ベートーヴェン 交響曲第6番 1楽章

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概説

・弦楽器以外の編成を木管5重奏(フルート、クラリネット、オーボエ、ファゴット、ホルン、ただし2つずつだけど。)のスタイルにして田舎の自然を表わす積もりか、金管もティンパニーも追い出されてしまった。木々を囀る小鳥達の鳴き声に、若葉がそよぎ、小川のせせらぎが聞こえる時、どうしてトランペットやティンパニーが必要なものか。そのような楽器が入ってきたら、自然はたちまちのうちに遠くにいなくなってしまうではないか。ルートヴィヒ大王はそんな心持ちで曲を書き始めたのかも知れない。

提示部(1-138)

第1主題提示部(1-66)

①冒頭第1主題A(1-4)
<<<確認のためだけの下手なmp3>>>
・まず1小節目動機をX(A-B-D-C)、2小節目動機をY(C-B-A-G-E)と定義しよう。
・第5番と同時期に作曲されたこのへ長調の曲は、5番と同様に冒頭にこれから扱う素材の提示を置いている。5番と違う点は、5番の冒頭動機が完全に旋律、メロディーではなく動機に過ぎなかったのに対して、第6番の冒頭は4小節目のフェルマータで引き延ばされてはいても、完全にメロディーラインを持った冒頭主題である。従って、6番においてはこの4小節を第1主題Aと考えることにしよう。弦楽器だけで、チェロとヴィオラの保続される空5度(第3音のない1音と5音で、パストラーレオルゲンプンクトとも呼ばれる)の上に開始される第1主題は、2小節目に旋律部分だけが属和音を通るため、2小節目は主和音上の5度の形になる。そしてこの主和音上で奏でられる旋律的属和音は、この交響曲で大きな意味を持ち、例えば最終楽章の冒頭は、全く同じような主和音の空5度の旋律的属和音が使用されている。また冒頭2小節目の音型とリズムパターンは第1楽章において最重要素材となるため、第5の時と同じように動機Yとして話を進めてみよう。3小節目の音型はすでにYから派生したリズム的逆行で導き出され、音型も逆行が意識されている。なお、この冒頭は始めにコントラバスがいらっしゃらない点でも、独特の特徴を持っているそうだ。和声的には一応3小節主和音が続いて、基本属和音で半終止する。

②主題Aの前半2小節に基づく主題提示部分(5-28) ・2つのヴァイオリンパートの掛け合いで、主題Aの前半2小節の変化したフレーズが開始される。さらに詳しく見ると、主題Aの1小節目Xが第2ヴァイオリンで開始されると、その音型(A-B-D-C)を元に応答として(G-B-G-A)を導きだし、その応答を第1主題の2小節目Yのリズムパターンに変化させたもの(Y')を2小節のペアにして2回繰り返し、次のフレーズ(9-12)は主題1小節目Xの音価を引き延ばして3小節に拡大した音型を元にしていて、その後に(Y')がおかれている。つまりこの(9-12)も結局主題Aの初めの2小節から作られているが、このフレーズをZと定義しておく。さてこのZはもう一度繰り返されるが、ここで初めてコントラバスと、木管楽器ホルンが導入され、続いて(Y')が変形して音の上昇幅が完全4度に拡張された同形音型が同じ音高で10回も繰り返されたのち、初めて上昇。クラリネットとオーボエが順次導入され、新たな主題A提示部分に入っていく。

③主題A全体に基づく主題提示部分(29-52)
・ここで初めて全部の楽器による総奏になり、冒頭のように主和音の第1音と第5音による保続の上で奏される主題Aが2回提示され、その後主題Aの変形が2回続いて終止形に続く。その変形の部分では、フルートに小鳥のさえずりのような修飾音型が現われるが、これは後の楽章でも活躍する小鳥達の声の一番目である。

④第2主題への推移(53-66)
・木管パートが初めての3連符を特徴的に和音連打すると、それに答えて、ヴァイオリンが冒頭主題の1小節目を元にした単一声部で上昇していくという薄い声部書法の推移。今までたった一度も短3和音に足を踏み込まなかった楽曲が、初めて第2主題への離脱において(F dur)のⅥ和音に足を踏み入れ、原色に照らされた風景に一瞬雲が通過したような効果を持って、提示部分唯一の短3和音(一度か、たった一度で聴衆を射止めてしまえるのか!)を通過する。そして同じ音型を使用しながら(C dur)に転調、第2主題へ到達する。

第2主題提示部(67-)

①第2主題提示(67-74) C dur
<<<確認のためだけの下手なmp3>>>
・8分音符の分散和音的音型を対主題に持つ非常に動きのゆっくりとした第2主題Bがチェロで奏される。第1主題の冒頭同様弦だけで開始されピアノで開始、79小節になってから漸くフルートが入ってくることになる。

②引き継がれた第2主題のストレット的提示(45-92)
・チェロで提示された第2主題Bが対旋律を伴って、ヴァイオリンで提示されると、次の提示フルートはヴァイオリンの第2主題の後半部分と重ね合わさりストレットを形成、フルートの後半に3回目の第2主題であるチェロ&コントラバスが重ね合わさって、その後半にホルンの第2主題前半部が、1小節遅れてオーボエの第2主題の前半部が導入されすべての楽器が登場、密度を高めて次の終結部に向かう。つまり第2主題の開始からここまでは強弱記号からも、声部書法と楽器導入の方法を見ても次の終結部分のフォルテでの提示に向かって、次第に次第に時間を掛けてのクレシェンドになる。面白いから、この穏やかなクレシェンド効果をパストラーレクレシェンドと命名しておこう。さらに弦楽器の伴奏パートも第2主題の開始に8分音符だったものが、8分音符の3連符に替わり、さらに16分音符へと細かくなってフォルテに到達する。ここにはもっとも単純で初歩的でありながら、もっとも効果的な書法が全く無駄なく配置されているので、つい感動して涙を流してしまう。(平気で嘘を書くな。)

終結提示部(93-138)

①終結部主題提示(93-99)
・この終結部用の主題はYを逆行形にして4音上昇し、反転して戻ってくる音型を前半2小節に使用し、後半2小節をAAA前半のリズム音価を2倍にした音型から導き出している。

②終結部主題の変形(100-114)
・終止主題がもう一度繰り返されるが、途中に3連符が入り込み、続いて終止主題の後半部分だけが拡大されて2回繰り返される。その2回目には3連譜が効果的に導入される。

③Yリズムの前半による終止部(111-134)
・Yリズムの前半を使用して完全に終止的な部分に入るが、実際上この部分はすべて保続主音上に引き延ばされた、膨大な主和音になっている。主和音の上で主和音を讃えるべく長い主和音讃歌が続くのは、牧歌的な曲のもっとも基本的な戦略である。これ以降Y前半のリズムパターンと3連譜の重ね合わせという簡単で効果的な方法をとりながら、次第に声部を減らし、次ぎに向かう推移音型が現われるまでひたすらデミヌエンドしていくことになる。・・・それじゃあ、こっちはパストラーレデミヌエンドと言うことで。

④推移(135-138)
・実際は134で終止部は終わりだが、繰り返して提示部冒頭に戻るにしろ展開部に向かうにしろつなぎの部分が必要なので、第2主題に向かうつなぎの部分と同じ冒頭主題1小節目の音型を使用して、再び(F dur)に転調している。

展開部

 パストラーレ的な楽曲の醍醐味は長調のⅠの3和音でどれだけ戦えるかである。嘗てヴィヴァルディも春において主和音上で驚くべき効果を成し遂げたが、さらなる高みに達することは出来ないか。この展開部は、この難題を見事打ち破ったベートーヴェンの驚くべき長調3和音讃歌になっている。そして讃歌の中心は主題Aの2小節目の音型とリズムパターンだけで形成されている。

①冒頭第1主題の初めの2小節に基づく推移的部分(139-150)
・保続和音上に主題Aの前半2小節の音型が2回繰り返され、提示部第2主題への推移と同じ音型Xを使用した推移的部分で(B dur)に転調。続けて(B dur)で主題Aの前半2小節の音型を2回繰り返して、いよいよ第1楽章のその時を迎えることになる。それはまさしく途方もない長3和音讃歌であった。

②主題Aの2小節めの音型に基づく部分1(151-190)
・(B dur)の基本長3和音の上での長三和音讃歌が、Yの音型だけを使用してひたすら繰り返されるが、ここではYのリズムに対して伴奏形に3連符が分散和音的に絡み合っている。振り返ってみれば、第2主題に到達する前に初めて単独の和音連打として登場した3連符は、第2主題後半の経過的伴奏3連符を経て提示部の終結部でようやくYと絡み合うようになるが、しかしそれはまだYに対して3連符の同音連打が続くに止まっていた。ここにいたって初めてYに対して3連符が対旋律的な絡み合いを見せるようになるのである。この控えめに水面下に起こっているような発展も見逃さないで欲しい。(誰に言ってるんだ?)この讃歌部分のY音型は基本的にヴァイオリンで奏され、開始音の変化も、木管楽器の使用もビックリするくらい簡単に出来ている。まるで、オーケストレーションを始めたてのうぶな学生さんのよう。もっとも単純なものは、同時にもっとも効果的であったという例をここにも、そこにも見つけてしまうのが第6番の特徴なのかもしれない。しかし、例えばこの部分が自然に聞こえるとしたら、それは楽曲構成が的確に組み立てられて、そこに至るまでのプロセスや、前後関係から見たその場所の必然性、全体における配置が、聴衆の情感の変化に対して最適に計算されていることに他ならない。このような大楽章内での各パートの最適配置が比類ないものだからこそ、この単純さが生きてくるのだし、この作曲者が大王と言われるゆえんなのだろう。これは、同じぐらいのことは直ぐに出来ちゃうと思いこんで、したり顔で説明を加えているような、どこかの国のお優し作曲家には、到底真似の出来ない技法なのである。
・閑話休題、さてピアノで始まったYによる長3和音讃歌は、非常にゆっくりとクレシェンドしながら、164小節めから今度は(D dur)の基本長3和音に変化。3度調の同主長調に転調する。3度関係(つまり3度調と6度調)への転調は、元々の調性から近親でない場合でも、比較的よく行われる転調である。調が離れているじゃないかと心配しなくても、自然に聞こえるから心配しなくて良いよ。(だから誰に言っているのだ。)さて、またまた延々とYの音型とそれに絡み合う3連符分散和音だけで、のらりくらりと過ごしているようにも聞こえるが、そのあいだにも次第に音量は大きくなり、漸く3連符の回転が止ると、木管群のY音型に対する3連符伴奏がそれまでの回転の力を利用して付点4分音符のリズムでバウンドして、フォルティシモに達する。
・178小節で②の主要部分は終止。179小節からは伴奏のないY音型だけによる部分で、実は次に向かう推移として機能している。全く同じ音型を、全く同じ和音のまま、開始音の位置の変化や、伴奏パートの使用方法と強弱だけで、②の部分の派生、発展と終止、さらに次への推移と意味の書き換えを行っているため、私たちはこれを聞いていても飽きない。Yによる推移的部分は、やがてYの前半部分のリズムも抜け落ちて、Yの後半だけがピアノで奏されると、やがて主題Aが(G dur)で登場し次の部分に入る。これまでの膨大な(D dur)が、長いⅤの和音となって(G dur)に到達するわけだ。

③(G dur)による主題Aの提示(191-196)
・念のために書いておくと①などの番号は便宜上付けているので、特に展開部などでは常にそこで分けられると思わないでください。
・主題Aが完全な形で提示されると、漸くⅠーⅤのカデンツが登場するがたった6小節の主題提示を抜けた先には、新たなるY音型による長3和音讃歌が待ちかまえていた。つまりこの主題の提示はさらに2倍の長さの讃歌を全くたるまないで行うための、送り出し装置として機能している。前の(D dur)のY音型連続からそのまま(G dur)のY音型連続に移った場合との違いを考えてみるのが一番簡単だが、この主題A提示が展開部で何か新しいことが起きたことを告げてくれるために、次のY音型連続が幾分次の段階での同型連続のように聞こえることになる。

④主題Aの2小節めの音型に基づく部分2(197-236)
・またまたY連続音型が、3連符分散和音を伴って開始され、209小節からやはり3度関係の転調を行い、6度調の同主長調(E dur)に入る。その後半ではフルートに8分音符の分散和音形も加わり、②の時から控えめな発展がされていることを発見。再びフォルティシモでY音型上の木管楽器付点4分音符に到達する。そのまま伴奏が抜けて、Y音型のまま意味の書き換えが起きれば、短いデミヌエンドの推移を抜けて、再度(A dur)の主題A提示に到達する。

⑤(A dur)による主題A提示(237-242)
・だから番号は便宜上のものだって言っているではありませんか。(A dur)の主題Aが提示され、あなたは今までの膨大な(E dur)の主和音が実は(A dur)の属和音だったことを思い知ってしまうわけだ。主題の最後に前回と同様カデンツを形成、久しぶりに属7の和音が出てくる。改めて振り返れば、展開部に入って以来3和音以外の和音が出てきたのはこれで4回目、そしてなんと各調のⅠ和音以外の和音がこれで9回目という驚くべき事実がゆとりを持って横たわっているのであった。ここから先、再現部に向けて転調密度と和音変化が高くなるので数えるのはやめておくが、ここまで展開部の開始から103小節、そのうち94小節は各調の主和音だけが奏でられていたのである。ベートーヴェンよ、君はいったいなんてことをしでかしてくれちゃったのだ。

⑥Z音型に基づく部分から推移へ(243-278)
・続いて冒頭(9-12)小節のフレーズZが奏されると、以降Zを使用しながら展開部から再現部に向けた推移へ入っていく。その2回目の提示では木管楽器が鳴りやみヴァイオリンに16分音符の細かくこれまでになかった伴奏が加わるため、実際に聞いている感じでは246までが一つの部分で、247から新しい部分が始まるようにも感じる。16分音符伴奏付きは、今度は(D dur)に転調してZ提示、すると次の提示は(g moll)に入りZを提示する。この(g moll)は1楽章全体での唯一の短調であり、たった6小節の短調の中に現われる2回の短3和音が、展開部の中に含まれる短3和音のすべてである。だからこそこの短調部分が非常に印象的に心に残るが、それはこの前に徹底的に長3和音讃歌を繰り広げたためでもある。Zを使用しながら、(C dur)さらに(F dur)へと転調し、やがてⅣ度音上の推移から、主題Aの再現へと繋がる。

再現部(179-)

第1主題再現部(179-345)

・主題Aが提示部の冒頭主題提示と同じように導入されると4小節めで半終止、するとそのままヴァイオリンだけの6小節のカデンツが交響曲第5番の再現部のオーボエカデンツのように奏でられ、提示部と同様第1主題前半2小節に基づく部分に入っていく。ここでは、展開部で成長した分散和音的な3連符が絡み合い、提示部とは大分印象が異なって聞こえる。再現部は、繰り返しではなく、新たな事象でなければならない、それを簡単な方法で効果的に示した例をまたしても発見してしまうわけだ。以下の進行はほぼ提示部のように進んでいく。

第2主題再現部(346)

・基本通り(F dur)のまま第2主題Bが奏される。

終止再現部(372-413)

・再現部の終了まで、ほぼ提示部通りの進行をする。

コーダ(414-512)[解説がちょっと遊んでるが]

・展開部の導入と同じパッセージがマクベスも眠れる穏やかなコーダの開始を告げると、元気よく全声部が8分音符で細かく主題Aを刻み、最終的な部分の到来を教えてくれる。その後は提示部の終止部で使われていたY音型のリズムが、すべて3連符に変化することによって、またしてももっとも単純な遣り方で印象を変化させる方法を目の当たりにする。しかしただの目の当たりではなかった、穏やかな目の当たりであることが重要である。以降468小節に至るまで、Y音型は登場せず、8分音符の3連符と4分音符だけで提示部の終止部を再現するため、その動きは一層緩やかで、かつ幅広く感じられる。大王以下の作曲家なら、このままで曲を締め括ってしまいそうだが、曲全体の構成を完全なものにするためには、再びY音型の復帰と主題Aへの回帰が必要だ。言われてみればその通りだが、考えつくのは難しい。次第にデミヌエンドしていく3連符の終止的パッセージの中にやがてY音型がPPで順次現われ、置き換わると、カデンツを形成。クラリネットとファゴットだけで主題Aの3小節目を元にした旋律と伴奏が印象的に開始され、再び3連符に置き換わりⅠの保続音へと入っていく。やがて保続音以外の楽器は鳴りやみ、保続音にのせて冒頭主題Aがヴァイオリンで奏でられ、拡大されてフルートに引き継がれ、総奏へ繋がって最後のⅠーⅤーⅠの和音カデンツに到達して曲を終わる。その時マクベスはもうぐっすり眠っていた。しかしダンカン国王もまた、すでに眠りについていたのである。

2004/6/23

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