練習曲第三番、第四番には、2011年1月より9月までの句を収めし。この時期『仰臥漫録』の朗読を契機とし始めて子規の真の詩人たるを知る。三月『俳諧大要』を朗読するに至り、その俳論より感化を受けること、師に教えを請ふが如し。俳句の根本知識を得ること、今年こそ元年なるべし。なほ日常生活に於(おい)てはほとんど得る処を知らず。
つららからとけ出すみたいな春ですか?
摘んでならべてつまんでみたいな蕗の薹(ふきのとう)
あんたらのいつわりの唄を野焼かな
愛し方さえ忘れっちまってさえ返る
巡り来ます菜の花日和とはなりました
あたたかくあなたとあそぶ鼓動かな
おはようあなたほほえみやさしさ庭すみれ
捨てたあんたを怨みながらも孕(はら)み猫
さみしさを抱きしめてみます春まくら
しじみ汁おたまにあそぶ味見かな
春のみず指輪を投げて後始末
こわれそうな春のこころをたもちます
琴玲瓏(きんれいろう)として
盃長(はいなご)うして花の散るらん
つかみきれない蜃気楼なのかなあなたいつも
生まれてそれがどうしたっていうの冴え返る
耳を立て振り向くポチや花ざかり
ねえ本当? あたいあんたの子安貝
「春への憧れ」
アマデウス、春の調べは F dur
わたくしの雪解も知らずふきのとう
花の頃を歌をなくしてひざ小僧
たましいひとつ置いてけ堀してさえ返る
八重咲きによろこびまろぶ犬っころ
ただ君の思い欲しさよ花の嘘
戸惑いも隠し日和や福寿草
春の日のくちびるみたいなエピソード
ふらここのふらここごこちに揺れるかな
幾時代か隔てざくらのひと盛
わたくしのこころも添わず七分咲
有明の磯辺たくさんのさくら貝
ふたりはひとつこころとこころ春まどろむ
ずたずたにあゆむわたくし山わらう
磔刑(たっけい)の耳許(みみもと)に聞く春の唄
許してまた……あんたの嘘さえ忘れな草
背伸びした恋のゆくえよ夏隣
猫まっしぐらおなかいっぱい恋もする
えんぴつであなたに告げたい春模様
押しのける雪の軽さよふきの薹(とう)
鳥は去りゆく。かなしくもあり、明日を待つ。
高僧も御墓となりて冴え返る
屈託もなくてまどろむおぼろ月
あの子に春を教えた人の墓に手を……
さくらさくら弥生(やよい)あの人を抱かせてよ
つきまとうおぼろ寄り添えば君と僕
恨み尽くして疲れて笑う糸柳
散りしきる夢さくらの花のなぐさめも……
埋もれて詩なき里やおぼろ月
待ち人を待ち人を待ち傘の雨
あたいきっと馬鹿にされてたねワンピース
赤い靴崖は卯月の波しぶき
巌(いわお)目がけて卯月(うづき)の波の立ちくらみ
背を丸め老婆の動く麦畠
朝酒をさえずり笑うつばめの子
あじさいのつかの間見せる誠(まこと)かな
香(こう)に浮かぶあのひと影よ盆の月
飛翔それは梅雨あとさきの物語
大好きだよ。あなたにあげたいバラの花。
茶摘み済んでさわやかなるかな緑茶割
黒潮よ南の島に蟹の粒
街の灯を奪って笑う野分かな
ペガサスよ折れたつばさの後始末
月見酒、ひとり眺めはよいものです。
秋海棠生きていることのめずらしさ
あかちゃけた秋廃線の残材
たれ慕ふ夢や忘れし枯尾花
北国は海のかなたや渡り鳥
われもこう哀しみこらえて風は吹く
[あるいは「風が吹く」か]
小春日のがらす越しにしてねむり猫
秒針に怯えていましたすがり虫
ふたりの夢を語り合いたいような夜更です
[あるいは「語り合いたい夜更です」か]
とんぼうのからかいに逢う案山子(かがし)かな
足の折れ這いずり回るいとどかな
たとえばほら、星降夜のパルランド。
さば雲に許されたいものずる休み
のどかさのとんぼうに逢う花すすき
星はこぼれひと粒ほどの砂時計
はしゃぎまわった花野(はなの)あの頃の夕べかな
舞いしきるいちょう口笛の子供たち
餌を求めてさ迷う犬よ後の月
真っ赤な砂場にママを待ちます絵描歌
またふっと君へ近づく夜這星
singlebed 差し込む月の冷ややかさ
とんぼうにさかあがりする児童かな
子らは去り萩ばかりなり散歩道
恋をしました。舞いしきるいちょうの哀しみよ。
遊びつかれて我が家になずむ赤とんぼ
けりやけりとて廃人どもが落葉焚き
誇りだけはと……友なく渡る渡り鳥
蕭条(しょうじょう)として悲しみの舞う季節です
手を振れば別れ落ち葉の並木道
秋づけばふたり分かれ言葉……なのに手は……
もとめてさ迷うちまたきっとあなたの窓辺月
ひとりでも生きてゆきます冬どなり
寒鴉愚物醜態之極也
降り止まぬ雪ようさぎの物語
君の手を握り返すよ永遠(とわ)の雪
ほろ酔いにおでんをくぐる冬至です
かたくなに莟を閉ざす寒椿
雪催おもかげばかりはあたたかく
霜を降らせ Adagio に逢う serenade
軽やかに枯枝を敲(たた)く小鳥たち
水墨の波間の影や浮き寝鳥
禅寺の松の夕べに降る雪は……
ごめんねもう喜べないもの枯れ尽くす
雪の降る夜は夢いっぱいに眠れよペチカ
真っ白な夜汽車の窓に「さようなら」
[あるいは「窓の」か]
けがされて踏まれし雪のごとくかな
ストーブになみだのゆえを聞く夜かな
死神の肌に寄り添う夜寒かな
ふれあいはこころに冬の灯しかな
お薬になだめられたいような冬至です
アリューシャン、冷たく眠るものの影
ぬばたまを鎮めてつのる黄泉の雪
哀しみをなだめて深雪ごころかな
落ち葉ひとつ蜘ゐに朽ちて夕しぐれ
勾玉を握りしめます冬の宵
「呼ど答えず」
もう誰ともおはなししません寒の月
立ち枯れて散りゆくものの憐れかな
筆先に想うことなく雪模様
落ちぶれて枯れ葉とあそぶ背広かな
日の落て枯れ枝を踏む如く也(なり)
オーロラの影絵に惑うこのいのち
指に名を記しては消す露雫
湯けむりの向こう女の謡いかな
街灯に枯れ枝(え)の影を踏むばかり
雑沓のプラットフォームも師走かな
冷たさだけが生きる希望か雪まるげ
かじかみの浜見あげれば双子星
ほかほかとまるまる猫やほっかいろ
あんたの素振りにまたなみだする雪あかり
凍てついたこころショーウィンドウのあたたかさ
あたいぼっちの粉雪舞い散る mezzo piano
のれんくぐる師走らーめんのたのもしさ
(おわり)
2011/10/22