「大和物語126-130段」古文と朗読

「大和物語126-130段」古文と朗読

大和物語126-130段

 今回は「檜垣の御(ひがきのご)」という、芸や和歌で貴族たちに知られ、名声を得て、その後零落した遊女の和歌を紹介しましょう。ただし「129段130段」は、彼女の和歌かどうかは不明です。

大和物語百二十六段

現代語訳

 筑紫(つくし)地方[北九州くらいでとらえて良いか]に住んでいた「檜垣の御(ひがきのご)」という遊女は、物事に通じた人で、世間を達者に渡ってきたが、純友の乱の巻き添えを食って、家も焼け、家財も奪われ、惨めな生活に落ちぶれていた。

 そうとも知らず、追討に任じられた小野好古(おののよしふる)[すでに4段で主人公として登場]が、彼女の家のあったあたりを訪ねて、「檜垣の御という人に、どうやって逢えばよいのだ。どこに住んでいるのだ」と告げると、「このあたりに住んでいたのですが」と、お供の人も言うのだった。

「あわれな、このような騒ぎでどうなってしまったのか。尋ねたいものだけれど」とおっしゃっていると、白髪の老婆が水を汲んで、前を通って、みすぼらしい家に入っていく。ある人が、「この人が檜垣の御ですよ」と言うのだった。

 たいへん哀れに思って彼女を呼ばせるが、恥じ入って出て来ないで、ただこのように言ってきた。

むばたまの わが黒髪は
   白川の みづはくむまで
     なにりけるかな
          檜垣の御(後撰集)

[ぬばたまと称えられるような
   わたしの真っ黒な髪の毛は
  白く変わり、今では九州は白川の
    水を汲むような姿に
      成り果ててしまいました]

と和歌を詠んだので、あわれに思って、着ていた衵(あこめ)を脱いで与えたのだった。

古文

 筑紫(つくし)にありける檜垣の御(ひがきのご)といひけるは、いとらうあり[物事によく通じている]、をかしくて世を経(へ)たる者になむありける。

 年月かくてありわたりける[「在り」の状態が「渡る」つまりずっと続く+「けり」で「在り続けた」]を、純友がさはぎ[藤原純友の乱(939-941)]にあひて、家も焼けほろび、物の具[日常の道具や衣類など]もみな取られ果てゝ、いみじうなりにけり。

 かゝりとも知らで、野大弐(やだいに)、討手(うて)の使(つかひ)[純友討伐の役職を得て]に下(くだ)りたまひて、それが家のありしわたりを尋ねて、「檜垣の御といひけむ人に、いかで会はむ。いづくにか住むらむ」とのたまへば、「このわたりになむ住みはべりし」など、ともなる人も言ひけり。

「あはれ、かゝる騒ぎに、いかがなりにけむ。尋ねてしかな」とのたまひけるほどに、かしら白きおうな[おばあさん]の、水汲めるなむ、前より、あやしきやうなる家に入りける。ある人ありて、「これなむ、檜垣の御」と言ひけり。

 いみじうあはれがりたまひて、呼ばすれど、恥ぢて来(こ)で、かくなむ言へりける。

むばたまの わが黒髪は
   白川の みづはくむまで
     なにりけるかな

と詠みたりければ、あはれがりて、着たりける袙(あこめ)[詳細略。下着と上着の中間の着物くらい]ひとかさね、脱ぎてなむやりける。

解説

 小野好古(おののよしふる)が純友討伐のために九州に来ていて、誰かに尋ねるうちに、和歌を詠むべき相手を導き出し、段の最後に和歌を登場させ、それに対する小野好古の行為を持って閉ざす。という一連のパターンが、四段と同様で、意識的にそのように構成したのかと思わせる。

 同時に、四段では逸脱したエピソードの印象だが、こちらは続けて「檜垣の御」の和歌を紹介する段として、他の段と有機的に結びついている点、あるいははじめよりこなれていると見ることも可能かも知れない。

 和歌について。白川のには、黒い髪も白く変わりという意味合いと、今は白川のような辺境の、という零落の意味合いがこもる。さらに「みづはくむまで」にも「水を汲むような生活に」と、かつての名声との対比を嘆くと同時に、「みづ歯ぐむ」(歯が抜け落ちた後の歯のようなものを指すか?)つまり「歯が衰える」あるいは「年老いる」の意図が掛け合わされている。

 ただ心情としては、「むばたまの」と枕詞を掲げて誇らしげだった若き日の「黒髪」が「白川の白髪となり」、当時の生活も「白川の水を汲むまでに」落ちぶれたと受け取れれば、十分響いてくるのではないだろうか。

大和物語百二十七段

現代語訳

 その檜垣の御が、太宰府の大弐(だいに)の館で、秋の紅葉の和歌を詠めと言われたとき、

鹿の音は
  いくらばかりの くれなゐぞ
    ふりいづるからに 山の染むらむ

[鹿の鳴く声は
   どれほどの紅色なのでしょうか
  声が振り出されるたびに
    山が紅葉に染まっていくようです]

古文

 また、おなじ大弐(だいに)の館(たち)にて、秋のもみぢを詠ませければ、

鹿の音は
  いくらばかりの くれなゐぞ
    ふりいづるからに 山の染むらむ

解説

 紅を「ふりいづるからに」山が染まるというのは、染め物で紅色をふり出して染めるの意図で、本来は鹿の音に色はないからつじつまが合わないもの。けれども、和歌の時代より秋の鹿の鳴き声は、恋人を求める、陽気であるよりは、刹那悲しい印象でとらえられているものだから、聞き手のこころには「紅色の音」として受け止められやすい。その共通的感覚を利用して、

 鹿の鳴き声はどれほどの紅色なのでしょう
   鳴き声のたびに山が染まっていくようです

 しかも「どれほどの紅色なんでしょう」というからには、私たちには無色にしか見えないのに、あるいは、私たちには音声には色は見えないのに、という事実をちゃんと踏まえて詠まれていて、その上でそれが山の葉に作用した途端に、紅色になるというのは、無色から有色ではないけれど、過程で色彩の変わる染織というものを、身近に知ってるからこその感性なのかも知れない。

大和物語百二十八段

現代語訳

 また檜垣の御が、和歌をたしなむというので、歌好き(の貴族)どもが集まって、わざとむずかしい上の句を持ち出して、下の句を詠ませようとした時に、

わたつみの
  なかにぞ立てる さを鹿は

と言って下句を付けさせる時に、

  秋の山べや そこに見ゆらむ

と詠んだのだった。

古文

 この檜垣の御(ひがきのご)、歌をなむ詠むといひて、すき者ども集まりて、詠みがたかるべき末(すゑ)[上句が本(もと)、下句が末(すえ)]を付けさせむ」とて、かく言ひけり。

わたつみの
  なかにぞ立てる さを鹿は

とて、末を付けさするに、

  秋の山べや そこに見ゆらむ

とぞ付けたりける。

解説

 後に流行る連歌だが、上句に対して別の人が下句を詠むということは、万葉集の時代から行われていて、時々ではあるが歌集に残されたりしている。これは時々やられていたからでなく、単に残すべきものとして捉えられていなかった為で、酒宴や座興の席では、大いにやられていた可能性が高い。

 これは、「檜垣の御」が和歌のうまい、おそらく貴族にとって高貴であるよりは、下層の女性に過ぎない女性であるところから、わざと難しい題を与えて見せたという段である。ただ、これを意地悪一辺倒に捉えるのは現代的で、あるいは音楽家に難しいテーマで即興演奏をさせるときの、パトロンの心理にむしろ近いのかも知れないが、いずれ貴族たちが、

「海の中に立っている牡鹿は」

という無茶な上句を提出したところ、

「秋の色づいた山こそ、そこに見えるでしょうか」

と切り返したもの。

 つまり、貴族たちが「海に立っている鹿」という難題を与えたのに対して、「忍者なるべし」とか「幽霊なのかも」といった安っぽい虚偽ではなく、「星のまぼろし」のような、空想的な逃避ではなく、あくまでも現実として、「秋の山に立っている鹿が、山と一緒に、海のなかに映し出されたのでしょう」と返したもの。

 また、そのくらいの現実性がなければ相手にされないくらい、当時の和歌はなかなかにリアリティを重視するもので、安易な空想や現実の心理よりも虚構に邁進するるような浅はかさ、あるいは着想や頓知を品評会にさらすような醜態は、かえって今日の方が遥かに多いかとも思われるくらい。もっともそう見えるのは、当時の優れたものだけが残されているせいで、消された過去の作品には、どうしようもないものが、あまたにあったことは、想像に難くはありませんが。

 ここでは、「なか」が海の上にも、海面にも、海中にも、「そこ」が「そちら」にも「底」にも捉えられるという、短くも幅のある言葉が、機転をナチュラルにしている点を、あるいは短歌を詠む人たちには、覚えておいて欲しいくらいのものか。

大和物語百二十九段

現代語訳

 (その檜垣の御かどうかは分らないが、)筑紫にいた女が、京に男を送り出して詠んだ和歌。

人を待つ
  宿は暗くぞ なりにける
    契りし月の うちに見えねば
          (新後拾遺集 監の命婦の和歌として)

[あなたを待つ
   家は暗くなって しまいました
     約束した月の うちに現れないものですから]

古文

 筑紫なりける女、京に男をやりて詠みける

人を待つ
  宿は暗くぞ なりにける
    契りし月の うちに見えねば

となむ言へりける。

解説

  これも短い掛詞が、有意義に作用している例。
 約束した月のうち、つまり期限の間に来られないから。という意味と、「約束した月」が家の内を照らさないから、という意味を掛ける。

 幾分、理屈っぽく聞こえるかも知れないが、相手を月に喩えて、「約束したあなたの光が、家の中を照らさないものですから」というニュアンスこそが真意で、月の光が家の中に照らさないという事実は、むしろその口実には過ぎないもの。物理的な事実は、むしろ心理的なものへの、橋渡しとして掛け合わされているからこそ、意義を持っているのであって、駄洒落のように着眼点の表出に焦点を定めるものではない。

 後は説明するまでもなく、上句の「宿が暗くなる」というのも、事実としての暗さに添えて、冒頭のひと言「人を待つ」に本意がこもり、待つ人が来ないうちにこころが暗くなってしまった。という心理状態を、現実に溶け合わせたものになっている。

大和物語百三十段

現代語訳

 これも筑紫にいた女。

秋風の
  こゝろやつらき 花すゝき
 吹きくるかたを まづそむくらむ

[秋風の
   こころが辛いからでしょうか
  花すすきが 風の吹いてくる方から
    まずは顔を背けてしまうようです]

古文

 これも筑紫なりける女、

秋風の
  こゝろやつらき 花すゝき
 吹きくるかたを まづそむくらむ

解説

 ここでは、リアルと心情の融合を、冒頭の「秋風」に「飽きの風」を掛け合わせることによって担っていると言えるだろうか。事実としては、「花すすきは秋風が辛いので、風と反対の方に向いているのか」と詠んだものに過ぎないが、「秋風のこころ」と置くことによって、「秋風」は「飽きる風」を持った人物へと擬人化される。

 それによって、詠み手の女性が、相手の男性に対して、「飽きの風に遭うのが辛いから」、言い寄ってくる方角から、まずは「顔を背けてしまう」という意図が明白になってくる。もちろん「秋風が辛いので」でも、十分に通じる内容だが、わざわざ「こころやつらき」と擬人法を使用したところが、和歌を心情寄りにしている。心情寄りにされたということは、心情的な詠み手に対しては、より心に残りやすくなっている。というあたりが、この和歌の魅力かと思われます。

 さらには、結句に置かれた「まづ」というひと言が、重要なキーワードになっていて、あくまでも「まずは顔を背けはします」と述べているのであれば、相手の男性にとっては、さらに押してみる希望はある、つまり絶対では無いけれど、脈はあるという状態を、ちゃんとこの和歌から、読み取ることが出来る訳である。

 そうして、そのように読み取れる所から、この和歌が、ある男性の求婚の和歌に対する、返歌で合っただろうということも、自然と理解される訳で、つまりこの段は、贈答歌と記すことすらせず、ある男性に求婚されながら、「まだ心は開かないけれど……」というような女性の状況まで、提示しているから物語として成り立っている。

 ……としても、
 この場合は、完全に和歌自体によるもので、それでもはじめに「これも筑紫なりける女」と置かれると、前の幾つかの段から、あれこれと思いを馳せてしまう効果は担っている。そうして、この言葉以上に必要ないと踏んだ場合、この作者は絶対それ以上の蛇足を加えないという、おそらくは和歌の詞書きの伝統から来ている特徴を持っているが、逆に必要とあればきわめて饒舌になったりと、言葉の巧みの印象が残される……と、脱線して終わることもある。