銀河の果

(朗読)

銀河の果

 そこは傷つき座礁した宇宙船の墓場だった。けれども地球の風景と、それほど違わなかった。夜だけが果てなく続いていた。それなのに森林があった。

 森林を見下ろす高台には、石畳が整備されていた。かといってもはや、遺跡になりかけていた。ひと気のしない暗がりを、まるで大気の影響を受けないような、満天の星たちが降りそそいでいた。それでいて私は軽装だった。普段着ではないものの、探索用のスーツとはとても思えなかった。そうして誰の姿も見つけられなかった。

 歩いていくと、アーチ状の石柱が立っていた。廃墟になりかけた建造物が見えてきた。これからどうしたらいいのか、なんの方途も付かなかった。遠くを見つめると、見下ろす森林の影から、もう飛べなくなった宇宙船が、哀しそうに顔を覗かせている。私は仲間を捜そうとして、また高台をさ迷った。

 見たこともない星座が並んでいた。空には、この大地とは別の島さえ浮かんでいる。ちょうど氷が避けて分裂したような、かつては一続きだった断片のような島だった。だから球体ではない。あまり厚みのない地層ごと、スプーンですくい上げたらそんな形になるかもしれなかった。見渡せば自分のいる大地も、四方をかなたに途切れている。恐らくは、同じような形状をしているのだろう。

 向こうの浮き島にも、樹木が覆い茂っている。中心付近が高台になっていて、そこから滝が落ちている。どんな循環システムで水を湛えるのかは分からない。滝がキラキラきららめくのに驚いて、ふと振り返ると、水平線のかなたに、月のようなものが浮かんでいた。道理で明るいはずだ。実際の月よりも、よっぽど緑がかっている。欠けるべき理由もないので、丸い電球のように見えるのだ。するとあれは、惑星などではないのだろう。太陽よりも遠いくらいの恒星が、月くらいの光線を放っているのである。自分の影法師が伸びきっているのに、今まで気づきもしなかったのが、かえって滑稽なくらいに思われた。

 それにしても、こんなに月明かりが眩しいのに、星の瞬きがまるで消されていない。よほど大気が薄くて澄んでいるのに違いなかった。しかし、こんな小さな浮き島に、どうして大気や重力があるのだろう。その事の方がむしろ、不思議でならなかった。それから、いろいろな散策を行った気がするのだが、せっかくの夢の記憶は、いつもながらにここで途絶えている。私は代わりのものを創造しなければならなくなった。



 遺跡をかねた高台の後ろには、どこまでも森林が広がっているらしかった。そこから突然、獣の鳴き声が響いたのである。犬の遠吠えよりもオクターブは高い声で、威嚇する艦砲射撃のように叫ぶので、私は慌てて銃を握りしめた。一匹ならまだしも、未知の猛獣が群がって襲ってきたら、逃げ延びられるか自信がない。しばらく息を殺して見守っていると、その声に応じるように、高台の下の密林から、小さな遠吠えが返ってきた。まるで求愛の仕草を繰り返すみたいに、交互に合図を送っているらしい。私は少しだけ安心した。

 双眼鏡で宇宙船を確かめてみる。しかし、光源は見つからなかった。もっとも、上から半分しか見えないのだが、それにしても静かである。みんな死んでしまったのだろうか。無線を飛ばしても、答えは返ってこない。念のために光源も放ってみたが、何の応答もないのであった。私はあるいはここで、唯一の生存者のなれの果てを、噛みしめながらに一生を終えるのだろうか。

 高台から密林を見晴らすと、のたくるみたいな大河が横たわっている。月明かりに誘われるみたいに、きらきら輝いているのが美しかった。まるで黄泉の国の大河のように思えてくる。月はだんだん昇って来るらしい。いったいどういう自転公転関係になっているのだろう。

 すると、宇宙船の沈んだあたりから、不意に赤い光が三つ、ふわっと宙に浮かび上がった。紅玉髄に光源を当てはめたくらいの色彩で、クラゲのように漂っている。瞳を凝らすと、なんだか平べったいアメーバーのような、あるいは深海のエイのような、不思議な飛行生物であるらしかった。先頭に巨大なのが一匹、その後ろには子供らしいのが二匹、合計三匹で羽ばたいている。ようするに、ひらひら舞って浮遊するのだった。次第にこちらに向かってくるようだ。見た目は温和しそうだが、平気で人を捕食する奴らも多いから、私は石造りのアーチの影に隠れることにした。やはり手には銃を握りしめていた。

 真っ直ぐこちらに向かって来る。見つけられたのだろうか。大きく息を吸って心を宥(なだ)めすかした。私は飛竜とだって戦ったことがある。あんな生物くらいで怖じ気づくな。けれども宇宙には、銃のまるで通じない奴らも多いのである。そうなるともう逃げるのが精一杯になってしまう。他の武器なんて、あとはせいぜい、高圧電流の出せるナイフがあるくらいのものだ。

 不意に高台が、夕焼けみたいに赤らんだ。奴らが顔を覗かせたのだ。鳴き声もなく、雲が浮遊するみたいに、ふわふわと上空を漂っていく。見上げると、いよいよアメーバーらしく思われた。平たく伸びきって、私をすっぽり包み込むくらいの大きさがある。体組織は一つの流体からなるらしく、自在に形を変える間にも、全身が夕日に染まって輝いている。その半透明な液体に守られながら、目のような、核のようなものが一つ、真ん中に控えているのである。それが明らかにこちらを睨み付けたが、幸いなことに、私には何の興味もなかったらしい。すぐ正面に目玉を向け直した。巨大な奴の後ろから、かわいらしいのが二匹、親を大事と慕っていくらしかった。

 危害を加える生物でも無さそうだ。私は思い切って、奴らの跡を付けてみることにした。どうせ誰も見つからないのだ。現状打破のためには、何らかのアクションを起こす必要がある。これは探索の鉄則であり、往々にしてそれがもとで、命を落とすことにもなりかねない。しかしもう、ジッとしてなどいられなかった。

 追い掛けたからといって、奴らは気にも止めない様子であった。獣の住処(すみか)らしい森林には入りたくなかったが、三匹は石畳の街道が、昔のままに延びきっているあたりを飛行していくらしい。あるいは街道の先に、奴らの居住地でもあるのだろうか。また遠吠えが響き渡ったので、私は慌てて銃を握り直した。

 正面に、巨大な建造物が現れた。石やレンガではない、見知らぬ鉱物を使って滑らかに反射する、円錐状の建築だった。まるで黒曜石にミルクを溶かしながら、百年かけて磨き上げたような、段差のないなめらかなピラミッドのような感じだった。灰色と呼ぶには光沢がありすぎる。透き通るような肌触りで、月の光を反射しているのである。極めて人工的な建物だ。周囲には薄いブルーの、スズランみたいな花がそれぞれに灯し灯して、のどかに風に揺られているらしかった。

 ピラミッドの中程には、ぽっかり穴が空いている。紅色の生命体はその中に吸い込まれた。私は慌てて走り寄る。迷宮にでもなっていたら、すぐに見失ってしまうに違いない。しかし、ピラミッドは滑らかだった。摩擦がまるでないのである。さんざん滑ったあげく、ワイヤーを何度か放ってみたら、ようやく引っかかるところがあって、それを頼りに登っていくことが出来た。

 穴は迷宮へと続いてはいなかった。真っ直ぐに回廊を延ばして、その奥にあの紅色の光が仄かに見えている。先ほどの三匹に違いないと思ったから、ツルツルすべる鉱物を気にしながら、奥へと入っていった。

 せまい回廊から抜けたとき、私は呆然として立ち尽くした。夕日に照らされたような膨大な空間が、どこまでも広がっていたからである。それだけではなかった。そこにはあの奇妙な生き物が、まるでサイエンスの月刊誌で見たような、脳内に張り巡らされるニューロンみたいに、おそらくは何千も、何万も、互いに結びつき、絡み合い、網の目のようになって、どこまでも群がっているのであった。いびつな形状のジャングルジムが、入り乱れつつも成長して、空間を埋めつくすような感じだった。そうしてそのひとつひとつが、森から羽ばたいていった生物そのものだったのである。しかし形状はすでに違っている。中心の体から、幾つもの手を細長く伸ばすみたいにして、互いに絡み合っているから、飛行しているんだか、括り付けられているんだかよく分からない。ただ、どれもが細かく震えているので、生きていることだけは分かるのだった。

 それらが総体に紅玉髄を煌めかせて、空間を焚き火なみに染め抜いている。私は恐怖すら取り落としてしまい、仰ぎながらにポカンと呆けていた。処理能力が追っつかない感じである。やがてニューロンの一部が途切れて、一方を脳細胞に絡ませたまま、ゆっくりと私に近づいて来た。しかも液状を変化させながら、私の形状を真似し始めたのである。もちろん色彩はもとのままだが、背中を神経に繋いだままで、いつしか人の形になったのであった。

 近くで眺めると、単純な流体ではないらしい。様々な内部機関が、ビールの泡を途中で固着したみたいに、液状の生態に浮かんでいるのだった。よく見ると、光源はその一部が請け負っている。それで半透明な体が、発光するように見えるのだった。

 そう思って見ていると、とうとう顔の形まで整って、奴がいきなりしゃべり出したので、私は面食らってしまった。今では瞳さえ開いているのである。ただ言語だけは、聞いたこともないような響きだった。

 私は自動翻訳機を取り出した。採取済みの言語とそのバリエーションを解析して、直ちに翻訳をしてくれる優れものである。しかし、それを装着しようとしたら、いきなり奴に奪い取られてしまった。驚いて銃に手を掛けようとすると、奴っこさん「まあ慌てるな」というようなジェスチャーをするのである。まるで人間そのものだ。私はそれに従ってみることにした。

 翻訳機はわずかに体内に取り込まれて、その付近が明るくなったような気がした。すると突然、彼の全身がフラッシュを焚いたみたいに輝いて、その信号がニューロンの方へ向かったかと思ったら、集積回路全体がぱっと真昼なみの明るさを放ったので、思わず瞳を閉ざしたまま硬直してしまったのである。

 やがて光が収まったと思ったら、奴は翻訳機を返してくれた。それから突然、

「お前はどこから来たのだ」

と私たちの言葉で話し掛けてきたのであった。あまり驚いたので、思わず後ろへ飛び退くと、

「だらしがない、いい若者が、しっかりするがいい」

なんて注意までしてくる始末だ。いったいどうなっているのだろう。しばらくは声さえ出せなかった。

「恐れることはない。我々がお前に危害を加えることはない。ただ言語を解析しただけだ」

奴は淡々と説明を付け加える。私もようやく気持ちを落ち着けると、

「初めまして」

と挨拶を交わしたのであった。それから、地球を出てから宇宙船の遭難まで、かいつまんで説明をしていると、一段落ついたところで、

「なぜ、こんな所をうろついているのだ。みんな修復作業に追われているではないか」

なんて言うのである。なぜ宇宙船のことまで知っているのだろう。あるいはさっきの三匹は、偵察をでも行っていたのだろうか。私には分からなかった。

「無線を使っても返信がなかったものですから」

そう答えたが、少し不思議な気分だった。

 そもそも、自分はどうして、宇宙船の所に向かわなかったのだろう。たしか偵察機で調査中に、宇宙船が座礁したような気がする。その偵察機はどこへいっただろう。不時着したときに頭でも打ったのだろうか。肝心なことなのに、何も思い出せなかった。

「この島で無線など繋がるはずがない」

彼は何でも知っているらしい。

「しかし、磁場に狂いはなかったはずです」

と問い返すと、

「磁場の問題ではない。大気がすべて吸収してしまうからだ」

と説明するのである。そんな現象は聞いたことがないので、ちょっと首をかしげてしまった。

「あなた方はいったい」

私はようやく、気になるところを尋ねてみたのである。ぶしつけに思われるのも嫌だったから、今までちょっと我慢していたのだった。

「我々のことが気になるのか」

「だって、あなた方は、まるで私たちの脳細胞のようなのです」

と正直に答えると、

「我々はもっと柔軟な生き物だ。けれども、個体の一つ一つを繋げると、お前たちの脳細胞のように活動することが出来る。つまり、我々はもともと個別の生物である。けれども、その状態では考えることなど叶わない。本能のままに生き抜くか、与えられた情報を受信して、それを全うするだけの小さな生命体に過ぎない。だが、このように互いを結び合わせて信号を送り合うと、お前たちの脳細胞と同じように、回路全体を駆使して、思考を極めることが出来るようになる。その考察を元に、それぞれの個体に指令を送って、個別に作業をさせたり、あるいは、今の私のように姿を変えたり、つまりは、あらゆる事が出来るようになるのだ。何十かが繋ぎ合わさって行動すれば、記憶を保持しておくことさえ可能になる。もちろん生物固有の帰巣本能を持っているから、役割を忘れたとしても、迷子になることはない。ただこのようして、手と手を柔軟に結び変えながら、自由に知的活動を繰り広げるのだ」

と説明するのには驚いた。そんな生物は、長年の宇宙探索でも初めてである。

「さっき見かけた三つの個体は、親子のようだったけど」

私はつい要領をまとめきれないで話してしまった。

「我々のひとつひとつは、ただの生物に過ぎない。親は子を育て、やがて死んでいく。子は成長して、やがて親となる。そのバランスさえ保たれるならば、つまり個体が大きく減少せず、また増加し過ぎないならば、やがては子供らが、親の役割を引き継いで、同じ場所に情報を伝達させ始める。だから世代交代が続いても、総体としての知性には陰りは見られない。これだけのネットワークだから、一部が途切れたり、かなりの数が外出しても、すぐに代替の情報網に取って代わられるから、何の問題も起こらないのだ。だからといって、この配列をすべて入れ替えることは、我々にだって不可能ではあるが」

「なぜ、出来ないのです」

一つ一つに情報を送れば、総入れ替えだって出来そうなものである。

「こうして手を結び合わせた瞬間から、我々は総体としての知性を身につけてしまった。それは普遍のものでも、必然的なものでもない。たまたまこのように手を結び合わせ、考えに従って結びつきを変化させ、またシグナルを強化していった結果、お前たちが個性と呼ぶのと同じような、思考の指向性を持ってしまったというだけのことだ。もともと個体の持っている感覚的な好みが、喜びや悲しみといった情緒となって具現化された結果、今では我々は、この総体としての知性を愛おしいもののように思っている。したがってそれを失うことは、我々の個体にとってはどうでもいいことではあるが、総体としての我々にとっては、やはり耐えられない喪失感を伴うことになる。一度認識された自己意識は、その消滅を望まないものだからだ。すべてを入れ替えることの出来ない理由の一つは、まさにそこに由来する。

 しかし一方で、これほどの回路を、お前たちの何世代分にも渡って、果てなく保持していけるから、大抵の思考は極めることが可能になる。すると我々の思想の傾向は、穏やかに諦めを楽しむような、静寂のうちへと収斂されてゆく。そうであるならば、確かにすべてを切り離し、かつ再構成したとしても、膨大な年月を隔てれば、同じような精神に辿り着くには違いない。してみると、それは個性というより、むしろ不変といった方が相応しいのかもしれない」

 奴には、私の欲する答えが、最後まで見渡せるらしい。私などよりも、遙かに知性があるのかもしれなかった。

「なるほど、あなた方の諦観(ていかん)主義は分かりました。しかしこの地の遺跡は、あなた方と関わりがあるのですか」

私は腑に落ちない。幾ら知的だろうと、彼らは元来が人型ではないのだ。あの遺跡はまさに、私たちやヒューマノイドにこそ相応しい建造物だ。

「我々がお前たちの言葉をしゃべれることの、根本的な理由を分かって貰えたら」

と紅玉髄が嘆息するので、私はようやく、いかなる翻訳を極めても、しょせんは個々の意味の連なりに還元べき、我々言語の本質に思いを致した。

「つまりかつて私たちの同胞が、この地に住んでいたということですか」

ようやく納得することが出来たのである。

「その頃、我々は彼らの言語を吸収した。いや、初めて獲得した。我々はもともとは個別の生命体だ。せいぜい数十が集まって、ある種の役割分担のもとに行動を行うくらいの生物に過ぎなかった。思考など、持ち得ようはずがなかった。しかし彼らは、我々の特徴を生かした実験の果てに、この巨大施設を作り上げた。それから我々を捕らえては投入して、網目のように繁殖させた。そうして個体の聴覚器官を利用して、言葉を覚えさせようと試みたのだ。

 ついにある時、回路が一つの思考を生みだす瞬間が訪れた。それは電撃的な瞬間だった。一度思想が芽生えるやいなや、我々は自由自在だった。刹那に彼らのすべてを把握することが出来た。それは彼らの想像をすら上回っていた。我々は個体に情報を送りつけ、自由に変化させることすら出来るようになったからである。ちょうどお前が見ているようなことすら、我々には容易いこととなった。

 そう考えると、知性とか思考とか呼ばれているものは、言語上にかりそめに成り立つ、極めてロマンチックな妄想、あるいは宇宙定理とは関わりのない、間の抜けた逸脱に過ぎないと言えるかもしれない。先に述べた再構成の話にしても、言語を獲得する以前にまで還元されたなら、そもそも我々はこのような形で、結びつく意欲自体が無くなるに決まっている。つまり意思などを持たない方が、はるかに理にかなった状態には違いないのだ。すなわちすべてを入れ替えたとたんに、言語だけが抜け落ちてしまい、再び結びついた我々は、もはや回路を保つべき必然性を失ってしまうだろう。それが、全体の再構成の出来ないことのもう一つの理由にもなっている。

 いわば我々は、お前たちのような人型によって生み出された、極めて人工的な知的生命体であるとも言えるだろう。もちろん我々は、それを感謝している。我々は今、喜ぶという心をすら持っているからだ」

「しかし、もう話し相手すらいないのでしょう」

ちょっと可哀想な気持ちがしてくる。しかしそれは人間的な誤りだったようだ。

「我々は、個々の集まりに過ぎない。けれども、お前たちの脳細胞とは違う。我々はそれぞれを自由に手にも、目にも変えることが出来る。だから総体としての我々は、個々の個体を眺めることも出来る、撫でることも出来る。子供の成長を見守ることも出来る。暫定的にいくつかの知性に分割して、議論を楽しむことだって容易い。伝達相手が居なくても寂しいどころではない。我々は総体の一部ではない、我々が総体であり、同時に我々が個体でもあるのだ。つまり我々は、我々で完結しているのである」

「なるほど、そうかもしれません。ですが、私たちはそうはいかないのです」

私は切りだした。可哀想なのは自分の方だと気がついたからである。

「あなた方に宇宙船を回復させる事が出来るなら、ぜひ力を貸していただきたい」

と願い出てみた。すると彼らは、

「容易いことだ。さっそく出向いてやろう」

と答えたので、ちょっと驚いた。どうやって出向くのだろう。念のために尋ねてみた。

「むかしは天敵がいた。我々を捕食するどう猛な生物が。しかし、お前たちの先祖がそれを狩り尽くした。おかげで我々は、ここでは襲われる心配はないのだ」

言葉が終わるやいなや、人型の紅玉髄はたちまち一本の腕に変化した。その指先で私を抱え込んだのである。あっと思う間もなく、私は凄まじい勢いで、ピラミッドの外へと運ばれ始めた。どうやら、浮遊できる奴らの特性を生かして、個体同士が手を繋ぎ合わせながら、ケーブルのようにどこまでも伸びて行けるらしかった。なかなか便利な技を持っている。これなら知性を場末にまで運べるからだ。私は中空を軽々と運ばれていった。仰ぎ見ると、大気に邪魔されない満天の星空が美しい。月はもう頭上にまで達していた。

「こんな小さい島なのに、どうして大気が残されているのだろう」

と思わず呟くと、私を抱えている中指の一本が口を開いた。

「ここは五十の分裂した大地が、互いの引力でバランスを取りながら、あちらこちらと浮かんでいる小惑星帯のようなものだ。その総体の引力によって、どの浮き島にも大気がある。ただ層が薄くて、不純物が少ないから、まるで透明であるように思えるのだ」

なるほど、天の川が横たわっている。あれは銀河の帯の方向だから、星座が変わっても地球から見るような懐かしさがあった。

「ところで、ここにいた我々の仲間は、どうして滅亡してしまったのです」

と尋ねてみると、

「むかし、引力崩壊が起こって、五十の大地が、ある惑星から切り離された。スッと音もなく、地震もなく、羊羹でも切り分けるような滑らかさで、この島々は取り分けられたのだ。その時まで惑星にあった大気も一緒だった。植物も生物も、みんな一緒だった。そのまま惑星から遠ざかった。あの、ひときわ輝く恒星が、その頃はもっと眩しかった。地表は明るく照らされて、昼と夜とがあった。ここまで漂って来たとき、それまでの植物体系は崩壊した。動物たちも大部分が死滅した。お前たちの種族はしばらく生き延びたが、やがては絶滅の時が訪れた。我々を始め、いくつかの生命だけが生き残った。その後のことだ、暗がりでも植生する森林や、動物たちがふたたび繁殖を始めたのは。しかし、温度が保たれる奇跡的な環境については、まあ長くなるから、止めておこう」

と説明した。そうして感心して聞いている間に、私は宇宙船に辿り着いたのであった。

「お前、生きていたのか」

「なんだ、その変な生き物は」

 たちまち大騒ぎになったことは言うまでもない。事情を説明して、彼らの知性を仰いで、修理を続けることになった。なんでも、動力部がすべて起動しなくなって、明かりも全部消されてしまったのだそうである。

 紅玉髄はさっそく指示を出し始めた。彼らにとっては、このくらいの精密機械は、プラモデルをやるような感覚らしかった。しかも奴らには、恐るべき能力が備わっていたのである。欠損した部品などを、分子構造を移し替えながら、たとえば別の鉱物から取り出しては、自分たちの体一つで、あらゆる形に作り替えてしまうのである。そのくらいの作業は、総体としての知性が無くても、彼らが数十匹集まるだけで、難なくこなせるらしかった。我々は予備資材や、周辺から持ち込んだ鉱物などを利用して、驚くほどのスピードで、船を再生させていったのである。正直に白状すれば、ほとんど彼らが勝手に建造し直したようなものだった。むしろ私たちは、足手まといに近かったからである。

 私は修理中、二十匹くらいが集まった飛行物体に乗せられて、同族の居住地にも案内してもらった。石造りの町並みが、すっかり朽ち果てて広がっていた。宇宙にまで繰り出した文化水準とは思えないような、中世の欧州じみた町並みだった。町のなかには、風化して朽ちかけたポスターが、選挙運動らしく何枚か掲げられているのが目に付いた。それは、同種族どころか、私たちとまったく同じ姿をしていた。どこにも違いが見られないのである。あるいは地球の人類と、発祥が同じなのかもしれない。そんな疑いすら湧いてきたのであった。

 しばらく散策を楽しんで、発光生物の背中から戻ってみると、ほどなく宇宙船は完成し、私たちは彼らに感謝の礼を述べて、ふたたび宇宙へと繰り出したのであった。これが第三次宇宙探索時の、もっとも特筆すべき出来事となった。

2010/3/30

[上層へ] [Topへ]