短歌 『etude 3』 朗読

(朗読)

『 etude 3 』

九月

飽きもせずぽたりぽたりと愚痴ばかり
雨粒くらいが僕の生き方

あわあわと泡のお風呂のあわあわと
たわむれましょうよ眠くなるまで

あなたひとりうなずいてくれたらうれしくて
歌いだしますそんな落書

もう君のおもかげさえも浮かばない
誰に抱かれてわたしたゆたう

哀しみさえなくしかけてた命日の
寄り添う御墓(みはか)おみなえしかも

哀しみさえなくしかけます命日の
寄り添う御墓(みはか)おみなえしかも

降りそうで待ち尽くしてた粉雪の
夕べにしきるイルミネーション

シリウスよお前のようにぎらぎらと
生きられなかった冬の終わり日

夜光虫ほのかなほのかな告白と
あなたの頬にそっとくちづけ

愛憎に幸せ掛けて二で割って
歩いてゆきたい君とふたりで

秋高く国旗もなびくピストルの
ひびきに走るびりの坊やよ

何もかも知り尽くしては黙示する
人影さえも宵に消される

憎んでも憎みきれないあなたメール
隠しフォルダに仕舞い込みます

助けてと叫んだあんたを守るほど
強くなれないごめんねあたいは

鷹の舞う空のかなたに浮かぶ雲
卵うみます庭のにわとり

手を取って駆け出したいけどあの頃は
取り戻せない二人なぎさよ

あの人の歌ごころさえ潮騒に
消されゆきます凪の夕暮

花の頃を浮かべてみてもあやまちの
一つもなくてしょげる月影

二百十日さかのぼれたらあの人の
ほほえみ近くて雪は静かに……

雨あがり見知らぬ人のぬくもりが
あるものかしら虹のかなたに

うちのこと忘れてんでしょう携帯の
お気にの写メにそっと愚痴言う

なぜと問うにアンチテーゼの律文の
リズムにひそむミクロコスモス

ギター片手に奏で続けた路次歌を
振り向きもせず冬のサラリーマン

枯れ草を這いずり回るすがり虫
眺め暮らしてふっとため息

あわれ蚊をつかの間ゆるす優しさと
叩きのめした無情のこころと

恥じらいをあなたにさらすもどかしさ
震えるブラにそっと手を掛け

背中ばかり眺め暮らした君のこと
忘れたくない今日は卒業式

クレープを食べさせ合ってた街角を
うらやむみたいな友のため息

くちびるで染めてやりたいそのシャツを
振り向いてさえくれないあなたよ

見つめても見つめきれないその瞳
覗き込みたい眠くなるまで

十月

あんたに揉まれた胸もてあます淋しさに
もてあそんでたお気にクッション

カシオペア探し当てますポラリスの
ベクトル示すきっと未来図

まくら辺のみなだの果の人影を
なだめもせずて十六夜(いざよい)の月

アネモネのそよ風みたいなやさしさよ
うれしいですね生きているのです

いじけてたひとりぼっちの昼さがり
おやつになっても誰もいません

ストーブに温められては日めくりの
カレンダーもうすぐ終わりにしようか

おしどりの寄り添うみたいなぬくもりと
寝覚めのひとみそして恥じらい

指先に触れて弾けた鳳仙花
空のかたない青の風船

ぬか漬けとしわ寄る頃の衰えと
小春日和の鼓動だけれど

わたくしの居所もなくたそがれて
まもなく静けさ雪は降ります

不知火(しらぬい)のいさりも遠きかがり火の
炎よ炎よなにを待つのか

もつれ合うふたりの影は粉雪の
舞い散る夜更ともし消してよ

麦の香の水彩として未来図を
描きとめたい旅立の朝

十一月、十二月

悲しき落書その一

血を吐いたピエロ眺めてけらけらと
けらけら笑う冬のけらども

それはそれであなたがたの勝手とは思うけど
ピエロはなんのために生まれて来たやら

ありきたりの幸せにふっと折り合いを
付けるでもなくよろけるピエロよ

近頃は夢にもたったひとりきり
ステップ踏んだら靴紐切れてた

わたくしは、すでに壊れちまっているのです
例えばそれは、踏みつけられたビスケット

軽やかに砕けてこころこなごなに
うわつらばかりはさくさく笑うのです

それなのにあなた方は
おしゃべり集うはしゃぎして
虚構に楽しむばかりです。

そして、今さらそのことは……

人の世のいのちの果の末路さえ
貝塚くらいに思われるかも

悲しき落書その二

のがれ得ぬのがれ得ぬもののがれ得ぬ
のがれ得ぬもののがれ得ぬかも

なにもかも終わりにしてもいいかなと
思ったとたんになみだひと粒

不意にまたすべてにケリを付けたくて
恐くなっては酒びたりの夜

ひとの世に滅びゆきますことだまを
もてあそんでは酔いどれの唄

鳥どものさえずりながらもお互いを
軽蔑する世に祈り捧げます

わたくしのひとりぼっちのレジスタンス
すべって転んで泥にまみれる

さえずりを忘れた鳥の哀しみを
ことばに託す気力も尽き果て

隣人を軽蔑し合うひとの世に
生まれてわたくし宵にいじける

どれほどの涙かさねていじけても
答えるものか凪の夕暮

粉雪に釣られてなんのステップを
踏み出すわたくし泥にまみれる

生まれてまだ感謝も知らないわたくしを
刺してください君のナイフで

その時きっと、わたくしの穢れたこころさえ
血潮の籠もることを、あなたは発見するでしょう

ああ、その時ですその時です
わたしはようやく自分のことを
人の子であったと悟るでしょう

そうしてただ遠ざかる
意識のうちに果てるでしょう

悲しき落書その三

誰(た)が影を仇と思う寒空に
つまずくわたくし人でなくなる

だあれもいない、だあれもいない哀しみを
ほほえむ振りしていまは歩もう

哀しみを紛らわせるようなナイフには
手首に籠もる冷たさくらいの……

痛いよう精一杯叫んだのにお医者さん
お薬くれます人でなしの薬

はじめの一歩を
掛け違えては迷い子の
樹海のかなたひとりまどろむ

グラス投げたら粉々になって砕けてた
かたづけ損ねてにじむ手のひら

痛みさえ感じなくなったわたくしの
凍てつく宵のなみだなるかな

何一つ信じ切れないわたくしの
こころも尽きて惑うぬばたま

ごめんね君のために
なれなかったような僕だから
苦しんだらいい
死ぬまでひとりで……

悲しき落書その四

あたいねえ、詩人になりたいと、思ってたの
笑わないでね、今よい雪降る

もし君を、抱きしめられたら、今はもう
何もいらない、国も言葉も

だって英知さえ、哲学だってプラトンの
情熱さえも、勝てない想いひとつ……

思想の敗北、それからエゴの肥大、けれども豊かな情緒ばかりは
わたくしのともしびとなって、今でも照らしてくれるのです

歩いていきましょう。わたしぼっちの、悲しみ色した
穢れたこころ……それでも、夢はあるんだ……

朝が来ます。虹色みたいな雲のかなたへと
朽ちかけの葉の……いのり……届けよ……

あんたひとり、あたいを愛してくれたなら
世界中の誰をだって、きっと憎んだっていい
……今は、それだけ。

           (おわり)

2011/11/23

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