ベルリオーズ 幻想交響曲 op14

ベルリオーズ 幻想交響曲(Symphonie Fantastique) op14 (1830年)

作曲までの経緯
  エティエンヌ・ニコラ・メユールやフランソワ・ゴセックのシンフォニーにもかかわらず、革命以降消沈気味だったフランスでのシンフォニー伝統は、1828年にアブネックがパリ音楽院内に演奏協会を立ち上げ、ベートーヴェンの交響曲を紹介し始めたことで新たな局面を見せ始める。その様子を自作の生涯から取り出してこよう。
 その頃ベルリオーズは、少し前の1827年9月に上演されたイギリスの劇団のシェイクスピア劇を見て衝撃を受けている最中だった。シェイクスピア劇の優れたることにももちろんだが、花形女優のハリエット・スミッソンがオフェーリアを演じる余りの美しさに、ぞっこんいかれ……失礼、年上(27歳)のお姉さんに憧れを抱き、熱烈な感情を燃え上がらせてしまったのである。何度も何度も手紙を送りつけて
「今すぐ逢うのです!」
と迫れば、案の定「怖いわ、ストーカーだわ」と思われて、叶わない恋となってしまった。意気消沈したベルリオーズは大量のアヘンを吸いまくったかどうだか(は定かではないが)、後にアヘン中毒者の幻想というプロットに基づいて30年に作曲された「幻想交響曲」に繋がることになったのである。
 そんな中にあっても1828年には重要な出来事があった。ヴァイオリン奏者であり指揮者でもあったフランス人のフランソワ・アントアヌ・アブネック(1781-1849)は、パリ音楽院のヴァイオリン科の教授を務めていたが、彼がこの年パリ音楽院管弦楽団を設立し、彼の指揮によって3月9日第1回演奏会が開催されたのである。曲目はフランスものではない、なんとベートーヴェンの「交響曲第3番」がパリでの紹介を兼ねて演奏され、2回目もベートーヴェン、そして3回目の4月13日には「エグモント序曲」と共に「交響曲第5番」が演奏されてしまったのである。これを聞いたベルリオーズは雷に打たれたように、痺れて動けなくなってしまった。
「シェイクスピアが詩で新世界を幕開けしてくれたように、ベートーヴェンは音楽で新しい世界を切り開いてしまったのだ!」
後にそう記すように、ベートーヴェンの古典派言語をドラマチックなものの構築に活用する生きた楽曲に、自らの進む道を確信してしまったのである。
 漲ってきたベルリオーズは、5月には初めての自作演奏会をパリ音楽院で開き、またカンタータ「エルミニー」で2位を受賞するなど作曲活動を活発化し、29年4月にはカンタータ「ファウストの8情景」を自費出版するほどだったが、これを意気揚々とゲーテに送りつけたところ、カール・フリードリヒ・ツェルターの手に渡ってしまったそうだ。この29年3度目のローマ大賞に応募したが、「クレオパトラの死」もまた大賞を取ることが出来なかった。しかし1位無しの2位なので、両親は音楽家として認めてくれて、借金まで払ってくれたのだそうだ。
 いよいよ1830年の1月、ベルリオーズは幻想交響曲の作曲に乗りだした。全体のプロットや、既存作品からの転用の可能性を考察し、1月30日には妹に骨格が出来たと手紙を書き、翌月からスコアを書き始める。イデー・フィクス(固定観念)は28年に作曲したエルミニーから旋律が取られ、第3楽章の主題も24年の「荘厳ミサ(ミサ・ソレムニス)」の「グラティアス」から導き出され、4楽章は29年の未完のオペラ「宗教裁判官」の中から「兵士の行進」にイデー・フィクスを加えるなどして、新しい作曲部分と融合させつつ、4月16日に完成。
 しかし7月にはパリで7月革命が勃発し、ちょうどその頃カンタータ「サルダナパルの死」を作曲していたベルリオーズはついにローマ大賞を受賞。スミッソンに実らぬ恋の破れた後にはマリー・モークという娘さんと婚約も済ませていたので、完成した「幻想交響曲op14」の初演を12月に執り行い、フランソワ・アブネックの指揮で数々の自作と共に演奏。ジャーナリズムを駆使して、ポスターや標題パンフレットをばらまき新聞に標題を事前に載せるなど大いに宣伝した効果もあって、マイヤベーアやガスパーロ・スポンティーニらだけでなく、若きフランツ・リスト(1811-86)にまでも衝撃を与えて遣った。リストは4年後この曲をピアノ編曲したのが、今日でも販売されているから、「一人幻想」を楽しみたい方はぜひどうぞ。(ただし初稿に基づくものなので最終稿のオケとは結構違いが見られる。)この曲のスコア出版は45年まで遅れたので、シューマンなどはこのリスト版のピアノ譜を使って評論を述べる始末だった。それはさておきベルリオーズはしてやったり、婚約者に手を振りながら翌年ローマに旅立って行ったのである。
概説
・全体を通じて、詳細な速度記号や強弱記号に注意書きなど、目的の演奏に達するために彼がどれほど緻密な作戦を練って、しかもそれを実演者に伝えていたかがよく分かる。
・ハープ、鐘、イングリッシュ・ホルンの使用はオペラ作品での効果楽器の持ち込みと言われる。最後の2つの楽章ではオフィクレイドという当時の軍楽隊の低声部担当楽器を持ち込み、5楽章での小クラリネット使用など、音色のためにはどん欲な取り込みを図る彼の性格をよく表わしている。
・奏法についても同様、例えば弦楽器には弓を弦に付けたままの音を切る「マルトレ」(第1楽章)や、弓の先端で演奏する指示「ア・プンタ・ダルコ」(第1楽章)や、弦を弓の背中で打つ演奏法(第5楽章)なども見られる。
全体構成
……1楽章と5楽章は純器楽曲と云うよりドラマ仕立ての構成を持ち、随時物語が進行していくような楽曲になっていて、これに対して2楽章のワルツと4楽章の行進曲がより純器楽曲的な対置を見せ、真ん中に緩徐楽章が置かれている。だから楽曲は3楽章を中心に綺麗に対置されていて、それは一番下の演奏時間を見ただけでもおぼろげに浮かんでくるだろう。また期待と恋愛の情熱を歌った前半に対して、4楽章と5楽章はそのカタストロフ(破局)がテーマになっていて、いわば前半が良性の夢想状態であるのに対して、後半は文字通り悪夢の中に没入する。この期待が絶望に変化する劇の進行に際して、3楽章が担う役割は非常に大きい。いわば3楽章がターニングポイントになっていて、それは緩徐楽章のゆったりした時間の中で期待と不安が混じりながらも希望が増大し、しかし最後の心の揺らぎと背景の牛笛に返事がないことによって、非常に静かに破局が導き出され、これによって前半と後半の繋ぎを見事に演出している。しかも精神状態に問題のあるこの芸術家にとって、前半の夢想状態と、アヘンを飲んだ後の夢の中とが、非常に親しい関係にあり、いわば初めから現実世界からは乖離した水平線上にあり、決して取って付けたように夢の中の断頭台に至るわけではない。このことは楽曲自体に織り込まれているので、楽曲に近付けば近付くほど、全体がストーリーにおいても、楽曲構成においても、まったく隙のない作品として、いわば永遠の傑作のカタログに名を連ねていると言える。それはまあ置いておくにしても、ベルリオーズが何故5楽章形式を採用したのか、この作劇法的配置を見るとすんなり理解できるだろう。

芸術家の妄想→彼女は空想の中で
舞踏会→常に現われる恋人の像
野→空想
断頭台→夢の中
サバト→夢の中

原題
……「ある芸術家の生涯におけるエピソード、5楽章からなる幻想交響曲」
プログラム
……文学的な音楽を指向したベルリオーズは、この曲に標題を与え自ら書き記したプログラムを演奏会場で聴衆に配るように指示を出した。これはすでに初演から開始され、この時1500部以上のプログラムが印刷され、予告編として新聞に演奏前に掲載したそうだ。このプログラムは演奏の度に細かい変更を加え、いろいろな版があるそうだが、大きく30年から55年まで使用してきたプロットと、55年に大きく変更されたプログラムがある。55年以降のものは、幻想交響曲の続編に当たる「レリオ」に繋げるために、5楽章全体をアヘン自殺が致死量に至らなかった芸術家の夢の出来事にしているが、この楽曲解析では55年以前の版を各楽章の説明に加えておいた。(ただし、いい加減なものであるため、本気で研究する人は原語から訳し直してください。)
初演
……そんな訳で、1865年にアンセルムの作品と共に、初演される運びとなったそうだ。アンセルムは大いに「未完成」に救われたことになる。
楽器編成
……フルート2,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,トロンボーン3、ティンパニ1対,弦5部
……三本使用のトロンボーンの効果は見逃せない?
出版
……1834年リストによる初稿版に基づくピアノ編曲版
……1845年スコアとパート譜
初演
……1830年12月5日(パリ音楽院内ホール、アブネック指揮)
献呈
……ロシア皇帝ニコライ1世(1845年の出版譜で)
楽器編成(手抜きしてウィキペディアから引用)
ピッコロ(フルート2番奏者持ち替え)
フルート(2)
オーボエ(2)
コーラングレ(オーボエ2番奏者持ち替え)
クラリネット(2)
小クラリネット(E♭管)(クラリネット1番奏者持ち替え)
ファゴット(4)
ホルン(4)
トランペット(2)
(ピストン付き)コルネット(2)
アルト・トロンボーン
テナー・トロンボーン(2)
オフィクレイド(2, 現在はテューバで演奏)
打楽器
ティンパニ(4)
シンバル
大太鼓
小太鼓

ハープ(少なくとも4)
弦五部
ヴァイオリン(2パート15人ずつ)
ヴィオラ(10人)
チェロ(11人)
コントラバス(9人)
→管弦楽法の面でも、コーラングレ、E♭管クラリネット、コルネット、オフィクレイド(チューバが発明されるまで使用された金管の低音楽器)、複数のハープ、鐘の交響曲への導入、コル・レーニョ奏法の使用、コーラングレと舞台裏のオーボエの対話、4台のティンパニによる雷鳴の表現など、先進的なものを多く見せている。
演奏時間
ロジャー・ノリントン指揮
ザ・ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ(1988)

  第1楽章-14:17
  第2楽章-5:54
  第3楽章-14:31
  第4楽章-7:25
  第5楽章ー10:36

各楽章の楽曲解析

第1楽章
「夢-情熱(Reveries-Passions)」
4/4→2/2、c moll→C dur
Largo→Allegro agitato e appassionato assai
第2楽章
「舞踏会(Valse)」
3/8、A dur
Allegro non troppo
第3楽章
「野の情景(Scene aux champs)」
8/6、F dur
Adagio
第4楽章
「断頭台への行進(Marche au supplice)」
2/2、g moll
Allegro non troppo
第5楽章
「サバの夜の夢(Songe d'une nuit de Sabbat)」
4/4、C dur
Larghetto→Allegro

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