご」を表す。

蝗に鼻を蹴られ飛んだり犬っころ

[樗堂(ちょどう)]
先へ先へ行くや螽の草うつり

[高浜虚子]
ふみ外づす蝗の顔の見ゆるかな

[西島麦南(ばくなん)]
蝗熬(い)る炉のかぐはしき門過ぎぬ

[吉岡桂六(よしおかけいろく)(1932-)]
一節の浮き藁に乗る蝗かな

蜻蛉(とんぼ・せいれい)

・蜻蛉目(せいれいもく・」とんぼもく)に属する、棒から羽が生えたような、羽ばたく飛行機みたような昆虫。古くは「秋津(あきつ)」の名で親しまれ、我が島をも秋津島(あきつしま・あきづしま)と呼ぶほどだった。一方、トンボという名称は「飛ぶ穂」から来たともされている。今日「蜉蝣(かげろう)」と呼ばれる似たもの昆虫と一緒になって、かつては「かげろう」と呼ばれていた。

とんぼう、あきつ、やんま、赤蜻蛉、秋茜(あきあかね)、など。

だあれもいないなみだで滲んだ赤とんぼ

とんぼうのみなだ満たして静(しず)の湖

三日月に憑かれて踊るとんぼかな

[芭蕉]
蜻蜒(とんぼう)やとりつきかねし草の上

[広瀬惟然(いねん・いぜん)((?-1711)]
蜻蛉や日は入りながら鳰(にほ)のうみ

[炭太祇(たんたいぎ)(1709-1771)]
静なる水や蜻蛉の尾に打(うつ)も

[千代女]
行く水におのが影追ふ蜻蛉かな

[中村汀女(1900-1988)]
とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな

芙蓉(ふよう)

・アオイ科フヨウ属の落葉低木。中国原産で温暖な地方に咲く。日本では関東より南で、庭などにも栽培されている。白やピンクの花が、朝に開き、夕べに萎むが、次々と花開くので、長い期間花を楽しめる。また朝に白く咲いて、夕べに薄紅色で萎むものを、酔って紅くなるようだとして、酔芙蓉(すいふよう)と呼んだりする。

木芙蓉(もくふよう)、白芙蓉、紅芙蓉、酔芙蓉、花芙蓉など。

花芙蓉日だまり色したプレゼント

桃(もも)

・モモは中国原産であるが、すでに弥生時代には伝わっていたとされ、平安時代頃には「水菓子」と呼ばれて珍重された。中国において桃は神聖なものであり、その影響を受けて日本でも祝賀的な果物である。今日の品種は明治時代に「水蜜桃(すいみつとう)」と呼ばれる品種が伝わって改良されたもの。それ以前の桃は、今日ほどは甘いものではなかったという。桃の実、白桃(はくとう)、天津桃(てんしんとう)、水蜜桃(すいみつとう)など。

愛されて膨らむ桃の甘さかな

桃を噛み里を去りゆく夜汽車かな

[石田波郷]
白桃や心かたむく夜の方

[百合山羽公(ゆりやまうこう)(1904-1991)]
桃冷す水しろがねにうごきけり

枝豆(えだまめ)

・成熟前の若い大豆をいただく時、特に「枝豆」と呼ばれるもの。奈良時代頃にはすでに食され、江戸時代になると、売り子が枝に付いたまま茹でて、その枝豆を売り歩いたそう。お月見の酒の肴として「月見豆」と呼ばれることもある。

シュメールの語り呑みして月見豆

晩酌を茶で蒸す豆の甘さかな

[正岡子規]
枝豆や三寸飛んで口に入る

颱風(たいふう)

(ウィキペディアより抜粋)
・台風(たいふう、颱風)は、北西太平洋に存在する熱帯低気圧のうち、低気圧域内の最大風速が約17m/s(34ノット、風力8)以上にまで発達したものを指す呼称[1]。強風域や暴風域を伴って強い雨や風をもたらすことが多く、しばしば気象災害を引き起こす。

・ギリシア神話に登場するテューポンから、英語で台風を「typhoon」と呼ぶようになり、その表現が漢字に当てられて、台風となったともされるが、他にも諸説ある様子。

台風、台風裡(たいふうり)、台風禍(たいふうか)、台風の目、など。台風裡とは「台風のなか」の意味。台風禍は台風の災害のこと。

颱風の鎖に喘ぐ犬っころ

[高浜虚子]
颱風の名残の驟雨(しゅうう)あまたたび

二百十日(にひゃくとうか)

・立春から数えて210日目。今日の9月1日頃に当たる。颱風の特に多く押し寄せる特異日(とくいび)であると考えられ、旧暦8月1日の八朔二百二十日と合わせて、農家にとって三大厄日とされた。

・日本人作成の初めての暦である「貞享暦(じょうきょうれき)」が、渋川春海(しぶかわはるみ・しゅんかい)(1639-1715)によって作成され、1685年から使用開始されたが、その中に、春海によって込められた二十四節気以外の雑節の一つだという説があるが、実際はそれ以前から名称が使用されているようだ。

・風を鎮めるための風祭が行われて来たが、今日に知られるものとしては、奈良県大和神社の「風鎮祭」や、富山県富山市の「おわら風の盆」などがある。

唐揚げを贄して二百十日かな

[蕪村]
二百十日日も尋常の夕べかな

秋出水(あきでみず)

・河川の急増、またその洪水を指す「出水(でみず)」は梅雨の季語だが、雪解けには春出水、台風の時期には秋出水と使い分ける。ただし、名詞としてはあまりこなれていない。「秋の出水」くらいの方が自然である。

大黒に出水の秋をきざみけり

九月(くがつ)

春雨やうつは九月につゞきけり

帽子振るバスは九月の児童たち

[安住敦(あずみあつし)(1907-1988)]
陶枕(とうちん)のかたきを得たる九月かな

陶枕とは陶磁器製の枕。

八朔(はっさく)

・8月の朔日(さくじつ)、つまり陰暦8月1日のこと。新暦の8月25日から9月23日頃を、年によって移り変わる。早稲(わせ)が稔り、これより収穫の時期を迎えるというので、初穂を知人に贈るような慣習があり、また豊かな稔り、五穀豊穣を願う祭りが催されたりする。

・初穂を贈る風習は「田の実の節句」などと呼ばれ、江戸時代になると、武士や公家なども「日頃の頼みのお礼」として、様々なものを贈与する行事も生まれた。

・果物のハッサクは、この八朔の頃から食されるために命名されたとも言うが、時期的に食べ頃になるのは冬に入ってからだそう。

八朔に頼みいたさぬ門(かど)あらん

[一茶]
八朔や盆に乗せたる福俵

葉月(はづき)

・陰暦8月のこと。名前の由来は諸説ある。月見月(つきみづき)、秋風月、木染月(こそめづき)、紅染月(べにぞめづき)、萩月(はぎづき)、燕去月(つばめさりづき)、雁来月(かりくづき)、などと様々な異称を持つ月でもある。

三拍子靴の軽さも葉月かな

葉月また校舎より君を眺めては

[日野草城(ひのそうじょう)(1901-1956)]
わが葉月世を疎めども故はなし

不知火(しらぬい)

・旧暦7月の晦日(みそか)付近に、八代海や有明海に起こる夜更けの蜃気楼。海より少し高いところから見られ、かつては海の龍神が灯しているとして、龍灯・竜灯(りゅうとう)、龍神の灯火、などとも呼ばれた。これの見えた夜明けには、漁船を出さないような迷信もあったが、実際は彼方の漁り火(いさりび)が、蜃気楼として浮かび上がって見えるもの。最近は漁り火の減少、干拓崩壊、町明かりなどで、見ることが難しくなっているという。

不知火の風にまつわる黒魔法

[日野草城]
不知火に酔余の盞(さん)を擲(なげう)たん

[「盞(さん)」は「さかずき」なり]

震災記念日(しんさいきねんび)

・神奈川県相模湾北西沖80kmを震源にして、1923年(大正12年)9月1日午前11時58分、M7.9の大地震が起きた。関東大震災である。10万人以上の死者・行方不明者を出し、震災後の火事が接近中の台風に煽られ、壮大な二次被害まで巻き起こした。さらに朝鮮人放火説なども飛び出し、外人殺害なども起こったという。

・後に9月1日は震災記念日・震災忌(しんさいき)、あるいはまた「防災の日」として、防災意識を高める記念日の扱いとなった。私はむしろこの日をこそ、防災訓練の為の特別休日にでもしたら良かろうと思ってみたのである。

缶詰を転ばしてみる震災忌

風の盆(かぜのぼん)

・(ウィキペディアより)富山県富山市八尾地区で、毎年9月1日から3日にかけて行われている富山県を代表する祭(行事)である。越中おわら節の哀切感に満ちた旋律にのって、坂が多い町の道筋で無言の踊り手たちが洗練された踊りを披露する。

おわら祭、八尾(やお)の廻り盆、越中おわら節、など。

かなしそなまつりはやしておわらかな

秋の蚊帳(あきのかや)

・蚊を避けるための蚊帳なんて、今更見かけるものかと思いつつ、かつては秋の蚊の必死の吸血に、仕舞う時期を求めるような蚊除けの網を、「秋の蚊帳」と呼んだという。そんな季語。

蚊帳の名残、蚊帳の別れ、など。

異のにほふやみ人かげや蚊帳の秋

木歩の忌(もっぽのき)

・関東大震災で亡くなった俳人である富田木歩(とみたもっぽ)(1897-1923)は、幼い頃から歩行困難に陥ったうえ、貧困や結核にも悩まされたという。

木の足の燃ゆる想ひも忌日哉

鳩吹く(はとふく)

・両手を丸めるようにして、組み合わせた親指のあたりの隙間から息を吹き込むと、山鳩の声のような「ホウホウ」とした響きがする。これを鳩吹く、鳩笛(はとぶえ)という。遊びだけでなく、猟師の合図や、山鳩を呼び寄せるおとりに使われたとも。

鳩笛のこだま異音(ことね)に返すかな

大根蒔く(だいこんまく)

・冬に旬を迎える大根は、8月半ばから9月始めに掛けて種をまく蒔く。

撒かけの大根(おほね)弁じて好々爺(こうこうや)

大豆干す(だいずほす)

・稔った大豆や小豆などの豆類を、根ごと引っこ抜いて、横木に引っかけて干して乾燥させる。次に棒で叩くと、ぱかっと割れて豆が取り出せる。今度は豆だけを広げて干して乾かす。これで大豆などが出来上がる。もちろん今はこんな悠長な手作業では行わない。

豆干す、小豆干す、大豆打つ、豆打つ、豆叩く、豆殻(まめがら)、など。

豆干してひとつかみ池に投げにけり

豆引く(まめひく)

・これは熟れた大豆などを、根っこごと畑から引き抜く作業をさす。大豆引く、小豆引くなど。

豆引いてさしたる事もなかりけり

草木、花など

 鬼灯・酸漿(ほおずき)、あかかがち、あかがち。撫子(なでしこ)、大和撫子、河原撫子、常夏(とこなつ)。煙草(たばこ)の花、花煙草。赤のまんま、赤まんま、赤のまま、犬蓼(いぬたで)の花。ジンジャーの花。沢桔梗(さわぎきょう)。釣船草(つりふねそう)、黄釣船(きつりふね)。

[今井杏太郎(きょうたろう)]
ほほづきのぽつんと赤くなりにけり

[山崎冨美子(とみこ)]
残照の壱岐はるかなり花煙草

[渡辺恭子(きょうこ)]
棄てらるる身をうす紅に花たばこ

[下村ひろし]
赤のまま記憶の道もここらまで

[戸川稲村(とうそん)]
ジンジャーの闇匂はせて雨の音

[岡部六弥太(ろくやた)]
足跡にしみ湧く水や沢桔梗

鳥獣、昆虫など

 鵙・百舌の贄(もずのにえ)、鵙の速贄(はやにえ)、鵙の贄刺(にえさし)。鷹の鳥屋出・塒出(とやで)、箸鷹(はしたか)、鳥屋勝(とやまさり)。鵲(かささぎ)、高麗鴉(こうらいがらす)、唐鴉(とうがらす)、勝鴉(かちがらす)。芋虫(いもむし)、とこよむし、柚子坊(ゆずぼう)。鉦叩(かねたたき)。松虫、金枇杷(きんびわ)、ちんちろ、ちんちろりん。秋鯖(あきさば)。

[苔蘇(たいそ)]
鷹の目の塒より出づる光かな

[高浜虚子]
この鷹や君の覚えも鳥屋勝

[水原秋桜子]
松虫におもてもわかぬ人と居り

[嶋田麻紀(しまだまき)]
青鯖の全身青く売られけり

2008/8/29
2012/1/18 改訂
2017/09/26 改訂

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