歯っ欠けじゞいのうらみ歌
Ⅰ
歯っ欠けじゃよ、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けじゃろうて、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けじゞいのうらみ唄
じゞいの歯っ欠け、台無しなって
食うも食われぬ、ボロ切れの
餅も食われぬみじめさよ
飲み足りなくて、また飲んで
食い足りなくて、また食って
食事の合間に、おやつらやら
なにやら食って生き抜いた
戦後の報いか仏罰の
釈迦の如来がにらめ付け
じじいの末路か歯っ欠けの
食うも食われぬみじめさよ
歯っ欠けじゃよ、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けじゃろうて、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けじゞいのうらみ唄
Ⅱ
思えば汚ねえ食い維持を
張ってはかくして孫どもに
説教しては陰口を
叩かれたってへっちゃらな
羞恥心さえ食い意地の
干からびちまったじゞいなら
増えるしわさえだらしなく
見せびらかしてはもぐもぐと
汚らしいと罵られ
それさえ聞かずに知らぬふり
同僚どものいつわりの
老いたる美などに旗振って
本当はおなじしわくちゃの
不気味な顔にはぞっとして
けれどもそれを認めたら
自分ももはや化け物さ
穢れた姿に相応しい
最果て情緒は食い意地か
ああみじめじゃろ、みじめじゃろ
食欲の果ての、ずたぼろの
ああ、歯っ欠けじゃ、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けじゃろうて、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けじゞいの写真など
葬儀の席にも見とうない
しこたま補正をしておくれ
ああ、しておくれ、しておくれ
Ⅲ
晩飯食ったか忘れても
食欲だけはレーテーの
忘却の川は飲み干せぬ
おにぎり欲しい、柿食いたい
せんべいよこせや、まんじゅうも
あるいはこれが最果ての
人の感情じゃござそうろう
日本語さえも忘れかけ
もどろな羞恥にマナーさえ
葬儀にげほげほ咳まくり
くしゃみ三発ひんしゅくの
食い意地だけはまんじゅうか
まんじゅうおしくら、せんべいも
ござそうろうな日本語も
知るもんでなし、がさごそと
闇夜の棚をあさっては
老いたる娘に叱られる
かつては讃えた愛娘
これはなんたる変わりよう
ぎょっと老いたるその姿
みずから忘れてびっくりし
人切りばばあかしわくちゃの
驚くワシこそ父親じゃ
ああ、歯っ欠けじゃ、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けじゃろうて、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けしても食い意地は
死ぬまで続くよ、どこまでも
Ⅳ
歯っ欠け仲間に、日が落ちて
南無阿弥陀仏と、骨焼いて
どこじゃろ、欠けた歯の跡は
わしが拾うてやろうかい
ああ、仏罰じゃ、仏罰じゃ
じゃが、仏罰よりも、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けよりも、そうじゃ、食欲じゃ
阿弥陀如来も、おにぎりじゃ
しどろもどろの日は移り
やがては業火に焼かれても
わしは死ぬまで歯っ欠けじゃ
歯っ欠けしても食欲じゃ
それが畢竟執着の
現世定理と知ることが
釈迦の悟りと悟りきる
聖人大福が至福じゃろう
ああ、歯っ欠けじゃ、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けじゃろうて、食い意地は
死ぬまで捨ててなるものか
しがみついては生き甲斐じゃ
ああ、歯っ欠けじゃ、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けじじいの、食い地唄
ああ、歯っ欠けじゃ、歯っ欠けじゃ
歯っ欠けじじいの、食い地唄
後書じゃて
さて、さて、
また、鬼の居ぬ間に漁るかのう
それにしても今夜の晩飯
何を食ったじゃろうか?