古事記による第1変奏4、ヒノカグツチ

[Topへ]

イザナミの死

ここまでいと易(やす)く神を生みなしたイザナミの命、
オホゲツヒメを生みなしたのち、
にわかに苦しみもがきませる。
悪阻(つわり)を堪(こら)えて言うには、
「かつて天つ神、身を焦がすほど憎き神を生めり、
と占い告げたのはこれでしょうか。」
と呻(うめ)き訊ねれば、
イザナキの命なすすべを知らず、
愁いと苦痛が初めて生まれたのである。

 その苦しみの果てに生みなした神の名は、
焼ける火の神である
ヒノヤギハヤヲ(火之夜藝速男)の神、
またの名を、輝く火の神である
ヒノカカビコ(火之炫毘古)の神、
またの名を、焦げ揺れる火の神である
ヒノカグツチ(火之迦具土神)の神。
生まれすなわち燃えさかれば、
現れたる股のあたりを焼き焦がした。
以来この所をホト(火処・陰)という。
イザナミの命は呻(うめ)き苦しみ、
激しき叫びは大地を揺さぶり、
地は裂け崩れて、最果(さいは)ての国まで達した。
すなわちこれを黄泉(よみ)の国という。

 イザナミの命は、
「我(あ)が生める子、まだ生み終えず」
と愛すべきイザナキの手を握り、
ホト(火処)に替わるあらゆる所より、
さらに神を生みなした。

 まずたぐり(嘔吐)になりませる神の名は、
どろと燃える鉱物の神である
カナヤマビコ(金山毘古)の神、
妹カナヤマビメ(金山毘売)の神。
つぎに屎(くそ)になりませる神の名は、
焼き固めし粘土のごとき土の神である、
ハニヤスビコ(波邇夜須毘古)の神、
妹ハニヤスビメ(波邇夜須毘売)の神。
次にゆまり(尿)になりませる神の名は、
水の精霊であるミツハノメ(弥都波能売)の神、
養蚕と穀物の神である、
ワクムスヒ(和久産巣日)の神。
この二柱の神、
親神に倣(なら)いまぐわいして、
豊(とよ)める食物(うけ・うか)の神である、
トヨウケビメ(豊宇気毘売)の神を生みなし、
アメノトリフネより
トヨウケビメまで合わせて、
八柱の神を生みなした。

 これを見届けたるイザナミの命、
「もう子を生む力もなし。
残り神はあなたに委(ゆだ)ねます。」
と枕許でイザナキに告げると、
逞(たくま)しき彼の手を握り、
持てる力を振り絞って、
自らの子をイザナキに念じ渡した。
そして火の神を生みなしたことによって、
ついにその御霊(みたま)はその身柱(みはしら)を離れ、
いずこかへ消えてしまったのである。
柔らかき体が崩れ、
もたれかかった時、
イザナキはそれが理解できず、
彼女を抱(いだ)き起こしては肩を揺すり、
抱(いだ)き起こしては名前を呼んだ。

 ここに諸々(もろもろ)の子神(こがみ)より来たりて、
「母の神避(かむさ)りましき。」
とその死を悼(いた)めば、イザナキの命、
「いとしき我(あ)が汝妹(なにも)の命よ、
この一つ火(ひとつひ・火の神)と
命(いのち)代えようとは」と嘆き、
身柱の御枕方(みまくらえ)にはらばい、
御足方(みあしえ)にはらばい、
さわに泣き濡(ぬ)れたその涙は、
頬よりしたたり流れを集め、
ついにナキサワメ(泣沢女)の神となった。
これは香具山(かぐやま)のふもとの
木の下(もと)に奉られています。
神避(かむさ)りましイザナミの命は、
出雲(いずも)の国と、
伯技(ははき)の国の境にある比婆(ひば)の山で、
生みなした土の許(もと)に還(かえ)されたのである。

ヒノカグツチ

 悲しみと怒りは血を通わせ、
今はただ燃え笑う火の神が憎い。
すなわち腰に穿(は)かせる
十拳剣(とつかつるぎ)を抜いたイザナキの命、
その子カグツチ(迦具土)の神を斬り裂き、
燃え盛る首を討ち落とした。
煌めく御刀(みはかし)の先に跳ねた血は、
岩々に走り付きて燃え上がり、
それぞれに神を生みなした。
まずイハサク(石折)の神、
次にネサク(根折)の神、
次にイハツツノヲ(石筒之男)の神。
これらは憎しみの力が石に乗り移った神である。

 イザナキの怒りは収まらず、
続けてカグツチの胸を切り裂く時、
御刀(みはかし)の血は刃(やいば)を染め、
ゆつ石村(いわむら)に
走り就(つ)きて《前と同じ意味》燃え上がり、
さらに神を生みなした。
まず雷電の神であるミカハヤヒ(甕速日)の神、
次に雷光の神であるヒハヤヒ(桶速日)の神、
次に彼らを束ねる雷神、
タケミカヅチノヲ(建御雷之男)の神、
またの名は、タケフツ(建布都)の神、
またの名はトヨフツ(豊布都)の神。

 イザナキの怒りは無くならず、返す刀で胴を切り刻む時、
御刀(みはかし)の血は指を垂れ、
大地を流れて燃え盛り、さらに神を生みなした。
すなわち滴る血筋のうねりより生まれ、
蛇のごとくに現れたのは、
クラオカミ(闇淤加美)の神、
次にクラミツハ(闇御津波)の神、
共に流れを司り、
後に水の精霊となった。
これによりて火より水を生むという。

[クラオカミの神は、タカオカミの神とも呼ばれ、
オカミ(淤加美)の神の姿は竜のごとしといわれる。]

 この御刀(みはかし)より生まれたる八柱の神は、
後には恐ろしき怪神(あやしがみ)として知られし神である。

 またきざまれしカグツチの体からは、
マサカヤマツミ(正鹿山津見)の神より先、
オドヤマツミ(淤縢山津見)の神、
オクヤマツミ(奥山津見)の神、
クラヤマツミ(闇山津見)の神、
シギヤマツミ(志芸山津見)の神、
ハヤマツミ(羽山津見)の神、
ハラヤマツミ(原山津見)の神、
トヤマツミ(戸山津見)の神、
合わせて八柱の神を生みなし、
山つ神としてオオヤマツミのもとにいたります。
これによりて葦原の中つ国は焼き亡ぼされることなく、
火の神の恩恵が行き渡った。
この時、
イザナキの命が振るう刀(たち)の名を、
アメノヲハハリ(天之尾羽張)といい、
またの名をイツノヲハハリ(伊都之尾羽張)という。

2007/07/30

[上層へ] [Topへ]