風薫る(かぜかおる)

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風薫る(かぜかおる)

・特に初夏の南風のもたらす爽やかな、湿りのない若葉めかした風を、香りでもあるかのように呼んだもの。「薫風(くんぷう)」「薫る風」「風の香(か)」「南薫(なんくん)」など。

風の香にシャンプー込めてあの子かな

卯の風の薫り閉ざしてひとみかも

薫風に誘はれなんとずる休み

[芭蕉]
風かほる羽織は襟もつくろはず

[凡兆]
ゆふめしにかますご喰へば風薫

[蘭更(らんこう)]
風薫るさとや千尋(ちひろ)の竹の奥

[蕪村]
薫風やともしたてかねついつくしま

[渡辺水巴(すいは)]
薫風や蚕(こ)は吐く糸にまみれつつ

時鳥(ほととぎす)

・カッコウ目・カッコウ科の鳥で、夏を告げる代表選手。「ヒョッヒョッヒョッヒョッ」だか「キョッキョッキョッキョッ」だかみたいな鳴き声によって、特に鳴き声を愛される鳥。鳴き声を、言葉として読み取って、「特許許可局」とか「テッペンカケタカ」と表現することも。

「杜宇」「蜀魂」「不如帰(帰るにしかず)」といった異名は、中国の逸話で蜀の王だった杜宇が、隠棲して鳥になって農耕を知らせるとか、後に国が亡んで、それを鳴き嘆くという逸話にもとずく。その時、血の声を発したので「鳴いて血を吐くホトトギス」と呼ばれるともされる。あるいはまた、単に口の中が赤いから、そう言われるともされる。「子規」もホトトギスの異名で、正岡子規は結核で血を吐いてから、このペンネームを思い立ったとか。

・他にも「卯月鳥(うづきどり)」「妹背鳥(いもせどり)」といった用法もあり、ホトトギスの漢字表記も「霍公鳥」「杜鵑」など様々。また、まだ鳴ききれない早い時期の声を「忍音(しのびね)」と呼んだり、その年初めての声を「初音(はつね)」と呼んだりする。ただし、初音は春の季語とされている。

「托卵(たくらん)」といって、ウグイスなどに卵を託してしまう習性がある。他の鳥に育ててもらうという。子育てをしないことから、「悪な鳥(わるなどり)」と呼ぶことは無いから注意しよう。

けふ歌へけふ歌へとやほとゝきす

古び駅の待影(まちかげ)老いてほとゝぎす

[芭蕉]
京にても京なつかしやほとゝぎす

[蓼太(りょうた)(大島蓼太)]
郭公一声夏をさだめけり

[蕪村]
ほとゝぎす平安城を筋違(すぢかひ)に

[慈円]
花たちばなも匂ふなり
  軒のあやめも薫るなり
    夕ぐれさまの五月雨に
  山ほとゝぎす名告りして
          (越天楽今様 歌詞2番)

卯の花(うのはな)

・ちょうど初夏に入る頃、白い花を咲かせまくる、アジサイ科の空木(うつぎ)の花を指す。この「空木(うつぎ)」の由来は、茎の中が空洞になっているからだともいう。ちょうど卯月(うづき・陰暦四月)に咲くから卯の花だ、とも言われる。白い兎(卯)に思えるからだ、とも言う。ようするに諸説あるので、あまり拘泥すると、言語の迷宮をさ迷うことになる。

「空木の花(うつぎのはな)」「花空木(はなうつぎ)」「初卯の花(はつうのはな)」など。

うつゝにもうつろにも卯の花ざかり

卯花咲く宿ゆかしさよすまし汁

鬱屈をたそがれにして卯花かな

[去来]
うのはなの絶間(たえま)たゝかん闇の門(かど)

[召波(しょうは)]
卯の花や茶俵作る宇治の里

[樗良(ちょら)]
うの花の中に崩(くづ)れし庵(いほり)かな

[永福門院(えいふくもんいん)(1271-1341)]
ほとゝぎす 空に声して
  卯の花の 垣根も白く
    月ぞ出でぬる
          (玉葉和歌集319)

[佐佐木信綱(ささきのぶつな)]
卯の花の にほふ垣根に
  ほとゝぎす 早も来鳴きて
    忍び音もらす 夏は来ぬ

卯浪・卯波(うなみ)

「卯月波(うづきなみ)」とも言う。旧暦卯月の、あるいはざっくばらんに初夏めいた、梅雨の前の波やうねり、また卯の花のように眺められる白波をいう。

卯の浪や宵星つれてひたあるき

卯の波とたわむれたいな犬っころ

[蝶夢(ちょうむ)]
散りみだす卯波の花の鳴門かな

[鈴木真砂女(まさじょ)]
あるときは船より高き卯浪かな

初鰹・初松魚(はつがつお)

・江戸の街では、鎌倉で取れた鰹の初物が、食文化の粋だったそう。一方、上方(かみがた)では明石の鯛とか。

初がつを不二ン高ねや雪ざらし

初がつを古きおきての港町

タマの碑(ひ)に供えものして初がつお

[素堂(そどう)]
目には青葉山ほとゝぎすはつ松魚(がつを)

[芭蕉]
鎌倉を生(いき)て出(いで)けむ初鰹

牡丹(ぼたん)

「富貴草」「百花王」など沢山の異名を持ち、八世紀頃には原産地の中国から渡ってきていたという初夏の花。白い花の咲く「白牡丹」、赤い花の咲く「紅牡丹(べにぼたん)」など、花の色も様々。初夏の花といっても、「春牡丹(はるぼたん)」の名称があるように、開花期は春から初夏にまたがる。また、秋になってから、二度目の花を咲かせる「寒牡丹(かんぼたん)」や、わざわざ冬に咲くように手間を掛けた「冬牡丹(ふゆぼたん)」さえある。

・美人の形容に
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」
とあるのも有名。

しびらせて剣に〆ます花牡丹

  [〆るやより変更]

[蕪村]
ちりてのちおもかげにたつ牡丹かな

[蕪村]
牡丹散りて打かさなりぬ二三片(べん)

筍・竹の子(たけのこ)

・竹の若芽で、茹でたり炒めたり、炊き込みご飯「筍飯(たけのこめし)」にしたりしていただく初夏の味。「たこうな」「たかんな」とも言う。また「孟宗竹の子(もうそうちくのこ)」などと、品種名をあてることもある。

    「回文句」
籠(かご)のけた端(はし)のたの字はたけのこか

たけのこの日記しまってランドセル

たけのこの裸にされて横たわり

[凡兆]
竹の子の力を誰にたとふべき

南風(みなみ・みなみかぜ・なんぷう)

・南から吹く暖かく湿った夏風。強く吹けば「大南風(おおみなみ)」、真に南から吹けば「正南風(まみなみ)」という。また「はえ」とか「はい」という方言もある。沖縄では「ぱいかじ」と呼ぶ。

むら鳥ら雲を崩して南風

ガラス玉波に浮かべて大南風

人魚ども風は南の夜語

[高浜虚子]
日もすがら日輪くらし大南風

青葉潮(あおばじお)

・太平洋岸を北上する黒潮、その初夏(つまり青葉の頃)の姿を「青葉潮」と呼ぶ。特に五月頃の潮にこそ相応しいとか。また、鰹の豊漁(ほうりょう)をもたらすので「鰹潮(かつおじお)」とも。「青山潮(あおやまじお)」という名称もある。

銛を撃つかれの葉舟よ青葉潮

五月(ごがつ)

・「ごがつ」と詠めば新暦の五月。カトリックにおいて、聖母マリアの祝日に関連して、「聖母月(せいぼづき)」「聖五月(せいごがつ)」という表現もあり、カトリック教徒でなくても平気で使用するのは、日本人の特性によるものである。

五月の空に拳を高く掲げては

夏の暁(なつのあかつき)

・夏の短き夜を抜けて訪れる、つかの間暑さから逃れたような、夜明け前の暁(あかつき・あかとき)を差す言葉。他に「夏の夜明(よあけ)」「夏暁(なつあけ)」「夏未明(なつみめい)」など。

あかときの夏に子猫が浜あそび

夏の夕(なつのゆう)

・日は長く、太陽は強く、いつまでも暑い。それをようやく逃れる喜びと、なかなかに遊び足りような残念が、まとわりつくみたいな夏の夕べ。「夏夕べ(なつゆうべ)」「夏の暮(なつのくれ)」など。

星拾う夏は夕べのものがたり

夏の夜(なつのよ)

・日盛りの暑さには疲れして、つかの間、夏の夜を愛おしむ。「夜半の夏(よわのなつ)」「夏の宵(なつのよい)」

三つ辻に離れる影よ夏の夜

夏の宵や古城跡地の夢芝居

[蘭更(らんこう)]
夏の夜や雲より雲に月はしる

卯の花腐し(うのはなくだし・くたし)

「卯の花降し」とも書く。卯月(陰暦四月)頃に降る雨、すなわち卯の花ざかり頃に降る雨が、あまりにも降りつのるので、ついには卯の花を腐らせてしまい、見頃も終わってしまうのではないか。そんな思いから、風変わりな表現が生まれて来た。つまりは、この時期の雨の名称。

卯の花をくたして降るやおもひ橋

母の日(ははのひ)

・五月の第二日曜日。アメリカの風習で、カーネーションを贈ったりする。バレンタインデーと並ぶ、小売業戦略の生贄記念日のひとつ。ささいなる発祥はともかく、文化としてよりも、購買意欲を伴って、社会により浸透していくという、戦後行事の見本ともされる。それでも次の世代には、もう見分けが付かなくなってしまうのもまた事実。

ママの顔ならべて祝ういびつかも

葵祭(あおいまつり)

[ウィキペディアより引用]
葵祭(あおいまつり、正式には賀茂祭)は、京都市の賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)で、5月15日(陰暦四月の中の酉の日)に行なわれる例祭[1]。石清水八幡宮の南祭に対し北祭ともいう。平安時代、「祭」といえば賀茂祭のことをさした。

 石清水祭、春日祭と共に三勅祭の一つであり、庶民の祭りである祇園祭に対して、賀茂氏と朝廷の行事として行っていたのを貴族たちが見物に訪れる、貴族の祭となった。京都市の観光資源としては、京都三大祭りの一つ。

[水落露石(みずおちろせき)]
葵かけて横顔青き舎人(とねり)かな

神田祭(かんだまつり)

・こちらは東京。江戸城鎮護を担う神田神社の祭り。五月に行われるようになったのは明治以降で、将軍様もご覧になるところから「天下祭」という呼び名もある。

負けん気を神田神輿のをとこ達

[高浜虚子]
打ち晴れし神田祭の夜空かな

照射(ともし)

・「火串(ほぐし)」「ねらい狩(がり)」「鹿の子狩(かのこがり)」などといって、鹿の獣道にかがり火を掲げ、目が光ったところを射殺すという鹿の狩猟方法だそう。「火串」とはその時のかがり火を刺すとか。

照射してい殺す神の祟りかな

[吉田冬葉(よしだとうよう)]
大峰の谷の底なる火串かな

夏羽織(なつばおり)

・「薄羽織(うすばおり)」「単衣羽織(ひとえはおり)」「麻羽織(あさばおり)」などなど。絹、麻、綿などで薄生地の夏向けの仕上げされたる羽織りかな。されば人の句で済ません。

[芭蕉]
別ればや笠手に提(さげ)て夏羽織

[蓬田紀枝子(よもぎだきえこ)]
村あげて弔了へし夏羽織

[高浜虚子]
吹きつけて痩せたる人や夏羽織

掛香(かけこう)

・掛香は部屋や軒先などに掛けておく。「匂袋(においぶくろ)」「誰袖(たがそで)」などは、むしろ人が携帯するもの。いずれも袋に香料を入れて掛けて香りを楽しむもの。

掛香をつゝいて誰を待つ娘(こ)かな/待ちわびる

掛香の立ち退く家の柱かな

君の手を匂袋の宵あるき

[伊藤敬子(いとうけいこ)]
掛香にものや偲ばれひるさがり

心太・心天(ところてん)

・俳句だけに「こころぶと」なんて読みもある。中国から伝わった物で、奈良時代にはすでにその名称が知られていた。「寒天(かんてん)」も海草である天草(てんぐさ)やオゴノリなどからつくるが、トコロテンもまた、天草やオゴノリなどを茹で溶かして、冷やして固めたものである。ただこれを「天突き(てんつき)」で押し出して、細長い麺みたいにするところに夏らしい風情と、美味がある。

・ほとんどが水分から出来ていて、わずかな成分も体内には吸収されないが、コンニャクなどと同様整腸作用がある。ただし、風情を味わうもので、ために食するのは無粋である。

お鈴(おりん)のうち孫が入れたり心太

[「お鈴」は例の仏壇で鳴らす小さな金属の器。「鈴(りん、れい、すず)」などと呼ぶよう。]

[芭蕉]
清滝(きよたき)の水汲ませてやところてん

[蕪村]
ところてん逆(さか)しまに銀河三千尺

釣忍・吊忍(つりしのぶ)

・シノブ科のシダ植物の一首であるシノブグサ(単に「忍(しのぶ)」とも言う)の根を束ねて、かたまりや船みたいにして、軒下などに吊して楽しむ。そこにさらに風鈴を下げたりもする。そんなわけで、「軒忍(のきしのぶ)」ともいうが、植物としてはシノブ科の別のシダ植物にノキシノブというのがあるので、ちとややこしい。

けんかしてひとりの宵を忍釣

[尾崎紅葉(こうよう)]
とばかりに雫やみけり釣忍

[小原啄葉(こはらたくよう)]
ひとすぢのあらくさ垂れし釣忍

麦藁(むぎわら)

「麦稈(むぎがら・ばくかん)」とも言うが、麦の実を採取した跡に残された茎の乾ききったもので、夏らしい素材と見なされて夏の季語になっている。これを紐状にした麦稈真田(ばくかんさなだ)などから、麦藁帽子を作ったりと、麦藁素材の物をつくる原料。

麦藁で編みまぎらかす病(やまひ)かな

[高浜虚子]
麦藁をもつて麦藁を束ねたる

草木、花など

朴・厚朴(ほお)の花。金雀枝・金雀児(えにしだ)。水木(みずき)の花。芍薬(しゃくやく)。紫蘭(しらん)。踊子草(おどりこそう)。山葵(わさび)の花、花山葵。青芝、夏芝。

[水原秋桜子(しゅうおうし)]
壺にして深山の朴の花ひらく

[北原白秋]
紫蘭咲いていささかは岩もあはれなり

[渡辺恭子(きょうこ)]
行く水に影もとどめぬ花わさび

[谷野予志(よし)]
青芝に一片の雲さしかかる

動物、魚、昆虫など

翡翠・川蝉(かわせみ)、かわせび、しょうびん。白鷺(しらさぎ)。青鷺(あおさぎ)。蝙蝠(こうもり)、かわほり、蚊食鳥(かくいどり)。蠅(はえ)、金蠅、銀蠅、家蠅(いえばえ)、五月蠅(さばえ)。天蚕・山繭(やままゆ)、山蚕(やまかいこ)。目高(めだか)。

[松根東洋城(とうようじょう)]
翡翠の打ちたる水の平かな

[蕪村]
夕風(ゆふかぜ)や水青鷺の脛(はぎ)をうつ

[安田汀四郎(ていしろう)]
天蚕のみどりいつしんふらんかな

2009/09/26
2017/08/18 改訂

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