「大和物語第58段『黒塚』」古文と朗読

「大和物語第58段『黒塚』」古文と朗読

 前回に続いて、平兼盛の三段目。といっても、本来は段落などありませんから、全体が平兼盛を扱った、物語の部分であったというだけのことですが。今日では便宜上、段を設けて説明しますから、ここでもそれに従っています。

 安達ヶ原黒塚は、今日の福島県二本松市にあって、阿武隈川東岸あたりの地域。ここは、人食いの鬼婆が、食べようとした旅人に逃げられて、追いかけるが成仏させられてしまうという、「安達ヶ原の鬼婆」の伝説で知られています。その鬼婆が葬られたのが、黒塚という話です。

 それで、鬼の伝説があって、兼盛が和歌を詠んだのか、そうではなくて兼盛の和歌が知られすぎたために、ねじ曲げられた伝説が生まれたのかという、疑惑も起こってくるようで。

 ただ、何も無く娘たちを鬼に喩えるなら、あまりにも鬼が唐突だし、「鬼が籠もっていると聞くけど、それは本当ですか」という和歌の問いかけからも、もともと黒塚に鬼婆伝説があって、それに掛けたと考える方が自然だし、和歌の面白みも湧いてくるのではないでしょうか。

 そして、物語は平兼盛が、黒塚にいた娘さんを嫁に貰おうとして、他の男のところに嫁がれてしまった、失恋話の体を取っていますが、はたして、執筆者がこの段を描いた理由は、それが第一義としてあったのかどうか。

 むしろ和歌を眺めていると、陸奥国の黒塚という、みやこ人にとって未知の世界の関心。もっとざっくばらんにいえば、名所の名前を織り込んだ和歌、その歌枕(うたまくら)への関心があるように思えます。平兼盛の黒塚の和歌、および、やはり陸奥国を詠んだ「名取の御湯(なとりのみゆ)」の和歌から、おなじく京の名所を織り込んだ「井手の山吹」の和歌が導き出され、ついでにレトリックに関係する、物名(もののな)あるいは隠題(かくしだい)と呼ばれる和歌の紹介を兼ねている。

 そんな平兼盛の歌枕の名歌を紹介しながら、彼のフラれ物語が、形成されているような気さえしてくるのです。そのため、恋愛が意図であればクライマックスを形成しそうな最後の和歌ですが、悪いものではありませんが、紹介された他の和歌に比べると、ちょっと面白みに欠けるくらい。完全に陸奥と井手の和歌に負けてしまっています。

 もちろん、それだからといって、ストーリーがなおざりにされることはなく、物語的な面白さがあるからこそ、紹介される和歌も生きてくる訳で、それを兼ね合せているからこそ、文学としておもしろく楽しめる訳です。

現代語訳 (今回は解説込み版)

 おなじく平兼盛が、陸奥国(みちのくに)に居たとき、源重之(みなもとのしげゆき)が、黒塚(くろづか)[福島県二本松市]というところに住んでいたので、彼の娘たちを、田舎の鬼たちと、ちょっとからかいながら、

みちのくの
  安達が原の 黒塚に
    鬼こもれりと 聞くはまことか
          平兼盛 (拾遺集)

[陸奥国(みちのくに)の
   安達ヶ原の 黒塚というところに
     鬼が隠れているというのは本当ですか?]

[娘たちに「鬼が籠もってるって本当かな」と言っているのは、おてんばの小鬼としてからかったと読んでも構わないが、あるいは「鬼が籠もっているから、おとなしくしてないと大変だぞ」と、からかいに驚かしていると捉えても構わない。]

と詠んだりしていた。やがて、兼盛はその娘の一人を嫁に欲しいと願い出るのだった。しかし親の重之は「まだごく若いので。しかるべき時が来たら」と御茶を濁すので[今日同様、「その時になったら」で会話を止めているので、その時になったら考えるのか、その時になったら与えるのか、はっきりしない。わざとお茶を濁している様子]、兼盛はみやこに戻らなければならなかったので、娘さんを井手[京都府綴喜郡井手町]の山吹の花に喩えて、

花ざかり
  すぎもやすると かはづなく
 井手の山吹 うしろめたしも
          平兼盛

[花の盛りが
   過ぎてしまうのではないかと 蛙の鳴いている
  井手の山吹のことが 気がかりでなりません]

[古今集の知られた名歌
    かはづ鳴く 井手の山吹 散りにけり
      花のさかりに 逢はましものを
を本歌取したもの。つまり、古今集の名歌にあるように、井手の山吹のような娘さんが、散ってしまったらどうしようと、心配でならないというのが、兼盛の和歌の趣旨。ストーリー的にはこの危惧が現実となってしまう上、最後に娘さんの返事もこの和歌を踏まえてなされるので、この段のキーポイント的な和歌になっている。]

と詠んだのだった。その黒塚といえば、名所の「名取の御湯(なとりのみゆ)」[宮城県仙台市にある秋保温泉(あきうおんせん)]という温泉を、恒忠(つねただ)の妻[詳細不明]が、その名称を表現に織り込みながら和歌に詠んだが、彼女こそ、この黒塚の主人にあたる人だった。[古文のこの部分いささか物語に対して記述が不明瞭で、なんらかの誤りがあるのかも知れないが、私にはなんとも言えない。]

大空の
  雲のかよひ路 見てしか
    とりのみゆ
けば あとはかもなし
          恒忠(つねただ)の君の妻(め) (拾遺集)

[大空にある
   雲の通う道というものを 知りたいものです
  鳥だけが通るもので 手がかりがありません]

[拾遺集では、この和歌が平兼盛の作になっている。ただし冒頭は「大空の」ではなく「おぼつかな」。鳥だけが知っている雲の通う道が分れば、そこをたどっていけるのに、という趣旨に、「名取の御湯(なとりのみゆ)」という宮城県の温泉の名称が織り込まれているもの。「大空の」はあるいは、温泉から見上げた印象が込められていたりもするものか。]

と詠んだのを、平兼盛が聞いて、同じように、

しほがまの
  浦にはあまや 絶えにけむ
    などすなどりの 見ゆる時なき
          平兼盛

[塩竃の浦には
   海女がいなくなってしまったのでしょうか
     どうしてか漁をする姿が 見えるときがありません]

[塩竃(しおがま)は、今日の宮城県塩釜市、当時も漁業で知られていたのだろうが、そこの海女が見えなくなってしまったのはどうしてか、といぶかしがるような和歌。この隠し題、物名(もののな)はそれが本来の和歌の意味を、損なわないように詠むのがふさわしい。その点でどちらも及第(きゅうだい)かと思われるが、この二つ目の物は、あるいは「海女たちは、漁(すなど)りを止めて名取りの温泉に行きました」のような含みを持たせているか。]

と詠んだこともあった。

 さて、兼盛が心をかけていた娘だが、結局心配した通りになってしまった。つまり、彼女は別の男と一緒に都にのぼって来たのだが、そうとは知らず兼盛が、「なんで都に来たのに知らせてくれないのです」と手紙を送ると、かつて兼盛が詠んだ「井手の山吹うしろめたしも」の和歌を、「これがお土産です」と返してよこしたので、ようやくフラれたことを悟って、

年を経て
  ぬれわたりつる ころも手を
 今日のなみだに くちやしぬらむ
          平重盛

[長年
  あなたへの涙で 濡れてきたこの袖も
   とうとう今日の涙で
    朽ちてしまうことでしょう]

[もし、彼のフラれ話をこそ核心に定めたかったなら、「井手の山吹」の和歌と対応のある、なんらかの和歌で締めくくれば効果的であろう所、無難で悪い物ではないが、体裁を整えた印象の残る和歌ではある。過去から現在への推移を橋渡す意味もある、中間部分の逸脱も、完全に兼盛の恋の話からは離れてしまっている。それで恋よりも、名所と物名の和歌への関心が、やや高まる印象で、その紹介がストーリーによって、より魅力的になされているのだから、この段は破綻どころか、執筆者の意図通りの面白さを、獲得していると言えるだろう。]

と和歌を返すのだった。

古文

 おなじ兼盛、陸奥(みち)の国[律令で定められた令制国の一つで、東北東部を広く指す。西部は出羽(でわ)]にて、閑院(かんゐん)の三の皇子(みこ)の御むすこ[源重之(みなもとのしげゆき)]にありける人、黒塚(くろづか)といふ所に住みけり。その娘どもにおこせたりける[「おこす」は「送ってくる」「よこす」の意]

みちのくの
  安達が原の 黒塚に
    鬼こもれりと 聞くはまことか

と言ひたりけり。

 かくて、「そのむすめを得む」と言ひければ、親、「まだ、いと若くなむある。今さるべからむをりにを」と言ひければ、「京に行く」[兼盛が]とて、山吹につけて、

花ざかり
  すぎもやすると かはづなく
 井手の山吹 うしろめたしも

と言ひけり。

 かくて、名取(なとり)の御湯(みゆ)といふことを、恒忠(つねたゞ)の君[詳細不明]の妻(め)、詠みたりけるといふなむ、この黒塚のあるじなりける。[「名取の御湯」は黒塚からは距離があるし、男でなく妻が、黒塚の主人というのは、意味がよく分らない。何らか原文に誤りがあるのもか?]

大空の
  雲のかよひ路 見てしか
    とりのみゆ
けば あとはかもなし

となむ詠みたりけるを、兼盛のおほきみ聞きて、おなじ所を、

しほがまの
  浦にはあまや 絶えにけむ
    などすなどりの 見ゆる時なき

となむ詠みける。

 さて、この心かけし娘、こと男[異なる男の意]して、京にのぼりたりければ、聞きて、兼盛、「のぼりものし給ふなるを、告げ給はせで」と言ひたりければ、「井手の山吹うしろめたしも」といへりける文(ふみ)を、「これなむ、陸奥の国のつと」とて、おこせたりければ、男、

年を経て
  ぬれわたりつる ころも手を
 今日のなみだに くちやしぬらむ

と言へりける。

全体構成について

 娘さんを得ようとした遠過去と、その娘にフラれて和歌で嘆いた結末の近過去を、名所の和歌の紹介による中間部で推移させたもの。純粋な恋物語と捉えると、逸脱に過ぎて、だから初めは不自然にも思われるが、先に述べたように、この段の関心が半ば名所の和歌の紹介にあると捉えると、かえって和歌の紹介を物語仕立てにしているように感じられ、すると中間部も不自然ではなくなってくるから、人の主観などと言う物ははなはだいい加減なものではある。

 ただ、全体的にそうだが、物語の構成感覚は、現代人が小説を黙読するものとは、大きく違っている。時間的推移ということも、黙って読み流したら、取って付けたように感じられるのは避けられないが、中間部の和歌も声に出して歌いきったら、時間感覚として十分な変遷を経て、後半につながっていく。つまり、和歌を口に出して唱え慣れしている人間の感覚に基づいているから、異世界の私たちが近づく努力をしなければ、あやまった把握に陥りがちなのは避けられない。

 もっとも努力と言っても、カップラーメンを作るために、お湯を沸かすくらいの努力で十分で、ただ自分で和歌の意味をかみしめながら、実際に口に出して唱えるくらいのことをすれば、より近づいたことにはなるのだから、あれこれ詮索をする前に、素直になって歌いまくってみたらよいでしょう。

 名所の和歌の紹介と恋物語のミックスなので、当然恋物語の方にも力は抜かない。鬼とからかっていた幼い頃の蜜月が、破綻するまでを描いているが、特に昔送った和歌を、そのまま送り返すというのは、もう和歌の贈答すらする気は無い。返歌すら詠みはしない。という完全な拒絶になるので、最後の和歌で主人公が、「今日の涙で朽ちて死んでしまうだろう」と嘆くのももっともで、状況に思い入れが叶うなら、決して大げさだとは言えない。

 ただ、他の和歌のトーンから逸れてしまって、逆に物語と最後の和歌の方が、付属物になってしまっているような傾向は、拭い去れず、シリアスな物語を描くのであれば、このような段にはならなかっただろうというだけのこと。

 そうして、和歌の紹介とストーリーを兼ね合せたことは、「シリアスな恋物語」を描くという、浅はかな観点から見れば、マイナスに作用するとしても、それは初めから執筆者の意図にはなく、その浅はかな観点を離れれば、今の私たちにとってもこの段は、ユニークで魅力的なものに思われてくるのではないだろうか。