初めの歌

(朗読)

初めの歌

からんころんひびき渡るは島酒の
いのちの糧となるは嬉しき

酔いどれの亡き人しのぶ姿して
震えるなみだ父の背なかよ

ねんころよ今日と明日(あす)とのカクテール
グラスに歌おう眠れよ坊やよ

酒の味なくして揺れますともし火の
ちくちくうるさい秒針なのです

箸を持つ指に巻かせた包帯と
おかずの味もちょっと違うの

お醤油を、ただお醤油を入れたくて
後ろ指さされたカレーレシピよ

カレーにも入れるべきかなコンソメの
牛を殺めし咎(とが)はありけり

侘びしくて駄目なわたしの冷蔵庫
あらプチプリンこれも幸せ

魚(うお)一匹のたましい奪いて冴え渡る
包丁さばきや江戸前寿司かも

カステラの甘きかおりは鈴の音と
人けをなくしたカフェの窓辺よ

防波堤僕の背(せい)より高いよね
あれは母の日うたう潮騒

東風(こち)吹かばゆらゆれはじけよシャボン玉
母でなくなる妻のなみだよ

冬瓜(とうがん)の水ぶくれしたお多福の
幸せはこべ笑いの門(かど)へと

染めかけの忘れ形見は反物(たんもの)の
古きかおりの富みし館よ

父さんや母さんまたたく星となり
今なおさかる庭の椿よ

漆喰もくずれて侘びしきすきま風
かつてはほほえみありしわが家よ

じゃっどん、うまくいかんばい、なんもかも
そげん日もある、薩摩武士かも

和尚さんあんたのいつわりだましいを
お見通しなのさ神も僕らも

薩長の睦みしころの武士道も
戦後の御代も大和なりけり

てでつまり浮かぶは奇妙の果ての間に
瀑布それとも亀の甲羅か

路ならぬ路ゆく僕の夕まぐれ
かどわかさないでわすれな草よ

歩き疲れて笑えなくなったその犬を
ひとりひとつの石で撲つなり

稲田とて気配誰(たれ)ぞの影もなく
鳴く鳥ばかりは哀しき夕暮れ

ちぎれ雲ちぎれちぎれの侘びしさと
引きずる足の重き靴跡

七曲がり面白おかしく駈けてきた
その道のべを暮れるこころよ

消しごむを尽くし束ねの下書きの
ねがい込めます文よ届けよ

また雨に移り染めます紫陽花の
気まぐれみたいな君の移り気

わたしだって彼は欲しいわそりゃそうよ
でもだからって妥協はしません

肩を手に雪のぬくもる傘ひとつ
ふたり白さの靴跡つづくよ

もつれあう最後の糸のぷっつりと
切れて戻らぬ赤のちぎりよ

手をかざすプラットフォームのなみだ色
誰を待ちますひとりまつ虫

人ごみをこらえて泣いてたあなたにも
手を差し伸べるものはあるでしょう

温もりの忘れきれない悲しみを
こらえもせずに降りしきる雪

僕ねえあなたの幸せばかりをポケットに
あたためながらも歩いてゆくのです

なみだなら雨に溶かして若草の
伸びゆく姿でほほ笑みましょうよ

鳴く鳥のなみだのゆくえは知らずとも
さえずりまさるや春はすぐそこ

アルデバラン寂しくってもひとりでも
歩む姿を知る星の名よ

焼酎の小宇宙より遙かなり
天理をのぞめば星の仕草よ

寝ずの番するはポラリスばかりなり
僕の愛した国は消えゆく

僕らとて第三惑星守りたい
ひとりひとつの祈るすがたよ

春風は彩りすぎてたポケットに
花びらひとひら舞い落ちるかも

舞いしきる花の宴もたけなわの
灯し影より若葉来たりし

萩そでの揺れに寒がる灯籠を
うつし池にもなに色落ち葉よ

むかしむかし茶色い戦争ありまして
赤き実ばかりつける青木よ

るり色に砕けたかけらの鉱物を
千万年もの古び標本

砕かれて宥めの川の丸石の
小石ばかりを嘆く庭池

(二〇〇九年五月三十一日)

2009/11/22

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