柳芽ぐむ

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柳(やなぎ)

・ヤナギ科ヤナギ属の総称というより、俳諧では枝垂柳(しだれやなぎ)のすくすくとした成長力と、垂れ下がる緑葉の煙のような、また雨粒の流れる様のような、若葉の息吹のような、それでいて老齢の仙人のような、独特のすがたを晩春に確かめるこそ、柳と呼ぶかいもあろうというものである。

・枝垂柳(しだれやなぎ)、糸柳(いとやなぎ)、川端柳(かわばたやなぎ)、柳の糸、柳の雨、柳陰(やなぎかげ)など。また「楊(やなぎ・よう)」という漢字で枝垂れ柳とは別の柳を指すこともあり、水楊(すいよう)などといった用法もある。

皆を避け
たたずむような
柳かな

柳にも
嫌われてひとり
ぼっちかな

柳から
まねく手のある
夕まぐれ

幽霊が
/お化けらが
やなぎも今は
町のなか

誰よりも
雨よろこばす
柳かな

始末書の
柳も愚痴の
ひとつかな

くよくよと
川端柳の
自戒かな

枝垂柳
猫は二匹で
ひとつかな

風光る(かぜひかる)

・春風の心的また外的な耀きと明るさを、このように表現してみた一品。たいへん美味しゅうございます? 光風(こうふう)という表現もある。

風ばかり
光るヶ原を
散歩かな

風光る
飛行機雲の
十文字

風光る
ひばりは飛行機
雲を追う

爪先に
こめたちからや
風光る

釘ひとつ
山まで響けと
風光る

[飯田蛇笏]
覇王樹(はおうじゅ)の
影我が影や
風ひかる

菫(すみれ)

・春の代表的な草花のひとつ。野原に道ばたに紫の花さ咲かせる。菫草(すみれぐさ)、花菫(はなすみれ)、菫野(すみれの)、菫摘む(すみれつむ)、などのほか、相撲取草(すもうとりぐさ)、一夜草(ひとよぐさ)などの名称もある。これは一夜で萎れる意味ではなく、名残惜しく一夜を共に過ごしてしまうほどの花という意味である。
「万葉集より」
春の野にすみれ摘みにと来し我ぞ
野をなつかしみ一夜寝にける(山部赤人)」

スミレには
負けたくないほど
染める恋

ささやけば
答えてくれそうな
菫かな

ささやけば
ほほえむくらいの
菫かな

月影と
語り明かすや
菫花

昼に別れ
夢にまた逢う
一夜草

菫野は
娑婆(しゃば)に戻れぬ
風情かな

摘みて摘みて
なお咲き誇る
一夜草

[芭蕉]
山路来て
何やらゆかし
すみれ草

燕(つばめ)

・スズメ目、ツバメ科の鳥。かつては「つばくらめ」「つばくら」などと呼ばれていた。春に渡り来て、巣を作り子育てをして去ってゆく。害虫を食べて植物には害を与えないとして、農家の守り神的な鳥でもあったそうだ。また賑やかな鳴き声と人家などに巣を作る習性から、巣があると商売繁盛のしるしなどと、えげつない商人どもがよだれを流す一幕もあったとか、どうのこうのとか。ほかに「つばくろ」「朝燕」「夕燕」「燕来る」「初燕(はつつばめ)」などなど。

口あけて
歌えぬ学徒や
初つばめ

燕(つばくらめ)
恋を叶えぬ
子安貝

・かくや姫に掛けてみる。

巌流(がんりゅう)が
切っ先光らば
つばめの血

・つばめ返しに掛けてみる。

棚ひとつ
田起こし終えるや
朝燕

[細見綾子(ほそみあやこ)]
つばめつばめ
泥が好きなる
燕かな

鳥雲に入る(とりくもにいる)

・「鳥帰る」と同じような意味で、北国へ戻る渡り鳥が雲間に見えなくなることを郷愁をこめてこう詠う。

鳥雲に
入って鳴き声
ばかりなり

鳥雲に
入ってさえずり
かすかなり

鳥入りて
雲は見知らぬ
かたちかな

天空の
鳥住む城や
雲に入る

雲に入り
雲を抜けろよ
治癒の鳥

・なんか前に同じようなの作った気が……。

草餅

・昔は「ハハコグサ」今日はもっぱら「ヨモギ」を餅と混ぜた和菓子。中まで餅のやつもあるし、中にあんこを入れるやつもある。

艶やかな
野生もあるや
よもぎ餅

縁側に
久しき友あり
草の餅

父さんを
ひとつに忘れた
草の餅

母ひとつ
子にはふたつの
母子餅

蓬(よもぎ)

・キク科の多年草の春の若芽を利用して、草餅だのお浸し、天ぷらなどにすることが出来る。餅草(もちぐさ)、も草(ぐさ)、やき草(ぐさ)、さしも草(ぐさ)、蓬生(よもぎう)、など。

飽きるまで
摘んでは寝そべる
も草かな

花でなく
よもぎすこしを
煙(けむ)の墓

餅草の
すえはお餅か
鍋物か

弥生(やよい)

・陰暦三月にして、平安時代の歌の書に「木草、いや生い(いよいよ生い来るの意味)月」が誤って弥生となったとある。いよいよ草木の追い来る月の別称は、花見月(はなみづき)、桜月(さくらづき)、春惜しみ月、夢見月(ゆめみづき)など。花月(かげつ)なども使用可能。

ポスト受け
覗いてばかりの
弥生かな

まねきつつ
蟹知らんぷりの
弥生かな

弥生なのに
あなた遠くて
窓明かり

好きという
言葉もこめます
夢見月

両手一杯
君つかもうとする
弥生星

寒暖の
着こなすわざや
花見月

通りゃんせ
酔いの間に間に
花見月

遅れたは
夢見の月の
ねむりかな

涙一杯
ママを待ってた
花見月

小鳥らの
寒さ知らずや
桜月

[夏目漱石]
細(こまや)かに
弥生の雲の
流れけり

菜種梅雨(なたねづゆ)

・菜の花の花の頃の春の曇り雨の続く頃を指す言の葉よ。菜の花はアブラナの花であるが、一方アブラナの種からは灯火や食用に使用できる油が取れる。それでお百姓さんらアブラナの種を菜種(なたね)と呼んでいたので、この頃の小梅雨も菜種梅雨と呼ばれるようになったのである。

雨降りも
優柔不断な
菜種梅雨

白黒を
はっきりさせろよ
菜種梅雨

菜種梅雨
くるくるまわした
傘模様

ふとっちょの
樽にねむりや
なたね梅雨

菜種梅雨
親子のもぐらの
寝息かな

ひとつ傘
ちゃんすは菜種の
梅雨にあり

春の野(はるのの)

・いろんな風情の春の野原を指す。他にも春野(はるの)、春郊(しゅんこう)、弥生野(やよいの)、など。

春の野に
ちゃりんこ巡査の
錆びのほど

うなだれは
昨夜(ゆうべ)さよなら
春野原

寒くないね
春野は小鳥の
歌合わせ

春郊の
歩くともなく
ひとめぐり

ご飯粒
ようやく気づけば
野にも春

肩ならべ
僕らの弥生野
キスひとつ

[星野立子]
吾(われ)も春の
野に下り立てば
紫に

・一見締まりの悪そうな「紫に」が口誦(こうしょう)してみると締まって閉じている例。

春の山(はるのやま)

・これもいろんな春の山の総称。春山(はるやま)(しゅんざん)、春の嶺(はるのみね)、春嶺(しゅんれい)などなど。

恐るもの
なくて独歩(どっぽ)の
春の山

別離後の
いつか出会いも
春の山

春山の
沓(くつ)で拍子も
昨日今日

春嶺も
そっと見返りゃ
ほうけてた

だるまさん
転んだひょうしに
春の山

春嶺に
集う神あり
三輪の山

[山田弘子(やまだひろこ)]
遠ざかる
ごとく近づき
春の山

春の川(はるのかわ)

・どじょっこだの、ふなっこだの、水草だの入り乱れて息吹きなすところに、雪解けなどもあり、十分な水かさでさらさら流れるせせらぎの、渡る川辺に草木も芽生え愉快なるを、称して春の川となすべし。春川(はるかわ)、春江(しゅんこう)、春の江(はるのえ)、など。

はにかみは
どじょうにあらずや
春の川

泡で待つ
ザリの鋏や
春の川

泣きつくす
春の川辺の
迷子かな

春川の
溢れた先の
田螺かな

春江に
見果てぬ岸辺の
国もあり

春の江と
そわそわそわそわ
あなた待つ

春光(しゅんこう)

・単に春の光かと思ったらお前さん、とんだあまちゃんである。光は光景の光であって、もっぱら春の景色を含む言葉として思い知るべし。とはいえ単なる春の日の光もちゃんちゃら表現しちゃう今日この頃である。

・ほかに、春色(しゅんしょく)(はるいろ)、春の色、春望(しゅんぼう)、春望む、春景色(はるげしき)、春景(しゅんけい)、春の光、などなど。

眠れなかった
わたしにも春の
ひかりかな

うち浴びる
春光ばかりが
のどかなり

春光や
小鳥のお歌も
ここかしこ

春の色
猫もほほえむ
髭の色

愛という
季節は誰もが
春の色

クレヨンも
選んでばかりな
春景色

春色(しゅんしょく)の
ひとつ羽織りや
君の影

春望(しゅんぼう)を
許さぬ角や
ポチの家

・今時犬をポチと言い切る強者もそうはおるまいのう。

すっぽりと
包み隠さず
春景色

・なんのこったか。

あなたには
手渡ししたいな
春の色

春景を
膝に正すや
龍安寺(りょうあんじ)

・石庭だけど春景色というのはどないなもんか。

瞳閉じ
なおさら春の
ひかりかな

潮干潟(しおひがた)

・干満差の大きい春のむき出した干潟。大干潟(おおひがた)などとも。

すり傷に
実感こもるや
潮干潟

貝も泣く
親子でバケツが
大干潟

犬二匹
陸(おか)と見なすや
大干潟

あちこちで
まねきまねくや
潮干潟

春休(はるやすみ)

・学業一区切りの春の休みは、短いながらも進級の区切りとして、生徒諸君の御魂に大なるインパクトを生じせしめん?

折れそうな
花ばかり見てた
春休み

病棟の
あの子の知らない
春休み

泣いてまた
駈けてまた泣く
春休み

ゆう君の
宿題たまる
春休み

十年に
一度くらいは
春休み

春休み
犬に追われて
塾通い

百点が
お前のいのちか
春休み

あっ君の
振り抜くバットや
春やすみ

春袷(はるあわせ)

・裏地付きの着物が袷なら、これをもって初夏の季語となす。されど春が付けば春袷、秋が付けば秋袷、そんな季語をもって句を詠むくらいなら、着物を着て暮らせ二級品の生き方めが、そんなお叱りを受けそうな今日この頃であった。

なぜかしら
寸法合わずや
春袷

またひとり
どこへか向かおう
春袷

母の声
聞こえた気がした
春袷

春袷
靴音だけども
蔵の町

[井上雪(いのうえゆき)]
母ならぬ
身に紐つよく
春袷

霜除とる(しもよけとる)

・いやいや、待ちたまえ。早まってはならない。「何しとんのや」「霜を除け取る最中や」の意味ではない。霜除けとして覆われた藁とかシートとかを外すことを言うのである。他にも「霜除解く(しもよけとく)」という言葉もあるが、これもまた「霜をわいが除けとくで」とかいう・・・。

霜除も
今ごろ解くかと
あらたまる

霜除を
取ろうか梯子と
手を合わせ

鳶高く
霜除け取るのを
笑うかな

寺もさみし
おしょうが霜除
取りし頃

[高浜虚子]
霜除を
とりし牡丹の
うひうひし

踏青(とうせい)

・「青き踏む(あおきふむ)」とも言い、草の生えた野を踏み遊ぶこと。古代中国の江南の風俗から名称が由来しているのだそうだ。大和バージョンだと、「野遊(のあそび)」なんて言葉がある。

踏青に
かつて呪術の
こもりけり

・また投げやりな句を。

皆は逃げ
一人は追うや
青き踏む

青き踏む
犬も追ったり
追われたり

青き踏む
そんな頃だね
僕らいま

[加藤楸邨]
青き踏む
左右の手左右の
子にあたへ

伊勢参(いせまいり)

・伊勢神宮にお参りすることで、昔は村越しの行事であったりもしたという。なんでも遷宮の翌年のお参りを「お陰参(おかげまいり)」といい、家族や村などに内緒で出かけるのを「抜参(ぬけまいり)」といい、神宮ゆかりの配りものを持ち帰ることを「宮笥(みやけ)」といい、それが「土産」になったのだとか、なんとか。ウィキペディアでは、お陰参は圧倒的大規模集団の伊勢参りで、主人などに断り無き「抜参」の特徴を持つように書かれている。

張り詰めた
曇り空かな
伊勢参

親父など
知ったことかよ
抜参

拝(はい)すれば
花の匂いや
伊勢参

抜参
許さぬ世間の
解雇かな

・なんかさりげなく深いな、と自分で思ったりもする。

[田畑美穂女(たばたみほじょ)]
ひよんなこと
よりこのたびの
伊勢参

[稲畑汀子(いなはたていこ)]
伊勢参
ここより志摩へ
抜ける道

開帳(かいちょう)

・平常閉ざされし仏様などを特定の時に開いて皆さんにお見せ致す行事。「ビューテフォー」「すんばらしい」「今生の!」「グレートジパング」など訳の分からん野次が飛び交う。移動させれば出開帳(でかいちょう)、その寺で開帳なら居開帳と申す。昔はこれに便乗して出店やら見せ物小屋が並んだこともあるそうだ。そうね、風土と結びつかないデパートなんかで開帳するなどは、けっ、愚の骨頂であるぞ。この商業主義の噴飯やろうめ。(と暴言を吐いてみる)

開帳の
お顔も拝せず
よた話

開帳に
なみだみせるな
国学者

開帳の
指先震えや
若坊主

[一茶]
開帳に
逢ふや雀も
おや子連(づれ)

畑打(はたうち)

・田んぼの田打(たうち)と一緒で、種を撒くために畑の土を起こすこと。農家は耕耘機だが、棚畑や、自家農園などでは、決して古びた言葉ではない。ほかに「畑打つ(はたうつ)」「畑鋤く(はたすく)」「畑返す(はたかえす)」などがある。「畑掘る(はたほる)」は幸運の女神ハトホルに近いため使用されない。(・・・そんな話は初耳だ。)

畑打に
ぎっくりしまして
寝込むかな

離職して
妻と畑打つ
余生かな

一歩ごと
雲は近くて
畑を打つ

畑鋤きや
むかしの酔いどれ
おとこかな

・イギリス式酔っぱらい伝説みたいだな。

雀らも
畑の返しや
握り飯

打ち打ちて
畑(はた)に角ぐむ
気配かな

[去来(きょらい)]
動くとも
見えで畑打つ
男かな

[竹下しづの女(じょ)]
畑打つて
酔へるが如き
疲れかな

[山口青邨]
天近く
畑打つ人や
奥吉野

2009/06/11

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