短歌 『etude 1』 朗読

(朗読)

『 etude 1 』

三月

しののめのたなびく雲の山の辺を
くゆらして鳴く千のひぐらし

粉雪の髪毛はらって不思議がる
つぶらなひとみ坊や抱けよ

ねえ母さん覚えていますかこの庭に
今年も咲きますひなげしの花

ねえ母さん覚えていますかこの庭に
今年も咲きます花はひなげし

肩幅にあゆむリズムもほほえみも
いつか違(たが)えて君は旅立つ

おさな日のいちょう広場のはしゃぎ声
忘れたくない今日は遠まわり

淋しさにしっぽ丸めた犬っころ
蹴りつけにしてなんの憂さ晴らし

あなたみたいくちびる色したからすうり
こころに揺れる風の変わり目

小春日和となりに座る君はいつも
指すり抜ける風の風船

つばさ折れて鳴き尽くしてたみずうみに
眠るみたいな鴨の亡きがら

ひと粒ふた粒おはじきはじけばおんなの子
ほほえむみたいな夢は春色

シャンプーの瞳をなじる切なさを
恋に掛けてはちょっとなみだ目

  「星合」
ため息の紡ぎ織るような糸車
眺め暮らしてあなた待ちます

ゆらゆらと色たがえした提灯の
ともしみたいな千の花見客

パパの手もママのゆかたも提灯も
まぜこぜにして坊のまつり日

ひとひらふたひら花びらひらひら手のひらに
触れてこぼれてすり落ちるかも

まっさらな卯月の空に白妙の
雲を浮かべてなんの哀しみ

個室病棟こそあど言葉の遊びして
何を待ちます明日の手術日

四月

小鳥らのもぐって遊ぶゆきやなぎ
描き取りたい無地のスケッチ

雨やどり宛さえなくてずぶ濡れの
白木蓮(はくもくれん)に返す日ざしよ

のどか日和忘れてみたいな腕時計
紐解きましょう古き世の歌

花の頃を忘れものした喧噪に
つつみ込まれて朝のプラットフォーム

つかもうと仕掛け花火の落書きと
へちまの唄と坊の夏やすみ

えんぴつに描ききれないときめきを
描きとめたいあたい初恋

幼な日の八十八夜の茶摘歌
紐解くみたいな里の小包

赤よりも白きを好むシャルドネの
お気に入りして恋のブラウス

つぼみ一つ守りきれずに折れかけの
小枝を遊ぶ鵙の鳴き声

夏草のはびこる庭の昼下がり
誰待つでもなくひとり茶を飲む

蹴飛ばされおぼれて川に捨てられた
憐れな子猫ひとに噛みつく

わたぼうしまわたの雪をひとはらい
するでもなくて松のおしろい

カクテール仕事疲れのほろ酔いの
愚痴ばかりだねあなた近頃……

放課後の机にそっと触れてまた
ころばしてみる君のえんぴつ

てにをはも知らずがらすと誹(そし)られて
けれどもよろこび籠もる歌かも

しょんぼりなあなたの顔に精一杯
エールをしましょう励ましたいから

朝が来ますいちにいさんしと元気よく
集まりましょうよラジオ体操

お疲れさまいろんなことがありました
いい夢を見ましょうまた明日のために

ひとりぼっちベットに籠もるさみしさの
おもおもしてます夜のぬばたま

わたくしのいのりは誰も知らずとも
紡ぎ織ります倒れ伏すまで

また明日頑張りましょうよそのなみだ
隠さなくたって構わないから

お雑煮のお餅も伸びて祝い箸
今年もよろしくあなたひと筋

縺(もつ)れてもしょうがないなんて言わせない
あたい馬鹿だけど恋の紐解(ひもとく)

うつし世のうつらうつらのもどろみは
うつし身のうえうつす月影

あしびきの山を降り来るかわせみの
声に驚くびくの釣り人

五月

夢泥棒あなたに好きだと告げました/たけど
答えてくれますか、今度逢えたら……

しののめのたなびく雲のかなたには
去りゆく人のよろこびの島

みずうみの澄み渡ります水面(みなも)には
褪せるでもなく永遠のまもり人

つた若葉伸びゆく先のかたつむり
角のかなたにムーの白鯨(はくげい)

のど越しのゆるむさいふのからからと
答えてくれます宵のビアガーデン

弔いを済ませたあとのほほえみを
見おろしている天(あま)のまもり人

南風くるくるまわれ風車
いつまでつづくの恋の空まわり

いつかまた更地にもどる波際に
思い綴(つづ)ればわらう潮騒

とんぼうに追っかけられてた鬼ごっこ
忘れないでねはじめの教科書

山里は枯れのすすきの風のなか
家路を慕う子らの口笛

泣きべそのなぐさめさえもくれないの?
携帯見てますまくら抱きしめて

折れかけの小枝にそっと寄り添えば
けたけた笑う千の造花よ

また返す小春日和の砂時計
もう戻せないふたりエピソード

滝しぶき水子地蔵のおさなさと
ささやきながら苔のむすまで

鳥もなく木の実も尽きた枯れ枝を
眺める窓になずむ粉雪

僕はしょせんいつわりの品には過ぎなかったのでしょうか
うつ伏しながら酒につぶやく

麦畠(むぎばた)にさよなら済ませて振り向けば
手を振るばかりあの人この人

六月

おしどりの喜び合うようなその仕草
うらやむくらいあなた欲しくて

風に怯え激しい雨にさらされて
それでもいつかあすなろの唄

ひと歳(とせ)を数え尽くして音沙汰も
なくて呆(ほう)ける里の老婆よ

海原に年甲斐もなく精一杯
叫んでみたいな君の名前を

ひとりぼっち触れるもうふの冷たさよ
恐くてまくら抱きしめてなみだ

おなかすかせてすり寄る犬の痩せ腹を
蹴りつけにして誰の憂さ晴らし

むらさきの山辺を慕うかわずらの
鳴きしきります里の夕暮

かすかなる俤つむぐふる歌を
こころ辺に聞く盆のみかげ石

お背よりつかみ損ねた月あかり
お団子かさねてママの子守唄

ねえ母さん覚えていますかコスモスの
咲き誇るようなひなたぼっこを

生えかけのおたまじゃくしのちぐはぐな
ちぐはぐおどり畦にゆらめく

[「畦のゆらめき」あるいは「畦のきらめき」は如何か?]

つた若葉ブラームス聞くおじさんの
グラスもねむる第二楽章

しろがねに真っ赤なてぶくろする君は
ちょっと似てます恋のはじめて

ポタージュのまごころみたしたぬくもりを
すくい取ります午後の日だまり

肩寄せて歩いていきます君と僕
繋いだ手のひらかたく離さず

これからはあなたひとりがすべてです
世界はふたりへと還元されるでしょう

そしていつか恨みごとさえ懐かしく
溶かされましょうそれなほほえみで

ああ、そんな日が、きっといつか、訪れますよう
そう神さまに、お祈り致します

それはなにも信任するからではありません
ただ鼓動への憧れが昇華したような結晶へと

わたしはそっと、お祈りしようと思うのです
それから今日一日に、感謝を捧げてみせるのです

ああ、それなのに、いつかきっと
あなただけは、同じ気持ちで手を組み合わせ
空へ向かって、一緒にありがとうの言葉をいつまでも

歌ってくれたなら、どれほど幸せだろうと
そんな馬鹿なことも、つい考えたりするのです

ごめんなさい
くだらないことをささやきました
お休みなさい……もう、夜明けです

ほがらかな君に祈れば雨の日も
あらしの夜もこころときめく

            (おわり)

2011/11/17

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