「大和物語78段81段84段」古文と朗読

「大和物語78段81段84段」古文と朗読

 今回は、ストレートな表現ではなく、
  含みのあるような恋愛の和歌を三つほど。

 初めの和歌は、おなじみの監の命婦(げんのみょうぶ)の詠んだ和歌で、にわかに沸き起こる恋心は、すぐに収めるのもたやすいでしょうねと、相手の言葉を軽く牽制したもの。

 残りの二つは、女流歌人の右近(うこん)の和歌。81段のものは、「決して忘れない」と約束した男が、自分が里に戻ったら、約束など忘れたようにしているので、普通なら「あの時の言葉を忘れたの」と尋ねそうな所を、「あの時の言葉が消えたのなら、あなたも消えてなければおかしいのに、なんでそこに居るのよ」と脅すような、その糾弾ぶりに、恋の情念を感じさせます。

 そして84段の和歌は、百人一首にも載る有名なもので、恋の誓いを立てたあなたが、それを破って神罰を受ける、そのあなたの命が惜しいというもの。曲がりくねった表現が、やはり複雑な情念を感じさせます。

 今回は右近を二つ抜き出しましたが、実際は[81段~85段]までが右近のストーリーなので、まとめて眺めてみるのも愉快です。

大和物語七十八段

現代語訳

 監の命婦(げんのみょうぶ)が、元旦の儀式に出られた時に、弾正の親王(だんじょうのみこ)[元平親王。陽成天皇の皇子]が一目惚れして、手紙を送ったので、その返しに、

うちつけに
   まどふこゝろと 聞くからに
  なぐさめやすく おぼほゆるかな
          監の命婦 (新千載集)

[たちまちのうちに
   恋に戸惑うような 心と聞きますから
     穏やかにすることも簡単なのではと
   思ったりしてしまいますよ]

[たちまち恋の動揺が走ったと聞きましたから、それを収めるのもおなじくらい簡単でしょう。というもので、「たちまち落ちたなら、たちまち覚めるでしょう」と簡単には信じない気持ちを述べると共に、「恋になれない一目惚れなんて、本当の恋なのかしらねえ」と、ちょっと相手をからかう年上のお姉さん的な印象を感じさせる。
 そうして感じさせる理由は、本文で「にはかにまどひ懸想したまひけり」と、親王の様子を記しているからで、ここでも物語は、ただの状況説明ではなく、和歌の読解の重要なファクターとして、有機的に歌と結びついている。
 さらに、実際は次の段に続いていて、そこまで含めるとまたちょっとニュアンスが変わってくるから面白い。]

 親王の返歌はどうであったか、今は忘れてしまった。

古文

 監(げん)の命婦(みやうぶ)、朝拝(てうはい)[元日に天皇に年賀をする行事]の威儀(ゐぎ)[朝拝の役職]の命婦にて、出でたりけるを、弾正(だんじやう)の親子(みこ)見たまひて、にはかにまどひ懸想(けさう)したまひけり。御文(ふみ)ありける御返りごとに、

うちつけに
   まどふこゝろと 聞くからに
  なぐさめやすく おぼほゆるかな

 親子の御歌はいかゞありけむ、忘れにけり。

大和物語八十一段

 季縄(すえなわ)の少将[藤原季縄。鷹狩りの名手で、「交野(かたの)の少将」と呼ばれた。同名の物語の主人公ともされるが、現存しない]の娘である右近(うこん)が、今は亡き藤原穏子(おんし)[醍醐天皇の妻。923年に中宮]の宮に仕えていた頃、やはり今は亡き藤原敦忠(あつただ)が、右近のもとに通っていた。約束などを交わす中だったのに、右近が宮中に通うことがなくなって、里に戻ってしまうと、連絡も無くなってしまった。

 ある時、宮中へ通う人が来たときに、「どうですか。彼はいらっしゃいますか」と右近が尋ねると、「常に参上しています」と言うので、手紙を書いて差し上げた。そこには、

忘れじと
   たのめし人は ありと聞く
 いひしことの葉 いづちいにけむ
          右近  (後撰集)

[忘れないと
   約束した人は そこにあると聞きます
     (すっかり忘れてるようですが)
   言った言葉は どこへいってしまったのでしょう]

[忘れないと約束した人から、忘れないならくれるはずの便りさえ無いのだから、当然、約束した人が無くなっているべき所、あなたはそこにあると聞きました。それなら、約束したはずの言葉は、どこに言ってしまったのでしょう。
という意味で、もし「もう忘れてしまったの」と普通に尋ねてくれれば、なぐさめや言い訳の和歌も返せそうだが、初めから、「言行不一致の軽薄者め」と咎めるような調子で、右近の相手への情念も感じられようし、歌人としての性質を見ることも出来るだろう。]

古文

 季縄(すゑなは)の少将のむすめ右近(うこん)、故后宮(きさい)の宮にさぶらひけるころ、故権中納言(ごんちゆうなごん)の君(きみ)おはしける。頼めたまふことなどありけるを、宮にまゐること絶えて、里にありけるに、さらに問ひたまはざりけり。内わたりの人来たりけるに、「いかにぞ。参りたまふにや」と問ひければ、「つねにさぶらひたまふ」と言ひければ、御文(ふみ)奉(たてまつ)りける。

忘れじと
   たのめし人は ありと聞く
 いひしことの葉 いづちいにけむ
となんありける。

となむありける。

大和物語84段

 また右近が、男が「忘れないよ」と、あらゆることを誓いながら、結局自分を忘れてしまった時に送った和歌。

忘らるゝ 身をば思はず
  ちかひてし 人のいのちの
    惜しくもあるかな
          右近 (拾遺集)(小倉百人一首)

[忘れられてしまう 我が身を思ったりはしません
   ただ約束を破って 罰を受けるべきあなたの命が
     惜しく思われるばかりです]

「約束を破られた私に同情はしません、むしろ、約束を破った罰をこうむるべきあなたに同情します」という内容。一般的な解説では、神仏によって罰をこうむるのですから、などと、大いになだめられて、本来の魅力を半減されてしまっていますが、実際には「破った人の命が惜しい」と述べているだけで、その強い調子は、むしろ自分で罰を与えかねないくらいの、深い情念を感じさせる。
 同時にひとつ前の和歌と共に、自らの悲しみにふけるよりも、相手を糾弾して、相手からの言い訳や、歩み寄りの返歌を拒絶するような調子が見られ、そっちがそのつもりなら、もう結構です。と言い跳ねるような性質も感じられる。これは、弱い女性の立場の反発などというのではなく、右近という人の性格に根ざしているようだ。]

古文

 おなじ女、男の「忘れじ」と、よろづのことをかけて誓ひけれど、忘れにけるのちに言ひやりける。

忘らるゝ 身をば思はず
  ちかひてし 人のいのちの
    惜しくもあるかな

 返しは、え聞かず。