俳句 『習作的断片一』 朗読

(朗読)

『習作的断片一』

   二〇一〇年、七月まで

 『夜更けのエチュード』に続き、短編小説の集中制作の為、句作への情熱は冷めたるが如し。散文詩に於ける『最後の歌』の草稿六月に断筆して後も、十七字への回帰はみられず。その間、五月には葬の儀礼、六月には婚の儀礼あり。総じて此年前半の句には、安易なる着想を月並にものしたるもの多し。

めでたさを一人かみ切る餅の味

[陳腐の典型なり。]

鮟鱇(あんこう)のどうにもならねえやるせなさ

[ゴロだけの趣向にて、江戸調を真似たる虚偽の一句なり。作者自身「やるせなさ」を感ぜざること疑なし。]

卯波(うなみ)高くやるせなきほどひとりかな

[鮟鱇同様「やるせなき」に偽り在り。「切ないくらいに」と置けば幾分情の籠もれるも、いずれも安き感慨を出でず。半端一途の作句なり。]

露の香を軽やかにせよ茶摘歌

[むせ立つ朝露の香を、清爽の風にして軽やかにせよ茶摘歌よ、の意なり。「軽やかにせよ」と擬人的にものしたる処に著しき嫌みあり。]

でがらしや梅雨間の宿の湯葉さしみ

[「梅雨間の宿」の不鮮明なる上「でがらしや」と「湯葉さしみ」の対峙(たいじ)に真少なし。言語による遊戯の範疇を逃れ得ず。]

お神楽の奏でも蝶の子守歌

[祭事神楽の奏でも遠のく間に間に、葉影の蝶の安く眠りたる。二物の構図果して定まりたるや?]

あの人の朝顔みたいなほほえもう

[不明瞭の極みなり。下五を取らんとして斧鑿(ふさく)を試みたるも遂に得ず。捨つる勇気もあらず。絡みつく蜘網(くもい)の果に拙くも固着すべし。]

幾つかの改変例

あらたまの幸せいのるいのちかな

[元句
「今年一年幸せ祈るいのちかな」
と安逸にものせしより、如何なる改変もこれを複雑にすること能わざりき。
「来る歳の幸せ祈るひとりかな」
とするも感傷に落ち、下五を取りて上五を「あらたまの」と置き換え「いのる」「いのち」のリズムに句を委ねたるなり。許より下策に過ぎず。]

路上閑散として水まき人の影踊(かげおどる)

[元句
「庭石や水まき人の影踊」
定型に凭(もた)れ安逸にものしたるが、却つて中七以下を封じたるが如し。上五を開放し詩情を解き放つが上乗なるべし。]

青天雲もなく背泳ぎ児童の一位二位

[前と類似なり。元句
「さあ今日も背泳ぎ児童の一位二位」
陳腐を極めたる上五を、主観より放ち中七以下を天頂より眺めたる。上五の字余りを「青天や」など形骸化すれば、児童遊泳のスナップに封じ込められたるが如し。]

寄り添えば月見のひまの影遊(かげあそび)

[元句
「寄り添えば月見の夜半の影遊」
夜半と定めたからとて得る処無く、饒舌の内に叙情性を剥奪したるが如し。又、隠れ間の意味とて「雲の」など置きたれば、説明過剰を免れず。月見の「ひま」と置きたれば、まだしも意味が生きるなり。]

その他の句

ふる里を想いだしてか返り花

[安易なる着想なれども、主観的にものして動し難し。常にこの種の句の勝りたるは、作者の特徴なるべし。]

まちつくすことばもなくてうめのはな

[嘘とも誠とも言葉遊びとも格言とも曖昧な句なれど、嫌みもなくて呟いた言葉とも取れるなり。あながちに捨つるに及ばず。]

はっさくを転ばし猫の気ままかな

[吟者は、歴史的仮名遣に拘泥せぬ様なり。かつ解説に現代文を拒むは自己撞着ならざらんや。あるいは格別の意義在りや無しや、我は知らず。]

夏人(なつひと)を忘れ浜辺の蟹骸(かにむくろ)

[夏人(なつひと)なる言葉あるや知らず。人け失せたる浜には蟹の骸の転がるのみ。]

風鈴の音を聞く祖母の遺影かな

[祖母の亡なりたるは五月なれど、句は四十九日に乗じて吟じたるものなり。惜別句なれば初稿のままに封じるべし。]

朝顔を観察せぬ子も今二十歳(はたち)

[「観察せぬ子」とは屁理屈の類(たぐい)なり。されどこの作者に珍しき句調なれば取り処は存するべし。]

2011/9/23

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