『春へのいのり』の展開

(朗読)

『春へのいのり』の展開

・五つごとに恋の和歌が挟まっているという指摘、ありがとうございます。あとはところどころに、関連のある歌があるようだ、それから春がキーワードになっているというご意見。丁寧に読んで貰えたので、うれしく思います。実は、全体の構成は下のようになっているのです。番号の下の桁で組み替えるのがポイントになります。

恋の和歌

・全体を貫くストーリーとして恋の歌が五つごとに収められています。まずは「さっちゃん」への歌の宣誓から起こして、片想いへのあなたへの恋が叶って、けれども喧嘩をしたり、仲直りをしたり、そうしてベットで縺れたり、自分なんかでよいものか悩んだりしながら、プロポーズをして、今度の春にはあなたとアルバムを見るだろうというようなストーリーになります。そして、他の和歌は、ストーリーを映しだす鏡や、あるいはライトのような役割を担っているのです。また最後の和歌は、初めの宣誓と合わせるかたちで、五〇番目に締め括っています。

[一]
さっちゃんの幸子と申せば幸子とて
されど僕にはさっちゃんなりけり

[六]
すまし顔すべて隠して済まします
窓辺に浮かべるきみが遠いよ

[一一]
堅香子(かたかご)の揺れんばかりの夢野原
誰をか待ってた君のしぐさよ

[一六]
通せんぼしかけてやめたその肩を
いだきとめたい君が好きです

[二一]
君とふたり見つめあったり揺られたり
どこまでゆくかな恋の夜汽車よ

[二六]
恋人よ怒らないとて怒ってた
何でか知らぬが不思議なことです

[三一]
なかなおりするや夜更けとささやきと
受話器のかなた君は息づく

[三六]
よきことの縺れてむにむにしたとても
見つめあってた僕らばかだね

[四一]
君を得てなんでか震えるこころです
むずかしいのも家族なのです

[四六]
せっかちのたましいばかりの春が来て
結婚しようよ君がうち来る

[五〇]
ふるさとは春けき色したすなっぷの
君と見たいな僕のアルバム

鳥の歌

・鳥にまつわる歌です。羽ばたけなかった鳥の悲しみが、恋の始まる前の主人公の魂を暗示しているのかも知れません。成就出来ないつばさの悲しみといっても良いでしょう。

[二]
指に折り千羽に祈りて手術日の
花びらひとひら舞い落ちるかも

[一二]
ゆく鳥はかえすつばさのふるさとへ
わたしひとりは島を去りゆく

[二二]
夕ひばり穢れることなきたましいよ
だれをか見つめて鳴いているのか

[三二]
小鳥来るあの子の窓まで回り道
学校ではもう蛍のひかりか

[四二]
あのころは友もつばさも信じてた
アルバムで笑う僕は誰だろう

灰化の歌

・羽ばたけない鳥の歌を引きずって、大切なものを失った主人公の魂が、沈み込んだ灰化の歌です。これはもちろん、まだ恋人に出会えない主人公を暗示しています。

[三]
燃え尽きた灰化の鳥のかたちして
諦めることなき僕のつばさよ

[一三]
ごめんなさいもう真っ黒です手遅れです
ひっしに鼓動を確かめています

[二三]
おかしいな心がぽっかり割れちゃった
かけら見つけて泣いたりしてます

[三三]
春ひとつ憧れひとつ夢ひとつ
掴もうとしたら木漏れ日消えてた

[四三]
最近は涙もろくてなりません
庭にたんぽぽ咲いていますね

別れの歌

・恋の成就と別れは紙一重です。ここではその別れが歌われます。もちろん上の二つを引きずっているからです。

[四]
ふるさとの忘れがたみは末黒野の
別れ色したなみだなるかな

[一四]
駅もいま別れぎわだね僕たちの
恋は消えゆく時のしらべを

[二四]
ありがとうあなたのことばを胸に秘め
歩いてゆきますわたしひとりで

[三四]
ぬくぬくとあんな抱(いだ)いた肌だのに
あんた遠くてふとんさみしい

[四四]
今もなおあなたに告げたいことひとつ
愛していますあなたひとりを

あなたの歌

・ここで、あなたが導入されます。といっても、もちろんあなたが作った和歌ではありません。私があなた側から描いた和歌といったらよいかも知れません。もちろん写実主義ではありません。二つ前の「わたしの歌」つまり「灰化の歌」に対応していて、間に「別れの歌」を挟んで、男と女で別れをサンドイッチする形になっています。けれどもあなたの登場が、やがて和歌を喜ばしい方向へと変えてゆくことになるのです。

[五]
どんなにも、どんなにどんなに穢れても
あたいは生きてく今宵一夜を

[一五]
コーヒーのおかわり自由のミルクには
甘さときめく恋のかけらも

[二五]
いろんなときこころのなかにひそむもの
つめたき瞳もわたしなのかな

[三五]
目覚めれば星は降りますあなたより
ひとつふとんのおもさ遠のく

[四五]
わたくしの血潮を高くさかつきに
満たして祈るメサイヤなるかな

子どもの歌

・前半の下の番号で[二]から[五]までが、成就できない恋からわずかな期待へと昇っていったのに対して、[七]から[一〇]までは、恋の成就を讃える歌へと移りかわっていきます。子どもの歌は、恋が結ばれた結晶を織り込んだものです。別れが破滅を彩るならば、子どもの歌は、成就を彩るものだからです。

[七]
千葉寺に詩(うた)いし中也のなごりさえ
睦(むつ)みし坊やと時のかなたへ

[一七]
火盛(ほざかり)の誰がため盛る河原けに
子らははしゃぐよなおも盛れよ

[二七]
小さき指舐めてみたとき訊ねたね
うみやなみだのパパなのでちかと

[三七]
幼くて瞳に横たうみず色は
何見て笑うの春のみず色

[四七]
しょげてまた笑ってみせた君だけど
あした遊ぼうおやすみ坊やよ

天空の歌

・我々の将来を規定するという星々の営みを、いのり託して織り込んだものです。高き御空から恋の営みを眺めているといった様子でしょうか。もちろん[二八]番の白鳥は「はくちょう座」のことです。これは十字架を兼ねています。

[八]
アクトゥルスいまなお変わらぬまたたきよ
訊ねざかりの僕やいずこへ

[一八]
飼い主はてくてくてくてく星の歌
唱(とな)えて高きポチの銀河よ

[二八]
明け来ればまたたき溶かすや白鳥の
眠たげにして花や色めく

[三八]
朝こそは心地よさげなおはようの
律するものこそ天にまさるを

[四八]
銀河には星のしずくの定めさえ
こころざしさえあると聞きます

響きの歌

・星々の運行は、協和の比率となって、音楽となって具現化されます。そうして和歌もまた、リズムを持った歌に他なりません。ですから天空と共に、響きが恋を見守ることは、ふさわしいことだと思われます。

[九]
粉雪も舞い散る花と見える頃
歌いませんかあの日みたいに

[一九]
僕たちは色とりどりの夢を唄う
街よ夜更けよ消すな灯(ともし)を

[二九]
あったかの春よ僕らも芽吹くとき
お前よ奏でる風のちからを

[三九]
すみれにもやる気ある時あらぬ時
色とりどりの雨のしずくよ

[四九]
のどごしに奄美のあまみ溶ける頃
思い浮かべる島の歌かな

春の歌

・そして、春、それは恋の季節であると同時に、この五〇の和歌を駆け抜ける主人公の、恋の成就の瞬間でもあるわけです。同時に[五〇]に向かうにしたがって、喜びへの期待を膨らませるという構成です。

[十]
ふるさとに友だちいない僕だけど
庭に咲く花ぼくを忘れず

[二〇]
ふとわれに伝えておくれよやさしさを
はこべらはこべよ春の気配を

[三〇]
舞いかけの雪はかなくて溶ける頃
Primavera(プリマヴェッラ)の声がしますね

[四〇]
うぐいすの鳴くや眠れとささやけば
葉を歩むものてんとう虫かな

[五〇]
ふるさとは春けき色したすなっぷの
君と見たいな僕のアルバム

最後に

・このように、極端に抽象的な方法で、二人の恋の成就を夢みた構成になっている点が、ばらばらで取り留めもないような五〇の和歌に、それぞれの役割を与えているというのが、私の考えた構成法です。元の配列にすると、悲劇的なものから喜劇的な方向へ、五回繰り返される間に、恋の和歌が進行していくという訳ですね。
・しかし、初めから計画を立てて詠んだ訳ではないので、いささか苦しい解釈もあるところは、自らも慙愧(ざんき)の念に堪えません。それにしても、ここまで考えていたとは、ちょっと思わなかったでしょう。わたしも、将来このような構成法は使えるのではないかという、ある種の手応えを感じています。けれども今は保留にして、今度は俳句を五〇首で、あなたを讃えてみようかと思っています。構成はもっと単純にして……しばらくお待ちください。

(二〇〇九年六月一六日)

2009/12/02

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