ふるさとの街なみへ

ふるさとの街なみへ

 思い返せばふるさとは、ひとかげさえも消え失せて、ただ懐かしい風景に、セピアをかざしていのるでしょう。それなのにわずかな現実に触れたなら、なんだか知れないとがった痛みに、刺されるような夕暮れに、わたしは春をいのるでしょう。くだらないプロフィールはいつしか消され、あの頃は未来へと溶けるでしょう。あなたはいつしかそれを眺めて、わたしの知らないその街を、ただ豊かにほほえんで、けれども冷たいものは、ふところにせず、優しい風を共として、きっと歩いているでしょう。そうなることをいのりながら、わたしはまたちくちくと、思い出に刺されてはうなだれて、でもまたきっとあお向いて、遠くの夕空をオレンジに、おぼろ月夜の気配さえ、するようなさくらを眺めては、この街を愛することでしょう。そうして愛は自らを、途方もなくて無視しても、生まれるものであることを、静かにそっと悟るでしょう。最後のいのりと知るでしょう。

春の宵

わたくしにとってこの街は
  おわりの景色でありました
    生きていることはかなしくて
  いつわりとしてありました

わたくしにとってこの街は
  呪縛のようでありました
    ステップさえもみじめして
  ゆび先ながめて泣きました

それからどれほど砂の城
  ふるびた夢は過ぎまして
    立ち寄る駅はエトランゼ
  まぼろしみたいなセピア色

懐かしむような影法師
  スナップさえもあともどり
    過ぎゆくあの日の日だまりと
  つくような痛みがありました

あゆんだ靴のほころびを
  かどわかすのはわたくしの
    つかのま誤謬(ごびゅう)には過ぎなくて
  それさえ外せばなにもない

情も無情も爛漫(らんまん)も
  けがれも果てもはじまりさえ
    鋳造(ちゅうぞう)された言の葉の
  かさねあげしたパズルして

喜怒哀楽にゆだねられ
  レトリックじみた記号して
    わたくしたちそれぞれの結晶は
  風のまにまへと消えるなら

かたきのようなこの街も
  やがてはふるさとへと帰るでしょう
    うらみかなしむ呪縛もほどけたら
  結びあうつぼみへと返すでしょう

春さきよごれたわたくしの
  こころさえひばりの羽ばたいて
    はしゃぐみたいななぐさめに
  ありきたりの街なみをみるのならば……

かなしむなかれふるさとよ
  あの街、この街、ありまして
    寄り添うあなたの面影さえも
  たとえば舞い散るひとしずく

それなら今はふるさとを
  なつかしむみたいなあわれみと
    ひねもす惚けた日和見の
  寄り添いしたうあの頃は

くすんだしぐさの傀儡(くぐつ)して
  おどけ疲れたくしゃみして
    舞い散るさくら夕ぐれの
  街なみは今へと帰ります

ただやすらぎとかなしみの
  おぼろげ溶けてカクテール
    オレンジ溶かした西空に
  溶け込むみたいな、街あかりした喧噪に

いくじもなくてなみだする
  夕暮れあゆみのおだやかさ
    街のあかりはともしともして
  さくらにいのる今宵です