宵のドライブ

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宵のドライブ

 えみちゃん、きれいだったなあ。
  なんか、ぽかんって見とれちゃった。
   いいなあ。うらやましいなあ。
  わたしも、結婚したいなあ。
 もう、いい年だもんなあ。

 そんなこんなの結婚式。ようやく終わって、式場とはお別れ。家が遠いから、二次会には出れないけれど、花婿さんとは面識だってないのだし、あまり気を遣うのも嫌だから、わたしはお迎えにきた琢磨(たくま)のハンドルに任せて、二人で宵の帰宅道。

「ねえ、聞いてるの」

「聞いてるって」

「わたしも、もういい年なの」

「そりゃ可愛そうに」

なんて酷いことを言うので、えいっと、横腕をひっぱたいてみた。礼節のマナーなんかは、全部式場で使い果たしたから、もうお淑(しと)やかなんかではいられない。

「痛えなあ。冗談だって」

無視するみたいに、遠くを眺めている琢磨が気に掛かる。そんな大通り。帰宅のサラリーマンで、ごった返すような歩行者信号。ドライブ中だから当たり前といったら、当たり前なんだけど……

 気を紛らわせるみたいにして、

「新婦の入場よかったなあ。ウェディングドレス、綺麗だったなあ」

とため息。そうしたら、

「あれって、自分一人で入場するんだっけ」

なんて、まるで興味も知識も持ち合わせていない琢磨なのだった。

「そんなわけないでしょ。お父さんと一緒に入場するの」

「それで、花婿さんに引き渡すのか」

「そう。それから神父さんが、誓いの言葉を述べさせて」

「新婦のえみちゃんが、誓いの言葉を述べさせるのか?」

「やだ、違うよ。そんなわけないじゃない。教会の神父さんよ」

「教会の新婦さん?」

なんてわざとすっとぼけるから、思わず噴き出した。うまくご機嫌取られちゃった気分。

「神父って、偽物じゃないのかよ」

と琢磨が聞いてくる。

「ううん。ちゃんとした外人さん。しかも、ドラマみたいに、つたないしゃべり方の日本語。あれって、わざとじゃないのかなあ」

「日頃は、日本語べらべらだったりして」

「大いにありそう。だって、ずっとそこで働いているんでしょ」

「それは、どうだろう」

琢磨はハンドルを右に切った。手荒なドライブ方法。わたしはおもむろに、その頬を指先で突っついてみるのだった。

「なんだよ」

「うん。なんでもない。何となく、突っつきたい年頃」

「なにそれ」

やっぱりつれない返答。しかも、

「指輪のあとで、ぶちゅっとキスなんかかわすのか」

まるでオヤジみたいな聞き方をしてくる不始末。せっかく今日はドレスアップしてるんだから、こんな時くらい、もっと口調を考えて欲しいと思う。まあ、琢磨だから、無理な注文と言えば、無理な注文なんだけど……

「もっとオシャレな言い方出来ないわけ」

「オシャレな言い方って。たとえば?」

「二人はくちびるを寄せ合ってとか」

そう答えたら、また笑われちゃう。もう、台無し。

「じゃあ聞き直してやるよ」

「すぐ、そうしなさい」

「嫁婿双方、公衆の面前にて接吻などいたしましたかって、これならどうだ」

「やだあ。そんなの滅茶苦茶じゃないの」

こんどはこっちが噴き出した。

「とにかくね、おでこのあたりでお仕舞いなの。ちょっと残念」

「やっぱ、日本人だから恥ずかしいんだろ」

「琢磨だったらどうなの」

「俺は、断然OK派」

「本当に?」

「うーん。どうかな。いざとなると、やっぱり恥ずかしいかもな」

 押し流す対向車線のヘッドライトが、彼の照れくさそうなほほ笑みを写しだしては過ぎてゆく。琢磨の表情が不意に、ぱっと影になる。なんだか不思議な光景。わたしは意味もなく、今日の披露宴の演出を思い返していた。

「それでさあ。披露宴がすごい凝ってるの。花嫁花婿の、再登場の時なんて、レーザー光線がぐるぐる回っているうちに、窓の並んでいる黒いカーテンのあたりから、十本くらい、ガスの炎が立ちのぼってね」

「そんな馬鹿なことやってたのか」

「馬鹿とはなによ」

「だって、そんなんで幾ら掛かると思ってるんだよ」

「いいじゃない。一生の思い出なんだから」

「そうかな」

「そうなんです」

とまた、ほっぺたに中指を当ててみたら、今度は琢磨は何も言い返さず、にこりとしただけだった。何となく、心触れ合うみたいな気分。

「そこからが、なんだかびっくりしちゃった」

「どうせ、カーテンが上がって、二人が登場してくるんだろ」

「それがただ事じゃないのよ」

なんて、つい思い出し驚きなんかしちゃう。

 だって、二人の演出は……

  あれは演出だったのだろうか?

   それともハプニング?

  あんなの、空前絶後。

 前代未聞。天地無用……

ってこれは、ちょっと用法の間違い。

「まずね。花婿さんが、自転車で窓ガラスの向こう側を、全力疾走して駆け抜けるの」

「ずいぶん変わった演出だなあ」

「まだまだこれからよ」

「そうなの?」

「その後ろからね。黒装束の、黒マントの、仮面を付けた悪(あく)の一味が三人で、それを追い掛けていくのよ」

「悪の一味? なんだそりゃ」

「たぶん、花嫁さんを奪い取ろうって、悪の一味らしいんだけど」

「そりゃあ、またずいぶん、風変わりな演出だなあ」

「それで、式場の入口がバンって開いてさあ。花婿さんが、花嫁さんを抱っこして、ご入場ってわけ」

「それで、後ろからマントが追い掛けて来るんだろ。花婿が、そいつらを蹴散らしてハッピーエンド」

「そうでしょう。普通。それが、違うのよ」

「違うの?」

彼ったら、思わず釣り込まれて、こっちを向いちゃった。

「ちょっと、危ないじゃない。前を向いてよ」

「おお、悪りい」

と言いながら、また急に左に折れ曲がる。もう、わざとやってるんじゃないかなあ。この手荒なドライブ。

「ねえ。タクシー代わりに使ったからって、拗ねてるんじゃないの。向こう見ずなドライブなんかして」

って尋ねたら、

「違うって。なんだか、結婚式って聞くと、ちょっと、こう、情熱が高まるっていうか」

 本当かな?

  だったら、いっそのこと、

   なんて、肝心なひと言は、

  いつも、しどろもどろで、

 そのうえ、すぐにはね飛ばされてしまうのだけれど……

「それで、どんな演出だったんだよ」

彼ったら、そっちの方に、関心が移っているらしい。

「それがね。あれは演出だったのかなあ……」

ってわざとじらしてやるんだ。

「なんだよ。一人で納得してないで、早く教えろよ」

「聞きたい?」

「聞かせてくださいって、お願いしちゃうくらい聞きたい」

「よろしい。あのね。後ろのほうの席から、いきなり子供が走りだしてきてさあ。たぶんヒーローもののアニメかなんかのキャラクターのつもりなんだろうけど、いきなりその三人の黒マントに立ち向かっていっちゃったの。それがもう、迫真の演技」

「子供が?」

「花嫁は僕が救うんだみたいなこと言って、必死にパンチを繰り出しているのよ」

「それも演出なのか?」

「うーん。会場の様子から見ても、あれは子供が勝手に飛び出してきたんじゃないかなあ。イレギュラーよ、イレギュラー」

「それで、子供が新郎に代わって悪い奴らを撃退したってわけか」

「そうなの。なんだか、こだわりの演出になっちゃった。その子、みんなに拍手されて、花婿さんからお褒めの言葉をいただいて、テーブルに帰っていったよ」

「そりゃ、すごい演出だな」

「そうだ。一部始終を、カメラで回してたから、後でえみちゃんに請求して、見せて貰おう」

「ビデオ業者のやつか。あれは後から買うか買わないか決めるんじゃないのか」

「そうじゃないの。えみちゃんのお兄さんって人、なんだか、もやしみたいな白い顔して入院患者みたいだったんだけど、すぐ近くで撃退シーンを取っててくれたのよ。そうしたら、傑作」

「だから、一人で納得して、笑うんじゃねえ」

「ああ、ごめんね。それがね、ビデオを回していたお兄さんに対して、どうやらその子供が、ちゃんと助けなくっちゃ駄目じゃないかとか、説教してたらしいの。撃退した後で」

「そりゃいいや。きっと、そのシーンも入ってるだろう」

「お兄さんってひと、カットしちゃったりしないかなあ」

「俺がそいつなら、絶対カットしたりしないな」

「じゃあ、やっぱり早いうちにメールで、見せて欲しいって連絡しておこうか」

「うん。ちょっと見たい気がするかも」

またハンドルが右に折れ曲がる。

 ぱっと眩しい、パチンコ屋の照明が、私たちの笑顔を照らしては、ネオンに色彩を移しゆく。それからまた、闇の住人。ところどころに、見下ろすみたいな路上光線。町並みの彩りがきらきらきらきら。

 なんだかわたしは、披露宴のレーザーやら、照明の続きを見ているみたいで、こころがいつもより高揚している。恋する二人の特別日和を見せられちゃったから、ありきたりの私たちが、ちょっぴり特別なものに思える瞬間なんだ。ガソリンスタンドの看板を過ぎながら、対向車線が眩しくなったり、淋しくなったりを繰り返す。まるで、宵のロマンチック街道みたい。

「他には、どんな演出があったんだ」

 琢磨が聞くに任せて、わたしは赴くままに紹介を繰り広げた。教会の式典で手を合わせる花嫁花婿の儀式が、混乱のうちに終始したこと。その後、ブーケ投げの時に、わたしには飛んでこなかったこと。風船が舞い上がって、強風で不思議な渦巻きみたいにして、太陽光線の斜めに差し込める、不思議な曇り空へと消えていったこと。披露宴でのケーキカットの時、えみちゃんが、わざと大きく切って、新郎の口に入らないくらいに、むりやり食べさせていたこと。すべてがだらだらのうちに浮かび上がってくるのだった。

「ああ、それからね、スクリーンが降りてきたよ」

「それなら、知ってるぜ。今までの経歴とか紹介するんだろ」

「そうなんだけど。わたしも、昔の写真の中に写ってたの。懐かしかったなあ」

「若かりし日々の夢物語ってか」

「ちょっと、それ、どういう意味よ」

と糾弾したら、琢磨は知らんぷりして、口笛なんて吹いている。横の頬をグウに殴る真似をしてみたら、

「お前なあ。せっかくドレスアップしてるんだから、今日くらい、おとなしくしてろよな」

なんて言われてしまうのだった。

「いいの。おしとやかを続けてたから、反動が来ちゃった」

「それで、俺がとばっちりか」

「悪い?」

「雇われ運転手の悲劇的心情」

「拗ねない。拗ねない。なんの関係もない人なんか、連れて行けないでしょ。だからさあ」

「だからなんだよ」

「関係ある人になったら、連れて行けるかも」

「なんだよ、さっきから。結婚式なんか見せられて、急に結婚願望の女になっちまったわけか」

「そういうわけでもないけど……もう」

「もう?」

「もういい」

「お馬鹿な奴」

 ハンドルを片手にして、彼ったら急にわたしの頬を突っつき返してきた。なんだか不意に、嬉しいんだか、哀しいんだか、分からないような涙が出そうになってしまい、恥ずかしいものだから、慌てて思い出した風を装って、

「そうだ、あとね、太鼓の実演があったよ」

「太鼓って、洋式のパーティーじゃないのかよ」

「えみちゃんってね、なんでだか一時期、太鼓の一味に加わって、打ち鳴らしていたことがあるんだ」

「へえ、変わった趣味だな」

「そうなの。でも三人とも女の子だったんだけどね。勇ましくって、堂々としていて、それでけっこう綺麗なんだもん。太鼓も悪くないって気がしたよ」

「そりゃ、悪くもないが」

「なに。やっぱり琢磨はギターひと筋?」

「だって、ギターだったら、おめでとうって歌ってやることだって出来るだろ。ショータイムにはうってつけじゃないか」

「そんなこと、実演したことあったの?」

「それが、実際はなかなか照れくさくって。披露宴で歌うなんて、プロくらいの歌唱力がなくっちゃ、俺みたいな下手歌じゃ、さすがに恥ずかしいさ」

「でも、結構うまいよ。それだけはね」

「けっ。それだけで、悪うございました」

なんて、また二人で笑っているのだった。

 いつの間にやら、登竜門を過ぎ去って、私たちは高速道路の試練に立ち向かう。それは恋人たちの試練の道なのだ……なんていうのは、冗談だけれど、単調なスピードで突っ走る夜の車窓は、一本調子すぎてちょっと味気ない。わたしはやっぱり、披露宴のことばかり話しているのだった。いつもより高揚気味なのが、隣にいる琢磨には分かってしまう。けれども、それを悟られたくないほどの距離感でもないから、みんな悟って貰ったって別に構わないんだ。

「最後にねえ、新郎の挨拶の時に、なんか感極まっていたよ」

「誰が?」

「新郎自身」

「そうなの?」

「あれはきっとねえ。今まで不良でお母さんに迷惑を掛けてきたことを、フイに思い返して、恩返しのなみだが溢れてきたのよ」

「ほら、またお得意の創作文芸が始まった」

「だって、わたし確かに、そう、感じたんだもん」

「女の第六感ってやつか」

「そう、命中率百パーセント」

「誰もがそう信じてる。それで本当の命中率なんて誰も知らない。世界七不思議の最高峰。それが女の第六感」

なんて、琢磨が格言めいたことを言うので、ちょっとびっくり。

「なんなのそれ。わたしのことを糾弾してるんじゃないでしょうねえ」

「だから、右腕をこっちに寄せてくるな。危ないだろうが。そこでおとなしく座ってろ。披露宴の日に事故ったらシャレにならないじゃねえか」

「そうでした」

てへっと舌を出してみせた。

 わたしはいつもよりなんだか、とってもハイテンション。新郎新婦の喜びがそのまま乗り移って、参加者たちのこころに煌びやかな錯覚が沸き起こるに違いないんだ。だって、あんな綺麗なウェディングドレスなんだもん。やっぱり、美しいうちに着たいなあ。

「なに、ぽかんと惚けているんだよ」

「ごめん。ちょっと式のこと思い出してた」

「自分もやりたくなっちゃったってわけか」

「なによ。前から、そう言ってるじゃない」

「恋人と、夫婦とはまた、似ているようで異なるものだからな」

 琢磨は複雑な家庭環境に育ったから、結婚とか夫婦の関係に、ある種の嫌悪……分からないけど、ちょっとした抵抗があるらしかった。わたしはそれを知っている。でも……

「いいじゃない、駄目になっちゃったら、別れればいいんだし」

と尋ねてみたこともあるけれど、いつだって、

「そんな関係はなおさら嫌なんだ」

なんていうのが琢磨のはずだった。

 披露宴の帰り道の、

  味気ない高速道路。

 それなのに、彼は、

今日はいつもと違うことを呟いた。

「じゃあ、俺たちも結婚してみるか」

なんて、いきなり真面目な声で、ささやいたのである。

 わたしは急にどきりとした途端に、まるでこころが震えるみたいに力が抜けちゃって、そうしたら、ひと言でもなみだが落ちそうなくらい、想いが溢れてきたものだから、だらしない、ただ黙ったままで、こくこく頷くのが精一杯になってしまった。それを誤魔化すみたいに、彼の握ったハンドルの、左手のあたりをぎゅっとつねってみる。

「痛っ。お前なあ。俺が本気で話してんのに、そういうことするか、普通」

と琢磨が訴えてくるものだから、

「危ないから前を向いてなさい」

と震えるような声のままで答えちゃった。

「なんだ、お前、泣いてんじゃねえのか」

「だって、嬉しいんだから。しょうがないじゃない。夢かどうかつねってみたの」

「人の腕で?」

「そうよ」

 そうしたらいつの間にか、つねったはずのその左手が、不意にわたしの右手を握りしめた。彼は片手運転。わたしは、なんだか心臓がどきどきしちゃって、やっぱりなみだ目。遠くの町あかりがにじんで揺らめいている。眩しい外灯の下をくぐり抜けるとき、顔を見詰められたような気がして、ちょっと恥ずかしいくらい。わたしはそっと、彼の左手を握り返してみるのだった。



 ああ、今日は素敵な結婚式だったなあ。

  まだウェディングドレスの面影が残っているから、

   暖かい手の平をこころに焼き付けるみたいにして、

  わたしはすっかりお淑(しと)やかを取り戻しつつ、

 二人はもう言葉も忘れたみたいになってしまい、

宵のドライブを続けていくのだった。

 あるいは、宵の高速道路は、

  二人のための宿命の道なのだろうか。

                    (おわり)

作成

[2010/6/23-25、6/30]
(原稿用紙換算21枚)

2010/06/30

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