ブラームス 交響曲第1番 第1楽章

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序奏(1-37)

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 開始部分のティンパニー連打から、順次進行の総奏で開始し、分散和音的なものが導き出されて、第1主題の旋律化していく様は、まったく第1主題にもとづいている。その後半に29小節目からオーボエで登場するフレーズの印象も、一度聞いたら忘れられないほどはっとさせられる。細かい作りは譜面を見た方が手っ取り早い。(それを言ったら身も蓋もないが。)

 幾つか上げておけば、開始の弦楽器は下の第1主題の説明で登場するところの動機BXを提示し、さらに次の小節では動機BYのリズム型も使用せられ、3小節目のフルートはやはり第1主題内で印象的に登場する跳躍7度を登場させるが、これはシンコペーション導入の印象的な9小節目で改めて提示される。全体のプロポーションは、第1主題部分が[テーマ→中間的部分→テーマ発展]によって形成されているのに対して、序奏部分は[テーマの生成され始める状態→第1主題の中間的部分に基づく中間的部分→テーマ生成の続き]のような形になっていて、そこから第1主題が生み出される前に、印象的なオーボエに始めるエピソードが(生成の途中として)生み出される。といったところか。

提示部(38-190)

第1主題部分(38-87)

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・主題の核となる部分は(42-46)の(みなし)4小節。第1ヴァイオリンの大きな跳躍を持った旋律を旋律Aとする。さらに印象的な分散和音上行形によるその前半部分を動機AX(動機と云うよりはモチーフの理念的扱いかもしれないが)、その後のスタッカートの短い分散和音下行型を動機AYとでもしておこう。上行の後に下行は旋律形成の基本であるが、あえて説明すれば、動機AXの「スラー付き上行形ロング」に対して「スタッカート付き下行型ショート」を使用し、共に分散和音を主体にしてひとつの旋律としている。

・この分散和音の理念を表した主旋律Aに対して、ファゴットとチェロには、半音階進行を含んだ順次進行対旋律Bが設けられる。興味深いこと(実は2声を時間軸で進行させると比較的当たり前のことだが)に、やはり前半「半音階上行形ロング」(動機BX)に対して後半が「全音階的下行型ショート」(動機BY)という形になっている。そして一目で分かるが、この対旋律Bが主題提示のための導入(38-41)に使用されているのである。

・(Allegro)開始から連続的に旋律Bが導入されつつ、旋律Aが提示される方針を見ると、(38-)の部分が単なる序奏などではなく、もっと有機的に第1主題の一部となっていることが分かるだろう。全体としての第1主題は(38-87)まで。序奏から主題内中間的部分、発展的再現を含んでいる。

・ここで、旋律Aの開始から3度上行によって耳に焼き付けられる「タタン(どうも擬音は無理があるな)」のリズムは第1楽章を規定するほどの重要なリズムであるから、これを一応リズム動機R1とでも呼んでみよう。(動機AXと大きく被るが2音によるリズムだけを結晶化してR1と呼ぶ。リズムによる楽曲構築のかなめを担っているからである。)するとこの主旋律Aは、リズム動機R1と、それを留めた継続音のみで出来上がっていることが分かる。つまり主題の核は、到底メロディーの閃きによって生まれたものではなく、頑固一徹の意志によって生み出された動機的産物となっている。理屈の固まりといってもいい。それがまるで気にならないくらい、豊かな感性で音楽へと昇華しているので、聞いていても自然に沸き上がったフレーズのように聞こえてしまうことを、人は才能と呼んだりもする。

・この短長リズムR1はいわば短長格(イアンボス)に基づく歌詞を指向しているフレージングとして計算されているが、同時にこれが後半で幾分か長短格(トロカイオス)を濃くし、さらに主題の中間的部分にいたる53小節目からは、完全に長短格の印象に取って変わるなど、綿密なプランが敷かれている。

・これを5度上の(g moll)領域で繰り返しつつ、その最後の部分を繰り返し、一方対旋律Bを元に4小節の導入を加えれば、(38-51)の最も重要なまとまりが形成される。

・先に述べた第1主題全体のアウトラインは、まったくベートーヴェンのソナタ形式のパターンを蹈襲する。すなわち第1主題提示部分の後に中間部が置かれ第1主題の再現が行われるのだが、その再現はすなわち推移的に第2主題へ向かうための発展的主題に広がっていくという、ソナタ形式ではお得意のパターンである。

・すなわち(51-69)が第1主題の中間的部分となる。第1主題の分散和音上行指向に対して、正反対の大跳躍下行型を印象的に登場させ、続けて旋律A途中から後半部分を使用し、シンコペーションリズムの印象的な(53-)の部分を生み出す。ただしこの時管弦総奏で行われるフレーズは、旋律Aの[跳躍上行的→スタッカート下行]に対して、旋律Bの要素を組み込んで、[半音階進行的→スタッカート上行]と、すでに変容を遂げている。リズムの、あるいは口調の変化も先ほど見た通り。調性も大きく揺らぎを見せるが、第1主題内での行き交うミニマム調性の幅は、まさにロマン派の騎手、古典派の和声選択とは比較にならないくらい幅が広い。それはつまりベートーヴェンのような力強さよりも、デリケートで豊かな色彩変化として楽曲を色づけする。

・(70-)旋律Aが管楽器で再現され、弦に引き継がれ、主題内のクライマックスを形成しつつ、第2主題への推移に到る。

第2主題への推移(88-120)

・管弦総奏の力強いリズムで始まる推移は、(88-96)が弦楽器の音階順次上行形、管楽器の印象的な刺繍音の戻った音の強調により、軍隊風のリズムを提示。続けて動機AYの分散和音下行型を行う。そのリズム感を維持したまま、リズム動機R1の特徴的なリズムだけで推移しつつ、(103-)動機AX(管楽器)動機BX(弦楽器)の回想を挿入、動機AXが分散和音の上行にアク抜きされて、柔軟な素材となっているが、管弦合わせてなお第1主題の回想の役割を果たしている。さらにここでベースに登場する八分音符の連続による分散和音を導き出し、(つまり動機AXから導きだし)、その八分音符のリズムは、第2主題部分開始の伴奏リズムとなっていく。

・リズム動機R1のリズムから回想へ到る楽想は長調領域に移りつつもう一度繰り返されるが、110小節の部分ではもはや第1主題の回想を逃れてしまっている。次第に新しい領域に到るという戦略だ。これが(B dur)に入った111小節からの印象的な分散和音旋律である。これは第2主題、あるいは[長調領域]の開始を、改めて告げる効果を担っていて、続けて(c moll)に対して平行調の関係にある(Es dur)が導かれ第2主題が開始する。

第2主題部分(121-156)

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・第2主題は第1主題そのものを使用している。すなわち始めチェロに旋律A前半の長調版が、これに対して管楽器に旋律B前半の長調版が置かれている。4小節後に今度は、ヴァイオリンと管楽器の掛け合いで、その前半部分がもう一度繰り返されつつ、旋律Aの後半部分にいたる。しかし旋律B後半部分の特徴的な動機BYは使用されない。管楽器の連続的な響きと、開始チェロからの主題A提示が、新しい第2主題の登場した印象を押さえつつ、長調領域の中に僅かずつ旋律の浮かび上がってくるような、すなわち独立的・自立的でない印象を与えることに成功している。ここで連続的に動機BXを提示するオーボエが、(Es音)から(C音)まで半音階上行を行っている点も注目される。これは序奏冒頭や、推移など様々なところで視られる半音階的、または全音階的な長い音階上行形の理念が、あるいは動機BXから生み出された(作曲の過程において)のでは無いかしらと、思わせるところがあるからだ。

・続けて130小節からオーボエに跳躍下行型を登場させつつ、特徴的な「タータタータン」(分からんなこりゃ)(133-134)のフレーズを導き出す。この印象は断片的なフレーズであるがゆえにかえって強く、第2主題開始の旋律Aより強く刻み込まれる。第2主題部分で一番重要なフレーズはかえってこちらにあると云えるかもしれない。この溜息のような、憧れのような短いフレーズが、第1主題のうちから沸き上がり、これが繰り返されつつ、歩みを遅め失速していく様が第2主題全体の主旨であるならば、その失速のピークは第2主題の一番最後(156)小節に来ている。これは高揚を築くのとは正反対の、静寂的クライマックスのようなものを形成していると云える。これは楽曲終了のための失速とは効果がもちろん異なる。(楽曲密度が薄くなるに連れて累積される、次への期待を高まらせるようなある種の感情の高揚は、何か適切な表現で呼ばれるべきかも知れないが。)もしここで曲が終わってしまったらどうだろうと、音楽視聴時の聴覚の謎に迫ってみるのも面白いかも知れない。

終止部分(157-190)

・調性が(es moll)と再び短調領域に到ると、やはり軍隊調のある、スタッカートの順次下行三連音符が導入され、161小節で完全な終止旋律の提示にいたる。この特徴的なリズムを終止リズム動機R2とでも呼んでおこう。このリズムの由来が一番はっきり分かるのは、展開部の終わりであるが、旋律Bの後半部分、つまり動機BYの音価を引き延ばしたものに他ならない。このリズムを持って、終止部分が形成されるが、終止旋律の対主題として登場するのは、低音楽器群を見たまえ、紛れもなく第1主題の旋律Aの反行形なのである。こうして提示部は、すべての部分に第1主題が織り込まれ、様々に変容しつつ奏され続けるのである。さらに、そのクライマックスでフォルテシモで奏される177小節からの第1ヴァイオリンのごく単純なフレージングが、実際に音で聞くと非常に印象的であることは、譜面だけ見ているとかえって驚かされるくらいだ。このクライマックスの後、リズム動機R1の特徴的な印象だけに楽曲密度を落とすと、再び提示部を繰り返すもよし、展開部へ向かうもよし、という分けである。さらにこの終止部分の調性は全体として(es moll)によって行われている。下らない落ちを付け加えておくが、第1主題が反行形で使用されたため、効果的にリズム動機R1が3度上行形から3度下行型に置き換えられて、再度の3度上行形提示の印象を高めるという、細かい計算も見逃したくない。

・リズム動機R2については、提示部、再現部の終止部分と、展開部を形成する、いわば特徴的な柱のように楽曲を支えているが、全体を構築するリズム動機R1ともう一つ特徴的な構造を与えるリズム動機R2というスタイルも、実はベートーヴェンの交響曲に類似のものがある。

展開部(189-342)

第1展開部分(189-272)

 展開部の全体は、リズム動機R2によって規定される。

推移的部分(189-224)
・(H dur)の主和音によって第1主題旋律Aをもとに導入が行われる。(es moll)の[b]が[h]に移行するもので、調性は遠いが実際は自然な響きとなり、しかも効果的に色彩を変えることが出来る。しかしすぐ短調領域に戻り、音価を引き延ばしたリズム動機R1によって推移、弦のベースに付点4分音符のオクターブ幅の分散和音下行型が登場してくる。これは次の部分に使用される。

第1展開(225-272)
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・リズム動機R2が新たな部分の開始を告げ、225小節から登場。232小節からヴァイオリンで付点4分音符順次進行のフレーズが提示。この時、ベースの進行として、先ほど登場した分散和音下行型が使用される。和声ははじめ(Ges dur)で[ⅣーⅠ][ⅤーⅠ]進行が使用され、コラールのような響きを印象づけるが、リズム動機R2が管楽器、ティンパニなどで同音連打により奏されるため、一層軍隊的なラッパのように好戦的な性格を持っていて、急き立てるような様相を演出する。240小節からコラール風の和声を管楽器と弦楽器で繰り返すが、やはりリズム動機R2から逃れることは出来ない。しだいに断片化し、最後に261小節から三音順次下行型のリズム動機R2に呼び戻される。

第2展開部分(273-342)

  推移的部分(273-293)
・(c moll)の保続Ⅴ音上に到り、これはしばしば再現部に向かうための最後の部分に差し掛かったことを告げるものであるが、この曲では、この再現部回帰への旅路を長引かせ、もう一つの展開的部分を形成する。すなわちまずは保続音上に和声的的部分によって推移的部分を築くが、これは旋律BXとその半音階進行を中心にして、印象的な三度跳躍など、第1主題の断片を織り込むが、次第に鎮静する。その間、保続音上の和声進行が、古典派時代には不協的であり選択しなかったような凝った進行をするが、実際の響きは苦にならず織り込まれているのは、ロマンっ子の面目躍如である。

第2展開(393-342)
・コントラファゴットが鈍い響きで半音上行形を導入し、次第にリズム動機R2が呼び込まれていく。第1展開がリズム動機R2の上でコラール風旋律を展開させたのに対して、第2展開はリズム動機R2が生み出された母体である動機BYに回帰するクライマックスを形成している。すなわちやがて元となった動機BYが呼び込まれ、展開部のクライマックスを形成しつつ、これを導入として持つ第1主題への回帰へといたるのである。

再現部(343-461)

・再現部は細かく説明せずに部分だけを分けておこう。

第1主題部分(343-377)
第2主題への推移(378-393)
第2主題部分(394-329)
終止部分(330-461)

コーダ(462-511)

・終止部分の終わりのリズム動機R1のリズムを使用し続け、(c moll)に対してⅣ調の属和音によって連続的に、しかしコーダへ移行した印象を持たせて開始。やがて478小節から、これも楽曲全体に重要な役割を果たしてきた動機BXを登場させ、次第に楽曲密度を落としていく。つまり第1主題の動機AXと動機AYの絡み合いが、抽象的なリズム動機R1と動機AYの半音階上行3音だけとなって、しかし完全に第1主題に基づくコーダを形成しているわけだ。

・しかし495小節から(Meno Allgro)となり、リズム動機R1も少し前に消失し、付点詩文音符を単位とする緩やかな部分にいたる。第2主題後半で行った楽曲沈静化と呼応しているようでもあるが、こちらは楽曲の締めくくりであるため、その心理作用はおのずと異なってくる。コーダ全体のモチーフだった動機BXがついに終わりを迎える頃、管楽器に第1主題冒頭の旋律AXが印象的に提示され、それが弦楽器の分散和音上行形に引き継がれて終止する。このように楽曲全体が著しく第1主題の主要フレーズ4小節より紡ぎ出され、細かく見れば見るほど、理屈づくめに出来上がっているのだが、それをまるで感じさせずに、雄大にして幾分闘争的な楽曲に広がっている点は、さすが長年溜め込んだ交響曲の第1楽章だけのことはある。

2008/11/26

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