古事記による第2変奏4、天の石屋戸

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「天の石屋戸(あめのいはやと)」

 アマテラス大御神はその日、オホゲツヒメと巫女の弔いを済ませると、自ら喪に服して、天の石屋戸(あめのいはやと)を開きて、その中にさし籠(こ)もってしまった。驚いたのはもろもろの神である。天照(あまて)らすその姿が見えなくなると、神々の心は灯火(ともしび)をなくしたようで、葦原の中つ国には太陽が昇らなくなり、ツクヨミの命が夜を忍ばせるという闇が、常夜(とこよ)の国を生みだしたからである。これにあわせて大地の隙間という隙間から、黄泉つ国の厄(わざわい)が五月蠅(さばえ)をなして満ちあふれ、万(よろず)の厄(わざわい)ことごとく起こったのである。これまでアマテラス大御神を軽んじていた神でさえも、あまねく天地を照らすそのふところの広さを知ると、初めて天つ国を知らす神であると了解した。了解はしたが、アマテラスは出てこない。呼べど叫べど返事は来ない。いつになくはしゃいでいるのは、出番を貰ったツクヨミの命ぐらいのものだ。困り果てた神々がようやくのことアマテラスを天の石屋戸より迎え戻した経緯は、今では太陽の再生を賛える神々の祝歌(いわいうた)になっている。

コロス:
 これに困りて、
八百万(やおよろづ)の神、
天の安河原(あめのやすのかわら)に集(つど)いて、
タカミムスヒの神の子、
オモヒカネ(思金)の神に相談して、
まず常世(とこよ)の長鳴鳥(ながなきどり)を集めて
日の出を促(うなが)し、
天の安河原(あめのやすのかわら)の堅石(かたいわ)を取り
鉄を鍛(きた)える用意をし、
天の金山(かなやま)の鉄(あらかね)を取り、
鍛冶人(かぬち)アマツマラ(天津麻羅)を探して
イシコリドメ(伊斯許理度売)の命と共に鏡を作らせ、
タマノヤ(玉祖)の命に
八尺の勾玉の五百津(いほつ)のみすまるの珠を作らせ、
アメノコヤネ(天児屋)の命、
フトダマ(布刀玉)の命を呼んで
牡鹿(まおしか)の肩骨を抜かせ、
また桜桃の皮を剥ぎ肩骨をくべ、
すなわち骨を割りて占わせたのち、
祭儀の榊(さかき)を根本から抜かせ、
上枝(ほつえ)には
八尺の勾玉の五百津(いほつ)のみすまるの珠を付け、
中枝(なかえ)には
八尺鏡(やたかがみ)を取りかけ、
下枝(しづえ)には
神を祭るシラニキテ、アヲニキテを垂らして、
これをフトダマの命に持たせ、
アメノコヤネの命、
朗々と祝詞(のりと)を諳(そら)んずるとき、
アメノタヂカラヲ(天手力男)の神は
戸の脇に隠れ立って、
アメノウズメ(天宇受売)の命は
ヒカゲカヅラの蔓(つる)をたすきに掛け、
マサキカヅラの葉をカツラとし、
笹の葉を腕に持ち、
天の石屋戸を前に平太鼓を置き、
足で踏み叩きつつ踊りに踊り、
神懸かりして、
ついには胸乳(むなち)を露(あら)わにして、
帯紐は秘処(ほと)にまで垂れ下がったのである。
しかして、
高天の原動(とよ)みて、
八百万(やほよろづ)の神、
共に咲(わら)いき。

コロス1:(原文)
ここに、アマテラス大御神怪しとおもほし、
天の石屋戸を細めに開きて、
内より告(の)らししく、
「我(あ)が隠(こも)りまするによりて、
天の原おのづからに闇(くら)く、
また葦原の中つ国もみな闇けむと思ふを、
何のゆえにかアメノウズメは楽(あそび)をし、
また八百万の神もろもろ咲(わら)う」

コロス2:(原文)
しかして、アメノウズメの申(まを)ししく、
「汝(な)が命にまして貴き神居ますゆえに、
歓喜(よろこ)び咲(わら)ひ楽(あそ)ぶぞ」

コロス1:(原文)
かく申(まを)す間(あひだ)に、
アメノコオヤネの命、
フトダマの命、
その鏡を指し出(い)だして、
アマテラス大御神に見せまつる時、
アマテラス大御神いよよ奇(あや)しと思ほして、
やくやく戸より出(い)でて臨(のぞ)みます時に、
その隠り立ちしアメノタヂカラヲの神、
その御手(みて)を取り引き出(いだ)す。

コロス2:(原文)
すなわちフトダマの命、
尻くめ縄をその御後方(みしりへ)に引き渡して
申(まを)ししく、
「これより内に、
え還(かえ)り入(い)りまさじ」

コロス:(原文)
かれ、アマテラス大御神
出でましし時、
高天の原、葦原の中つ国、
おのづからに照り明かりき。

 歌は言葉の節であり言葉のリズムであるならば、今は細かな意味を問うよりも、繰り返し唱えつつ祝歌(いわいうた)の中にいたるべし。これによりて石屋戸のくだり、鮮やかに浮かび上がらん。こうして帰りませるアマテラス大御神、弟への咎(とが)を委ねれば、八百万(やおよろず)の神、共に議(はか)り、ハヤスサノヲの命に千位置戸(ちくらおきと)を負(おお)せ、祓(はら)いのための身代(みのしろ)を出させることにした。もちろん風来坊のスサノヲに身代などあるはずもない。そこで自ら殺したオホゲツヒメの体より生まれた穀物の種を、ただ一人でひたむきに拾わせ、ただ一人で雑巾がけした祝いの殿(との)に納めさせたのである。その後、スサノヲのすさびを祓(はらう)うために、一人前の証したる髭を剃り落とし、また穢(けが)れた体から罪を祓うために、手足の爪も深く切り落とした。最後に神殺しの祓いの儀式を行うと、彼を神遣(かむや)らいに遣(や)らい、すなわち天つ国を追放したのである。この時、タカミムスヒの神の傍(かたわ)らに控えるカムムスヒの母神が優しく手渡して、オホゲツヒメの形見の種をスサノヲの命に持たせた。これによってオホゲツヒメは、斬られては種より再生し、豊かに稔る穀物として、中つ国にもたらされることになったのである。

2007/10/04掲載

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