交響曲第41番ハ長調、第4楽章

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提示部(1-157)

第1主題提示部分(1-73)C dur

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・弦楽器だけで静かに導入される第1主題(1-8)は、第2ヴァイオリンの分散和音伴奏に支えられた「ドレファミ」と進行する冒頭動機を中心に持ち、後半が音階下行型を元に旋律を紡ぎ出した形を取る。この中心動機「ドレファミ」を動機Aとしておこう。冒頭4小節の進行は、実際には第2ヴァイオリンの伴奏も「ミファソラ」と「ドドシド」の進行を持つ冒頭動機に対する2本の線を形成していて、この楽章全体の各声部の線的傾向、つまり対位法的傾向を象徴している。ついでに次の4小節まで考えてみれば、冒頭4小節の「ドドシド」はそのまま音域を替えて、第2ヴァイオリンのオクターヴ下で「ドドシド」を行なっているし、冒頭の「ミファソラ」が反行形となって、続く4小節の主題声部の「ラソファミ」の骨格、さらにヴィオラとベースのラインに引き継がれるなど、対位法的な切磋琢磨が僅かな声部の主題の中にも見事に提示されている。この順次進行の骨格を見る時、冒頭動機Aの「ドレファミ」は、元々「ドレミファ」の順次進行が元になって動機的に有効にする為に変奏されたことがよく分かるだろう。さらに第1楽章の第1主題を回顧するならば、4音順次上行という原細胞が、すでに第1小節で2回「ソラシド」と提示され、第1楽章冒頭のオープニングが、全体の構成に大きな影響を持つ冒頭動機的役割を担っていることになる。そしてこれが第1楽章3小節目から「ドレミファ」のラインを元に、「ド(シ)レ(ド)ソファ」を形成し、これが元になって、最終楽章の「ドレファミ」のラインが生み出されているのだ。そしてこの4音順次上行形、及び反行形としての下行型は第1主題さえ生み出した、原動機として、この4楽章において重要な役割を担っているので、改めて原動機xとしておこう。
・原動機xから第1主題を眺め直すと、冒頭の主題旋律と、伴奏型に含まれる4音順次進行が提示され、5小節目からはチェロとベースに原動機xの反行形が、さらに主題旋律は(5-7)までが大きく「ラソファミ」で形成されると同時に、6小節ではその「ソ」の音が引き延ばされた後、修飾旋律として16分音符による動機x「ファミレド」が組み込まれる。そして8小節目は6小節目の「ソ」で伸ばされた後「ファミレド」というフレーズを利用して、「レ」で伸ばされた後「ドシラソ」と降りるというラインを形成し、「レ」の部分に回音が付随していると見なせる。このように、一見単純に見える第1主題だが、対位法的動機技法を十全に使用し、同時に全く無駄な音がないという、神業職人の仕事ぶりを見ることが出来るはずだ。
・続いて9小節目から主題が繰り返され、木管を加えて総奏化するが、ここでは弦のベースに第1楽章で登場した3連符と16分音符の早い音階下行パッセージが盛り込まれ、このパッセージも原動機xから由来するものだが、繰り返し主題では後半部分がもう2小節拡大されている。その最後はやはり原動機xを使用して、「ラソファミ」と「ミレドシ」の姿を見ることが出来る。この2回目の主題提示に応答するように、新しいフレーズが19小節から登場。ちょうど主題後半の原動機xに基づく下行型から生まれたように、付点の特徴を持った同音連打による「たあーったたあーーー」(・・・ついに壊れたか)で開始して、音階を順次下降する応答フレーズを開始。この部分は「ドシラソ」「ラソファミ」「ファミレド」という3つの原動機xが重ね合わされたものであるが、この動機は後に使用されるので、これを動機Bとしておく。これが3回繰り返され、和声とリズム総奏のホモフォニースタイルのクライマックスによって、見事第1主題部分(1-35)を締め括る。つまりこの部分は、主題が2回に応答的フレーズが加わり、終止フレーズを持った綺麗な形式で作曲されている。
・続く第1主題冒頭を使用した推移は、恐らくソナータ形式の推移の最も隙のない作品の代表にあげられる。総奏の後に単一声部(第2ヴァイオリン)で動機xが導入されるが、冒頭動機はフーガ旋律として後半部分が旋律的に変化を加え、第2ヴァイオリンから第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスと弦楽器でフーガ的な導入を果たす。最後に超過主題的に木管が加わりフーガ主題を再現し掛かるところで、56小節からエピソードに移行。
・ただしフーガではないので、フーガ主題から導き出した動機によるエピソードではなく、フーガ風部分を抜けた次の楽句が登場する。この部分はスタッカートとトリルと付点が愉快に音階を順次上行する2小節を最小単位に形成されるので、これを動機Cとしておこう。この音階上行は冒頭動機Aの伴奏型の「ミファソラ」が「ラ」のところでトリルを加え付点の力を借りてさらに「ド」まで登り詰めた姿と見ることが出きるが、これがヴァイオリンとベースで、1小節遅れで重なり合いながら繰り返され、フーガ部分の導入から連続的に音楽が広がっていくようなイメージを見事に成し遂げている。絶えず次に移行していく開放性と、主要動機の綿密な配置による強固な作曲というのが、この対位法的終楽章だが、これこそベートーヴェンが交響曲第3番で成し遂げた偉業と同種の作曲方針なのである。
・推移は「フーガ風導入」から「中間エピソード」を越え、推移終止が64小節から開始するが、ここでは第1主題部分の最後に使用した動機Bが2回繰り返されつつ、(G dur)を確定して第2主題に引き継ぐ。つまり推移部分が動機Aのフーガ風導入からエピソードを越えて動機Bで終止する一連の流れは、大枠として第1主題部分を踏襲しながら、対位法導入で開始し中間部分に動機Cを投入させ、大きく発展させた印象を与えるという、見事なプロットが練られていたのだった。

第2主題提示部分(74-114)G dur

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・しかも優れたことに、先に登場した動機Cは、終止動機である動機Bと共に、第2主題において合いの手としてそのまま使用される。これによって第1主題から推移に掛けて生まれたものが、連続的に第2主題で登場し、第1主題提示部分の発展が途切れることなく第2主題部分に継続するように、つまり完全な場面転換と対比的な主題の登場ではなく、生成発展の次の段階として新しい第2主題を登場させ、次の情景に移行している。この連続性と新規性の統合は、本来バロック時代の対位法的作品の遣り口で、モーツァルトが後年バッハやヘンデルの対位法作品を通じて、学び取った生きた対位法の成果である。
・順次上行で始まる第1主題に対して、跳躍下行で音価を1/2にして2分音符で開始する第2主題は、ヴァイオリンで導入され、その後8分音符で音階下行型を挟んで、最後に2分音符で大きく跳躍上行する。その8分音符の旋律は原動機xを2回行なったものだ。主題は4小節目の跳躍上行と、属7の和音であることから終止的イメージではなく、半終止の中途の印象を与えるが、それもその筈、この最後の部分でファゴットに動機Cが、フルートに動機Bが登場し、動機Bの終止的フレーズを持って第2主題を全うするのである。つまりヴァイオリン4小節に対する木管の応答を持って6小節の第2主題が形成され、木管楽器は合いの手以上の構成的意味あいを持っているわけだが、ヴァイオリンの第2主題的な新しい旋律に対して、第1主題を使用した応答には木管の音色を使用していて、所属チームを使い分けている辺りにも、緻密な計算が見え隠れする。ここではヴァイオリンの第2主題的旋律4小節(74-77)を動機Dとしておく。さらにここでは木管によって動機B動機Cの応答が始まる直前に、オーボエがたった4音の跳躍分散和音を演奏するが、これは第2主題冒頭自体から導き出され、木管の所属チームも第2主題側にリードされているのだった。後に使用されるのでこれも動機Eとしておこう。
・第2主題部分は第2ヴァイオリンの伴奏型もアルベルティーバス風に替えられているが、その分散和音伴奏型が単純な形ではなく、非常に声楽的な線を持って、主題に対する対旋律の意味あいを持って置かれているのが、自分で声を出して歌いまくれば分かってくるはずだ。これは例えば第2主題の4小節目から伴奏声部が直前の部分に対してどんな変化を付けていくかに注目すればよく分かるし、その後主題の繰り返しの時に伴奏型がさらに対旋律傾向を増し豊かな線を描いているのが分かるはずだ。つまり第1主題から顕著だった各声部が自立しながらそれぞれ絡み合う声部独立的傾向は、ここでもはっきり見ることが出来る。声楽のように均質なスタイルである必要のない、いわばオーケストラの各楽器を独立声部として扱った、バッハなどが使用した器楽曲的対位法を、古典派時代のソナータ形式に溶かし込んだ、見事な融合が成し遂げられている。
・6小節の第2主題は、もう一度繰り返され、その後で合いの手に廻っていた動機Cが木管により、1小節遅れで交互に繰り返される。第1主題推移部分から連続して動機Cが登場している訳だが、この部分ではヴァイオリンが8分音符のパッセージを対旋律として動機Cに当てている。動機C部分とヴァイオリンのパッセージは全く対位法的な関係で、木管が前面に出て、ヴァイオリンが後景に廻るが、決してヴァイオリンは木管の伴奏ではなく、共に独立した線なのである。しかもこの部分はベースに引き延ばされた(D)音の上に成り立っていて、(G dur)の主和音が回帰するまでの保続属和音領域を形成しているが、まさに次の声部導入を向かえるための対位法的エピソードになっている。
・第2主題への推移同様、中間エピソードを抜けた第2主題部分は、94小節から、第2主題そのものを使用して第2主題部分最後の部分を形成する。まず第2主題の冒頭3音が1小節遅れで交互に繰り返され、ストレットを形成すると、派生するように第2主題全体が登場し、この部分では驚くことに2分音符づれて弦楽器に4声部動機Dが導入される。単一主題のフーガなら最後のクライマックスを形成するほどの高密度ストレットが、合計3回繰り返され、シンフォニーの特性であるユニゾンスタイルの力強い下行パッセージで第2主題を離脱。この下行パッセージは連続的に第2主題の8分音符パッセージを使用したもので、つまり原動機xを使用しながら、対位法部分からホモフォニー的部分に移行するのだが、この対比は見事である。しかもパッセージの連続しようもあり第2主題は終止部分に連続的に移行するので、第2主題のクライマックスは閉じることなく、展開的イメージで終止部分に向かってエピソードを形成するわけだ。

提示部終止部分(115-157)G dur

・115小節からヴァイオリンに第1主題を元にした終止旋律が導入される。この4分音符の同音スタッカートで始まるフレーズを動機Fとしておく。この8小節の終止旋律は、今度はベースで繰り返され、その途中から印象的に短調の響きが投入され、属和音と主和音を連続的に交替する。これにより一番短くても1小節ごとに和声を変化させて流れてきた終止部分が、ここで1小節内で4回主和音と属和音を交代すると同時に、この交替は同一の主和音に回帰するため、(G dur)で見るならば、全体としては(127-129)が準固有のⅣを、(180-181)が通常のⅣを経由して、いわば楽曲の体感上の時間軸を揺すぶりつつ、132小節からは完全に和声が異なる方向に高密度で変化する終止が形成される。終止旋律の1回目の提示が121小節でサブドミナントのⅡ7の和音から122小節目に属7に至った流れが、ここでは(127-131)という拡大されたサブドミナント和音から(132-134)という終止カデンツ部分に発展した様子を見ることが出来るだろう。
・こうして終止旋律を提示した後は、135小節から動機Bを使用した終止部分を形成する。これによって第1主題が動機Bで閉じられ、第1主題部分全体も動機Bで閉じられ、提示部全体も動機Bで閉じられるという、「構成感の鬼」と云うべき(?)見事な作曲プランが練られている訳だが、この最後の部分では、動機Bの音階下行型を反行させた、音階上行型のフレーズも使用し、以前より大きく成長した印象を最後まで与えながら、最後まで発展しつつ展開部を終える印象を感じる筈だが、この絶えず次から次に広がっていくイメージこそ、ベートーヴェンの交響曲第3番英雄第1楽章のスタイルの大先輩に他ならない。

展開部(158-224)

・(G dur)のまま弦楽器の動機Aに木管の動機Bが応答。(と言っても短調の響きが混入するが。)続いて(E dur)に転調してもう一度動機Aが行なわれると、今度は木管が動機Bの反行形、つまり先ほど終止部分で登場した上行型で応答し、また直前の部分から新しく変化した印象を与える。これによって展開部への導入を果たすと、172小節から真の展開的部分が開始する。
・弦楽器で使用される動機は動機Bに基づくもので、これがやはり2分音符遅れて弦楽器で4声部の対位法的絡み合いを演じ、いわば動機Bが対位法的にストレットを形成している。この絡み合いは3小節ごとに一区切りとして新たに導入を繰り返すが、その新たな導入の頭に合わせてティンパニーとトランペット、ホルンが打ち鳴らされ、次々に転調を重ねていく。ここでは、木管楽器の息の長いフレーズもそれぞれ独立声部的で、この部分も全声部が対等に独立しながら、同時に絡み合うという器楽対位法の様相を呈している。この動機Bに基づく対位法部分は、動機Bが提示部の最後で上行型に変化した特性を利用して、最後に動機Bの上行型を登場させて次に移行する。
(・176小節だけティンパニーが挿入されていないのだが、音楽的効果のためなのかどうか分からないと書いて、知人にメールを送ったら、愚か者め!それは(C)と(G)のティンパニーが(d moll)の主和音の響きと調和させられないせいではないか、202小節だって同じ事だと、お叱りを受けてしまった。まったくごもっともでございます。ちょっと校庭3周してきます。)
・190小節からはまず木管が動機Aを導入し、動機Bの上行型と下行型を合わせた弦楽器がこれに応答する。つまり先の部分から連続的に動機Bを使用しつつ新たな発展的部分を形成しているわけだ。これを繰り返しながら転調を重ね、最後に動機Bの上行だけと下行だけを順に提示する再現部への推移を形成し、第1主題が再現される。つまり展開部は全くもって動機Bを中心に形成されるが、後半に予備的に動機Aが回帰して、再現部に繋げる連続性も、散々提示部で見てきた遣り方そのものである。

再現部(225-356)

・主題導入は2小節遅れたところで、対位法的にベースが動機Aを導入し、これに合わせて管楽器も参加してしまうなど、発展的変化を加え、主題全体の繰り返しなどの手続きを取らないで、233小節からは動機Aを連続的に使用しながら転調を重ねて、動機Cのエピソードにいたり、その後で始めて動機Bを登場させてこれで第1主題部分を締め括るが、これによって提示部に見られた主題提示と動機Bによる締めくくり。主題発展と動機Bによる締めくくりという2段階構成が、連続的な1段階構成に変えられ、楽句配分の変化と合わせて生成と発展を続けていくプランは、非常に優れたものだ。(こればっかり。)いわば展開部が第1主題部分まで発展的部分を形成しつつ、第2主題に至って完全に安定を取り戻す印象だ。以下再現部は提示部同様に進行する。

コーダ(356-423)

・発展と生成を繰り返してきたような対位法的終楽章の真髄(しんずい)はコーダにあり。360小節から、動機Aの反行形を使用した薄い声部書法でコーダの導入を果たすと、368小節から動機Aの本来の形が登場し、これに続いて、これまで登場した動機A、動機C、動機D、動機Eが対位法的に絡み合うという、超絶技巧なコーダが開始するのだった。使用されていない動機Bと動機Fはどうしたかといえば、つまりこの対位法的部分の後半から動機Bが対位法的に導入し、遂に5つ目の声部が絡み合う最後のクライマックスに到達。同時に動機Bによって音型の似ている動機Fが導かれ、402小節からホモフォニースタイルを回復し、動機Fが楽曲の終焉を告げると、最後に楽曲全体を駆けめぐった重要動機である動機Bがもう3度繰り返されて別れを告げるという、モーツァルトの他の交響曲では決してないほどの緻密で対位法的なシンフォニーに仕上がっている。元々はオペラの序曲からスタートした、当時はむしろ軽快で外向的なスタイルだった交響曲。同様の方針でシンフォニーを書き始めたモーツァルトは、最後にこれを切磋琢磨した対位法的な技巧的作品に昇華させた。しかもこれによって軽快で外向的なスタイルは破棄されず、絶えず展開発展し推進力を持った対位法は、外見上その学問的スタイルを微塵も感じさせない、比類のない作品に仕立てたのだった。

2006/07/21
2006/10/30改訂

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