・元旦の大正月(おおしょうがつ)、というか普通の正月に対して、1月15日を小正月という。1月14日から16日までを期間とするなど、地域によって特色があるが、特に15日がその中心で、小豆粥(あづきがゆ)、望粥(もちがゆ)の日などとも呼ばれる。
・農業との関係が濃く、その年の豊作を予祝(よしゅく)する行事でもある。中国から太陰太陽暦が入ってくるよりさらに以前の、満月の日を起点とする、日本古代からの暦の名残かともされている。ただし、旧暦では必ず満月になったが、今日の暦では月の運行とは関係がなくなっている。
・他にも望正月(もちしょうがつ)、若正月など。さらに、正月で忙しかった女性が、ようやく正月を迎えられるという意味で、女正月(おんなしょうがつ・めしょうがつ)といった名称もある。
待つたする成桂ありや小正月
[几董(きとう)]
松とりて世ごゝろ楽し小正月
[岡本圭岳(おかもとけいがく)]
あたゝかく暮れて月夜や小正月
[飯田蛇笏]
小正月寂然(じゃくねん)として目をつむる
[飯田蛇笏]
五指の爪玉の如くに女正月
・木の枝に、小さくまるめた、あるいはちぎった餅をいくつも挿して、花のように見せたもの。小正月の飾り物で、これを稲穂に見立てて、豊作を願うものとか。花餅(はなもち)、餅穂(もちほ)とも。
表札の消えて残りし餅の花
餅花に乱れて泣くや三姉妹
[其角]
餅花や灯立てて壁の影
[芥川龍之介]
餅花を今戸の猫にささげばや
・小正月には小豆粥(あずきがゆ)を作る習わしがあり、望粥(もちがゆ)などと呼ばれる。それが転じて「餅粥(もちがゆ)」として、餅を入れるようになったともされる。さらにそこに入れる餅のことを、粥柱(かゆばしら)というのは、柱になり得ないほどの柔らかきものも、粥にあっては柱であるという名称らしいが、はたしていかに。
歯で切れぬ齢柱や粥の餅
[柴田白葉女(しばたはくようじょ)(1906-1984)]
松山の日のうつくしき粥柱
・どんと焼、とんど焼、どんどん焼、などの名称で知られる小正月の火の祭り。ウィキペディアより引用すると、
「1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を三四本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。その火で焼いた餅を食べるとその年の病を除くと言われている。また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると言われている。 道祖神の祭りとされる地域が多い。」
とある。ただし、火にゆかりのある火天会(ファチョン会)とは何の関係もない。
ちら見して焼き寄る影やどんと焼
[菊乙(きくおつ?)]
左義長や四方へ走る竹の音
・積もり積もった雪の重みに、木の枝や竹などが折れること。
雪折のまだきに夢も弊(つひ)えけり
「格言」
竹さえもつひには雪に折にけり
・じっと動かずに立ちつくすような冬の鶴を、凍ったものと見立てた表現。他にも、霜の鶴(しものつる)、霜夜の鶴など。
凍鶴のポストカードにナワトル語
[高野素十(たかのすじゅう)]
凍鶴のやをら片足下しけり
・冬咲きの品種では無く、人工的に真冬に咲かせた牡丹のこと。本来初夏に咲く花を、冬に眺めてその希少性を喜ぶというもの。寒牡丹(かんぼたん)ともいう。
鼻先にひらめく蝶や冬牡丹
[千渓(せんけい?)]
開かんとしてけふもあり冬牡丹
・水量が減り細る、寒々とした冬の滝。他にも寒の滝(かんのたき)など。これが凍ると、滝凍る(たきこおる)、凍滝(いてだき)、氷瀑(ひょうばく)となる。
冬の滝虚無僧消えて観光地
・霧が水滴とならず氷結した姿で木々や枯葉に表れたもの。白き花の咲き誇るがごとき不可思議の姿を、霧氷林(むひょうりん)などと呼んだりする。
夕空は星と霧氷のファンタジー
・霧が樹木に吹き付けられて、すぐさま凍り付くことを繰り返すうちに、氷の木のようになったもの。大気の水蒸気により霜が出来るように、樹氷に霜がつくようなものは、樹霜(じゅそう)と呼ぶ事もある。木華(きばな)とかい言葉もあるようだ。
義経の千歳の夢よ樹氷林
[奥坂(おくざか)まや]
樹氷林あゆみて過去へゆくごとし
・澄み渡ることを「冴え(さえ)」と呼ぶうち、とくに寒気の冴え渡る意味としての「冴える・冴ゆる」が、「寒し」「冷たし」と並ぶ冬の季語となったもの。これをもって、星冴ゆる、月冴ゆる、鐘冴ゆる、風冴ゆる、影冴ゆる、などと使用するが、冷たさや寒さだけでなく、氷のような透明感が込められているように思われる。
踏切の夜更に冴えて遥かなり
[飯田龍太]
満月の冴えてみちびく家路あり
・寒さで凍ること、また凍ったような風情を醸すこと。凍つ(いつ)、凍つく(いてつく)、凍晴(いてばれ)、凍道(いてみち)、凍港(とうこう)、星凍つる、風凍つる、凍曇(いてぐもり)、凍霞(いてがすみ)、凍靄(いてもや)、などなど。
「祖父に」
凍てついた湖立の鳥や埋葬日
凍てついた硝子も割れて旧病棟
[前田普羅]
駒ヶ嶽凍てて巌(いわお)を落しけり
[阿波野青畝(あわのせいほ)]
凍鶴が羽ひろげたるめでたさよ
広くは、白波が立つ様子を喩えたものだが、歳時記としては特に、冬の日本海側で、岩礁に打ち付ける波が、プランクトンなどの影響で、白い泡状のものを作ったり、それを波が跳ね飛ばしたりする現象を指す様子。
波の花きたなげに見る妊婦かな
[支考(しこう)(1665-1731)=各務支考(かがみしこう)]
松葉ちる嵐や磯は波の花
・または「寒ごやし」。植物や作物に冬のうちに施肥(せひ)をすること。春からの成長の善し悪しを決めるという。
寒肥のあまり袋や小鳥たち
・寒さで手の皮膚が裂けまくり状態。
あかぎれの指に恐れる祟りかな
[落合水尾(おちあいすいび)]
あかぎれの手のきらめくは和紙の村
・葱(ねぎ)と鮪(まぐろ)による鍋物で、江戸の末期頃流行りだしたもの。当時マグロは醤油漬けにして食べていたが、浸からないトロの部分は嫌われ者で、それをどうにか料理にしようと、葱と一緒に(多くは)醤油仕立ての煮鍋としたもの。鍋でなく汁物として頂けば、葱鮪汁と呼ぶ。高級料理どころか、脂肪の部分は価値なしとされた当時は、こってこての庶民料理だった。それで落語にも「ねぎまの殿様」といって、殿様が庶民の食べ物にあこがれるようなストーリーが存在する。
火傷して性懲りもなく葱鮪かな
小坊主ら葱鮪に教を致しけり
[下村槐太(しもむらかいた)(1910-1966)]
ねぎま汁風邪のまなこのうちかすみ
・兎と聞いては黙ってはおれぬ。そんな方々もあるだろう。降り積もった雪を兎みたように整形して、例えば南天の葉や実を使って、耳や目を拵えて「雪ん子兎」としたもの。これを引き出しにしまったら、溶けて叱られ涙目の子供が続出するという、まことに危険極まりのない雪遊び?
けんかした雪の兎もはや二十歳
玄関の右左に違(たが)う雪兎
[飯島晴子(いいじまはるこ)]
ひきつづき身のそばにおく雪兎
・豪雪地帯の伝統家屋では、どさんこ積もった雪を屋根から下ろさなければ、一家崩壊の危機も免れなかった。そんで屋根さ昇って雪かけば、転げ落ちては大惨事という、命をかけた行事である。
雪下ろしさげすむ烏鳴きにけり
赴任先雪をおろして初仕事
[前田普羅]
雪卸し能登見ゆるまで上りけり
・明治に流行った男性用、和服用の外套だそうだ。女性の「東(あづま)コート」と一緒に流行ったとか。イギリスの「Inverness coat(インバネスコート)」が大和化したもの。「とんび」という名称もあるが、呼ばれ方と形の違いは、定義がはっきりしている訳ではない。
インバネス大和ダンディーモダニズム
・日本には明治10年に北海道で始めてだそうだ。
スケートしてほのかに蝶の夢を見て
[時乃遥]
あざとさによろけてみたりスケート場
・乾燥した冬に特に多い火事を冬の季語と致したもの。
サイレンのわずかに焦げた風の音
寒緋桜(かんひざくら)、緋寒桜(ひかんざくら)。枯萩(かれはぎ)、萩枯(はぎか)る。冬草(ふゆくさ)、冬の草、冬青草(ふゆあおくさ)。霜枯(しもがれ)、霜枯(しもが)る。葱(ねぎ)、一文字(ひともじ)、根深(ねぶか)、葉葱、葱畑。冬珊瑚(ふゆさんご)、玉珊瑚(たまさんご)。
[暁台(きょうたい)]
霜がれて鳶(とび)の居る野の朝曇り
[青柳志解樹(あおやぎしげき)]
霜枯れの野に遊びゐる日の光
[飴山實(あめやまみのる)]
なかぞらに風は笛吹き冬珊瑚
冬鴎(ふゆかもめ)。白鳥、スワン、黒鳥(こくちょう)。八目鰻(やつめうなぎ)、八目(やつめ)、寒八目(かんやつめ)。寒鯛(かんだい)、冬の鯛。寒鰤(かんぶり)。穴熊(あなぐま)、貉(むじな)。狼(おおかみ)、山犬・豺(やまいぬ)。
[西東三鬼(さいとうさんき)]
冬鴎黒き帽子の上に鳴く
[寺井谷子(てらいたにこ)]
白鳥の集まりて声濁りゆく
[岩見汀波(ていは)]
藁苞(わらづと)に尾頭(おかしら)を出す八目鰻(やつめ)かな
[飯田蛇笏]
山がつや貉しとめし一つだま
[丈草]
狼の声そろふなり雪のくれ
[大須賀乙字(おおすがおつじ)]
狼に帯の火曳きし野越かな
2009/02/21
2018/06/02