Tokino工房 花の宴の連歌会
年ごとにつのる季節の揺らぎ。例年より咲き急ぐさくらの、戻り寒さもなく誇らしげなのはうれしくて、彩りならぶ提灯の、風にあそぶ仕草さえ、心地よく思われる宵の頃。ふるさとの人なみ集う公園に、敷物をしてかの工房の歌詠みども、渡歩(わたり)、いつもの彼方、時乃遙、時乃旅人の四人(よつたり)集い、花見がてらの連歌会を催す。
もっとも花より団子。連歌より駄じゃれ。いたずら宴の席であればこそ、紡ぎ出された言の葉もまた、つかの間の座興に道を譲り、往年のきらめきの及ぶべくもなし。不甲斐ない位ではあるものゝ、それもまた、身内のたのしさの甘え。あそびをせんとやのたわむれ。いまはそれを言い訳に、花見の記憶に留めておくのもまた一興。
あるいは酒呑みどもの常、やがては呂律(りょりつ)の崩れゆく事も、いつの代の花見の定めであるならば、はじめの連歌に精魂を尽くし、やがては愉快なおもむきに任せて、遊べるだけ遊ぼうという取り決めをして、発句は主宰の旅人から開始する。
まずは太陽(てぃだ)の残る頃、アルコールを入れるより早く、花と歌とをすべとして、おさな子のひたむきな遊戯みたいに、三十六句をいつわりの懐紙に納め切った。前回同様、句数は歌仙(かせん)にあやかり三十六句とするが、古来の式目(しきもく)、去嫌(さりきらい)などには縛られないもの。ただし、なるべく話頭を転ずるように、一つ前の句に留意するのは、言うまでもない。
ルーズな取り決めとして、花の季節から始め、四季を移ろいながら、花の季節に閉ざすことにする。春夏秋冬は幾まわりでも、繰り返して構わない。また「花」はおのずから入るものとして、誰かが「月」を加えることを、いにしえへの敬意を込めて奉る。ただし、定座(じょうざ)などは設けない。
詠み手の巡りについても、はじめの四句のみ順に行うものではあるが、四人であるからには、なるべくひと巡りを意識しながら、添えて優劣により採用を決定する。筆記は年長の渡歩が即席に行い、後日改めて、若干の推敲を行い、懐紙に清書。ネットへの掲載は、時乃旅人が行う。
その一
はるさめは知らずや舞の悲しみを 旅人(1)
今様に聞くあそびをせむとや 渡歩(2)
骨董のレコード盤だね針飛んで 遥(3)
消えちまったぜはつ恋の夢 彼方(4)
しゃぼん玉ふくらみ風のいたずらに 旅人(5)
もてあそばれてあたし十七 遥(6)
お前だけに捧げる歌はバラードで 彼方(7)
それな夫婦(めをと)もはや四十年 渡歩(8)
七夕にたずねるふりしてプロポーズ 旅人(9)
読者メールにはしゃぐアイドル 遥(10)
古き代の御歌尽きたるラジオより 渡歩(11)
死ぬまでうごけや第二体操 彼方(12)
凍てついたマリオネットのきしみして 旅人(13)
おせちの豆を煮るおばあさん 遥(14)
鬼でさえものに怯える雪のよに 旅人(15)
俳人ばかり知らぬ風(ふう)なり 渡歩(16)
好きだから好きと伝える春は恋 遥(17)
散るまで歌に踊ってみせろや 彼方(18)
あそび女は今様風とたはむれて 旅人(19)
愚痴せし人よ古きもの言ひ 渡歩(20)
病室はあじさい窓か雨の音 遥(21)
真夏の虹を描く少年 旅人(22)
まっさらなスケッチ帳だね一ページ 遥(23)
驟雨逃れし猫の足跡(そくせき・あしあと) 渡歩(24)
俺さまの雑巾掛けをあざ笑う 彼方(25)
カレー転ばすおさな妻かもね 遥(26)
舞い落ちるいちょう紅葉を踏みつけに 旅人(27)
しわの手摩(さす)る慰めなるかな 渡歩(28)
なめらかなロゼのワインは月あかり 遥(29)
収穫祭だぜ俺の食欲 彼方(30)
雪だるま降るもの食べてまた太る 旅人(31)
恋わずらいの逃避行かも 遥(32)
泣きまくるガキのかなたの赤風船 彼方(33)
年明したふ空はあこがれ 渡歩(34)
歌いやめて窓をひらけば小鳥たち 旅人(35)
咲きます花をほがらかにして 遥(36)
その二
暮れゆく風のくすぐったさに、散歩の犬さえ花を見上げる夕べには、公園の周囲に巡らされた提灯もゆらゆれて、色を違(たが)えて灯しあうさえ、あわれを催すもの。しらふの連歌会は、はや終わりを告げ、これからは、ほろ酔いの酒を交え、次の三十六句を試みることにした。
発句は年長者の渡歩が行い、今より初めて、今に閉ざすのは先とおなじ。後に眺めれば、先ほどの歌仙より、俗のしがらみ、着想の安易さなど、やゝトゲの目立つのは、かえって打ち解けた態度との、裏と表であるとして、流し読むくらいのやわらかさ。あながちに軽蔑するものでもないか。
提灯のいざ酔ふ花やひと盛 渡歩(1)
月姫さへも風のたよりに 遥(2)
帝なら不二より雲に手を掛けて 旅人(3)
俺の無力をかみしめる夏 彼方(4)
鯣烏賊(するめいか)駄菓子風情が値を上げて 渡歩(5)
糾弾するねひぐらし党員 遥(6)
森の友籠に掛けます枝集め 旅人(7)
いのしし食らう縄文祭さ 彼方(8)
野分駅ポスター褪せて剥がれかけ 遥(9)
痩せたビキニの昭和アイドル 旅人(10)
古本の眠り街かど秋もよい 遥(11)
たそがれの人たそがれの夢 旅人(12)
うら枯をかさねる縁や老夫婦 渡歩(13)
はっするすんなや寄るな哀蚊 彼方(14)
迫りくる魔の手逃れた黄泉越えて 遥(15)
お化け屋敷の優勝トロフィー 旅人(16)
はらからの校舎埋もれし枯葎 渡歩(17)
どうにもならねえタイムカプセル 彼方(18)
こなゆきの歌枕さえ湖(うみ)の底 旅人(19)
新人なのかなガイドかみすぎ 遥(20)
俺たちのうわさの的だぜ三号車 彼方(21)
硝子に宿す謎の人影 渡歩(22)
うらしまのおせちの箱はけむりして 旅人(23)
ウニのとこだけ消えてなみだ目 遥(24)
ほろ酔ひや馴染み暖簾が旬の物 渡歩(25)
誰のサインか色紙裏側 旅人(26)
病床に折り鶴ほどく女の子 遥(27)
あこがれ飛ばせ紙の飛行機 彼方(28)
佐保姫(さほひめ)は春告鳥の隠れ家へ 渡歩(29)
ゆとりんなのかな引きこもりがち 遥(30)
つぼみして恥じらう梅よもどり雪 旅人(31)
すべって転ぶアホな野良犬 彼方(32)
恋ごころ飛び出したいな猫の妻 遥(33)
なだめし老の夕げむなしさ 渡歩(34)
夢さえも膨らむみたいデコルテの 遥(35)
すべては花の今宵ひとさかり 旅人(36)
間奏曲 遥偏
わずか七十二句のたわむれとはいえ、弓張月、花の間をうつり渡るほどの時を過ごし、しばらくは、たわいもない話を肴に、盃を重ねるほどの間奏に、鎖ともならない、短連歌の応答を楽しんだ。しかし、くだらない話の間の座興であれば、取り立てゝ残すほどの値打ちもなく、紅一点、遙の返しくらいが、記し置くほどの華やかさを、まだしも保っているように思われたので、こゝは遥の付合(つけあい)に、ゆだねる落書と成り果てた。
やさしいお断わり
花誘うはじめて君の返事待 旅人
美味しいものは眠くなります 遥
小さな雪の名残を見て
だんごほどの雪のだるまも花の宴 旅人
巣で温めるからすお馬鹿さん 遥
老いたる者をして
花のもと過ぎもやせんと年数へ 渡歩
今を忘れた人のかなしさ 遥
ろくろ首?
桜より月よりお前に首ったけ 彼方
フラれて務めるお化け屋敷よ 遥
彼方の人はひとり負け
風誘ふ春は麗らや隅田川 渡歩
かなたの声に花もはや散る 遥
俺様の恋を咲かせてテーマ曲 彼方
そろそろ二番にしてくれませんか 遥
つんでれなお前がはるか一番星 彼方
気安く指すなとお伝えしましょか 遥
高飛車な花を奪うぜ詰将棋 彼方
打ち負かされてお散りなさいな 遥
季がさねの花
待わびて春風うらゝ花日和 遥
さくら通りはほゝえみ咲かせて 旅人
その三 結尾韻
さらさら時計砂粒の、ひと粒ごとに時は流れ、語りと酔いをブレンドに、肴を混ぜてカクテール。ぼっちが二人のカップルも、子犬の交じる家族連れも、社交辞令の会社員も、それぞれ秩序を乱す頃、あたりに集う里人たちもはや、宴もたけなわといった様子、
「ありきたりはつまらねえ」
と新趣向を主張する「いつもの彼方」にそゝのかされ、私たちも定義をないがしろに、次はおなじ言葉を末の字にして、四人分重ねて、また別の仮名で、結尾を四つ繰り返すという方針を立て、しばらく進めてみることにした。
はるかなる恋人よ春の潮騒よ 旅人(1)
クロイッツェルの弦の響きよ 遥(2)
蓄音機我が魂盛(たまざか)りいにしへよ 渡歩(3)
縄文みてえな説教臭さよ 彼方(4)
春の恋それさえはやりと貶めて 旅人(5)
猫まっしぐら爪を伸ばして 遥(6)
灼熱の俺様夢を追いかけて 彼方(7)
終着の駅炭を尽くして 渡歩(8)
カムパネルラきらめくレール旅ゆけば 旅人(9)
星を奏でと誘うミネルバ 遥(10)
倒されてテンカウントにのたくれば 彼方(11)
這ひずる蛾さへ御仏のそば 渡歩(12)
秋の田の稲穂を守る外灯に 旅人(13)
野分に折れぬ夢もあらんに 渡歩(14)
あきらめを君に知らせるものは何? 遥(15)
雪は降ります旅の終わりに 旅人(16)
晩鐘(ばんしょう)や墓標に刻む人の名を 渡歩(17)
踏んで進むぜ俺は明日を 彼方(18)
あらたなる年さへつのるいにしへを 旅人(19)
あざわらいますあなたに春を 遥(20)
その四 恋
書き連ねればたわいもない落書も、即興曲、詠みこなすのはむずかしく、せっかくの桜さえ、知恵に悩まされるような夕げなら、二十あまりで取りやめた。煮込みすぎたような知恵熱が、かすみのような淀みとなって、しばらくはしんみりとして、アルコールとたわむれていた。けれども、ようやくいつもの彼方らしく、「やっぱり最後は恋愛だ」と主張を始めるのだった。
つかの間、しぶる渡歩を、恋を読めない詩人は罪悪だと、よってたかって糾弾すれば、いつになく「何だ恋ぐらい」といきり立って、最後には総意のもとに、恋の連歌に取りかかる。
風がくすぐったくて、提灯を揺すっているのが、なんだか、しあわせ色したそれぞれの、家族の営みゝたいに思われて、ふとあたりを見渡すと、しばらく前と何も変わらない、人々は花の宴に、やはりうち興じているのだった。
「季節は気にしなくていいけど、全員が恋を歌いますように」
そう宣言して、
まずは遥から発句を付ける。
さくら咲く笑顔みたいだね君に恋 遥(1)
つんでれみたいな雪のつめたさ 旅人(2)
相聞の歌を若菜に尋ねつゝ 渡歩(3)
真夏の愛を俺は歌うぜ 彼方(4)
また誰を待つばかりして案山子さん 遥(5)
月へと消える人のつれなさ 旅人(6)
七夕の安らかなりしたはむれて 渡歩(7)
夜更けに挑むぜ第二ラウンド 彼方(8)
猫たちの妻を争う星あかり 旅人(9)
スピカは慕うアークトゥルスを 遥(10)
風誘う星の授業は君隣 旅人(11)
恋する鼓動は16ビートさ 彼方(12)
世の如(ごと)に懸想今様うつろへど 渡歩(13)
若さは love の特権なのかな 遥(14)
美しき枯葉の恋をあばく者 旅人(15)
うさぎのわかればなし聞く姫 遥(16)
竹取の馴れ初め古きいろり端 渡歩(17)
寝そべり妻な猫の夢かも 遥(18)
ハムスター捕らえてやりてえ欲望は 彼方(19)
かつて女将(おかみ)も恋の情熱 旅人(20)
わすれ貝彼を忘れて売りさばく 遥(21)
何時の代なれば縁結び神 渡歩(22)
もつれ合うふたりの仲を占師 旅人(23)
別れてからじゃ後の祭さ 彼方(24)
三十年浮気は秋の物語 遥(25)
永久(とわ)の別れは冬物語 旅人(26)
妻慕ふみ墓に添ふや破鴉(やれがらす) 渡歩(27)
光と影のともないなのかな 遥(28)
magneet 瞳の奥の静電気 旅人(29)
引き寄せられるぜくちべにの色 彼方(30)
部の違う近頃あやしいあの二人 遥(31)
まるでシネマさ恋するカルタ部 旅人(32)
難波津に想ひ寄せたる歌始 渡歩(33)
ふたり写して咲きますこの花 遥(34)
告白は時代錯誤のキザでいい 彼方(35)
恋も揺れますさくら宴よ 旅人(36)
後書
せわしなく、せちがらい世の常、はやくも消された提灯に合せて、そゝくさと帰る客たちに、手を振るみたいにしばらくは、外灯と月影を頼りにして、懐かしい気持ちに囚われてはいたけれど、それもまた星の瞬きの、つかの間の事象には過ぎなくて、やがてはわたしたちも、打ち上げの時を迎えるのだった。
すべてのものに終わりのある味気なさを、それぞれ誤魔化すみたいに、また次の開催を約束して、里人たちの、それぞれの我が家へと、別れゆく時のさよならは、なんだか悲しいような気もするけれど、せめてもの忘れ形見、この桜の宴の歌仙ども、おもかげに留めて、こうして掲載することをなぐさめにして、また次の集まりを、それぞれ夢見ることにしたのだった。
花誘うこゝろも夢も君まかせ
連歌 2018年3月26日
2018年4月5日 時乃旅人記す
2018年5月2日 推敲