ねえあなたしらゆりを贈れたらいいのだけれど……
つかもうとして指すり抜ける砂の星
時は巡り消えたほたるよいつかきっと……
廃線の枯蔦(かれづた)になお道標
僕の自在を振り向く者なき秋の風
時の軸を見失っては雪あかり
誰もが歌を忘れっちまって冴え返る
僕はただ子規あのひとを讃えます
それはきっとあの人だけが空のさわやかを
本当の色に教えてくれたからです
そうして十七字は自由になる
僕らの本当の夜明けです
おやすみなさい、また明日
たったひとりの振り出しです
四分儀(しぶんぎ)のこころもとなき漁(いさ)りかな
恋をしましたしゃがんで四つ葉のクローバー
あらたまの手料理に逢うあなた部屋
宛名変わる友の家さえ落葉焚き
あじさいの夕べに変わる花の色
たんぽぽの真綿済まな気な黄(きい)の花
蛾を運ぶ数え切れない蟻の列
エプロンの手料理似合うあなた部屋
水槽のランプ悲しきマリンブルーかな
無人駅待つひともなく雲の峰
「古き世の流行歌」
梅雨のあとさきトパーズ色の風は吹く
この道の夕べに尽きて冴え返る
村をなくして静かな凪よおぼろ月
あの子とふたりブルーハワイも艶(あで)ゆかた
あだ名メール春色こころときめきよ
ぞっとする亡き人影や夏木立
星合の切れ間の雲よ逢いたさよ
僕に出来ることは何だろう秋の鐘は鳴ります
となり患者と語り合います長き夜
点滴よ教えてください春はどこへ……
あま粒を数えてなんのまぎらかす
おくすりの真っ赤に染まる夕べかな
病棟の向かいに揺れるバラの花
初夏の列車を病棟に聞く退院日
銀皿に鬼火のうつる手術室
サナトリウムの憧れ満たせおぼろ月
あの子の消えて個室に風のさわやかさ
白ゆりに手術のゆえを問う夜かな
小春日和君の名を訪えば腕細る
いのり尽きて白きベットよさえ返る
痛みしてこらえる晩に降る雪は……
花より先(まえ)に散りゆくものよ名も知らず
炭酸ソーダのジンジャーとかせよ夏の月
ふるさとにもう戻れないわたり鳥
春辺やわらかく列車の窓の横ならび
きのこ狩る妻も老けりとも笑
床に手をあてながら泣きます霧の宵
寒鏡(かんきょう)の亡霊に逢う朝ぼらけ
こころ冷たくて闇に鳴いてたぬばたま鳥
ただ僕ひとり寝静まるような銀河仰ぐよ
万歳に送り出されて夏の駅
焼夷弾木蔭(こかげ)にしきる虫の声
斉射尽きて驟雨にねむる友の影
プロペラのたましい散らす霧のなか
たましいの最後にひかるほたるかな
酌み交わす分かれ言葉を打つ雨は……
倒れ伏すかばねに添ふや月明
鉄塔に鬼火の憑くやいくさ前
第二小隊夕焼色した血のにおい
またひとり差し透しては冬の月
機銃やんで友と語らう夜長かな
しののめの突撃に降るなごり雪
逃れるものの影絵をわらう後の月
生けるもの冷たく絶えて村ほろぶ
ただ友のかばねを埋めよ蔦若葉
ただれてただうじが湧きます雨の音
若草を真っ赤に染める血潮かな
米粒の絶えて枯れ葉を噛む夜かな
日の落ちて真っ赤に消えるうめき声
よこたわるかばねが原に降る雪は……
補給路に影絵を踏めば炎天下
機銃の先に鬼火散らして生き絶える
後ろより刺し徹(とお)しては冴え返る
あの日見た夕暮のなかの手招きを……
真夏いっぱい恋するおとめ眉を描く
シャングリラいろなき風のふるさとよ
とおせんぼしかけ花火のラプソディー
常夏のしずく弾けてエピソード
しずくひとつぶこぼれて眠るほたるかな
愛(いと)しさのつめくさ色したイヤリング
ささ雨は僕らの恋のもつれ糸
乗りこなす波を小粋のにくい奴
例えれば線香花火のひと盛
ひと恋しさに降りつのりますぼたん雪
みなみ風追いかけてゆく君のうち
秋はまだチェリーセージがごあいさつ
十六夜はいさかい治めてくれましょう
枯れ葉じみた蝶は舞います別荘地
みずひきの淋しさこらえて風が吹く
夏が来ました僕らに精一杯の季節です
山の端染めてかえろかえろか稲田道
牡丹餅の三くち四くち……だって恋わずらい
飛び乗りの舟、空は秋、釣り仲間
「ねえ」「なんだよ」
「分かってんの」「知らねえよ」
つかの間――流れ星
浜をゆく秋落ちぶれた漁舟(いさりぶね)
マッチ売りの少女あかぎれの指のうち
おいしくも食べられてますお気にセーター
フライパンに焦げた秋刀魚を突く夜かな
慕わしく秋刀魚に走る栄螺かな
三葉虫の標本に逢う歳の市
エディアカラの憧れしぶく夏銀河
先カンブリアな恋のゆくえよ春紫苑(はるじょおん)
まれに見るコバルトブルーな大青蜂(おおせいぼう)
秋の火にまるめて捨てます恋のメモ
指で打つ秋の詩ひとつ君におくろう
からすうりのくちびる公園のふたりきり
おやすみのひとことケータイのあたたかさ
星降る夜(よ)くちづけしましょうパルランド
さば雲も染まりゆきます終(つい)の駅
ピカレスク冬のピカロの物語
埋火の雪解けもなく epilog
(おわり)
2011/10/31