僕と結婚式

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僕と結婚式

 真っ白い花嫁さんは、ええと、なんだっけ?

 ウェディングドレスとかいうのを着飾っていたんだ。ここだけの話し、そんなに若くもなかったよ。いわゆる晩婚化っていうやつさ。たしか、僕の母さんの、いとこって呼ぶらしいけど……それにしても、いとこって、どんなもんだろう? 父さんに聞いてみたけど、母さんのお父さんの、すなわちおじいちゃんの、兄弟の子供のごはん粒がどうしたのって、それから、しっかり食べなさいとか言われてるうちに、途中で分かんなくなっちゃった。まあいいや。

 今日は暴れちゃならない掟だから、僕は三人兄弟のなかでは一番賢いものだから、静かにしてやることにしたんだ。だから奮発して、いつもみたいに、兄弟の話なんか軽々しくしないことにするよ。なんてったって晴れ舞台だからね。婚礼の式典って奴さ。まるでハイカラさん気分だよ。

 それが、せっかく来てやったのに、

「こちらへどうぞ」

と呼ばれたと思ったら、いきなりガラス戸に封じ込められてね。それからジュースが出されたよ。さっそく席に着いてみた。だって、おじいちゃんとおばあちゃんが飲んでるのは、不味気(まずげ)なお茶とかカフヒーだったから、母さんが奮発してオレンジを頼んでくれたんだ。なんたって、僕らは自然主義だからね。おフランスのバルビゾン派だってびっくり仰天さ。今どきの子供は、みんな果汁百パーセントを楽しむよ。実にしっかりしたもんだよ。カフヒーなんて、あれは、干からびたお豆を焦がして、茶色に濁した毒じゃない、きっとみんなガンに成り果ててへとへとに決まっているのさ。そうしたら、父さんなんか、

「おれんちジュース」

なんて、またくだらない冗談を言うんだもん、すこしは場所をわきまえて欲しいよ。僕なんか、決して噴き出したりなんかしなかった。でも、父さん懲りずに、何度も同じ言葉を繰り返しているよ。駄目だよ。心がくすぐったくなっちゃうよ。思わずちょっと笑っちゃった。まったく子供なんだから、しかたないや。

 けれども、ガラス戸の中(うち)だからね。夏目漱石と同じ境遇だからね。たしか待合所とか言ってたっけかな。扉を開こうとしたら、まるで動かないんだ。それで僕だけが知っている。みんな閉じ込められちゃったに違いないんだ。だけど、僕はときどきへまをやるから、間違って笑われるのは嫌だから、今日は黙っていた。この間だって、豚みたいな中年顔を、偽物金髪で強調させたみたいな化粧お化けが、テレビにクローズアップされたもので、思わず、

「大変だ。テレビ局が妖怪に乗っ取られた」

って叫んじゃったら、みんなに大いに笑われたよ。みんなの意見を総合してみると、ああいう不気味な道化を雇って、どうにかテレビを見て貰おうという魂胆らしいけど、よけい世間様からひんしゅくを買っているらしいんだ。そりゃそうだよ。まるで教育を受けてない、最低限度の気品すらない、生ゴミ生物も同然じゃないか。美的感覚が腐っているよ。本当に社会のために良くないと思ったよ。僕は憂国の士だから、恥を掻いただけでは決して済まされない。ちゃんとそこまで悟れるところが偉いよね。

 けれども、今日は晴れの舞台だから、また笑われちゃ嫌だから、閉じ込められたなんて騒ぐのは止めにした。それに先客がちゃんといたんだ。なんだか、うちのおじいちゃんとおばあちゃんの類似品が、二人揃って座っていたよ。それから、真っ白なアルビノみたいなお兄さんが、ひょろひょろしながらカメラを構えていた。なんでも、白い花嫁さんの、いとこのお兄さんとかいう話しだった。あれ、母さんのいとこの花嫁さんのお兄さんだったかな。なんだか分からないや。ろくに挨拶もしないで、あんまりパシャパシャ写真を撮りまくるので、失礼な奴だと思ったよ。ただ、僕ら全員の写真も写してくれたから、とりあえずは我慢してやることにした。結婚式じゃなかったら、とっくの昔に、僕ら三人で連隊を組んでやっつけてやるところだったよ。顔色が悪いものだから、きっとすぐに倒せたと思う。あんまりひょろひょろしてるから、『もやしの兄』と名付けてやったのさ。



 それから、神木総会とかが始まった。

 横一列に並ばされてね、父さんの手の平が、僕の頭の上に置かれたんだ。こうなったらもうお仕舞いさ。暴れちゃいけないっていう御触(おふれ)なんだ。昔、一度背いたら、父さんの顔が豹変したよ。まるで夜叉(やしゃ)の親分だった。僕は、人間の恐ろしさを初めて思い知ってねえ……いけね、そうじゃないや。あれはきっと、大人の人が、愛とかしつけとか言う、一種の優しさらしいんだ。らしんだけど、僕はそんなこと知ったこっちゃないから、ただ、あんまり怒り方が怖かったから、手の平を押しのけてまでは、暴れないことに決めたのさ。なんたって、僕は賢いものだから、一度教わったことはちゃんと守れるんだ。そこらへんに駐屯する、ファーストフードの中学生なんかと、一緒にされちゃ迷惑さ。

 ええと、なんだっけ。

  それでさあ。

 その手の平がさあ……うんと、手の平じゃなくって、ふすまだったよ。なんだか、ふすまが開いて、うん、でも畳でもないのに、ふすまは変だよね。それじゃあ扉だよ。とにかく、扉がスライドしてね。それからびっくりしたよ。向こう側に鏡があるのかと思って、瞳を凝らしたら、僕らとは全然違った人たちが、やっぱり横一列に並んでいるのさ。まるで別人だったよ。

 それでね、こっちの列には、いつの間にやら花嫁さんが立っていたよ。いつ入ってきたのか僕、全然気づかなかった。実に神出鬼没さ。そして、あっちの列にいる背の高いのが、花婿さんっていうらしいんだ。僕、紹介しちゃおう。なんでも、うちの父さんと母さんみたいに、花嫁と花婿が結ばれると、今日みたいな神木総会が行われて、それから、くんずほぐれつして子供が生まれるんだか、はしかにかかってくしゃみをするんだか、それは知らないけれど、すべからく何もかもが婚礼の式典っていうやつなのさ。

 なんだかよく分からないや。

  とにかく端っこだよ。

 うん、端っこ。

  端っこに花婿の母さんとやらが、ぺこりと挨拶をして、それから順番に隣の人を紹介していったよ。みんな紹介に合わせてぺこりぺこりさ。僕はちょっといい気分だった。でも父さんの方を見たら、それに合わせて、こっちもぺこりぺこりをしていたよ。先に言ってくれなきゃ分かんないじゃない。まあいいや、今さらふんぞり返ったままで、僕は適当に済ませたよ。なんたって、子供なんだからね、みんな大目に見てくれるに違いないのさ。向こうには、僕らくらいの女の子もひとりいたけれど、照れくさいから、そっちには見向きもしなかったんだ。

 でも、ここだけの話し、こっち側に控えてた花嫁のお父さんは、僕ら一同の紹介にしくじったよ。手の平に隠しものをして、こそこそ読んでたのがばればれでさあ。その上、僕らの名前が、てんでぐだぐだなんだ。僕はすっかりいじけたよ。そしたら終わった後で、もやしの兄が、

「せっかくのおいしい現場を」

とかぼやいていた。なんだろうと思って気づいたら、もやしはビデオカメラを用意していたのに、おいしい現場を取れなかったらしいんだ。駄目だなあ。もやしのくせに、社会のマナーなんて気にするものじゃあないよ。僕に渡して置けば、ばっちり取ったよ。なんたって、しがらみとか、マナーなんてまるでお構いなしだからね。実に惜しいことをしたもんだよ。僕は少しだけ、もやしを哀れんだ。衝撃シーンの確保は、僕らにとっては使命も同然だからね。三途の川でも砂金ささらえって、格言だってあるくらいのものさ。いけね、今日は結婚式だからね。縁起でもない格言はよしにしなくっちゃ。

 それから、あの禁断のガラス戸が、安っぽいヘブンズドアが、華奢なお姉さんによって、すらりと開かれたよ。僕はちょっとショックを隠せなかった。お姉さんの腕力にも負けちゃったのかと思ってね。でもそうじゃない。きっと施錠を開放してくれただけなんだ。僕はヒーローだから、お姉さんなんかに負けるわけないじゃない。とにかく僕らは釈放された。それから式場に移動するって聞こえたから、僕は母さんの後ろを歩いていったんだ。



 そうしたら、びっくりさ。

 歩いていったら、目の前の舗装された、舗装されつくした、舗装の舗装たるべきところが、不意に無くなって、柵も付けないままにいきなりお池になっていたのさ。きれいな透明なお池で、お魚すらいなかった。気づかないで、危うく落ちるところだったよ。まるでガラスの床みたいじゃない。こんな演出は良くないよ。今に花嫁さんが落っこちて、ウエディングドレスがずぶ濡れだよ。物騒な世の中だから、この式場は、法廷に訴えられて、法外な医者寮を請求されるよ。うん。違った、慰謝料だよ、慰謝料。僕はずいぶん難解な言葉を使うものだから、付け焼き刃の博識を気取っても、時々、用法を誤るよ。まあ、大目に見てよ。なんたって、まだ子供なんだからね。

 けれどもその時だったのさ。

  僕は確かに見かけたんだ。

   あれは、まっ黒なマントだった。

  僕にはすぐに分かったよ。

 あれはきっと、今日のヒロインを奪いに来た、途方もなくごっつい悪巧み連中に違いないんだ。僕はすぐ身構えた。悪の到来を感じたけれど、僕の兄弟なんかはみんな暢気だから、花嫁さんを慕うみたいに、写真会場へと向かってしまったのさ。

 しかたないや。僕は三人の中ではとびっきり強いから、いざとなったら、僕ひとりだって、やっつけてみせるしかないんだ。なまじヒーローだから苦労が絶えない。辛い仕事さ。あるいはもやしの兄が、加勢してくれるかしら。そう思って、眺めてみたら、ひょろひょろして頼りなさ気に控えているんだ。あれじゃあ到底堪えきれないに決まっているよ。やっぱり僕が闘うしかないや。

 しばらく身構えていたけれど、黒いマントは消えてしまったよ。あっちの、ラウンジとか書いてある通路へ消えたことは確かなんだ。また戻ってくるつもりだろうか。僕に恐れを抱いて、仲間を連れてくるかも知れない。多勢に無勢で、僕は太刀打ち出来るだろうか。ちょっと心配。こっそり二三度パンチを繰り出して、未来の危機に備えたよ。

 ようやく記念撮影のところへもぐり込んだら、みんな危機感もなくのほほんとしていたよ。僕らは最前列に座らされちゃった。白い花嫁さんの側だったよ。花婿さん側にも女の子が一人いたから、しかもさっきから何度も目が合うものだから、僕はちょっと声をかけたいくらいだったんだ。でも、やっぱり現代っ子だから、こう見えても人見知りなんだ。それに今日は式典だから、とうとう挨拶は交わせなかった。なんだか姉さんより可愛い瞳だから、なんだか吸いこまれそうになって、つい何度も垣間見ちゃった。ああ、だらしないなあ。ヒーローが女にうつつを抜かすなんて、とんだ失態だよ。僕は黒マントのことを忘れてはならないんだ。それなのに、もやしの兄なんか、花嫁の脇からピースを出して、カメラマンに叱られていたよ。まるで子供なんだから、てんからなっちゃいないよ。僕まで同類に見なされるのは、はなはだ不本意だよ。本当にやれやれさ。



 ところで、これは教会って言うらしいんだ。

 僕らは椅子に並ばされて、正面のお立ち台には、変な外人さんがヌボっとしていたよ。ショパンの失敗作みたいな顔立ちだった。だけど、なんだか、先生と生徒みたいだから、僕は落ち着かなかった。宿題の提出を迫られる気配がしたからね。その上、席から離れてカメラを振り回しちゃいけないって、いきなり場内アナウンスが脅しにかかるんだ。

 僕、知ってらい。

 もやしの兄を恐れて、教会が先手を打ったに決まっているんだ。そのくせ、変なつるっパゲのカメラマンが、別枠でうろちょろしていたよ。こいつは、場内アナウンスの例外らしくって、式典中ずっとうろちょろしていたから、最初は黒マントの一味かと思ったけれども、なんだか関係ないみたい。ただ、時々、僕の前に立ちはだかるものだから、

「僕の前に立つな!」

と脅して、ハゲ頭をペタペタひっぱたいてやりたくなったよ。

 そうしたら、外人さんの横に、ヴァイオリンが響いてさあ、いや、オルガンってやつかな。僕、楽器の識別は苦手だよ。銀色の横笛だったような気もする。とにかく、いろんな楽器に合わせて、三人のお姉さんが歌いまくっているうちに、後ろの扉から、花嫁さんと、僕らを紹介し損ねた例のお父さんが現れたよ。あれ、違った、その前に、花婿さんが待ちわびていて、その後のことだったかな。なんだか、ちょっと忘れちゃった。それにしても、真っ白な服装は着飾ってきれいだったなあ。僕の姉さんなんか、隣から、

「きれい」

って見とれてるから、着たいだろうって尋ねたら、こくこく黙って頷いてた。女なんて甘ったれた生き物さ。あんな修飾過剰の服装は、縛り付けられたって、僕になんか着せられっこないや。けれども僕、その時また、通路の向こう側の女の子と目が合っちゃった。あの子だったら、姉さんなんかより、ずっときれいに着飾ってみせる。それだけは保証するよ。僕はちょっと、のぼせているのかなあ……

 いけね。しっかりしなくっちゃね。僕が進行だからね。ともかくさ、その着飾った花嫁さんが、紹介損ねの父さんと、足を揃えてゆっくりゆっくりこっちへ来るんだよ。僕なんか、

「ちまちま歩いてんじゃねえ」

って、日頃なら、注意しちゃうくらいのじれったさだったけど、なんだか音楽の魔力にだまくらかされて、とろとろ調子で眺めてしまった。そうしたら、もやしの兄なんか、必死にビデオを回しているのさ。まったくなってないじゃない。

「カメラじゃないよ。ちゃんと心に焼き付けるんだ」

思わず説教したくなったよ。きっと僕みたいに、立派なしつけをされなかったものだから、こんな大切な瞬間に、ビデオなんか回しているに決まっているんだ。こんな大人にだけはなりたくないもんさ。もやしは、式の後で、花嫁の後を追って、僕らが階段を下りていく時も、一人で進行方向に立ち向かって、僕らを写していたんだ。まったく諸悪の根源さ。まあいい。もやしくらいに腹を立てる僕じゃないんだ。式典は、大いに華やいだよ。

 それから、お歌を、シャンピカとかいうお歌を、口パクしたり、外人さんがなにかを呟いたり、

「あなたは、崇め、妻とし、永遠に、とこしえに、とこなめの、夫を、アイスことを」

とか言っているうちに、僕はアイスが食べたくなっちゃった。よく考えたら、それは「愛す」の間違いだったよ。一人で赤くなっちゃった。今日は式典だから、恥の上乗りは、みんなにはお話ししないでおこう。

 それから、指輪を交換したり、手をひっぱたきゲームみたいに、何度も重ね合わせたり、不思議なことを繰り広げたのには驚いた。あんな儀式がどうして、人の世に湧いてきたものか、西洋人のもたらしたものは、皆目訳が分からない。それでちょっとキッスなんかするものだから、姉さんなんか、またメロメロなっちゃった。僕はおでこにデコピンでもしてやろうかと思ったけど、今日は控えておいた。いきなり泣き出すといけないからね。でも、あんまり我慢するのは、ストレスがたまって、早死にしちゃうから、少しはいたずらだってしたいなあ。



 そうこうするうち、教会の式典は終わってしまったよ。

  僕は黒いマントが来なかったから、ようやく安心したのさ。

 あいつは家に逃げ帰ったに違いないよ。それとも、食事を済ませてから、また出直すつもりかなあ。悪人だって、三度の飯を食らうと知ってから、僕は悪人をあまり恐れなくなった気がするよ。ともかく花嫁さんと花婿さんが並んで、後ろ側の出口から、教会を抜け出してしまったんで、僕らも順に後を追うっていう算段さ。よくできた演出だよ。そこにもやしが控えていたのはさっき述べたよね。おじいちゃんみたいに同じことをくどくど繰り返さないようにしなくっちゃ。下の方では、花嫁さんと花婿さんがすでに待ち構えているんだ。なんでも、ここでいろんなものを飛ばすっていう儀式。変なものだねえ。

 まずは花嫁さんが花を飛ばしたよ。なんでもブーケとやらを受け取った人が、次の結婚式を行う定めらしいんだけど、つまりは花嫁さんの花束が、ブーケっていうものらしいよ。

 受け取った人は花嫁さんと友だちらしいんだ。僕らの方になんか全然飛んでこなかった。きっと出来レースに違いないよ。僕だって世の中の仕組みって奴が、近頃少しずつ分かり始めている。なんたって早熟だからね。ヒーローには付きものの憂うつさ。あっちの方では、女性陣がブーケを中心に盛り上がっていたけど、僕は食べれないものだからちっとも興が乗らなかった。だのに今度は、風船を飛ばすって言うだろう。急にときめいちゃった。なんで風船となると、不思議なわくわくが湧いてくるのか知らないけれども、誰だってあんな花束なんかより、ふわふわした夢があるじゃない。僕は断然風船党さ。

 ぷかぷか浮遊する風船は、だから手放したくなかったけど、仕来りだって母さんが肘で脅すから、しぶしぶ合図にあわせて離したよ。

 全員一斉で、ふわりと舞い上げられた途端に、

  強風がびゅうびゅう吹いて、一気に、

   まるで、映画みたいに、風船は空高くへ、

  憧れを描くみたいに舞い上がったよ。

 リンゴンリンゴン、鐘は鳴り響いたよ。

きれいだったなあ。

 これで、晴れていれば、絶好調だったけど、

  実は今朝は雷が鳴っていたんだ。

 僕はあらしを呼ぶ男だから、僕のために、せっかくの結婚式が踏みにじられたのかと思って心配だったけど、その後も、晴れたり、曇ったり、スコールがきたり、なにしろ、疾風怒濤(しっぷうどとう)の結婚式になっちまった。母さんなんか、花嫁さんの性格のせいかも知れないなんて、こっそり呟いているくらいだったよ。

 それからみんなは、主役二人を取り囲んで、写真なんか撮り始めたよ。それを遠くからもやしの兄貴が、隠し撮りになんかしてるのさ。例の水際のあたりで熱中してるから、えいって突き落としてやりたい衝動にかられたよ。けれども、めでたい日だから我慢した。それに僕は、あたりへの警備を怠るわけにはいかなかった。ここは黒いマントを見かけた付近だから、鼓動だって高まったよ。けれどもようやく、ヒノウエンとかいう、新しい式場へ出向いたんで安心した。ああ、それにしても、おなかすいたなあ。



 弟なんか、だらしないから、もうぐったりさ。

 刺激なんかしたら、騒ぐに決まっているから、僕は声もかけなかった。姉さんは、おすましさんで、よそ行きの表情。これは、女の得意技なんだ。僕らには不可解な、女優派の演技ってやつ。だって、こんなお祭りさなかにあって、澄ましてなんかいられるわけないじゃない。

 もちろん僕にしたって、父さんの牽制があるから、今日は席に着いておくことにした。テーブルの間が迷路みたいに思えるから、本当は走りたくってしょうがなかったんだ。おまけに薄暗いから、なおさらいたずらがしたくなってくる。母さんが腰を下ろしかけているので、椅子をこっそりどけて尻もちを付かせたくなって、思わずうずうずしちゃった。

 それからますます会場が暗くなったから、もしかしたら黒マントの仕業かと思い出して、ちょっと堅くなっていると、違った。向こうのカーテンがぱっと開いて、光のさなかに花嫁さんと、花婿さんが立っていたんだ。ちぇっ。こんな子供だましの演出に引っ掛かるなんて、僕もとんだアマちゃんさ。思わずどきどきした心臓が、悔しくってたまらない。そうしたらもやしの兄なんか、慌ててビデオカメラの方へ飛んでいったんだ。まったく、要領が悪いったらありゃしない。あれじゃあ、せっかくの入場が、みんな取り損ねじゃない。

 ややこしい挨拶は、僕の気に入るところじゃない。

 ちんたらしゃべっているんで、早送りにしたかったけど、今日はリモコンを持っていないから、我慢することにした。そうしたら、「乾杯」という声が響いたよ。父さんと母さんが、それにあわせて、グラスを掲げたから、僕らも、ジュースでもってそれに倣ったんだ。シャワシャワと炭酸が煌めいてねえ。照明がその中にこだましたよ。きれいだなあ。僕はコーラの方が良かったけど、今日は透明な炭酸で我慢してみせる。えらい大人だよね。ただ父さんと母さんの方は、アルコールらしいんだけど、それは僕らには飲ませちゃならないらしい。ちょっとずるい。ひと口くらい、飲んだっていいのに。けれども近頃、世の中が騒々しいからね。僕は我慢することにした。ひとくち口つけたばかりに、二人が豚箱送りにされたんじゃ、僕ら三人とも、戦災孤児になっちゃうからね。

 わーい。ようやく料理だ。

  他のことなんか、もう覚えてないよ。

   僕は食べたのさ。実際、

  食べまくったと言っても、

 華厳(けごん)の滝じゃなかったよ。

あれ、なんか違うな。看護の森。じゃなかった、過言の谷とか、まあいいや。言葉なんて、気持ちだけでも伝わるものだよね。それより、ねえ、母さん、これどうやって食べるのさ。大和の民なんだから、ナイフじゃなくって、お箸にしようよ。お箸。こんなちょこざいな道具でお食事なんて、西洋人ってのは、本当に難儀な性格だなあ。

 そのうえお食事は、

  順番に、のんびり、

 ひとつづつやってくるんだ。

  のこのこテーブルごとに、

 手持ちで運んでくるんだよ。

  それから、いちいち、

 料理の説明だよ。

  ねえ、ちょっとまどろっこしいよ。

 暇になるたびに、あたりを見渡したものだから、ところどころだけ覚えている不始末さ。ちょっとだけ教えちゃおっか。まずね、花嫁さんと花婿さんが、ずいぶん離れた前方に、二人だけ、特別なお席に座ったよ。きっと、とびっきりな料理が出されているに違いない。それを思うとなんだか遣り切れない。僕も急に、結婚がしたくなってきたよ。それから、そこにいろんな人が、出向いては、お酒を飲み交わしたり、おさべりをしたり、だらだらしているばかりなのさ。その合間には、変なアナウンスが、

「お慶びの、目覚めの朝の、あなた、どうぞ末永く」

とか、訳の分からないコメントを繰り広げたよ。お越しになられなかった綿投(わたなげ)さまとかいう、紹介のところで、父さんがまたイトコの関係を教えてくれたけど、なんだかよく分からないや。

「いいよ、なんでも。とにかくイトコなんだ」

といじけたら、すっかり笑われちゃった。まあいいか。

 そんなこんなで、コメントなんか誰も聞いちゃいなかったよ。しょうがないさ、だって、ああ、これ、おいしいねえ……こんなにおいしいんだから、誰も、コメントなんか聞いちゃあいるわけないよ。

 そうそう。他にも覚えてるよ。

  たしか、へりくだりの儀式とかいう奴だよ。

 花嫁の父親とか、その母親とかいった、ガラス戸に閉じ込められた面々が、テーブルにお酌をして回っていたよ。でも、もやしの兄なんかは決してしない。それに僕のおじいちゃんやおばあちゃんもしない。二人はこっちの席じゃなくって、もやし一族のテーブルに座らされていた。いとこなんだから、しかたないよね?

 何がいとこだか、よく分かんないや。

  でもこれ以上、醜態はさらせないからね。

   なんといっても、僕はヒーローなんだから、

  情けない姿は見せれないんだ。

 だから、もう父さんには尋ねない。

けれども、花婿さんの家族のテーブルから、やっぱり酌の回り手が現れたよ。これは知ってらい。花婿さんのお母さんさ。それにそっちには、記念写真で見かけた、同い年くらいの女の子が座っているから、僕ちょっと気になっちゃった。それで覚えているのさ。あの子の前で、格好いいところを見せられたら、ちょっとは関心を持って貰えるかなあ。

 けれども今度は、大きなケーキがカットされるんで、僕はそっちへ釘付けにされた。じっと見ていると、花嫁さんと花婿さんが、二人でカットして、互いに、食べさせ合いっこなんかしてるんだ。ずるいや。だってケーキだよ、ケーキ。とびっきり大きいんだ。断然ずるい。ずるいけど……

 食べさせっこなんて、ぜんぜん子供じゃないか。甘ったれもいいところだよ。僕は呆れたよ。まるでなってないよ。断然僕の方が大人じゃないか。食べられなくても我慢したよ。あんな醜態じゃ、とても浮き世を渡っていけないよ。二人で大海に溺れちゃうよ。まったく、前途多難さ。



 料理に熱中していると、何とかの三文のマネリだかなんだか、難しい名前の料理が入場を果たしたんだ。それなのに花婿さんと花嫁さんが順番に消えてしまったから、僕はちょっと不安になってきた。あの、黒いマントが、悪事を働くタイミングはここしかない。僕の第六感は立派だよ。まず踏み外さない。きっと将来は株で大もうけさ。そうしたら父さんと母さんを楽にしてあげられるんだ。

 こんな時、僕の兄弟じゃ、頼りにならないし、あのもやしの兄にでも頼もうかと思ったけれども、なんだか足手まといになりそうだったから止めにした。僕は一人で闘わなくっちゃならないから、思わず心拍数が高まってきたよ。

 不意に照明が落っこちて、会場が真っ暗になったんだ。

  いきなりレーザー光線がそこらじゅうを飛び交ったよ。

 びっくりさ。討たれちゃ大変だと思って避けてたけど……

しまった、やられちゃった。あえなく照射されちゃった。でも何ともないんだ。ちぇっ、馬鹿にしやがって。こんなの子供だましの偽物じゃないか。レーザーに当たったら、怪獣だって爆発だ。僕なんか、生身の体だから、どろどろに溶かされて、二度と再生が利かないよ。なまこの一生みたいには、しのぎが利かない。偽物でよかったけど、きっとこれは策略なんだ。

 そう思って、身構えていたら、今度はカーテンの閉ざされた、花嫁や花婿の席あたりから、いきなりファイヤーがぼこぼこ吹き出たよ。火事になるかと思ったけど、炎のぼこぼことレーザーとが一体になって、ハイテンションの音楽と戯れている間に、レーザーは色を移し替えるし、あちこちうろちょろ動き回るし、僕は思わず見とれてしまったことを、ここに告白しなければならない。なんたって、まだ、子供だからね。あんまり、冷静にはなりきれないのさ。つい、一心不乱に陥っちゃう。それで時々へまもするけど、でもねえ、そうやって生きることだけが、本当の人生じゃないのかなあ。僕はいつだって、みんなにそう言い聞かせているんだ。だって、あんな、もやしみたいなエセカメラマンじゃ、一生が台無しじゃない。僕はカメラマンになんか決してならないよ。まして、あのハゲの専属のカメラマンなんて、今でもまだうろちょろして、目もあてられない有様だ。それが君の人生なのかい。一番感動すべき瞬間に、傍観者みたいにファインダーでお眺め遊ばすのが、君の生き方ですか。そう尋ねてみたいくらいだったよ。ああ、それにしても、このファイヤーのレーザーは、情動をむさぼるなあ、僕、思わず立ちあがりそうになっちゃった。



 また、不意にカーテンが上がったら、

  僕は本当にどきりとしたよ。

   だって、花婿さんが、自転車に乗って、

    横一列に並んだガラス窓の向こう側の、

   路面とお池の危ない境界あたりの最前列を、

  右から左に走っていく後ろから、

 しまった、こんなところで現れやがった。

あの黒いマントの仮面の男が、三人に増えて追い掛けているじゃない。

 やっぱりこの時を狙ってやがったんだ。僕はついに立ちあがった。今は躊躇している場合じゃない。全力で、コナンみたいに、走りだしたよ。父さんが両手を伸ばしたけれど、もう止められなかった。父さんなんかに、事の大事が分かってたまるか。結婚式の存亡の危機とあっちゃあ、僕の職務はすべてに優先されるんだ。だから、ノンストップ。漲る、正義感。僕のヒーロー伝説。さあ、急ぐんだ。敵は待ってはくれないぞ。

 花婿の消えた、ちょうど出入口の大きな扉のあたりに、僕はひたむきに走ったよ。テーブルの合間が、ちょっと迷路みたいだった。走る僕を見て、まわりの人が驚いたよ。みんな鈍重すぎるのさ。きっと僕の早さに付いてこれないでいるに違いない。走りながら、僕はちょっとだけ女の子のテーブルを垣間見た。新郎の家族の席だからちょっと遠いけど、僕はたしかに彼女と目があったんだ。お願い、助けてあげて。その目は訴えていたよ。僕はますます走っていった。不思議な力が溢れてくるのさ。

 そうしたら、いきなり扉が開かれて、花嫁を抱きかかえた花婿さんが、会場へ逃れてきた。もちろん後ろからは、三人の黒ずくめのマントが、花嫁を奪い去ろうとして、恐ろしい仮面を付けて迫ってきたんだ。間一髪さ。どうする、花婿。

 僕は、ぎょっとしたよ。

 扉の横にもやしの兄が突っ立っていやがるのさ。そうして、このピンチにあっても、ノウノウとビデオなんか回して、日和見主義を貫き通しているんだ。信じられるかい。こんな光景。まるで状況から遊離して、端末を眺めているようなオタクの象徴じゃない。

 僕は迷わず飛び出した。

  ヒーローだから、思う前からてきぱき行動さ。

   それだけが命の証なんだ。

  漲る血潮、猛り狂う情熱。

 いきなり、三人のマントの前に立ちはだかって、

「お前ら、なにをするんだ」

と大声で怒鳴ってやったよ。そうしたら、三人とも、互いに顔を見あわせてねえ、とっても驚いた様子だったよ。そりゃそうさ、こんなところでヒーローが現れるとは、思いもしなかったからね。今にこてんぱんさ。そうしたら、

「どけ、花嫁は俺たちが奪ってやる」

なんて言ってくるので、

「二人には指一本触れさせないぞ、僕が守るんだ」

と大声で宣言したら、なぜだか、後ろのほうで笑い声が聞こえてきた。けれども僕はもう一心不乱だから、まわりの状況なんか構っちゃやられない。倒さなければ、ヒーロー失格。花嫁さんはきっと、黒いマントに連れ去られて、あのテレビのお笑いの道化とやらの、不気味な金髪のお化けに改造されちゃうよ。化粧品を塗りたくられて、外人さんだって吐き気をもよおすような、ひょっとこお面にされて、二人の結婚式は見るも無惨さ。そんなことはさせない。人には人の品位があるんだ。偽物金髪お化けのペンキ塗り立てなんか、そんなグロテスクな料理は、僕は大嫌いさ。さっそく三人の方へ飛び込んだよ。

 えいえいって、パンチを二三度繰り出して見せたら、なんだかボディのあたりにあたったよ。堅くて、全然手応えがないみたいだったけど、僕はひっしに繰り出した。頭を押さえられそうになったんで、慌てて後ろに飛び退いた。そのまま、右のやつにいきなり正拳を付いてみたら、油断していたと見えて、今度は柔らかいお腹のあたりに、たしかな手応えがあったんだ。「ぐう」とか変な声がした。やった。そう思ったけど、なんでか倒れない。僕はもうよっぽど、最後の手段、足を使おうと思ったら、奴らもようやく必殺技の到来に怯えだしたみたい。

「くそ、覚えていろ」

なんていって、とうとう入口から逃がれ去ったよ。

 ああ、いい気味だ。やっぱり僕ったら誰よりも強いや。

  僕の前には敵はなく、後ろはどこまで屍(しかばね)続きさ。

   なんて思って、清々していたら、

  花婿さんが花嫁をおろして、

 僕の肩を叩いて、

「ありがとう。おかげで助かったよ」

なんて言ってくれるのさ。

 さすが、もやしの兄とは違って、社交界のマナーを弁えているよ。そうさ。ヒーローに助けられたら、感謝の念を示さなくっちゃならない。最低限度の礼儀だよ。それを、よそ見の見物を貫き通すなんて、もやしの兄はまるでなっていない。花婿さんの感謝が、会場に伝わって、満場の拍手が鳴り渡ったとき、僕は、この式典が、僕のためにあるような錯覚に囚われたのさ。

 けれども、ヒーローにもマナーは必要だからね。今日は主役の座を奪い取っちゃいけないんだ。

「なんでもないことさ」

なんて、格好(かこ)良く答えて、僕はご両人のところを離れたよ。

「幸せになれよ」

って去り際に呟いたら、

「ありがとう」

って両手を振ってくれた。なんだかやっぱり、まわりからどっと笑いが響いたけど、僕は自分のした業績に溺れちゃって、ちょっと無我夢中さ。ただ、もやしの兄だけは、突き詰めなくっちゃならない。ビデオカメラの前に向かって、

「助けなくっちゃ駄目じゃないか」

って脅しておいたら、やっこさん、大いに恐縮した様子で、

「いや、これはどうもすいません」

なんて詫びを入れる不始末さ。まるで見込みなし。駄目駄目のぐだぐださ。こんな大人にだけはならないように、僕は気をつけなくっちゃならないんだ。

 僕はもやしにかこつけて、ホールを大回りして、新婦の家族の方を回って帰っていったことを告白するよ。僕だって男だからね。やっぱり好意を寄せる女の子には、認められたくって仕方ないんだ。隠しておくのも癪だから、正直にお話しちゃおう。通りがけに彼女の方を眺めたら、なんだかちょっとほほ笑んだような気がした。間違いないよ。僕はうれしくって、けれどもヒーローなものだから、冷然を装って帰路についたよ。

 ようやく席へ戻ると、父さんと母さんも、もちろんのこと、

「よく、撃退したな」

なんて笑ってくれたので、僕は本当に満足した。生まれてきて最良の一日さ。けれども満足して眠くなって、うとうとしているうちに、式典はあっという間に終わっちゃったよ。おまけに車の中でもぐっすり眠っちゃったものだから、最後の方はまるで覚えていないんだ。でも、使命だけはちゃんと果たせた後だから、覚えていなくっても大いに満足さ。



 そうだった。

  帰りに式場の外で待っている、

 新郎と新婦のところへ挨拶をしたら、

「さっきはありがとう」

なんてまた褒められちゃった。僕の姉さんと弟なんかは、偉大な業績をあんまり認めてくれないけど、どうせこいつらはガキだから、使命のことなんか、これっぽっちも分かりやしないんだ。まだ隅っこの方でビデオを回している、例のもやしの兄を発見したから、

「ビデオばかり回してちゃ駄目だよ」

ってもう一度注意してから、式場を離れたよ。彼はまたしても平身低頭さ。こいつはまだ、結婚というものを済ませていないらしいけど、こんな調子じゃ、一生独身なんじゃないかなあ。

 だけど帰るとき、新婦の家族の例の女の子が通ったんで、僕、思い切って手を振ってみたんだ。そうしたら、つんと澄まして、あっちを向いちまいやがった。なんだい。女ごころなんか、本当に分かんないや。ヒーローの初恋なんて、いつもシャボン玉の弾けて消えちまうのが関の山さ。僕は勝利の苦さというものを、生まれて初めて悟ったよ。まだ僕の家族に見つからなかったから、恥をさらさないで済んだくらいだ。



 ああ、やっぱり車の揺られ心地は眠くなるね。

  遠くで、父さんと母さんの声が響いてくる。

   いい、結婚式だったねえ。なんて、噂しているらしい。

  立派な旦那さんだなあ、なんて聞こえてくる。

 それが、最後だったよ。僕は眠っちゃったんだ。

ここは車の中。ああ、それにしても、今日はいろいろあったなあ。

                    (おわり)

作成

[2010/6/16-18]
(原稿用紙換算40枚)

2010/06/18

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