さみしがり屋なボジョレー・ヌーヴォー

(朗読1) (朗読2)

さみしがり屋なボジョレー・ヌーヴォー

 いつからこんな弱くなってしまったの?

 バレーボールのキャプテンだって、中学の頃にはこなしていたような快活なわたし。職場を逃れて、宵の町なみをさ迷っている。ひとりぼっちの今日は木曜日。

 沢山の靴音を逃れるみたいにして、デパートにすべり込もう。いつもは時間にルーズな仕事が不思議なくらい、あっけらかんと定時に終わってしまったのはうれしい。でも、秋の宵の寒さは、こころをいじめるくらいに冷たい気分。

 デパートのなかはひたすら静か。

 きらびやかにして、あたたか回復。

 ボジョレー・ヌーヴォーの十一月。今日は第三木曜日。予約したのを取りに寄ったつもりが、ついおしゃれ着ばかり眺めてしまう私。気がついたら、すでに一時間。あれこれ眺めていると、そこはかとなく幸せになってくる。

 ようやく引き替えを済ませると、一本分の重みが疲れた腕にのしかかってきた。袋を持ってくれる人はもういない。そう思うと、なんだか淋しくなってくる。マンションでひとりで飲むことを思い出すと、なおさらやりきれない。おもおもな気分。

「ワインレッドは口紅みたいな優しさで」

なんて思いながら、化粧品のフロアーをさ迷っていたら、またつま先が留まりそうになるんで、慌てて逃れでた。

「今日ははやく帰ろう」

 帰ったってなにもないんだ。

 なにもないけど、早く帰ろう。

 だって、予約を取ったときの、あいつの姿が浮かんできて、急にデパートが恨めしくなるんだもん。二人で飲もうって約束したはずなのに、こんな不始末になるなんて……

「それでも、キャンセルせずに貰ってくるつもりなの」

 職場の同僚なんかは心配してくれるけど、わたしはへっちゃら。

 内心はそうでもないのだけれど、そんな台詞でも吐いてみせなかったら、在り来たりの勇気が折れてしまいそう。職場で折れたりしちゃったら、公私混同の女と呼ばれてしまう……それは嫌だ。



些細なる言の葉のひとつによりて

愛ははや廃れたもう



 幼い頃、チャーチで神父さんが、私たちを脅かすつもりだか、諭すつもりなんだか、そんな格言をこころに植え付けたのを、今頃うらめしく思い出す。

 わたしとあいつもそうだった。

 とかく大いなる試練に破れた訳でもないのに、ふたりの投げ合う何気ない遣り取りが、少しずつ食い違っているような、小さな違和感が累積して、あるときパリンって割れちゃった。

 割れちゃったら、もう取り戻せなかった。

 わたしは今でも、きっとあいつが好きなのに、もうそれをあいつに伝えることは叶わない。ううん。分からない。けれども叶わない気がする……

 だってそれはわたしの方から、切り出したことだから。

  言い訳なんか、つけようがないのだけれど。

   それでいて、未練がこころのなかをさ迷っている。

  なんであんなこと言っちゃったんだろう。

 それはまるで、だんだん重くなってくる、仕事帰りの鞄を片手にして、もう片方の腕さえもボジョレーに占有されてしまい、辛くって口にしたヒステリーくらいには違いなかった。でもあなたはもう、それを宥めてはくれなかった。

 急に見限って大空へと羽ばたくみたいに、振り向きもせずにどこかへと去ってしまった。

 わたしはぽつんと残されて、始めてことの重大さに気づいたけれど……すでに手遅れ、どうにもならなかった。だって、あやまるのは嫌。どうしても嫌。だから、それっきりになってしまった。あれからもう一週間。

 あやまるの、何で嫌なの?

分からない。

  今でもあいつが好きじゃないの?

 分からない。嫌いじゃないけど……

   だって、一緒に飲もうって約束したんじゃないの?

  いいもん。ひとりで飲むから。

 そんな哀しみを、

宿しながらに帰っていく。

 わたし・IN・ブルー。



 駅を出発したら、タートルネックの若いセータのふたり組が、ネイルアートを見せあってはしゃいでいる。

「装着じゃなくって塗ってみたいのに」

「駄目駄目、体育会系の山口にいびられちゃう」

なんて、学校の教師を恨んでいるみたい。それからプリクラの写真の話しで盛り上がっている。お兄ちゃんが絶対いやがる、なんて家族の話に移行中。学生時代を思い出して、ちょっと羨ましくなってくる。でも、他の人はみんな疲れ切っているみたい。都内を逃れる列車は、ネオン街を挟み込む見たいに揺られてゆくので精一杯だった。

 それにしてもがっかりだ。

  今日も席になんか着けなかった。

 あんまり、おもおもしているから、扉の隅っこに床置きボジョレー。足で倒れないように押さえつけながら、わたしはガラスを眺めている。そうすると、ネイルアートのふたり組が、ころあいよろしく窓に映し出されるのを、街なみと一緒くたにして眺めていた。。

 いまの子は、なんて言うのは、ちょっと嫌だけど、わたしの頃はあんなにオシャレじゃなかった。なんだか羨ましい。わたしの学生時代はもっぱらバレーに捧げる人生。それはそれで、楽しかったのだけれど……

 あの頃は、はしゃいでばかりで、ぽつんとしたさみしさなんて、知る由もなかった。その代わり、

「どうした、そんなレシーブがあってたまるか」

「グランド回ってこい」

みたいな、時代錯誤の熱血ドラマ状態。夕暮れにへとへとなって家に辿り着いては、「勉強しなさい」なんて両親にいじわるされることもしばしば。でもそんなへとへとが愉快だった。

 今は駄目だ。電車のなかが、喜びに満ちて感じられない。こころになんでかすきま風。

 冴えない禿げかけの中年が、よれよれのスーツを気にもせず、だらしなく居眠りして、首を揺すっているのなんか見つけたから、いっそうがっかりしてしまう。

 みんな、健全で、格好いいもの、

  どこへ落としてしまったの?

 他の人もそれぞれに疲れた表情。

うつらうつらとしたり、携帯を眺めたり、今日は十一月の第三木曜日だというのに、まるで楽しそうに思えない。それとも、そう見えるのは、わたしの心うつりに過ぎなくって、タートルネックのふたり組には、おなじ列車のなかが、輝いて見えたりするのだろうか。

 あるいはそうかもしれない。

  おおいにあり得ること。

   それにしても疲れたなあ。

  ちょっとまぶたを閉ざしてしまう。。。



「なんでいつも分かろうとしないのよ」

 ガタゴト揺れる列車に攪拌(かくはん)されたみたいに、

あの時の思い出が浮かんでくる。

 わたしは覚えている。

  それは、三回目のいさかいだった。

 疲れていたのかな。

わたしの求める言葉と違うところばかり突いてくるのが、その時不意に、分からないくらいのいらいらとなって、おまけにもう他人でもないものだから、身近にかっとなって叫んでしまったのだ。

 あいつはそれをヒステリーだって決めつけにした。

  わたしは、なおさら、

「そんなんじゃないでしょ」

なんて食ってかかった。初めてじゃなかったから、あいつは次第にわたしを扱うのが面倒になってしまったのかもしれない。

「もう、どっかいっちゃえ」

思わず大声を上げたら、びっくりするくらい他人の顔になって、急に心臓がどきりとして、しまったと思ったのだけれども、もう手遅れ。次の言葉をなくしちゃって、突っ立っていたあの日の部屋のなか。

「それじゃあ、終わりにしよう」

 なんて、営業相手のサラリーマンが、商談を破綻させるときみたいな、素っ気ない口調で言い返して、くるりと背中を向いて、あいつはドアをバタンと閉めた。

 わたしはぽつねん。

  その場にぽつねん。

   さみしい殺風景の部屋。

  自分の部屋なのに。

 わたしは被害者。

それとも、加害者?

 それから、しばらく泣き崩れていたけれど、どんなに待っても携帯は鳴らないし、メールだって来なかった。かといって自分からは出せなかった。どうしても……

 だって、だせないよ。

  なんで出せない?

   分からない。

  小っちゃなプライド?

 ううん、もっと複雑なの。

じゃあ、愛を確かめたくって?

 分からない。だけど職場でも、あいつの前でも、弱いって思われるのが、どうしても嫌だった。バレー部なんかにいたせいだろうか。あるいは他人には気を許すななんて、ひどいことを植え付けた父親のせいかもしれない。父さんにしてみれば、冗談の軽薄な言葉に過ぎなかったらしいけど……わたしは、あのひと言を、ずっと十字架みたいに背負い込んでいる気がする。

「他人はしょせん他人なんだよ」

っていう、あのひと言……



 電車帰りの仕事人は、立ったまま眠れるという、

海外ではやっている日本の都市伝説。

 あれは本当。

  そんなの、伝説でもなんでもない。あたりき現実。

 わたしはそんな妄想のうちに、眠り込んだまま扉脇にもたれ掛かって、倒れもせずにうたた寝を始めるのだった。

 子供の頃、近所のおじさんに、

「戦争中はね、歩きながら寝たもんだよ」

なんて言われて、嘘だって思ったりしたけれど、

きっとあれも、本当。十分あり得る話。

わたしだって、もしかしたら、出来るかも知れない。

だって、駅からマンションへ向かう途中、

半分眠りながら辿り着いたことだって、たしかにあったのだ。

 いっけん寝ているかと思ったら、いつの間にかまた、そんなことを考えていた。不思議なわたし。プシュッと扉が開いて、意識が覚醒とまどろみの合間にたゆたっている。開いたのは反対側。そうしてまた遠くなる。わたしはまた眠ってしまう。器用なおんな。

 そんなことが何度か繰り返された後、とつじょとして、ぱちっと目を見ひらいた。ちゃんと、自分の降りる駅になっている。平然と列車を降りられるということが、ひとつの驚異のように思われてくる。

「あっ」

と驚いて、ボジョレーを忘れたかと慌ててうろたえたら、ちゃんと鞄の腕と反対側に握りしめていた。自分にびっくり。人の世の神秘に触れた気分。



 でも、寝ながらあいつの妄想なんか浮かべたから、ボジョレーがおもおもとのし掛かってきた。嫌だ嫌だ。早くマンションへ戻りましょう。

ひとりだって、ワインくらい楽しめるのさ。

 降りゆく人のぞろぞろした改札が嫌だから、ちょっと待ってからプラットホームを逃れ出る。二、三人、ワインを持っている人を目にするのはちょっとしたお仲間気分。別に深い意味はなし。デパートも違っているけれど、何となく連帯意識。それにしても、両手が重いなあ。

 携帯が鳴るので、駅前の柱の近くでちょっとひと休み。ボジョレーだけ下に置いてから取り出すと、受信のマークが点灯中。泰子(やすこ)からのメールだ。ちょっと開いてみる。



ひとり身ってば

  あたいもなのさ

 。。。。( ̄∇ ̄)



 もう、どんな顔文字のセンスかと思う。彼との別れ話を聞いて、慰めてくれるつもりらしい。うれしくなってくる。けれども面倒なので、「まだ帰りつかない」という件名だけいれて、顔文字辞書だけで。



(>_<) (>_<) (>_<) (>_<) (>_<)



と送り返してやった。いつもよりちょっと学生チック。けれどもまたボジョレーを手にすると、おもおもしててやりきれなくなってくる。

 さあ、早く帰ろう。

    ああ、寒い寒い。

 さあ、早く帰ろうよ。

    あああ、寒いったら、寒いのだ。



 またあいつのことを考えそう。

 それなのに、不思議なくらい帰り道は、

今日の仕事のことばかり浮かんできた。

 課長がどうでもいいようなことを、二度もやらせたものだから、新入社員が、いじめられたんじゃないかって影で拗ねちゃって、わたしはなぜだか宥め役。いいお姉さんを演じちゃった。しかも、一度お姉さん役なんか務めちゃうと、もうその子はいじめられない……って、まさかそんな気はないけれど、ちょっと損な立ち回り。そんなボジョレー解禁日。

 けれども、マンションが近くなると、もしかしたら、あいつが今日を覚えていてくれて、仲直りの演出でもしてくれたらなんて、情けないけど、わたしはそんな空想に羽ばたいてしまったことを、ここに告白しなければならない。

 だけど現実はいつも味気ない。

  そんなロマンチックな妄想の時代は、

 むかしばなしの花咲かじいさんと同じくらい、

いにしえの伝説に過ぎなくなっている。

そうしてわたしはひとりで鍵を回すのだった。

「カチャリ」

なんて、口に出してみたら、ちょっとおかしい。

それから、「ただいま」って、

淋しくないぞ、元気な声で挨拶をしながら、

部屋の電気をつけたらようやく、

両手の荷物から解放されたのだった。



 疲れた。疲れた。

  これすなわち、

   お風呂にゃんこ。

  ……じゃなかった。

 ときどき、自分が行方不明になっちゃう。

 今日は風呂上がりのボジョレーをしゃれ込もうとして、

帰宅するなりすぐお風呂。べつににゃんこは関係なし。ただの語呂合わせ。

 あわあわしたり、メイク落としたり、スポンジと戯れたり、湯船につかったりするうちに、暖まるにしたがって、呪わしい腕の疲れが抜けていく。思わず、あたまにタオルを乗せたいような、とっつぁん体質が湧いてくるのでちょっとがっかり。いやなことは考えないで、はやり歌でも歌いましょう。



  受信メールの携帯を

   みつめる履歴のさようなら

    開けなくって眺めてた

     宵の銀座のセレナード



 なんかへんな歌。

 古くって新しいみたいな歌詞。

 「宵の銀座のセレナード」なんて、昭和の歌詞としか思えない。それでいて携帯のことを歌っている。こういうのを、「滑稽(こっけい)歌曲」なんて表現するに違いない。湯気と戯れてから、バスルームを離脱した。

 ドライヤーで髪を乾かすのには高度な技術が必要だ。

  温度と時間を髪を痛めないくらいに最適化する必要がある。

 もちろん慣れているから、なんの苦もないけれど……

それからパジャマはもこもこを着るべし。

 だけどこのパジャマ、子供っぽいって、あいつから馬鹿にされたことを思い出して、ちょっとむっとなる。鏡を見ているうちに、なんであんなに強く当たったのか、自分でも不思議に思えてくる。因果応報。もう会えないのかな……



 駄目だ。

  考えるなわたし。

   今日はボジョレーの解禁日。楽しまなくっちゃ。

  簡単にトマトを切って、チーズを皿に載せて、

 ハムをくるくる巻きにして、まるで朝食みたい。

おつまみにピーナツも載せて、部屋へと持っていく。

 それからワイングラス。

  もちろん、メインはもう一品。

   フライパンで、軽やかにスパゲッティ。

  麺を茹でるのがめんどいから、

 半分加工されてるので済ませてしまう。。。



「まつたけいけてない」

思わず、意味不明のことをつぶやいてしまう。

これは会社での飲み会のときに、年配の男性社員が、

「超いけてないなんて、汚らしい言葉だ」

なんて言い出したので、若い新入社員たちがブーイングを唱えて、

「どんな表現ならいいんですかぁ」

なんて、尋ねたら、

「まったくいけてない」

と、いっそう中途半端な「いけてない」表現を提唱するので、

さっきのメル友の泰子が、酔っぱらったままで、

「それを言うなら、まつたけいけてない」

なんて、おやじギャクみたいなことを言い出して、すっかり話題になっちゃったという、飲み会のいわく付きの格言。

 どうやら松茸を、生け花のように「生ける」ことなんかあり得ないという、奇妙な感慨が込められているらしいけど……それこそ、なんのこっちゃかさっぱり分からない。

 おまけに泰子、翌日になったら、そんな失態をまったく覚えていない。しばらく社内の有名人になっちゃった。それで本人は気にしていないような、そんな風変わりな表現法。



 言葉なんかと戯れても、わたしは菜箸を休めない。

  もうスパゲッティすら完成です。

   お皿に装って、フォークをその場に差し込んじゃう。

  これを持っていって、それからいよいよ、

 ボジョレーを開けてみる。

くるくると、回すのは、簡単タイプの、コルク抜き。

 ハンドルを押し下げると、優しく持ち上がってくる。

  ああ、赤ワインの窒息しかかった香りが広がってくる。

   不思議なくらい、瑞々しい香りからほど遠い。

  キッチンにふたつ並んだグラスが、ちょっと憎たらしい。

 片方を取り寄せて、そっとそそぎ込む。

「とくとくとくとく」

なんて、漫画の音喩(おんゆ)みたいな音が、

本当にするから不思議だ。わたしの頬の横に、

「とくとくとくとく」

て記してみたくなってくる……ちょっとハイカラさんな気分。

 ずぼらな持ち方でこれをテーブルに運んで、それから夕食。

  待ちに待った、ボジョレー・ヌーヴォーの解禁。

 この際、ひとりなのは、思い出さないで、

「乾ぱぁーい」

ってちょっと口つけたら、なんだか土の味がした。



 ようするに、わたしって本当は、赤ワインが苦手なのだった。

 どれもこれも土の味を感じてしまう。違いが分からない。ただわたしの乏しいワイン歴を総動員してみるところ、カベルネなんかよりはずっと軽やかな気がする。

 でも、チーズやスパと一緒だから、それなりに楽しめる。

  今日はこれでよし。なぜなら、今日は第三木曜日。

 世界的なお祭り日。それとも、日本人のわたしたちばかり、

また市場に踊らされちゃっているだけなのかな?

 まあいいけどね。

  せっかくだから、携帯で泰子に、

「乾ぱぁ~い」

とだけ、送っておいた。

 しばらくしたら、同じ言葉が返ってきたので、彼女もボジョレーをひとりで飲んでいることが発覚。いや、はやまってはならない。泰子のことだから別のお酒かも知れない。何しろ彼女は国粋主義なのだ。飲み屋でも日本酒ばかり注文する。日本酒の飲めないわたしとは正反対。それでいて話しは良くあうから不思議少女な心持ちなのだった。

 さみしさ逃れのテレビが、続き物のドラマを流している。

  けれど途中からだから、意味がまるでわからない。

 それがかえって、有り難いような雑音気分。

ろくに見ないで音だけ楽しんだ。



 お酒は不思議なものだなあと思う。

  楽しくなることもあるけれど、

   急にだらしなくなっちゃったり、

  甘えたくなっちゃったり、

 侘びしさに堪えかねて、

誰かに助けを求めたいほど、

 さみしさが募ってしまうこともあって、

  それを自分ではコントロールしきれない。

 そんな統制の効かない、人智を越えた飲み物。

だから、デュオニュソースの管轄なんだ。

 わたしは急にさっきまでの幸せが遠のいて、

  またあいつのことが浮かんできて、

 やりきれなくなってしまうのだった。



 よみがえれ、わたし。

  なんて、思ってみるけれど、

   うまくいかなかった。

  そうなると、もう駄目。

 次から次へと、ワイングラスへ注いじゃって、悪酔いしてしまうような悪循環。わたしはお酒には強くもないのだから、ボジョレー・ヌーヴォーの瓶が半分になるくらいまでは、なんとか記憶もあったのだけれど、次第にくらくらしてしまって、何がなにやら分からなくなってしまった。

 携帯をもてあそんだ気はするのだけれど……

  それから部屋がぐるぐる回って、

   最初は笑っていたはずだけど……

  それから、急に泣き出したような気もするけれど……

 なんだかよく分からない。

ようするにぐでんぐでんの木曜日。



 そうして、そのまま倒れ込んだのか、よく分からないのだけれど、いつの間にかベットに横たわって、さみしさに堪えかねて、そばにあった枕を抱き寄せて、あいつの名前なんか呼んだりしていたらしい。

「わたしが、悪かったってばあ。戻ってきてよお」

なんて、叫んでいただなんて、今でもまるで覚えていない。

「もふもふ甘えちゃうぞ」

なんて、不可解なこともつぶやいていたらしい。

そんなことを聞かされると耳たぶが真っ赤になる。

女なんて、粋がってみてもだらしない生き物なんだ。

頑張りのすき間から、つい弱いところが発覚せられてしまう。

「愛してくれなきゃ嫌」

なんて叫んでは、抱きついたっていうから、もうやりきれない。そんなの出任せと思いたいけど、あの時のさみしさを考えたら、大いにありそうなことだ。それでわたしは何一つ覚えていない。覚えていないのに、ちゃんとこうして記している……



 ようするに、翌朝目覚めたら、

  あいつが布団のなかに横たわっていたのである。

 びっくりして瞳を開いたら、自分の両腕が、必死になってあいつを抱きしめているのだった。あんまり状況がつかめないので、あいつを揺すり起こしながら糾弾してみたら、

「お前が呼んだんじゃないか」

と叱られてしまった。

 なんでも、突然携帯が鳴ったと思ったら、

「ボジョレーの約束を忘れたのか。薄情者ぉ!」

なんて声が響いてきたので、慌てて駆けつけたのだという。

「だって鍵は?」

と尋ねたら、

「何寝ぼけたこと言ってんだよ、合い鍵に決まってるだろ」

とまた諭されてしまった。



 ようするにわたしは、さっき記したような愚かものの台詞を、部屋に入ってきたあいつを掴まえて、意識のないまま散々に当たり散らしていたのである。

「寝てまで俺を苦しめるなよな」

と彼が笑い掛けてきた。でもその笑い顔には、「許してやるよ」っていうような表情がたしかにこもっていた。わたしにはちゃんと分かってしまう。だから嬉しくなって、

「ごめんね」

とだけ、ささやいた。

 なんだか、果てしなく照れくさかった。

  泰子ごめんね。ひとりぼっちは、

 また、あんたひとりになっちゃったよ。

そう思って、彼にモーニングキッスなどしてみるのだった。

          (おわり)

作成

[2010/4/27-29]
(原稿用紙換算29枚)

2010/04/29

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