夜更けのエチュード (短歌30首)

(朗読)

夜更けのエチュード

[一]
眠ろうとしつつ寝られぬ有明の
碧(あお)の時計を鐘打つは誰
       (「しつつ」⇒「しては」とするか)

[二]
死にとうない震える声を聞く人の
待てぬ夜明けの脈を見取るよ

[三]
あの人もこの人さえもすり落ちて
ひとり歩きの墓に降る雪

[四]
春風(はるかぜ)をあおりて雲のたなびけば
吾子を眺めの二羽のからすよ

[五]
叱られて染める頬さえほおずきの
ふくれっつらした迷子なるかな

[六]
くつわむし探しさなかにお化け来て
泣きだす僕を母はいだくよ

[七]
ひとだまを追っ掛けまわした夕まぐれ
肝っ玉した僕やいずこへ

[八]
ああ僕よ丸太とばかりに寝転んだ
あの日あの時友のなみだよ

[九]
秘密基地丸太の渡しとみきの隙
久しきふるさと宅地ばかりを

[十]
いざ君よ学び尽くせぬ古歌の
いまに紐解く結びめなるかな

[十一]
仰ぎ見る虫鳴き夜(よる)の歌心
奏での妙さえ知らぬ月影

[十二]
夕暮れは僕らのこころの焼け野原
血潮も紅きバラードなるかな

[十三]
僕らよりとんぼの羽より軽やかに
明星(みょうじょう)さえぎる何の雲かも

[十四]
わたつみのみやこも知らぬ海原(うなはら)の
漁(いさ)りも待つや宵のカンデラ

[十五]
はしょってた僕のいのちのつまずきを
膝つき見るや秋の三日月

[十六]
はじけてたやんちゃごころの鳳仙花
なくさないでね勤め間に間に

[十七]
桜貝みつけた波間のよろこびと
パラソルみたいな僕の恋人

[十八]
けったいなほら吹きどもをけちらして
波止場へいでて君をいだこう

[十九]
すがたなき羽ばたき鳥のさえずりを
恋せし思い君にとどけよ

[二十]
おやすみなさいあなたのしあわせ願うのは
今でも君を愛しているから

[二十一]
焦がれあう銀河二人を分かつなら
幾億光年駈ける願いよ

[二十二]
あっけらかん散り葉あつめと焚き火して
君にさよならわかれの煙よ

[二十三]
湯にあって指さきしずくの哀しみを
こらえるくらいのなんの歌かも

[二十四]
はらはらとなみだの色さえ濁るのは
干からびちまったこころなるかな

[二十五]
僕ねえ、これでも懸命に生きてきた
せめて矜恃を酒に託そう

[二十六]
もう消して、誰にも言えないひとことを
鏡をきみにそっとつぶやく

[二十七]
窓がらすすかして銀のともしびを
ぽつりと揺れる夜長なるかな

[二十八]
ぱぱぱぱぱなみだの淵からモーツァルト
ほほえむみたいなallegrettoよ

[二十九]
あまからの夢になくした味なのに
見つけられ得ぬ朝のせわしさ

[三十]
あふれてた清水欲しくてがぶ飲みの
たましいくらいを永遠にかかげよ

2010/2/14

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